ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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1章16話『リンク・アウターズ』

 ───アルヴァアロンキャノン。

 アイズガンダム背部に搭載された2基のバインダーの間にフィールドを展開させ、巨大な砲身とし発射するアイズガンダムの切り札に相当する武装。

 未だ粒子が通過した宙域には飽和したプラフスキー粒子が時折稲妻として走り、並外れた威力の凄まじさを物語る。

 

《来ています!》

 

 一瞬にして眼前へと現れた機体は型式番号の示す通りアイズガンダムだ。GNビームサーベルを振りかぶりながらの接近に対しGNシールドで対応。

 金属音と迸る粒子が炸裂し、鮮烈な光が暗い宇宙を照らす。

 

「当たりがつえぇ……ッ!」

 

 粒子をシールドに最大展開しているにも関わらずパワーが負ける。このままでは体勢を崩された後、追撃が来ることは容易に想像ができた。

 

《下からです!》

 

「何っ!?」

 

 案を練る隙さえ与えて貰えず足払い。

 離脱の為スラスターを噴かした先、一瞬デブリが遠くに見えたと思った刹那、敵機が視界を覆い銃口がモニター越しにこちらを捉える。

 

「終わるッ!?」

 

 紅の粒子が銃口から間もなく噴き上がる。避けようにもスラスターは一定方向を既に指定し、もはや回避方向の変更は不可能だ。

 やけくそと本能が合わさり奇跡的に左スロット2番目を選択。背部バインダーが位置を変え左右へ展開する形で変形し歯を食いしばる。

 

「うぉぉおおおおッッ!!」

 

 絶必の射撃を直撃の刹那、直角に進路を強引に変えることで避け距離を離す。バインダーからは真紅の粒子が荒々しく吹き荒れ、その形はハイスピードモードへと変形していた。

 

「アイズじゃなかったら今ので間違いなく終わってた……!」

 

《何か攻撃を!》

 

「分かってる!」

 

 GNバスターライフルの出力を抑え3連射。頭部だけこちらを睨む敵機は勢いよく放たれた粒子を稲妻の軌道のような回避でその悉くを避けながら接近してくる。ハイスピードモードでの粒子による爆発的な加速の恩恵を利用した悪夢のようなマニューバだ。

 迎撃の用意をする前に瞬く間に目と鼻の先に現れ、踵が無抵抗な腹部にめり込む。

 

「マジかよッ……!」

 

 蹴り飛ばされ漂うデブリに背中から激突。辛うじて背部に粒子制御での力場を形成し衝撃を殺し、モニターに目をやる。突如計器が鳴り響き煙の中からツインアイがぬらりと揺れ、ビームサーベルを突き刺す形で構えている。

 

《避けてくださいっ!》

 

「シールドでッ!」

 

 2度目の激突。シールドがビームサーベルの粒子を根元から拡散し真紅の細線がのたうち回る。

 力負けしないよう操縦棍を前へ前へ、揺れるモニターに敵機の情報が表示される。

 

「なっ?コイツCPU!?あり得ねぇだろその挙動でッ!」

 

 徐々にシールド表面に穴が空き始め閃光が視界を白く染める。このままいくとビームサーベルがアイズガンダムを貫くのは時間の問題だ。

 押し返そうとハイスピードの粒子加速を利用、スロットに指をかけ───

 

 ───シールドに突き立てられたビームサーベルが突如発振を止め、アイズガンダムが身を乗り出してしまう。

 

《Linkを!今ならまだ!》

 

「ッざけんな!それは出来ねぇ───がぁッッ!?」

 

 下から勢いを付けたシールドバッシュ。粒子を纏った大型シールドの腹が右脚、腰を抉り、接続が甘い腰部分が別れた。

 急激に敵機が遠ざかるなか漂う下半身に向けてバスターライフルで射撃、一際大きな爆発と煙が巻き起こる。吹き飛ばされる先にはデブリ帯、何とか逃げれた事に呼吸を忘れていた身体が咳き込む。

 

「アウターのCPUはあんな強ぇのか?リアルの100倍は鬼畜だぞ!」

 

 敵対してみてそれは如実だった。現実でのCPUなら最も強い設定である『ニュータイプ』にも1on1なら互角以上に戦えていたはずだと自負する。今自分を叩きのめしたアイズガンダムは攻撃してから次の挙動までの思考時間が短すぎ、柔軟な思考、的確な攻撃で息つく暇さえ与えてもらえなかった。自分より明らかに強いのは確かだろう。

 大きなデブリに目を付け機体を影に隠し、息も耐え耐えに主機を落とす。

 

「加えてこの機体状況……、今回はログアウトしてまた挑戦って出来ないのか?」

 

《不可能です、今回の戦闘を逃すことは許可されていません》

 

「許可されてねぇって、でも見てただろ!?アイツ相当強ぇぞ!」

 

《戦うのは嫌ですか?》

 

「───ッ!」

 

 皮肉でも蔑みでもなく純粋な問いに言葉が詰まる。誰だってそうだ、そのハズだ、勝てない戦いはしたくない。

 楽して勝ちたいし、楽して何かを得たい。もちろん努力が必要ならそうするが、努力した報酬と楽して得れる報酬が同じなら誰であっても後者を選ぶハズだ。

 

《……貴方はログアウトしてください》

 

「出来るのか!?」

 

《恐らくは可能です、後は私が戦って勝利します》

 

「じゃあ!……いや、でも」

 

 嫌な予感が走る。Linkとやらのシステムは操縦者がいなければ成立しない。

 俺が消えればナナの存在はどうなる?疑問を自分に重ね、──ある確信が浮かぶ。

 

《機体情報のインストールは完了しました。私に任せて下さい》

 

「嘘だな」

 

《……》

 

「Linkってやつが操縦者の脳からガンプラの情報を視て操作するシステムなら、お前は最初『観測』だなんて言葉使わねぇ」

 

《……》

 

「俺はナナ、お前を勝手に無機質な機械みてぇな奴だと思ってたけど、ふざけんな。嘘なんて付いてんじゃねぇ」

 

《嘘は言っていません》

 

「だったら俺がログアウトして、『観測』が出来なくなったらお前はどうなる、説明してみろ」

 

《……観測者の不在によりモニター情報が損失した状態で戦闘します》

 

「勝てるわけねぇだろ!お前もログアウトしろ!」

 

 怒声がコックピットを反響する。声を荒げた自分の姿はどこまでも偽善に満ち、醜かった。

 

《勝利する必要はありません、博士の目的は戦闘データの収集です。それと……》

 

 そんな思考を少女の声が遮る。僅かな不安が香る息遣い、ナナは消え入りそうな声で続けた。

 

《私はこの戦闘に勝利しなければログアウト出来ません》

 

「ッ……負けたらどうなるんだ」

 

《意識と肉体の接続が切れて脳波がロストします》

 

「死ぬってことじゃねぇか……!」

 

 脳波がロスト……ログイン前に女性が言っていた物騒な内容を思い出す。

 この少女は痛みに耐えながら戦闘に駆り出され、負けたら死という不条理を背負わされてる、その上俺はそんな少女に気遣われ自分だけ安全な場所へ逃げようと一瞬思考が迷った。

 

 いつの間にか宙を漂っていたヘルメットには俺が、俺自身を嘲笑っていた。

 

 結局逃げるのだと。

 昔から変わらないと。

 卑怯だと。

 偽善だと。

 

 指差し嗤っていた。

 

「俺な、正直言うとお前を見捨てて実験から逃げようとしたんだ」

 

《……はい》

 

 俺の吐露に、押し黙ったような声で返事をする。

 

「今も自分だけログアウトしようって思った糞みたいな人間なんだ俺、昔からそうなんだよ。色んな事に首は突っ込むし人の助けをするとか好きだし、だけど自分に被害が出る用件は見て見ぬふり、楽して評価や報酬を得たいって人間なんだよ」

 

 

《……》

 

「そうなんだけどさ、苦しんでたお前を見て思わず叫んだんだよ、それで変な女の人に説明されてこんなところまで来てさ」

 

《ならどうして来たのですか、今の話を整理すると貴方はリスクを回避してリターンを得たい人間だと判断しました、それなら博士の説明を受けた時点でなぜ断らなかったのですか》

 

「……俺が俺を嗤ってたんだよ」

 

《…どういうことか分かりません》

 

「なんて言うかな、見て見ぬ振りしたら心の中の俺が悪口言ってきたんだよ。そいつを黙らせるために俺はここまで来たんだと思う、だから完全な自己満足なんだ、ナナのことなんて俺、これっぽっちも考えてなかったんだ」

 

 ナナと自分を天秤にかけ、値踏みをしたような人間。自分で言って自分自身に笑えてくる。

 そしてナナを助けることを建前に本心は自分の都合で動いてるクズだ、カスだ、ゴミなんだろう。

 ───けど。

 

「ナナ、お前が死んだら、救われなきゃ俺の自己満足は終われないんだ、俺自身をぶっ飛ばした事にならないんだ……だから俺に最後の1歩を踏み出すきっかけをくれ!」

 

 涙が滲む。ここまで啖呵を切っておきながら尚も決断出来ない自分自身が情けなくて、仕方がなかった。

 息を吸い込む。あと一押しで吹っ切れる、だがその一押しをリュウは自分では踏み出す勇気を持ち合わせない。

 恥と涙を呑み込み、心の求めるままに叫んだ。

 

「───ナナ!お前が言ったLinkってシステム、今からでも出来るか!?」

 

《可能です》

 

「Link無しで、俺抜きで戦ったらお前が勝てる確率はどのくらいだ!?」

 

《1%未満です》

 

「ならッ、俺とお前がLinkして勝てる確率はどのくらいだ!?」

 

《99%以上です》

 

「上等ッ!」

 

 決心は付いた。高揚感で身体は満たされ、意気揚々と操縦棍を握る。

 すると馴染み深い嫌悪感と自己嫌悪と共にもう一人の、否。心の自分達が囁くように話し合う。

 

 "なら初めからLinkをしていたら良かったのに"

 "プライドが邪魔してガンプラを渡さなかったんだよ"

 "じゃあその場その場で運良く道があっただけじゃん"

 "かっこわるい"ダサい"自分勝手"卑怯もの"

 "お前なんて"

 

 "ここで死ねば良いのに"

 

 黒い墨が人を形取ったようにヘルメットに映る自分の顔が黒く染まる。

 嘲笑に返す言葉が出ない───だけど、と。

 漂うヘルメットを掴む。

 

「そんな気持ちも俺って事だろ」

 

 目を瞑り、一息吸う。

 覚悟を決め、ヘルメットを被った。

 

「第一な、あの子は俺の手を取ったんだよ」

 

 黒の世界。崩れ落ちる最後の瞬間。

 ───少女は俺が伸ばした手を確かに握り、こちらを見ていた。

 痛み以外一切を知らない無垢な瞳で。

 

「あんな顔されりゃあ!救うなって話の方が無茶あんだろッッ!」

 

《……!》

 

「ナナ!Linkするにはどうしたらいいんだ!?」

 

《そちらの意識を私と同調させる必要があるので、何か共通する合図か言葉を……》

 

「こっちで決めていいのか?」

 

《お任せします、思念を読み取るので言葉のタイミングもそちらに委ねます》

 

 燃える。

 これこそロボット物の醍醐味だ。合言葉によってシステムが起動、考えるだけでにやけが止まらない。

 エイジが居れば簡単に何かアイデアをくれるだろうけど、思い付くのが拙くダサいものしか無い自分の知識を恨む。

 

 ───レーダーに反応、アイズガンダムがデブリ帯に接近してきた。

 

《早く!》

 

「だあぁっ!もう行くぞ!これだ!これしか思い浮かばねぇ!」

 

 いざ叫ぶとなると恥ずかしさで頬が熱を帯び、エイジは毎回こんな気持ちに耐えていたのかと心から称賛を送りたい。

 アイズガンダムが俺達の潜むデブリの眼前に近付こうとしている、時間が無いと息を吸い込み、言葉を送る。

 

「行くぞ、ナナ」

 

《はい》

 

 叫んだ。今この状況の理不尽、少女からの情報、全てを込めた言葉を心のまま。

 

『─────リンク・アウターズッッ!』


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