見渡せばぐるりと山々が望み、視線の意識を僅かに下げるとそこには世界最高峰の技術が集結した学園都市が視界に広がっており大小様々な建物がどれも汚れを知らない新しさを纏っていた。
駅前ビルは20階建てという第3学区どころか学園都市でも最大級の高さを誇り、屋上ともなれば地上との気温は肌で違いが感じられるほどに冷たい。
薄着のユナが両肩を自分で抱き締めながら対峙するエイジ、リュウと仮面の男を静観する、ナナは当然の位置と主張するようリュウの隣に付き無言で行方を見守っていた。やがて仮面の男が顎に手をやって今しがた説明された事情を再度確認するように口を開く。
「君達の要求は私とガンプラバトルをすること、もう1つはその戦闘を撮影する事、これでいいのか?」
「そうです。いきなりこんなこと頼んで申し訳ありません、俺とエイジどちらかが戦うかはこれから直ぐに決めるので───」
「──2人纏めてで構わない」
一瞬何を言われたのか理解が出来なかった。
【リミッデ】からここまで上がる途中に男性の戦績をアウターギア越しに覗いたが戦績は0戦0勝、つまり昨日の『アウター』でのシュミレーションバトルとやらにも参加していない。
実力はもしかしたら強いのかも知れない、だが1対2はそもそも勝負になるかどうかも怪しい、それは隣のエイジも同じ事を思っているだろう。
───戦力の最小単位である1人に対して2人、アドバンテージはいわずもがな圧倒的に2人の方にある。1人が1人に意識を向けている間にもう1人が闇討ちする戦法や前衛後衛をスイッチして戦闘、そこにはフィクションによく見られる1で人多数を圧倒する大立ち回りは本来起こり得ない。何故ならお互い使う機体はフリーバトルの設定上性能が近く、同じ人間であるからだ。
例外をあげるとすれば多数側が素人の腕前のような実力がかけ離れたマッチングであることが挙げられるが、それもリュウ自身とエイジの実力からは考えられない。
戦術教程を一通りこなした2人の脳内には当たり前のように1人対多数の戦術が叩き込まれてある、故に男性の言葉をやんわりと変えさせようと言葉を考えた時だった。
「2人纏めてで構わないよ」
再度言いのけた男性に言葉を飲み込む。仮面からは驕りも恐怖も何一つ読み取れなかったが、その変化の無さこそが不気味であった。
「分かりました、後で恨まないで下さいよ?」
「努力をしよう。学園都市初めてのガンプラバトルが君達のようなファイターで良かったよ」
仮面の下からは嬉しさの様な表情が感じられたがすぐに切り替わる。もはや語る言葉はないと男性が宙に腕を構え、リュウとエイジもアウターギアを起動、両手を構えた。闘志昂るファイターに応えるように両者の間にプラフスキー粒子が煌めき散りばめられ、後はホロスクリーンに表示された言葉を放つだけ、横目でエイジとアイコンタクトをして短い呼吸で斬るように紡いだ。
『バウトシステムッ! スタンバイッ!』
3人の声に呼応して粒子が屋上に噴き上がる。
途端に粒子が構築を開始し、瞬く間にバトルフィールド【ジャブロー(地上)】が形成された。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「わりぃなユナ、相手があの条件を飲んだんだ。動画映えはしねぇがこれでチャラだぜ」
「仕方ありませんねっ、あ。じゃあ動画を盛り上げる為にリュウさんかエイジさんがやられれば良いんですよっ!」
「ユナちゃんそこは大丈夫だ、リュウはトランザムしたと思ったら勝手に自滅するから」
「えぇ~? トランザムってあの紅い光る奴ですよねっ? あれ早いからカメラで追えるかなぁ……、リュウさんやっぱりここは高速移動中に石で転んでダイナミックに機体をスクラップにする方向にしましょう!」
「自滅もしねぇしスクラップにもならねぇよ!? お前ら俺に対しての評価段々酷くなってない!?」
左上のスワイプに表示されたユナが心底残念そうに口を尖らせる。
誰が初心者でも起こり得ない凡ミスを全世界配信の動画で晒すかと内心溢し、今立っているバトルフィールドの把握に努めた。
───【ジャブロー(地上)】。熱帯のジャングルが舞台であり水中用モビルスーツも窮屈しない川がフィールドを縫うように流れている。地上は雨が降っている事もあり足場がぬかるみ、生い茂った森林は視界情報を大幅に遮る。
これらの特性から奇襲用水中用陸戦型モビルスーツを運用されることが推奨されるが幸いリュウとエイジはお互いに汎用機、フィールドを選ばない万能機だ。
「リュウ、作戦は何か考えてるか?」
「思い浮かんだのは3つ、まず1つはお互い固まって行動しサーチ&デストロイ。敵の戦力が分からない以上別れるのが怖いって理由だな、この作戦のデメリットは罠が仕込まれてた場合2機共サヨナラする可能性があるってところだな」
「ん、続けてくれ」
「おーけー。次は1対2って数を活かしたL字戦法だ、俺とエイジで敵を囲んで退路を塞ぐって作戦。デメリットは……そうだな、火力による一点突破が怖いってところか。で最後は太陽炉搭載機で空から索敵、地上のエイジが奇襲って作戦だな。このデメリットは敵からアイズガンダムが丸見えってところ……今思い付くのはこんなもんだ」
「えぇ……? 今更頭が良い設定を付けるんですかリュウさん? 大人しく馬鹿キャラのまま行きましょう?」
「ユナてめぇ後で100回負かしてやるから覚えてろ」
横槍を入れるユナを睨んで黙らせる。春休みの間殆どを試合観戦とガンプラバトルに注ぎ込んだ情熱を舐めないで欲しい、もっともその結果アイガンダムの改造案は浮かばずこうして長い相棒であるアイズガンダムを使っている訳なのだがそこには目を瞑ろう。
数秒の沈黙が続き、エイジが多少渋ったような声で、
「L字だな」
と短く告げた。
操縦棍を操作しモニターにジャブローのマップを最大サイズで表示、現在自分達がいる地点の南西にマーカーを付ける。そして敵が居ると思われる北東に続けてマーカーを付け画面をエイジへと送信。
戦術教程の授業を思い出すような手順に懐かしさと学園生活の苦さを抱いていると、またしても左上のスワイプのユナが口を開く。
「なんだよ、また茶々入れに来たのか」
「や~そうしようと思ったんですけどね、本当に感心してました。プロを目指してるってあれマジだったんですね」
「お前な……、あとちなみに普段のバトルならこんなことやらずに口頭で伝えるからな。動画だから視聴者が分かりやすい様に演出してる俺達の配慮だぞ~」
「きゃー! リュウさんありがとうございますっ! 撮れ高きてますよその画面……。あ、やば。今までずっとユナの顔を撮影してたみたいです」
「ザメルッ!!」
空振った配慮に胸を痛める。
すると画面に新たなマップが表示され、そこには索敵ルートが追記されてあった。ご丁寧にルート上に広がる森林地帯の大まかなサイズや川の幅、想定される深さが書き加えられており几帳面なエイジの性格が現れている。
「俺はこのまま南から攻める、リュウは北へ迂回した後東へ向かってくれ。一応お互いにフォローが届く距離が良いからあまり離れないよう頼む」
「了解。機動力はアイズの方が上だから何かあったら通信をくれ、直ぐに向かう」
音声から嬉しさのような物が滲み聞こえ、リュウも頬が緩む。
地元が同じのエイジとは2on2の際に良くタッグを組んで今のように連携のやり取りをしていたことを思い出す。やはり頭の回転はエイジの方が早いが、咄嗟の判断と思考はリュウに軍配が上がることもあり、こうしてリュウが思い付いた戦術にエイジの分析を加えて最終的な判断を下すのがリュウとエイジが組む際の鉄板だった。
「……リュウさん」
ふと、隣に佇むナナが口を開き何事かと視線を送る。
「お?どうした、何か作戦変だったか?」
「いえ、あの。……頑張って下さい」
思わぬ方向からのエールだった。
ちらちらとこちらを伺う少女へ円柱状のプラフスキー粒子で出来た仮想コクピットから手を伸ばし、ナナが手へと目をやる。意図に気付いたのか数瞬の躊躇いの後手を握り光の空間へと招いた。
「ありがとなナナ。外からじゃあまり見えないから、良かったらここで俺達の戦い見ていてくれ」
「はい……!」
ぴたり、とすぐ横に気配を感じる。
アウター内でリンクした状態の様な、妙な違和感と安心感は意識の妨げにならずむしろ心地よかった。
「リュウ、準備はいいか?」
「おう。いつでも」
「っし、ザクⅢの機動力の関係上俺が先行する。15秒後指定したルートに進行してくれ!」
言うや否やザクⅢがホバーを噴かし泥水が跳ね上がる。絶妙な速度で鬱蒼とした森林地帯へ溶け込むように消えていくのを見届け、作戦時間へと目をやる──残り3秒。
隣からの視線に急かされたのか自分でも早く操縦棍へと力を込めた、バインダーが敵に即応出来るようスタンバイモードへと変形しアイズガンダムのカメラアイに鋭い光が音を立てて灯る。
「リュウ・タチバナ、アイズガンダム──索敵を開始する」
機体が僅かに浮かび上がり、GN粒子が各スラスターへと充填される。
機体状態オールグリーン、と。軽やかな機動でエイジが向かった森林地帯とは対照的に、景色が拓けた川へと前進を開始した。