■時は少し遡る。
「ハッ、つまり俺様達にサーバーを乗っ取ったハッカーが襲ってくるから尻拭いをしろと。要約するとこうか?」
「ぐぬぬぬぬ、そうじゃ! そうじゃそうじゃ!! 助けてくれたも!!」
地下に設けられた室内に中性的なハオの声は良く通る。
そんなやり取りをリュウは一歩下がって眺めていた。正直、専門的分野で話している内容はさっぱり分からないし介入したら話がとっ散らかってしまう。
他のメンバーも同じ事を思っているらしく、話し合いに参加しているのはユミ、ハオ、小田院の3人だけだ。
「現時点でハックした側からの声明は何も無いわ。明らかなのは前線基地──メインサーバーに接近する反転色の機体がいる事だけ」
黄土色の瞳が細まり、「加えて」と続く。
「メインサーバーを一気に破壊するような攻撃は行ってこないの。例えば大火力による砲撃ね。メインサーバーに接近して何をしたいのか正直分からないのが現状よ」
「掌握が目的じゃないのか? 少なくともサーバーの一部が奪われた時点で向こう側の目的は変わりないだろう?」
「……電脳世界のメインサーバーは特殊なのじゃ。近づくことは出来ても掌握は絶対に有り得ん」
「ハッ、プラフスキー粒子の権威相手にこんな事を言うのは気が引けるが……、科学者に絶対は無いぞ織田院博士」
「……ヌシは人の心を掌握出来ると思うか?」
「人の……?」
突然投げかけられた言葉にハオから疑問の声が漏れ出る。
どうしてメインサーバーなのに人の心が関係あるんだ?
思考が止まると、隣の生徒会長──ナガトがささっと距離を詰めてくる。
「どうしてメインサーバーなのに人の心が関係あるのかな。リュウ君はどう思う?」
「まるっきり同じ事思ってました。なんででしょうね」
「じゃあ聞いてみようか。すいません博士! なんでメインサーバーと人の心が関係あるんですか!」
ビシッと手を挙げるナガト。
後ろで溜息と吹き出す笑い声が聞こえた気がするが恐らく気のせいだろう。
「機密事項でおじゃ!!
ピシャリと言い返されナガトも手を下げる。
「教えてくれなかったね」と屈託のない笑顔を向けられ、思わずリュウも笑ってしまう。……知れば知るほどおもしろい人だなこの人。
「博士、それじゃあ彼等に正式な依頼を行っても?」
「うむ。頼むでおじゃ」
「待たせて申し訳無かったわね。企業バラムの総意として萌煌学園の先鋭である貴方達に依頼するわ。これより反転色の軍勢の目的が判明するまでの間、電脳世界内において──―ッッ!!?」
突如としてユミの言葉を遮り警告音が室内に鳴り響く。
赤と暗闇に明滅する空間でプラフスキー粒子による立体映像が自動的に集団の中央部分へと浮かび上がった。
「ふむ。早速来たたも」
「僕達の出番ですか博士?」
「そうなんじゃが……大事な事を言ってなくてのぅ……」
「この期に及んでまだ何か言ってないことがあるのか!? さっさと言え!!」
誰よりも早くアウターギアを起動させたハオの剣幕に対し、それでも博士は目を合わせようとしない。
数秒の沈黙の間、ゆっくりと顔を上げたその表情は驚くほどに優しいものだった。
「……麻呂が今から言う事に承諾した人間だけ、対処に当たって欲しいたも」
「博士?」
リュウの問いに対して、アウターギアから投影された項目が視界に映される。
視界の中央には騒動の中心地である──前線基地が表示されていた。
瞬間、稲妻に撃たれたかのような衝撃が身体を突き刺す。
ナナは今電脳世界の課外授業中だ……!!
「反転色の機体に撃墜されたプレイヤーの意識は戻らんでおじゃ。……既に何人も犠牲者が出ているでおじゃ」
『……ッッ!!』
「理由は未だ解析中じゃ」
一同が目を見開く。
躊躇っているのか、動こうとするものも居なかった。
「俺は行きます。何をすれば良いですか」
「リュウ君。本気かい? こ、怖くないのか」
「俺の命なんてどうなってもいい。絶対に行く。博士教えてくれ」
一歩踏み出す。
よく見て見れば博士とユミの表情は記憶の中の女性と同じ表情をしていた。
知っていて死地に送り出す、謝罪と後悔を含めた──研究棟で毎日のように顔を合わせていたリホ•サツキと一緒の。
「時間を稼いでくれたも。反転色の軍勢が出現する区画は前触れなくデータを乗っ取られる状態となる。まずはそこへハッキングし、さらに5分後データを正規のものへ書き換える。書き換えた箇所には反転色の軍勢は現れないことが過去の報告から見て取れるおじゃ」
「ようするに博士達が頑張るまでの防衛戦だな」
壁へと寄りかかり座る。
一同がリュウに向ける感情は様々だ。
撃墜が自身の喪失と同義な状況は……、記憶に閉ざすほどに恐ろしい。
それでも。
白銀の少女を想うと意識が吸い込まれるように消えていくのが分かった。