「エイジさん、ちなみにどうしてL字戦法とやらを選んだんですか?」
通信が入りモニター左上スワイプが開く。
視界に映る緑の景色に敵機は見えず光学迷彩の気配もない。丁度良いと移動中の息抜きの為張り詰めた緊張を1度解いて頭を軽く振り、ユナの問い掛けに頬を緩めた。
「そういえば言ってなかったな。ええと、ジャブローは広いステージだから一旦隠れられると発見が困難になる、纏まって索敵するのはそのリスクが高いし、地上と空からの索敵はアイズガンダムに任せる負担が大きいから不安だったんだ──、だからL字戦法。ステージ端に追い詰めるように索敵を行うから敵を見付けやすいし、囲う事によって別方向から攻撃を展開出来るんだ」
「別方向から攻撃を展開?強いんですかそれ、ユナ的には見付けて合流はいドーン! の方が強そうなんですけど」
「それは敵を確実に倒せる場合だけだな。L字はそう……、例えばリュウが敵を見付けて攻撃を行うとしよう、で敵が攻撃を左右どちらかに避けた、ここまでは良いな?」
「流石に分かりますよっ!」
「で、L字。この場合十字戦法とも言うか、敵が避けた方向には俺が放った攻撃が置かれているから、敵からすると左右への回避が出来ない上に注意をどちらにも割かなければならない訳だ。続いて敵が取る行動は上へ逃げたり強行突破が主なんだが次にこちらが打つ手は───」
「なんかズルい戦法ですね、エイジさんらしい」
「そりゃ1対2だからな、ズルくもなるさ。ユナちゃんはもう少しガンプラバトルを勉強した方がいいかな」
あっけからんと皮肉を混じえて答えるエイジにスワイプのユナが口をへの字に曲げる。
反論しようにもガンプラバトルで負けた事実があるため、何か言ってもそこを突かれること請け負いだ。
森林地帯へ進行を開始して数分、未だ敵の気配は無い。モビルスーツより若干低い木々がフィールド端まで広がっており、その途中には小さな山々も点在する。このゲリラ戦にうってつけの地形をエイジは本命と踏んでおりレーダー、モニターへと索敵を怠らない。
もう何度目になるだろうか、視線でモニターをフリック。リュウへと回線を繋ぐ。
「こっちはそろそろ岩場に入る、リュウの方はどうだ?」
「今のところな~んも無ぇ。多分そっちが本命だな、何かあったらすぐに通信くれよ?」
「了解。かといって油断するなよ、そのルートで敵が潜伏している可能性があるのは───」
「水中だろ。大丈夫、渡されたマップから狙撃できるポイントを俺なりに洗い出して通らないようにしてるつもりだ」
「──フっ」
「あっ! 何で笑ったてめぇ!」
「何でもない、岩場が近いから通信切るぞ」
スピーカーから続くリュウからの通信を一方的に切断し、今しがた行われたやりとりを思い出す。
エイジが他人と関係を持つ際に自分ではどうにもならない癖のようなものがあるのだが。自分の思考を敢えて伝えず相手が自分の意図を察するかどうか、そんなシニカルな態度を取ってしまうこの癖はエイジ自身もあまり褒められたものではないと自負している。
相手がどういった人物かをその回答である程度見切りをつけて、そこを初期値にして関係性を構築するのがエイジの処世術だ。
リュウは今と同じような質問を春休み前にしたことを覚えているだろうか?
その時はエイジの作戦の意図を気付けず後から説明をする事になってしまったが、今回は違った。自分が考えてる戦略と同じ答えを見付け、自発的に行動している。それはリュウが以前より成長しているなによりの証拠だった。
「こりゃ、うかうかしてられないな」
リュウを下に見ているつもりなど微塵もない。ただ足りない面を友人としてやんわりと指摘し本人が気付き成長の助けになればと、素直に物事を伝えられないエイジの本心だ。
そういえばと、今の会話の後にちょっかいの1つでも送ってくるかと思っていたが左上のスワイプは開かない。
リュウに回線を繋いでいるのかと、あの煩い少女の相手をしているリュウを胸中で労った。
───突如レーダーを砂嵐が覆う。
リュウ、ユナへと通信を試すが応答なし。マップにもノイズが走っておりどこの方角へ向かっているのかも把握が出来ない。
これが敵からの電波妨害なのは火を見るよりも明らかだ。
かといって心はエイジ自身驚くほどに平静を保っている、そもそも相手が1対2を許容した時点で搦め手を使用してくるのは想定済みだ。
「問題は相手がどんな機体かだな」
岩場のエリアが間近に迫り、視線を泳がせた視界の傍ら。最も高い岩山に1機が自らを隠すことなく主張していた。
高所から周囲を見渡しているのか、やがてせわしなくギョロつく頭部センサーが特徴的な挙動でエイジを捉える。
───グレイズランサー、レギュレーション400。
モニターに捉えた機体の情報がアウターギアを通して伝わり、ホロスクリーンに投影される。
まず目を引いたのは右手に構えた大型の突撃槍だ。鋭く、そして長く伸びた先端から根本へ目をやると砲門が姿を見せ、『射撃で牽制し本命の槍で敵を倒す』という堅実な設計が一目で汲み取れた。
そして大型の槍を支える為か一般的なモビルスーツの脚部とは異なり4脚、さながらケンタウロスの様に見える機体は深い青のカラーリングも合わさり彫像を思わせるシルエットに見える。
駆ける直前の馬のように前肢で2度地面を蹴り、大型槍の先端をこちらへと向けた。それに示し合わせるかの様に操縦棍を操作し1番スロット──ウェポティカルアームズを展開、ガトリングの回転音が岩場周辺に大きく響く。
「お手並み拝見といきますか……!」
グレイズランサーの頭部センサー、ザクⅢのモノアイが同時に光った。瞬間、駿馬が逞しい4脚を蹴りガトリングに怯むことなく殺到する。スラスターと脚部からくる運動エネルギーはもはや機体1つが大きな突撃槍そのものだ。こちらもロックオンマーカーを寸分違わず機体の中心へと捉えトリガーを引く。操縦棍をしっかりと握らなければ即座に狙いが逸れるような反動に歯を噛み締めながらも、遭遇したことの無いガンプラを相手にエイジの口角は無自覚につり上がっていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
4脚のメリットの1つとしてまず挙げられるのは高い走破性だろう。
安定した機体バランスにより凹凸の激しい地形でも安定した機動力を持ち、踏み締める4つの脚部はぬかるんだ地面を難なく捉える。その点熱帯であるジャブローとはまさしく相性が良く、目の前でガトリングの火線を驚異的な跳躍で左右前後と避ける様は心臓に悪い。
「加えて素体がグレイズときた、機動性運動性はあっちが上か」
ザクⅢのガトリングを避けながら囲う様に、グレイズランサーが跳躍で徐々に距離を縮める。上下前後左右と俊敏な機体をガトリングで追うだけでザクⅢ側は手一杯だが、あちらは回避しながら固定砲台と化しているザクⅢに対して一方的に射撃を行うことができる。
今のところは右肩のシールドで耐えているがこれもいつまで持つか分からない。いっそ回避に専念しようとバーニアを噴かしても機動性はあちらが上、追い付かれるのが必定だろう。
「で、あればだ」
ガトリングから砲撃が止む。突然の攻撃中止にグレイズランサーが僅かに止まるが、直ぐに大型槍を構えて突撃を溜め───大地を蹴る。バーニアと4脚を総動員した加速は瞬く間にザクⅢの眼前へと迫り、鋭利な先端はコクピットを穿とうとインパクトの瞬間腕を更に突きだした。
鈍い金属音。
グレイズランサーは尚も走りを止めず、半円を描きながら次第に減速を始める。
手応えはあった、だが軽い。
違和感の正体を探るようにザクⅢが居た場所へとセンサーを光らせる、視線を向けるその途中槍の先端に何かが突き刺さっていた。
───ガトリングの銃身だ。
「流石4脚、運動性機動性は相当に高い。だがな」
背後からのオープン回線だった。声の発生源へ大型槍を振り回そうと腕を振るうが何かに縛られたように軋みをあげる。直後、機械的な吸着音が連鎖的に聞こえ───。
「旋回性は人型の方が上だな……!」
爆発が連なり、衝撃で周囲の木々が吹き飛ぶ。
チェーンマイン全てをくくりつけての起爆はレギュレーション1000オーバーであろうと容易く木っ端微塵にする威力だ、如何にナノラミネートアーマーといえども耐えきるのは不可能。
グレイズランサーの頭部がザクⅢの足元へ落ち、機体が見事にバラバラになったことを告げた。噴煙立ち込める爆心地に背を向けてバトル終了の画面を待つ中、2人に何と言おうか脳内で画策する。とりあえずこれでユナの機嫌は多少良くなりエイジへの風当たりも弱まるはずだ。
「ッ?」
モニターが揺れ、何かが映る。
それはマニュピレーター。機体の掌だ。
ザクⅢの物ではないそれは自機から生えているように見え、思考が定まらない。
まさか、と。
緩んでいた手で再び操縦棍を握り締め操作、右腕でそのマニュピレーターを掴む。ザクⅢから引き抜こうとする腕を全駆動系を駆使して遮った。
「もう1機居たとはな……しくったぜこれは」
背後からの抜き手、それはザクⅢの腹部を貫通し動力炉を破壊していた。間もなく機体は爆散し画面にLOSEの文字が映される事だろう。
だが掴まえた。機体の活動が終わるまで、全身に残された粒子をフルで使いその腕を固定する。
相手がどのような策を練ったのかは知らないが、それも知る必要は無い。操縦棍を素早く弄りモニターに警告の画面が大きく表示されるが、迷わず警告を無視し決定の入力を行った。
元より1対2、こちら1機が減ろうと敵を倒してしまえば勝利はこちらのものだ。
コクピットが揺れ、間もなくザクⅢはその身を背後の敵機諸共吹き飛ばすことだろう、だが見事な奇襲だったとファイターの男性を思い浮かべる。
思い浮かべようとモニターに目をやった。
「なっ───……!?」
目の前の光景に言葉を無くす。脳の処理が追い付かず、驚愕が口から漏れるだけだ。
絶句だ。あり得ない。驚きに開いた口は塞がらず頬を冷や汗が流れ落ちる。
だとしたら今背後に居る機体は何だ?先程倒したグレイズランサーは何だ?
視線の先、グレイズランサーとは違う。明らかにこちらが本命だと言わんばかりの存在感。
こちらを見据える青銅色の機体が白く染まり行く視界の中淡く消えていく。
最後に見た景色はそれだった。