ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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2章5話『量産機乗り』

 体皮を刺激されても、薬品を投与されても、身体に電流が流れても、この痛みに似た感覚は少女にとって初めてだった。

 外界からの痛みではなく身体の中心部に鋭いものが触れる感覚。息を吸えば鋭利な物が胸にずぶずぶと侵入するような予感。目の前の光景を目の当たりにし、少女──ナナはスカートを無意識に小さく、強く握っていた。

 

「ごめ、んなさい……」

 

 許されたのは吐息と聞き間違えるかのような小さな呟き。

 事前に聞かされていた。申し訳無いと思った。事情を飲み込んだ上で他人と接続(コネクト)するとナナは決めた、そのはずだった。

 

 しかし数瞬前に行われた攻防、リュウが駆るアイズガンダムの機動を見て覚悟を決めたはずの意志は脆くも崩れ去る。

 青年とLinkした際ナナはリュウが有する機動パターン攻撃パターン、あらゆる戦略を彼の中で感じ理解した。無駄の多い挙動、青年がアイズガンダムを動かしている時ナナが抱いた感想はそれだった。

 

 ───だからこそ今、彼がLink状態の機動を取った瞬間ズキリと胸が痛んだ。

 

 博士が言っていた進行が始まっている証拠だ、Linkした際彼の脳内にはあの機動パターンは存在していなかった。

 ふと手をスカートから離す。いつの間にか新品の生地には皺が出来ており伸ばさなければ直らない程だ。慌てて表面を撫でるように伸ばす、が。

 

「……ごめん、なさい」

 

 1度付いた皺は中々取れずに少女は何度も撫でる。2度目に触れた彼の手は暖かかった。更衣室から出たとき彼の顔は優しかった。ガンプラを買ってくれた彼の背中は大きかった。

 

 ───そんな彼を騙している自分が何とも嫌だった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 1分が経とうとしていた。曲調からして恐らく終盤。少女の猫撫で声とこちらを見下ろすSDストライクフリーダムの対比がシュールさを突き抜けており、バトルはシステム上開始されているのだがあちらからは攻撃される気配は無く、こちらもまた無い。リュウが駆るアイズガンダムは武装が全滅しているが健在だったとしても攻撃は行わなかっただろうと機体損傷甚大を示す赤いモニターを眺めながら耽っていた。

 

『アナタを見るとクラクラしちゃうのぉ~っ!恋? シンナー? どっちのせいか分からないよ~ぅ!』

 

 エレキギターの一掻きと共に徐々に音楽がフェードアウト。周囲に静寂が波立たぬ水面のように張り詰める、受けなかったギャグをかました後に訪れる無言の間に似てる否、そのものだった。

 歌詞は特徴的で個性的で、表す言葉を持たないリュウは一応の拍手をとりあえずスピーカー越しの少女へと送る。そしてエイジもまたリュウと同じだった。

 

「おぉっ!? 相手方からも拍手を頂きましたぁっ!ありがとうございますっ!ありがとうございますっ!」

 

 拍手の意味を知らない少女の甘い声に罪悪感を胸に覚えるがこれは無視。

 ここで初めてストライクフリーダムが動き、軽く上体を捻る形でアイズガンダムを見据える。

 

「じゃあっ! これでおしまいですぅ!」

 

「ガラッゾッ!?」

 

 予想だにしていないMA-M21KF 高エネルギービームライフルによる先制射撃がアイズガンダムへと発射され反応が遅れる。

 緑光の閃光は機体の右脛、左膝を穿ち、3発目を撃とうと銃口が光を宿した所で右手に構えたビームライフルに刃が突き刺さる───ザクⅢのヒートサーベルだ。

 

「脅威の少ない相手から狙うのは合理的だが、オレを無視するなよ?」

 

 全身のスラスターを稼働させ巨体が地面からゆっくりと離れる。推力を集中させるのと同時に地面を蹴り、ザクⅢはビームサーベルを発振させストライクフリーダムへと跳躍。ガトリングを装備していた状態とは比較にならない速度だ。

 

「なっ、ちょっ!? ゆなは今あの青いガンダム倒そうとしてたのにぃ!」

 

 スピーカーに返答せず接近を続ける。片手に構えたビームライフルから数発の迎撃が放たれるが咄嗟に撃ったのか標準はザクⅢを捉えること無く地面を穿ち、着弾点が大きく爆発。

 エイジはヒートサーベルを胴体に見舞おうと逆袈裟の形で間合いに侵入し居合い一閃。ストライクフリーダムは恵まれた運動性でこれを後方へと回避しザクⅢは浮遊力の限界の為追撃に注意を割きながらも再び地面へと下降する。

 

 そして予想通り追撃の一手。先程より高出力のビームがザクⅢ目掛け飛来し、機体を空転させる形で避け事無きを得た。

 ビームが地表を焼き僅かな間ののちに爆発、噴煙がザクⅢ、少し離れたアイズガンダムにまで及ぶ。

 

「レギュレーション400の分際でゆなのストライクフリーダムに歯向かうなんてっ!」

 

 空を斡旋し存在を周囲へと誇示する金色の輝きからは機体の圧倒的ポテンシャルを誰しもが伺えた。リュウはモニターに表示されたSDストライクフリーダムに視線を強く細める、すると機体詳細がアウターギアから為るホロスクリーンへ投影され機体レギュレーションが映し出された。

 

 ───レギュレーションが800、それがSDストライクフリーダムのレギュレーションだ。

 

 レギュレーションは全てで5つ。200、400、600、800、1000オーバーに分けられており200が劇中やられ役と評される量産機、400は高性能量産機、600は主に劇中ワンオフ機、800は極めて高性能なワンオフ機もしくはそれに類する機体、1000オーバーはガンプラバトル運営から殿堂入りに分類された兵器やシステムを搭載している機体達だ。

 見たところゆなを名乗る少女が駆るSDストライクフリーダムのレギュレーションは800、だが素組みではなく各所のパーツが差し替えられたりディテールが追加されている関係かレギュレーション800を表示する文字が赤い。これは彼女の機体がレギュレーション800の中でも上位に位置している事を示していた。

 

 機体間でのレギュレーションの壁は大きく、上の機体を打ち負かすには下位の機体では大きくマシンパワーが足りない。リュウが駆るアイズガンダムはレギュレーション600、対してエイジのザクⅢは400。

 通常、まともにやりあえば負けるのはエイジの方だが。

 

「───レギュレーション400の分際、今そう言ったのかな?」

 

 静かな声がオープン回線を通じて周囲に発せられる。リュウは知っていた、少女が彼の地雷を踏んだことを。

 

「そうですよっ!ザクなんてガンダムにぼろっカスにやられる雑魚じゃないですかっ!雑魚は雑魚らしく大人しくここでゆなに倒されて動画視聴率の糧になってくださいっ!」

 

 ゆらり、と。噴煙の中からザクⅢが姿をシルエットとして現れ一つ目の巨人が特徴的な音と共に眼差しを光らせる。

 ヒートサーベルを持たない右手がゆっくりとバックパックへと伸びハッチを開け、じゃらりと重量感を孕んだ鈍い金属音を伴わせながらそれは地面へと落ちた。

 

 ───チェーンマインをだらりとぶら下げたザクⅢのシルエットは乗り手のただならぬ怒りを感じさせる風貌だった。

 

「ならオレが教えてあげよう」

 

 噴煙が晴れ、空に佇むSDストライクフリーダムをモノアイが睨む。

 一瞬静寂が走り、空気が張り詰めたところでエイジは言葉を続けた。

 

「レギュレーションの差がガンプラバトルにおける絶対的な優位性ではないという事をッ!」

 

 ───少女は知らない、エイジが世間では珍しい低レギュレーション乗りだということ。


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