こじんまりとした個人経営店だった。
学園都市計画が発足される以前から建てられていたであろう店の外観は、古き良きラーメン屋といった感じで赤茶に汚れた店の旗も隠れた名店感を醸し出している。
店は小さく、伴って店前の駐車場も広くない。肩を寄せ合うように停められた車達の中には道路にはみ出ているのも見受けられ、そんな中同じように駐車されたピッカピカの6億スーパーカーの存在感は異様を通り越して異常だ。
通行人がスマホでデンドロビウムを撮影し始め、人だかりを尻目にリュウは
「おういらっしゃい! ……ってサキちゃんじゃないか! 久し振りぃ!」
「おっちゃんもお元気そうで。チャーシュー麺大盛り2つ、チャーシュー1枚追加で頼めるかしら?」
「へいッッ!! チャーシュー追加のチャーシュー大2つぅ!!」
威勢良く店主が厨房へと消えて、リュウは
隣から品のある香水の香りを纏う女性は明らかに店の雰囲気とそぐわず、また話す切っ掛けが見当たらないまま少年はセルフサービスの冷水をコップに注いで隣にも差し出す。
「ラーメンとか食べるんですね……凄い意外です」
「失礼ねまったく。私を何だと思っているのかしら」
金を持っている変態です。
整った横顔は上を向いて、そのまま店内上段に飾られた物が見えた。
ショーケースに入れられた様々なガンプラ、数多く並ぶ作品の中に見知ったガンプラが見受けられた。
トウドウ・サキの使用機体──ゾンネゲルデ。その横に、まるで孫が取ってきた賞状が並べられているように色々な勲章が飾られている。
「あれは?」
「あぁ…………。この店は私が未熟だった頃からずっとあったラーメン屋でね、当時お金が無かった私にメニューとか色々サービスしてくれていたのよ。そのお礼としてガンプラを置かせて貰ったり、賞状や楯は家に置くとスペース取るからここに投げてるのよ」
良くみれば店内至るところに
小さな店の前でお客さんと店長に囲まれた彼女が1度も見せたことの無いような、恥ずかしさで僅かに目を逸らしている写真が印象的に映る。
「まだ学生の頃ね。プロになって初めて優勝したときにお祝いって言って店の人達が写真取ったのよ。面倒臭かったわねアレは」
「
「タチバナさん。明日は掛かり稽古100本追加ね」
「からかいが命懸けなんだけどぉ!!?」
『へいっ! チャーシュー追加にチャーシュー大2つぅ!!』
賑やかな店内の声でも通る店主の声が割って入り、ゴトンと置かれたドンブリを前に手を合わせる。
「
「はい。いただきます」
ごく一般的なチャーシュー麺と言った具合だ。醤油ベースの透き通ったスープにはチャーシューから染みでた脂が浮いて、それ毎掬うようにレンゲでスープを啜る。
「ん……美味しいです。シンプルながらも懐かしい味で。小細工がない」
「私は何度か打診したのだけれど店長頭固いからずっとこの味なのよ」
3枚乗っけられたチャーシューの1枚を豪快に麺と一緒に口に入れながら
そこでリュウは胸にあった疑問を横顔に投げ掛けた。
「あの、……どうして、俺に稽古付けてくれるんですか? ……アンタが俺を良く思っていないのは知っています」
「エイジさんとコトハさんに迫られてね。それでコトハさんに根負けしてあっちの要求を飲むことになったのよ。『リュウ君にも編入試験を受けさせることと稽古を付けてあげる事』を条件にね」
「そうだったのか…………。だとしても……、稽古に本腰入れなくても良い訳ですよね? アンタなら俺を弱く導いて試験を落とす事も出来る筈だ。けど稽古の内容は、本当に過酷で厳しいけど……、俺自身強くなってる実感がある」
会話の合間にお互い麺を啜りながら答える。
麺を飲み込んだ彼女はコップに映る自分の顔を見ながら、意識しなければ聞き取れない程の声で呟いた。
「なんでかしらね……」
「えっ?」
「初めはそうするつもりだったのよ勿論。私にとって一番大事なのはコトハさん。そしてエイジさんも中々に優秀だから引き入れたかった。平凡を地でいく貴方だけを普通科に置いて燻らせる事は考えていた」
やっぱ最低だよこの人。
「けど。……コトハさんやエイジさんが貴方を異常に気に掛けている事と、初日に啖呵を切った貴方の声に……負けちゃったのかしらね……」
ドンブリに残った最後の麺を啜り終えて
毒蛇の印象を受けていた彼女は、意図を図りかねるような眉を寄せた顔で再び店内上段に飾られた自身の勲章を眺めた。
何やら見てはいけないようなような物を見てしまった感覚に襲われ、視線を切るようにして少年も最後の麺を啜り終える。
「ごちそうさまでした」
「どう? 美味しかったでしょ。創業以来この味一筋なだけあるわよね」
「はい。ネギが小気味良くて、あっさりとしたスープに拍車を掛けてました。美味しかったです」
席を立ち、支払いを後ろで待とうと彼女の後を追って店内出口で立っていると、レジに来た店主が良く通る声で話し掛けてきた。
「サキちゃんが生徒連れてくるなんて珍しいねぇ!! おい坊主、オメェ運がいいぞ」
「え、そうなんですか?」
「そうだよあたぼうよォ!! サキちゃんが連れてきた生徒ってのは全員プロで活躍を残してる。オメェも見所あるって事じゃねぇか!?」
「店長…………。余計な事話していないで会計を」
「怒んなってサキちゃん! オメェも笑顔が可愛いんだから、もっと振り撒けば良いのによォ!!」
『余計な事言われる前にお前は店から出ていろ』と察したリュウは軽く会釈だけして店を出て、存外にリラックス出来た夕飯に星空を見上げて満足する。
やがて彼女が店から出て来て、ため息を1つ大きく吐いた。
「おっちゃんの良く回る舌も困ったものね、まったく」
「
頭を下げる少年を見て、
「何のつもりかしら」
「
店内に居た全ての客が
それは恐らく彼女の性格を察していたからだろう。であれば客たちの顔があんな笑顔の筈がない。
気さくな店長を邪険に扱っていない彼女の姿も、少年にとって初めて見る姿だった。
昔から自分を支えてくれていた人達に顔を見せる
言い終わると彼女は鼻を鳴らし空を見上げる。
「……明日からもっとキツい稽古を付けるわよ。精々その弱い心が折れないように付いてきなさい」
「はいッッ! ………………ところで、車。どうやって出すんですかあれ」
店の前に駐車したスーパーカーの前は50人程の人だかりが出来ており車は確実に発車出来ない。
そう思案している少年の背中に鋭い口調で声が投げられた。
「今からあの全員にバウトシステムでガンプラバトルを挑みなさい。貴方が勝てば全員そこを退くって条件でね」
「負けたらどうなるんですか?」
「明日から来なくて良いわ」
強烈な言葉とは裏腹、その声は柔らかかった。
『私があれだけ手を掛けたんだから、この程度の相手達くらい蹴散らしなさい』と言わんばかりに。
丁度良い。
少年自身、彼女以外とガンプラバトルを行っておらず、そろそろ勝ちの目を見ないとヘソが曲がりそうになっていた。
「
「──えぇ。ここから採点しているわ」
アウターギア展開。
その全員にリュウは挑戦状を叩き付けた。
「その車は