ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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2章2話『バウトシステム』

「リュウ、それにしても良くオレを誘えたな?」

 

「だからそっちの誤解だって、さっき話しただろ?人に言えない事情で俺とナナは同棲することになったの!」

 

 台詞に毒を含めながら横目でこちらへと投げ掛ける。全くもって誤解そのものなのだが事情が事情のため説明しずらく、第3学区探索という名目を建前になし崩しの形でエイジに同行するよう懇願した。渋々承諾した後合流した際に見たエイジの顔は形容しがたい表情をしており今でも思い出しただけで笑いが込み上げてくる。

 

「誘拐犯でももう少しマトモな嘘をつくな」

 

「仕方ねーだろ!本当の事なんだから!」

 

 何度繰り返したか、少なくとも4度目を迎えるエイジの追及をありのまま弁解する。女博士に他言無用と言われた以上、ナナの事を他人に話すわけにはいかず、自分の友人関係を把握している幼馴染みのエイジにもその制約は当てはまってしまう。ならばいっそ誤魔化す事を止め、同棲することだけにポイントを絞って伝えたがかえって不審がられた。

 

「ナナちゃん? この男に弱味を握られてるなら正直に言ってごらん、お兄さんが今すぐお巡りさんを呼んであげるからね」

 

「……詳細は言えませんが同棲することは事実です。リュウさんが同棲すると言ったら私はそれに従います」

 

「もしもし警察ですか?」

 

「エイジくん!? 携帯を耳にかざすの止めてね!?」

 

 店内で魂からの叫びが木霊し何事かと覗いてきたお客さんや店員に全力で謝り倒す。やがてエイジが携帯を仕舞い、リュウとナナを見比べて軽く吹き出した。

 

「冗談だよ、お前が本気な事くらいオレに分かる。事情が言えないなら仕方ないな」

 

「エイジ……」

 

「話せるときが来たら話してくれよ? 流石に逮捕されてからじゃ何も出来ないからな」

 

「誘拐から離れろお前!」

 

 お互い笑い合う。他人には話せない事情があるときほど親友という存在の大きさに助けられる。エイジは学園生活でも最も過ごした時間が多かった為、まずはエイジに事情を説明しておかないと後々面倒になることは必至だった。

 

 ───気を取り直して目の前の棚、豊富なキットからアイズガンダムの改造に使えそうな物を選ぶ。

 

 目を付けたのは機動戦士ガンダム00シリーズの機体。同作品内ということもありキットの構造上改造しやすく、武装も規格が同じものが多いため取り付けやすい。視界に入るだけでも、火力向上に一役買う武装が豊富なガンダムヴァーチェ、機動力運動性のアヴァランチエクシアダッシュ、無線誘導兵装と大型剣を持つガンダムスローネツヴァイ、この他にも数多く機動戦士ガンダム00のガンプラが棚に番号順で並べられており時間が許すのであればこれら全てのガンプラとアイズガンダムの相性を試したい気に駆られる。

 アイズガンダムは背中のバインダーを外すとアイガンダムとなり高性能汎用機としても運用できる。アイガンダムは様々な武装や改造を施すことによって近接戦闘重視や射撃戦闘重視といった様々なガンプラになれるポテンシャルを持つ反面、キットに封入されたGNドライブでは無改造の場合出力が抑えめの為特化機体には遅れを取ってしまう、悪く言えば器用貧乏な機体だ。

 故にファイター、ビルダーの腕と技量が試される機体なのだが自分自身アイガンダムの改造は未だ完成を見ず、代わりにアイズガンダムや機体性能が似た別の機体を愛機としてバトルを行ってきた。

 

「これも運命かね」

 

 らしくない台詞と自嘲しつつも小さく溢す。

 行き詰まっていて放置をしていたアイガンダム、アイズガンダムの強化と改造を要求してきたナナ。この機会に改造しろと言わんばかりのシチュエーションだ。手始めに幾つか候補を買い物カートに放り込む。この時のポイントはインスピレーションが働いたキットを見掛けたら迷いなく購入することだ、経験上店内でじっくり脳内ミキシングを行ったキットを購入した際、日にちが経つと大体何故購入したのか分からないキットが生まれてしまう。それよりか直感的に良いと反応したキットの方が改造には個人的に役立つ事が多い。……エイジはこの自論とは真逆の思考を持つため下手に言葉に出すと喧嘩に勃発すること請け負いだ。

 ガデッサの箱を眺めがら思い更けていると隣、ナナが膨大な量のガンプラに視線を右往左往させていた。そんな少女に近付き、腰を低くして少女と同じ目線でガンプラを眺める。

 

「好きなガンプラ1つ買ってやるぞ?」

 

「……好きなガンプラはありません、こうしてガンプラが売られている所を見たのは初めてです」

 

「え、マジ?」

 

「付け加えるならばガンダムという作品も見たことがありません」

 

 いつか見た時を彷彿とするような、申し訳なさそうに俯くナナ。だとすればこの少女は知らないアニメの知らないロボットを命令されて動かせと言われたのか。少女の経緯を勝手ながら想像すると拳に掛かる力が強まった。

 

「おし分かった、もしも欲しいガンプラがあったら言ってくれな、俺が買ってやる」

 

「あり……がとうございます。では探してきます」

 

 返答短く少女が隣を離れる。ガンプラに興味自体が無かったらどうしたものかと内心肝を冷やしていたが、棚の始めに向かった事を見るとその心配は無いようだ。

 同じように様子を伺っていたエイジが小声で話しかけてくる。

 

「ナナちゃん、ガンダムそのものを知らないんだな」

 

「らしいな、学園都市に居る人間は殆どがファイターのハズだけど、ナナは例外なのか?」

 

「なのかって、それは知らないのかよリュウ」

 

「事情が複雑なもんで」

 

 手に持ったガデッサをカートへ入れる。気付けば多くのキットが小山になっている状況に財布の中身を心配した、──最後の砦であるクレジットカードがあるため幾分か気持ちは紛れるが、それでも今日の出費の量は1人暮らし始めたとき以来久し振りの金額だ。

 

「まぁナナちゃん女の子だから欲しいのはベアッガイシリーズやプチッガイ系統だろ」

 

「だよなー、売り手も女性をターゲットとして売り出すくらいには可愛いしな」

 

「……リュウさん、欲しいガンプラが見付かりました」

 

 談笑しているとナナが隣の定位置へ。ナナが向かっていったコーナーはプチッガイが置いてある棚とは違うハズだが、他に可愛いガンプラでも見付けたのだろうか。咄嗟に思い付いたのはジオン水泳部やグーン、カプルといった水中用モビルスーツ。

 「こっちです」と案内され付いていくと宇宙世紀コーナーへ。予想通り水泳部かと思ったがナナの視線は棚の一番上を指していた。

 

「リュウさん、あのガンプラが欲しいです」

 

『デ……デ』

 

 ───有り得ない、そんな事はあるハズないと自分の中の常識が音を立てて崩れる。隣のエイジも戦慄の表情で2人揃って今日一番の大声をあげた。

 

『デンドロビウムぅぅうッッ!?』

 

「ダメ……でしょうか」

 

 再び何事かと様子を見に来た店員とお客さんに全力で謝り倒し、経緯を聞くためナナへ。

 好きなガンプラを1つ買ってやると言った手前少女の申し出を断るのは気が引ける、だがデンドロビウム。圧倒的存在感を放つ棚最上段のキットをなぜ少女が選んだのか、言葉を選び一息置いてから慎重に聞き出した。

 

「ちなみにナナさん。あの、どういった理由でデンドロビウムを選んだのでしょうか」

 

「MSとしても高性能なステイメンをコアユニットとし、多種多様な兵装で敵を撃破する……機動性も高く接近されてもコアユニットであるステイメンが赴けば対応可能な万能機、総じて様々な戦闘任務を圧倒的な火力で成功に導ける機体だと思ったからです、駄目でしょうか」

 

「デ、デンドロビウムのことを知ってたような口振りだけど、もしかして以前に何かあった?」

 

「いえ、ここから箱に書かれている説明を読みました」

 

 目を凝らす。ここからでは点でしか見えない文字だがナナには見えたのだろうか。自分の視力は1.2と健康そのものだがそれでもやはり何が書かれているかは把握できない。

 驚いたのはそれだけではなく少女がこの上なく饒舌にデンドロビウムを語っていた事だ、自分の予想通りなら少女は……。

 

「ナナ、他のキットに変える気は?」

 

「ありません」

 

 きっぱりと突っぱねられた。アウター内でも年相応の強情な面を見せた事を思い出し頭痛が甦る。こうなるとナナはテコでも動かないと溜め息を大きく吐いた。どうせ買うのは可愛いキットだろうと決めつけていた数分前の自分を怒鳴り付けたい。

 

「ちなみにナナ、ガンプラにはそれぞれレギュレーションってのが設定されてあるんだが、それは知ってるか?」

 

「……知らないです」

 

「エイジくん、説明よろしく」

 

 後ろで未だナナとデンドロビウムを交互に視線を動かしていたエイジへと説明をバトンタッチ。ガンプラバトルのルールは自分よりもエイジが詳しく、初心者に教えるならエイジが適任だ。説明を振られたエイジが咳払いを1つ、ジェスチャーを交えながら口を開いた。

 

「レギュレーションは全部で5つあって、それぞれ200、400、600、800、1000オーバーとあるんだけど、ナナちゃんが選んだデンドロビウムのレギュレーションは800。ここまでは理解できるかな」

 

 エイジの説明に迷いなく頷く、エイジもそれを笑顔で返し説明を続けた。

 

「基本的に公式大会やイベントではレギュレーションを分けられるんだけど、デンドロビウムが入ってるレギュレーション800には他にも強力な機体が沢山属しているコストなんだ。だから何が言いたいのかというと……」

 

 エイジが一瞬言葉を続けるのを俊巡する。

 

「うん。デンドロビウムを使う以上は他の人も強力なガンプラで挑んでくるっていうこと、初心者であるナナちゃんが選ぶにしては少し荷が重いレギュレーションなんだ、分かるかな」

 

「熟練者向けのレギュレーションということですね、バトルの仕様を理解した状態でないと試合すら成立しない、こういうことでしょうか」

 

 目を見開く。エイジの言葉から返答まで間隔が無かったが、もしかすると聞いたことを脳内で理解するスピードが相当に早いのか、ナナが変わらぬ表情でエイジへと告げた。

 

「それでも私はデンドロビウムが欲しいです」

 

「リュウ、ナナちゃんは本当にアレが欲しいらしい、諦めろ」

 

「マジかよ……」

 

 ガンプラを初めて購入する人間がデンドロビウムを選んだなんて話を聞いたことがない。ナナを見ると視線はデンドロビウムに戻っており、心なしか瞳は輝いているようだった。

 覚悟を決め棚へと手を伸ばす。予想よりも重い箱は数多いガンプラの中でも最大級の大きさを誇り、手にしたときの重みが凄まじい。

 悲しいかな、箱の重さとは裏腹に財布はどんどん軽くなっていくような気がしてならなかった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 春の陽気な陽射しが照り付け額に汗の粒が滲む。歩道に設置されてある新品の長椅子に腰掛け喉の乾きを缶ジュースで潤す自分に、リュウは向かいのカフェで高そうな飲み物を嗜む人達と自分達を比べ心に貧しさを若干覚える。

 500㎜の缶ジュースを勿体ないとちびちびと飲む傍ら、すぐ隣を座り本人曰く人生初めて飲むココアに舌鼓を打つ少女の様子を介護センターの老人のようにエイジとリュウはほのぼのとした心境で眺めていた。

 

「リュウさん、早く家に向かいガンプラを組みましょう」

 

「うん、ちょっとだけ休ませてねナナくん。心の傷を癒す時間が少しだけ欲しいな俺」

 

 予想外過ぎる出費に財布の残金は雀の涙、プチッガイ600円を遥かに上回るデンドロビウムの金額に半ば放心気味にリュウは答える。クレジットカードの残高を考えながら向かいの歩道を闊歩する鳩をぼんやりと眺める視界の傍ら、少女が巨大な箱が入った袋に興味津々なのは喜ばしいことこの上ない、むしろその反応だけが救いだった。

 

「デンドロビウムは組むの大変だぞ、投げ出さないって約束出来るか?」

 

「出来ます、最後まで組みます」

 

「ペットをねだる子供みてぇだな」

 

 普段より2割増しの返事で確固たる意思を示し、鼻息荒くこちらを向いた少女にリュウは観念した。

 

「そんな財布事情がお困りのリュウくんに耳寄りの情報があるんだな」

 

 エイジが視界に割り込み含んだ笑みを浮かべる、その顔には普段かけている眼鏡が見当たらず、代わりにアウターギアが掛けられていた。わざとらしい演技口調に苛立ちを覚えつつも視線で返答する。

 

「リュウ、アウターギア持ってきてるか」

 

「アウターギア? 確かあるぞ」

 

 バッグを漁り特徴的な形状であるアウターギアを取り出した。眼鏡を半分割にしたようなフォルム、細いラインがサイコフレームのように発光しているデザインは、学園都市に在籍している証でもあり電脳世界アウターへログインするための端末だ。カラーは複数から選ぶことが出来、白と蒼のカラーリングで彩られたアウターギアはリュウのトレードカラーでもある。

 

 エイジが促し言われるがまま装着。こんな街中でログインするのかと疑問を覚えるがエイジがアウターギアの側面に幾つか存在するボタンを指で叩き意図に気づく。

 直感でログインする際に入力するものとは違うボタンを起動、すると片側の視界がホロスクリーンに覆われエイジの頭上にステータスのようなものが表示された。

 

「すげぇ!なんだこれ!」

 

「アウターギアはアウターへログインする機能だけじゃなくて他にも便利で画期的な要素が多く備わってる、学園の説明会を寝てたから知らないと思ってたが予想通りだったな」

 

 腹が立つどや顔に何か言い返そうとする気も目の前の光景にすぐさま消え失せる。カフェでくつろぐ客、歩道を歩くカップル、そしてエイジと等しく頭上に表示されているのは恐らく戦績、そして使用しているガンプラのデータだ。エイジには10戦7勝、カフェの客は5戦2勝と表記され視線でフリックすると団体戦、フォース戦、ミッション成功率といった具合にその人物のアウターでの記録が映される。視界右下に映されている1戦1勝は自分の戦績だろうとリュウは機能に感心した。

 

「すげぇ、すげぇけど俺の財布事情とアウターギアがどういう繋がりがあるんだ?」

 

「こういう繋がりがある」

 

「は?───え?」

 

 〔〔Eijiからガンプラバトルを申し込まれています〕〕

 

 表示された文字に目を疑った。訳がわからず表示を見つめると試合形式が細かく掲載されたページが開き、戦闘区域には現実世界でリュウが今まさしく立っている場が表記されている。視線で画面が操作できるのか。

 

「リュウ」

 

 エイジが荷物を置いてその場から後退しやがて止まる、そして両手を宙に構える姿勢には嫌と言うほど見覚えがあった。

 視線をフリックしバトルを受ける項目に視線を合わせエイジを見据える。

 

「世界でもこの学園都市にしか搭載されていないシステム」

 

 つい先程まで歩道だった地面が波紋と共に一瞬明滅し空間へきらびやかな結晶が散りばめられる。粒子はエイジとリュウを挟んで集まり、バトルフィールド【プラクティス】が見る見るうちに形成された。本来ならデバイスとガンプラを設置するスペースには蛍が集う様に粒子が収束する。やがて形が変化し愛機──アイズガンダムが姿を現した。

 

「学園都市を構成する全てにプラフスキー粒子、バトルシステムが内蔵され道行く人とその場でガンプラバトルが出来る夢のシステム───そう、これが!」

 

 見ればアイズガンダムは素組みではなく寮に置いてきたアイズガンダムと同じ改造が施されている、察するにアウターギアに登録されたガンプラのデータをプラフスキー粒子が象っている、ということなのだろうか。

 

「学園都市限定適用路上ガンプラバトルシステム、【バウトシステム】だ!……行くぞリュウッ!」

 

 状況を掴めないまま操縦棍を握り、アイズガンダムは筐体でのバトルと遜色無く変わらぬ雄々しい姿でバトルフィールドへと飛翔した。


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