駅から学園へ向かうバスを途中で降り、両脇に満開の桜並木が立ち並ぶ上り坂前で足を止める。身体をうんと伸ばし深呼吸し、香る桜の甘い匂いを全身で堪能すれば徹夜明けの眠気も幾らか和らいだ。
萌煌学園へ続くこの上り坂は生徒の間では悪い意味で有名で、急な傾斜による授業前の疲労、夏場には大量の虫が発生するため生徒が学園へ猛抗議、遂に去年駅前から学園正門まで直接バスが開通され、自分のようなわざわざ上り坂を渡る人間は今では少ない。
それでも春だけは話が別で、見事に咲き誇る桜は18の歳を経た今でも心に安らぎと余裕を与えてくれた。
桃色の坂道を見上げていれば、後ろポケットのスマートフォンが振動していることに気が付いて「もうすぐ着く」とSNSに表示され了解の意味のスタンプで返信。画面にちょこんと写された耳をパタパタと可愛らしく動いているキャラクターはアニメ機動戦士ガンダムに登場するマスコットのハロだ。
──約一ヶ月の春休みだった。
学園周囲の整備が仕上げということもあり例年より長い休日を生徒は貰ったが、学園でも実家でもやることは変わらずガンプラバトル。プロの戦闘を動画サイトで何度も見返し自分のガンプラに工夫を加え、バトルシステムが設置してある模型屋に通う毎日を過ごしていたら一ヶ月という期間は溶けるように過ぎていった。
その怒濤の日々を過ごす熱意を後押ししていた要因は、今日学園都市で世界に先駆けて実装されるシステム。
VAGBCS(ヴァーチャルアクションガンプラバトルサイバースペース)、通称
言わばテストプレイヤーであり、自分達が行うバトルがそのまま世界での公式リリースの際に貴重なデータとして反映されるのはいちガンダムビルダーとして
知れず、ガンプラが入ったキャリーバックを握る手に力が籠る。自分のバトルが学園都市でどこまで通用するのかが今から楽しみで堪らない。
「悪い、遅れた」
にやけるリュウの後ろ頭へ投げ掛けられた声は気丈かつ爽やかだ。幼い頃から一緒に遊んでいた親友の声にリュウは笑みを隠さず振り返る。
「おはよ、俺も着いたばかりだから気にすんなって、……ってお前いつまでガンプラ弄ってたんだよ! 寝癖も治ってねぇし!」
「いやぁ、朝に面白いガンプラのアイデアが浮かんだから出発ギリギリまで弄ってたら髪治すの忘れてさ」
ガシャガシャと髪型が崩れるのを厭わず髪を乱暴に治し、砕けて笑う。浅く目にクマが付いているがそれでも朗らかに見える表情は彼の性格の良さから出るものだろう。青年エイジ・シヲリは僅かに傾いた眼鏡の位置を直しながら足取り軽く横に付き、お互い言い出すでもなく歩きだした。
「なぁリュウ、そういえば。世界中にある学園都市の中でもガンプラ関連に特化したのは世界初らしいな」
「そうそう! そうなんだよ!」
興味津々の話題につい脊髄反射で声を上げてしまう。萌煌学園周辺に建設された学園都市は世界中のニュースでも取り上げられており、毎日インターネットで情報をかき集めてはエイジと語り合うこの時間を今か今かと毎日待ち望んでいた。そして今、
「ガンプラファイター育成を最優先にした施設は数あれど、学園都市そのものをガンプラバトルに力を入れたのは世界初で、学園都市に居住する人間全員がガンプラファイターっていう夢みたいな場所なんだよな!」
「しかも、学園都市に入れる人間は希望者の中から抽選で決められて倍率相当ヤバかったって話だ。その点オレ達は運が良かった、初めから萌煌学園の周りに都市を作るって計画だから初めから抽選に受かってるようなものだしな」
「萌煌学園に在籍してて初めて感謝したぜ!? 海外からも応募が来てたらしいし世界中がこの学園都市に注目してるってことだな! 早くバトルがしたいぜ…………!!」
お互いが一息で捲し立て、全て言い終わる頃には心臓の音が高鳴っていた。
思えば意外だった。近年、世界大会やそれに準ずる大きな大会でも日本人勢は期待されていた結果を残すことは少ない。手先だけ器用な国、そう海外の新聞で
故に海外の選手は日本のガンプラファイターを見下していると、日本に住むガンプラバトルに興味を持つ人間の多くはそう思っていることだろう。しかし実際は日本人の憶測にしか過ぎず、彼らはただ単純にガンプラバトルに貪欲なのだと思い知らされた。自分が強くなるためならどんな事でも試し、弱小国家の
結果だけ見れば全体の1割が海外の当選者だが、これは学園都市側の働きによるもので裏では膨大な数の応募者が全世界から集っていた事が先日テレビで取り上げられていた。
「難しいこと考えてるな?」
「ん……まぁちょっと」
日本側が学園都市の先行実験参加者を国内の人間で固めたいと思うのは分かる。だがその考え方に何か引っ掛かりエイジの呼び掛けも心どこへやら、桜を眺めながらぼんやりと思考し……ふと心のモヤモヤが口に出てしまう。
「……日本が自分達を強くしたいのは分かるけど、自分達だけ強くするって考え方はなんっか違うんじゃねぇかな」
「そうも言ってられないのが実情だろ、ガンダムそれにガンプラを発祥した国として後が無いってことだと思うな」
エイジが達観した面持ちで語り、正論。その通りだと理解する、しかし心に未だ残る小さなトゲ、────その正体は恐らく。
「日本人選手が強くないって思われてるのが悔しい」
「あぁ、勿論オレも同意見だ」
不敵な笑みをお互い浮かべる。
日本の現状を自分達が変えるなどと大層な事は考えていない、ただこの学園都市での実験が未来に日本が勝てるようにきっかけになれば、自身のガンプラがその一因になればとリュウの心が熱を帯びた。
「エイジ」
呼び掛けにエイジは横顔から視線をこちらへ向け、程なく「あぁ」の一言。意図を汲み取って笑みで返してくれる親友には頭が上がらない。
「学園で説明が終わったらだな、リュウ」
春風が1つ、音を立てて桜の息吹く山に吹く。
桜は風に揺られながらも力強く耐え、花びらを散らさず香りだけが2人の間を心地よく駆け抜けた。
その情景をどこか