ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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1章18話『それでも手を握った』

「ご、エッ……」

 

 覚醒の切っ掛けは途方もない嘔吐感だった。胸から込み上げる異物達は身体が拒絶する前に口内へ侵入し、とっさに飲み込もうとしたときにはもう遅い。

 胃の内容物が顔にかかり、食道は詰まって呼吸が出来ずのたうち回る。

 返ってきたシーツの感覚でようやく自分はベッドの上で苦しんでいるのだと理解した。

 

 口に吸引機を当てられ無理矢理食道を、胃の内容物を吸い上げられ痛覚を陵辱された。涙を流すことも厭わず痛みに叫んだ。

 

 痛いと。

 苦しいと。

 やめてくれと。

 

 痛みと切なさで感情がグチャグチャにされ、どのくらい叫んだのだろう。徐々に引いていく気持ち悪さの中、ベッドで喘いでいる俺を女性は微笑みながら眺めていた。

 

「気分はどう?」

 

「ガハッ!げほッげほっ!……最悪ですよッ!」

 

「そう、それを聞ければ充分よ」

 

 涙を、口許を拭い部屋を見渡す。10人は居たであろう研究員の姿は見えず、部屋にはベッドに横たわる俺と女性しか見えない……少女の姿は無い。

 

「ナナはッ!?」

 

「心配しなくてもいいわよ、ほら」

 

 女性が右へ1歩。

 すると女性が元に居た位置の後ろ、少女が俺をあの瞳で見つめていた。

 

「ナナッ!」

 

「アンタ達随分仲良くなったみたいね」

 

 改めて姿を見るが顔の儚い印象、淡く白い髪、人形のような薄蒼の瞳に目を離せない。

 

「ってか俺どのくらい寝てたんだ……?」

 

「……20分と19秒です」

 

 どこかで聞いたやり取りに思わず笑う。

 少女の声は薄氷の様に脆く澄んだ声音だ。それでも初めて聞いた肉声に頬が緩む。

 

「アンタのお陰でナナを廃棄せずに済んだ、礼を言うわ」

 

「俺は何もしてません。ナナが全部戦って勝ったんですよ、俺の方が足手まといでした」

 

「へぇ……戦闘データは後でナナから聞くわ」

 

 含み笑いでナナを横目で舐め、女性は続ける。

 

「悪いけど今日ここであったことは他言無用でお願い。破ったら学園都市からの追放、アウターへのアクセス権を永久的に凍結するわ。脅迫するようだけどごめんなさい」

 

「こんなヤバイ実験、首を突っ込んだら危ない事ぐらい分かりますよ、誰にも言いません……けど」

 

 謝罪を口にし視線を逸らす女性の態度は今までのような人を食った声音ではなく、懺悔と複雑めいた感情の色が瞳から見てとれた。

 

「俺の記憶を消去しないんですか? 正直そっちの方が他人にしゃべるリスクが小さいんじゃ」

 

「もうアンタの記憶は消去できない領域まで潜ってるわ、無理に消すとどうなるか分からない」

 

 女性がリモコンを操作し、ご丁寧にいつ撮影したのか俺と思われる脳のスキャン画像が壁に天井に付けられた投影機によって映し出される。

 自分のスキャン画像に興味が湧いて眺めるが、どこがどう記憶が潜ってるのか素人目には理解できない。

 

「タチバナ、悪い知らせと良い知らせどっちから聞きたい?」

 

「なんですか急に……大体こういうのは良い知らせからでしょう」

 

「良い知らせはね」

 

 俺の返答が予測通りと言わんばかりに間髪入れずに紡ぐ。

 だが今までの癪に触るそれとは違い口元には皮肉を感じない僅かな笑みが見て取れた。

 

「今回の実験でナナに負担は殆ど見受けられなかったの、相性が良かったのね。アンタがナナを救ったわ」

 

「ッ!本当ですか!?」

 

 感情の僅かな起伏があったのか、勢いよく向いた俺の視線にナナは少し俯く。

 

「で、悪い知らせはね」

 

 艶やかな唇が開いた。

 嫌な予感、いや───直感が身体を走る。

 

「ナナの実験はまだ終わっていない」

 

「……は?」

 

「今後もナナはアウターで戦闘を行うわ、今回より過酷な戦闘も増えるわね」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!じゃああれですか!?もしナナが戦闘で撃墜されたら!───」

 

「───死ぬわね」

 

 耳を疑った。こんなことがあるのだろうか。

 Link状態のナナは圧倒的な戦闘技術だったが、仮に敵機が増えたり不利な地形で戦闘することがあるのなら勝利は絶対だと頷けない。しかもLinkする相手が居なければ、ナナはモニターの情報が見えていない状態で俺のアイズガンダムで戦うことになる。

 

 いつもならここで影が目の前に現れる。

 自分を甘く誘惑するのだろう、逃げてしまえと、もう充分頑張ったと。

 

 その声は聞こえること無く、未だ俯く少女を見据える。

 

「───俺が出ます、実験か何か知りませんが、俺がナナを救います」

 

 顔が上がる。何を考えているか分からない大きく綺麗な瞳が俺を捉えた。

 

「手を取りました。救うって決めたんです」

 

 ここで逃げたら弱く卑怯な自分が再び現れ、恐らく生涯ずっと後ろ指を指してくるのだろう。

 ソイツをぶち倒すため、俺はあの時少女の手を取った。

 

「───ここで逃げたら自分に顔向け出来ません」

 

「そ、じゃあ頼んだわ」

 

 あくまで軽い口調で返す女性から目を逸らさず数秒、やがて踵を返す。

 女性が部屋の出口へ差し掛かった辺りで再び気持ち悪さが意識を、身体を浸食し始めた。

 

「必要があったら呼ぶわ、それじゃ」

 

 揺れる景色のなかドアがスライドし女性が部屋から消える。少女の方へ目をやり、拘束服に隠れた手、握る何かが目に入った。

 ───アイズガンダム。

 愛機の姿を見た途端吐き気は純粋な眠気へと変わり、抗うこと無く意識は再び暗闇の中へと沈んでいった。


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