ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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5章32話『片鱗』

 ──7月某日。萌煌学園3号棟4階教室。──

 比較的長期に続いた梅雨の雨も終わりを告げ、代わりに地上へ降り注いだのはあらん限りの燦然(さんぜん)たる太陽の直射。

 校門で生徒達を迎える向日葵も例年より長く伸び、これから続くであろう真夏の予感を等しく生徒は胸に覚えた。校内の廊下の窓は開けられ聞こえてくる蝉の合唱に、各教室から聞こえるガンプラバトルの熱狂はしかし負けていない。

 空き教室では絶えずバトルの行われる学園だが、そんな喧騒も遠い4階教室の一部屋に少年は1度深呼吸をしてからドアを叩く。

 すると緩い返事があった。

 優しげな声は聞くものを安心させ、同時に連想したのは甘い姿に擬態させて獲物を補食する食虫植物のそれだ。

 

『待っていたわよ、タチバナさん』

 

 来る途中に見かけた陽射しの差す教室とは反対に、暗幕で窓を囲ったこの教室には一切の光が存在しない。

 ────教室に立ち込めるプラフスキー粒子による光以外。

 事前に告げられたように内側から鍵を掛けて、リュウは机も存在しない空っぽの教室へと足を進めた。

 生徒の居ない壇上。そこで短鞭を唇に当て微笑む彼女の表情は教室の暗がりもあって読めない。

 笑っている。

 嘲笑っている。

 そのどちらも正しいのだろう。

 彼女の視線を受けて少年は腰のポーチからガンプラを取り出した。今まで少年が使用してきたどのガンプラとも形状の異なる、全く新しいガンプラ。

 

「予想以上に早い出来ね。これなら沢山指導することが出来るわ……ふふ」

 

 チロリと這った舌が唇を濡らし、教師は手にした短鞭をその豊満な胸の谷間へと収納する。

 両手が宙に掲げられ、それを合図に少年も同じ姿勢を取ると事前に装着していたアウターギアが展開されて教室内の粒子が活性化を行う。

 ぼう、と。緑の粒子が煌めいて、暗闇と緑光の織り成す光景はさながら夏の風物詩である蛍の光か。

 

「タチバナさん。約束通り、完成したその機体は誰にも見せていないわね?」

 

「見せていない。アドバイスは受けたけど、武装の構成を始めてから誰一人として晒していない。……ナナを除いて」

 

 少年の声に蛇が喉の奥で嗤う。

 

「まさかタチバナさんがあんなこと言うなんて驚いたわ。────ナナちゃんと2人1組のファイターとして登録してくれなんて聞いた時には試験を捨てたのかと思ったもの。……そのナナちゃんはどちらに?」

 

「コトハに預けている。今頃沢山しごかれている最中だろ」

 

「別々の場所で修行ってことかしら……。愛らしいわね、ええ。とっても」

 

 震える声のまま教壇の彼女が紡ぐ。

 何を考えているのかは推し量れないが、恐らくはロクでもない事だろう。

 話は終わり、少年は声を発しようと────、そこで彼女の低い声が割って入った。

 

「そのガンプラ。機体名は決めたのかしら……?」

 

「あぁ。……決めたぜ。今日の朝、ナナと2人で考えた」

 

「ふふっ。ガンプラの名前は大事よ。どんなガンプラファイターでも、名前に意味の籠っていないガンプラは“弱い”わ。名前とは機体の象徴であり、練れば練るだけその機体の理解を改めて深めることが出来る。…………聞かせてくれるかしら? タチバナさんの、その子の名前」

 

 言われる迄も無い。

 この機体は後継機だ。白銀の少女と共に駆った機体を受け継ぐ、2人のガンプラだ。

 名前に込められた意味は形式に則って、それでも込められた意味は別にある。

 幼少を知る誰もが少年を小馬鹿にした愛称で呼んで、リュウにとってその言葉はあの男と交わした誓いのような物だった。

 ────英雄。

 ならば、その頭文字をなぞろう。

 IガンダムがI.Sガンダムと名前を変えるように、このガンプラの名前も流れを汲もう。

 

「リュウ・タチバナ……」

 

 声に粒子が反応する。

 空間にたゆたう粒子が掌に集まって操縦桿と操縦席(コンソール)を瞬く間に形成した。

 

「────His-(ハイズ)ガンダムッッ!!出撃()ますッッ!!」

 

※※※※※※※

 

「見てナナちゃんこのパフェ! “軌道エレベーター”って言う名前だけあって凄い高さだよ!」

 

「本当です……! 下から食べ続けたら本当に宇宙まで行ってしまいそうです……!」

 

 学園都市第1学区、喫茶店“ガルフレッド”。

 臨時休業の看板がぶらさげられた店には模型の参考書を抱える白銀の少女と、頬杖をついて少女を見守る桃色の髪の少女がテーブルに置かれた規格外のパフェに目を輝かせる。

 

「コトハちゃん、最近うちのユナにもガンプラバトル教えてくれているんだろう? それはサービスだよっ、2人で食べなっ!」

 

僭越(せんえつ)ながらユナが作らせて頂きましたっ!! ど、どうでしょうか……!」

 

 カウンターの奥から聞こえた気前の良い声にテーブルの少女らが顔を向けると、メイド服姿のユナが胸の前で両手を握りしめながら、執事が着るような燕尾服に身を包んだカレンがニカッと歯を見せて笑っていた。

 

「カレンさん、ユナちゃんありがとうございます~っ! ささっ、勉強は休憩してナナちゃんも食べよ」

 

「はっ、はいっ!」

 

「「いただきまぁ~す!!」」

 

 コトハは立ち上がってクリームで出来た塔の先端から、ナナは根本のブラウニーケーキにクリームを纏わせてから同時に口へと含んだ。

 2人の瞳が見開かれて、何度も頷きながらカウンターを再び向く。

 

「すっっっごい美味しいよこれー!!? クリームが普通のクリームじゃないっ! 軽く飲み込めるんだけどっ!?」

 

「ケーキはとても濃厚です……! 私が頂いたのはチョコレート味でしたが、他のケーキは色が違います……!」

 

「えへへっ……。クリームは飽きやすい物なので甘味とコクを()えて薄くした上で層に分けて味を変えていますっ! その分一緒に食べるであろうケーキやプリンは濃いめに味を調整してみましたっ!」

 

 メイド服をフリフリと左右に揺らしてツインテールの少女は誇らしげにはにかむ。

 そのまま小走りでテーブルへと駆けて、他の机へ複数分けられて山積みになった本を見渡した。こうして見れば本の山が2つ立っているようにも見える。

 

「ナナさんもガンプラバトル始めるんですか?」

 

「そうそう! 今はガンプラバトルでどんな機体が強い傾向にあるか勉強してたの。……ちょっと凄いの見してあげる。ナナちゃん、去年のレギュレーションフリーの世界大会で入賞したヴィルフリートさんの試合について解説して!」

 

「……予選と本戦どちらでしょうか?」

 

「じゃあっ。本戦の1回戦から」

 

 その言葉にユナは奇妙な違和感に囚われた。

 子供の特技を人前に披露するお姉さんのように振る舞うコトハの内容と、それに応じたナナの返事。

 コトハはまるで、あらゆる戦闘から1つのケースを取り出して言うような物言いで。

 ナナは、その内容に疑問の1つすら抱いていない様子で。

 

「────1回戦はニヴルヘイム対レヴィアタン。戦闘時間は10分と23秒。戦場はサンクキングダム。開幕から飛行能力を活かしたレヴィアタンはニヴルヘイムへ防戦を強いらせる展開でしたが、ステージの建物を巧みに盾として射撃武装を防いだニヴルヘイムは空中からの射撃の間にレヴィアタンの左翼を破壊、そのまま地上戦へともつれ込みます。ガンダムヴァサーゴ・チェストブレイクを素体とするレヴィアタンは執拗に腹部大型ショットガンで建物毎ニヴルヘイムのナノラミネートアーマーを削り取って、7度目の射撃の後に装甲が全て剥がれ落ちます。そもそもが実弾射撃に特化したレヴィアタンはニヴルヘイムから一太刀も浴びられる事無く、残った最後の建物まで追い詰め全弾発射をして勝負を決めに行きます。そこはサンクキングダムに残った最後の建物。同時に初めてニヴルヘイムが盾として使い倒壊を免れた場所でもありました。ニヴルヘイムは一番初めにこの建物へ実体刀を刺して忍ばせており、機体の内蔵火器が全て露出した状態であるレヴィアタンの腹部目掛けて建物越しに突貫。本来ならばナノラミネートアーマーの喪失したニヴルヘイムで受けきることは不可能な弾幕でしたが、途中に爆撃の際拾ったレヴィアタンの翼を盾にして射撃を凌ぎ、そのまま一刀の元レヴィアタンを斬り伏せました。──2回戦は」

 

「ナナちゃんもう大丈夫だよ! ……どう、凄くない!? ナナちゃん覚えるの早いの!!」

 

 僅かに饒舌(じょうぜつ)となった白銀の少女は、その白い肌を仄赤く染めて。

 ユナは確証が無いまま疑問が口から出ていた。

 今のは丸暗記ならば3日は掛かる情報量だ、いつからこの少女が戦闘内容を覚え始めたのかユナは愕然に囚われる。

 

「い、いつから勉強したんですか? 今の内容……?」

 

()()()()()()()()()

 

「え────」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ちょっ……! ちょっと待ってください! じゃあ、この本の山って……!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「? ……今日、覚えさせて頂きました。年々の世界大会の戦闘が密に書かれていて非常に勉強になります」

 

 ……さっき? 

 コトハとナナが店に来たのはほんの2時間前。

 その間にこの本全てを。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「しかし私……、ガンプラバトルの腕はコトハさんやエイジさん曰く才能が無いそうです」

 

「才能が無いなんて言ってないよっ!!? ただちょっと瞬間瞬間の判断が少し遅いなぁ~って! まだ初めてすぐなんだから練習次第でどうにでもなるよ!!」

 

 意味ありげに微笑む少女の顔は儚く、暗い。

 その歪に偏ったガンプラへの能力──あるいは少女の才能と呼ばれるものにユナは僅かに顔を引き攣らせた。

 記憶力が異常だ。それも相当に。

 後ろを振り替えると眉を微かに寄せたカレンが少女たちに悟られぬよう静かに唸っていた。

 

「ナナちゃん。ここまで振り返ってどんな機体に乗ってみたい?」

 

「私は……」

 

 クリームを掬ったスプーンを小皿に乗せて、意思を持った空色の瞳がコトハを真っ直ぐに見詰める。

 

「────リュウさんの力になれる機体に乗りたいです」

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