バインダーが2基とも破壊されたことによる機動性の低下と背部GNドライブ破損による飛行能力の低下、考えうるに状況は最悪だ。
余程上からの衝撃が強かったのかアイズガンダムは機体を地面へとめり込ませ、空を仰ぐ。
「だがまぁ、バスターライフルとGNシールド。それとビームサーベルは無事か」
背中から落ちたのが不幸中の幸いで機体前面の武装に不具合は見られない、聞こえ良く言うならば地上用のアイガンダムと言うべきか。
脚部スラスターを噴かし、それを助力に勢い良く起き上がる。アイズガンダムを叩き付けた機体がどんなものか拝んでやろうと土がこびりついたアイセンサーを光らせ索敵、目当ての機体は直ぐに見つかり川を挟んだ向こう、陸地からアイズガンダムを静観していた。
その後方には分離したグレイズが並び、数は8機。これだけでも悪夢めいた光景だが、中心に佇むその機体をリュウが見るのは初めてではない。
「そうか。いやなるほど、参ったな」
ストン、と。妙な納得が胸に落ちた。
圧し殺さずとも乾いた笑いが漏れる。これが笑わずにいられるものか。
学園都市側が行った海外からの抽選者の選別、ガンプラバトルファンの予想では海外で力を持つファイターやビルダーが選ばれるはずだとインターネットで議論になったが正しくその通りだったらしい。
青銅色の機体色。周りのグレイズより一回り大きな体躯、手にした日本刀。特徴的な前垂れに刻まれたギャラルホルンの刻印。
春休み何度も見返した動画の中にその機体は映っていた。
2043年ガンプラバトルトーナメントレギュレーション600の部、世界大会ベスト8。生きる伝説、弐武両道。ドイツの英雄。
通り名は幾つもあるが、世間一般で語られる呼び名はただ1つだ。主に世界大会で優秀な成績を残した機体にガンプラバトル運営から付けられる言わば称号、絶対的な強者の証。
引きつった笑みをそのままに、未だ信じられない光景を自分で確かめるよう言葉を紡いだ。
「───軍略のニヴルヘイムッ……!」
「そうか、君は私の機体を知っていたか。いちガンプラビルダーとして嬉しく思うよ」
悠然と語りかける口調、片手に日本刀を持ち直立する姿は隙だらけといった具合だが、攻撃を仕掛けようにもイメージが湧かない。
脳内のニヴルヘイムが繰り出す迎撃の1手でアイズガンダムが悉く斬り捨てられているからだ。
「謙遜が過ぎますよ……!日本でプロ目指してるファイターでアンタを知らない人間なんていない」
「と、なると。君はプロを目指してるのか───良いだろう」
ニヴルヘイムの両肩に装備された長方形状の装備が金属音と共に外され落下。それに呼応するように後ろに控えたグレイズ達が皆項垂れ、地面に片膝を付いた。
そしてゆっくりと日本刀を正眼に構え、切っ先をアイズガンダムの喉元へと向ける。
間合いは充分に遠い、否。リュウが遠いと感じているだけでニヴルヘイムにとってはもはや間合いの中なのだろう、刀の切っ先がアイズガンダムを通じてリュウに突き付けられているかのような錯覚に陥り喉が音を立てて鳴った。
確実に斬られる。そして一刀の元に両断されることを覚悟した。
ならば何をしても無駄だろう、如何に足掻こうと結果が同じなら労力の少ない方が良い。今までそうやって過ごしてきたではないか。
「──リュウさん」
少女の小さな手が服を握った。
意識が鮮明に晴れ、直前の思考が消え失せる。そうだ。
「ありがとな、ナナ。折角お前から大事なこと教えてもらったのにまた繰り返すところだった」
妥協と怠慢の日々を瞼の裏に思い出す。
手が届く物だけを選び、少しだけ遠い物を理由を付けて遠ざけていた昨日までの日々。そんな日々から意図せずとも連れ出してくれたナナとの出会い、昨夜の出来事には今までのような妥協と怠慢は許されていなかったはずだ。
少女の頭を撫で、視線をゆっくりとモニターへ戻す。
操縦棍を操作、構えたGNシールドとGNバスターライフルが離れて地面へと落ち、ビームサーベルを両手に構えた。
「待たせてしまってすみません」
「気にすることはない。聞いていて心地よかったよ、日本の若き戦士よ。───いざ」
短く切られた言葉を最後に無音が両機を包む。ビームサーベルを柳の形に構え、最大出力で刀身を震わせる。大型GNビームサーベルと銘打っているだけあり刃の幅は通常のビームサーベルとは2回りほど大きい。
問題は何処を狙うかだが、ニヴルヘイムの正眼に構えられた日本刀が相当に厄介だ。両肩に装備されたシールドで左右は守られ、心中線になぞられた頭と胴体には鈍い輝きを放つ日本刀が瞭然と立っており全身に隙がない。
破るならば正面からの真っ向勝負に打ち勝つ他は無く、そのあまりに細い勝ち筋に弱音を溢しそうになるのを腕に込める力を増すことで堪えた。不安は溢れる寸前、勝算は絶望的。
だからこそ、切られた鯉口。弱さを抱いた自分を置き去るように操縦棍を全力で前へと押し倒し、全身全霊で叫んだ……!
「───トランザムッ!!」
敵の獲物は実体剣、それを十全に振るうには距離が必要不可欠だ。ニヴルヘイムに先んじて間合いを詰められるよりも、ビームサーベルを持つアイズガンダムが先に仕掛ける方が結果的に実体剣の威力は下がる。
スラスターを大きく噴かし前進。半壊の太陽炉も断続的に粒子を吐きながらもトランザムに耐えてくれており、ニヴルヘイムとの距離がビームサーベルの間合いへと迫った。
未だ動かないニヴルヘイム、──否。その脚は地を踏み締め踵までを地に埋めている。その地面周囲にニヴルヘイムを中心とした小さな亀裂が埋まれ、ラインセンサーが光った。
何かが次の瞬間に繰り出されることを細胞が理解する、だが既にビームサーベルを最上段へと構えたアイズガンダムは全力で振り下ろす他無い。
トランザムの恩恵を受けたビームサーベルの刀身は陽光を思わせる輝きを放ち、目の前の敵を斬り伏せんと空気の壁を破って今、振り下ろされた。
「───ぜぇアッ!!」
「───う、ぉぉおおおああああッ!!」
叫びが戦場を交錯する。
瞬間、雷が落ちたが如き轟音が響き渡り、空気が爆ぜた。
目を開けていた、意識は覚醒し思考を続けた。だが────見えなかった……!
「畜、生ッ!」
アイズガンダムはビームサーベルごとその身を縦真っ二つに分けられ、トランザムの速度そのままにニヴルヘイムの後ろを抜けて、
「良い闘志だった……!」
空中で爆発。ニヴルヘイムが刃を2度振り払い、腰の鞘へと納める。
深紅の粒子がきらびやかにジャブローを彩り、戦闘の終わりを告げた。