心臓の早鐘がやけに大きく聞こえ、打ち付けるように頭蓋の中を反響する。
未だ冷めぬ熱を帯びた身体が肌寒い春風に当てられ心地よく、だが胸に刻まれたこの感情は清々しさとは程遠い久しく味わった『敗北』の痛みだった。
完全に負けた。
策を上から読み崩され、操縦技術も圧倒的に足りなかった。屋上で立ち尽くす中、ニヴルヘイムが繰り出した攻撃の数々を思い出しながら更ける。
相手が格上だったなどとそんな言い訳は通用しない。プロを目指す以上世界ランク8位も1位も等しくライバルだと、そう思って萌煌で過ごしてきたハズが戦闘が終わった今では再び挑む気持ちすら湧かない。
萌煌学園の中でも自分は最強ではなかった、だが突き放すような強さを持つファイターも存在せずあくまで一般的な範疇の中では強い部類の生徒だった。同期とは互いに苦戦しあい学校を抜ければ殆ど負けなし。
つまりは井の中の蛙だったのだと心が痛烈に理解した。
「まずは、正体を隠していたことを詫びさせてもらおう。済まなかった」
男性が仮面をゆっくりと外す。
風に伸びた銀髪が煽られながらも、眼差しには一切の迷いがなくこちらを見据える。その射抜くような眼光はメディアで見掛けた印象よりも更に鋭く思えた。
軍略のニヴルヘイムを駆る軍人、ヴィルフリート・アナーシュタインが腰から上半身を折り、深々と謝罪の意を示す。
「そんなの、オレとリュウは気にしてないですよ、頭をあげてください」
「プロの身でありながら素性を隠してバトルを行った愚行に弁明も何もない──だが、ありがとう。良いバトルだった」
厳かに告げる口元。しかし語尾の言葉と共に柔らかな笑みが表情から汲み取れた。
エイジがリュウを見、会話が出来そうに無いことを悟ると再び視線をヴィルフリートへと戻す。
「なぜ正体を隠していたかって聞いても良いんですか?」
「そうだな、君達は学園都市での外国人──いや違うな。日本での外国人ガンプラファイターが向けられる感情を知っているかな?」
「……良い感情では無いですね、日本は3年連続で世界大会の本選にすら参加できていない状態です。恥ずかしい話ですが、国民の多くは日本の弱さに目を向けず海外の選手へ憎い感情を抱いているのが実態ですね。あ、でもオレとリュウは違いますよ!」
「2人がそんな感情を持っていないのはバトルを通じて良く分かったよ。──だが学園都市にやって来た昨日、私の姿を見てバトルを挑んできた人間は誰一人として居なかった。むしろ私の姿を見て後ろ指を指したり遠ざけていった人の方が多かった……それを見て正直失望してしまったよ、世界中のファイターが注目する学園都市がそんな人間ばかりだったのは」
悔しさか悲しさか、あるいはそのどちらかか。感情が膨れ上がる寸前で目を閉じ、昨日の出来事を思い返すかのように語る言葉からはもどかしさを訴えるように言葉尻が大きくなる。
語ったのは日本の実状だ。
日本に住む多くの人達は日本のファイターが負けると海外選手が仕掛けた戦略を卑怯と指差したり、果てには負けた海外の選手へ酷い言葉を投げたりするような人間が見られる。年々勝率が悪くなる日本の成績からか日本人は責任の有り様を外へと見出だし始め、ガンプラを広めた国にも関わらずモラルの低さが大きく目立っているのは正に負の連鎖といえよう。
その実態が海外メディアから非難されているのは世界のガンプラファイターなら誰でも知っている日本の恥点であり、理解ある日本のガンプラファイターにとっては胸が痛い話である。
「だから私は学園都市の実力を知りたくなった。仮面を被り、正体を隠してバトルを申し込まれるのを待っていた……だが私にぶつけられた次の感情は───奇特の目だった」
「そりゃそうでしょっ、どっからどう見ても変質者と間違……もがっ!」
呆れ顔で指摘するユナの口をエイジが音を立てずに塞ぐ。
後ろへどかし、そのまま何事も無かったかのように真顔をヴィルフリートへと向けた。
「初めに戦ったのが君達で良かったよ。プロの肩書きが付いてしまってからは他人からバトルを申し込まれる機会がぐんと減ってしまったんだが、その中でも明確に私を倒そうという気概で挑まれたのは久し振りの感覚だった。───時に2人共」
「なんでしょうか」
返事をするエイジの傍ら、呼び掛けに視線だけで応える。
端から見ればふて腐れているリュウの態度も、どこか察した面持ち微笑みで言葉を続けた。
「君達は、私に負けて悔しかったか?」
心の最も敏感な箇所を無造作に触られた気がした。
自分の不甲斐なさ、どこか強いと勘違いしてしまっていた自分への愚かさ、操縦技術の拙さ。それらを全て引っくるめて言葉にするなら。相手の肩書きなんてものは関係ない純粋な感情。
誰にも聞こえない程の呟きがぽつりと口から溢れる。
「とても……悔しいですッ」
だが全員に聞こえていた。
唇を噛み締め、拳を震わしながら握り締める姿から痛々しい程に気持ちが伝わってきたからだ。それでいてヴィルフリートを真っ直ぐと睨みつける様は礼儀知らずと揶揄されても仕方がない。
「そうか。ならば良かった」
そう言うとヴィルフリートがアウターギアを操作し、それぞれのアウターギアがホロスクリーンを展開する。
表示されているのはヴィルフリートからのフレンド申請だった。それぞれが顔を見合わせ驚愕の表情を浮かべ息が詰まる、そして。
「自分より遥かに強い者に負けて、それでいて悔しさに身を震わせる。───リュウ君、それはガンプラファイターにとって最も大切な気持ちの1つだ」
ロングブーツの音が屋上に響き、コートをたなびかせヴィルフリートが出口へと歩きだす。
表示されたフレンド申請を涙が滲んだ目で了承し、一足で駆けた。目の前の男性は大きな体躯だ、世界的ファイターだ、リュウとこの男性が話すことは身の丈に合わない。それでも言わなければならないことを心から口へと力を込めて言い放つ。
「俺がッ……俺達が強くなったらまた戦ってくれませんか」
その言葉に鋭かった目付きが一瞬だけ丸くなるが、直ぐに元の厳格さを帯び、笑みを浮かべる。
ヴィルフリートは手袋を外し、晒された右手をリュウへと差し伸べた。
「君達が望むならいつでも引き受けよう。未来有望な日本の戦士達よ」
「───ッ!」
手を握った。
自身と比べて一回りも二回りも大きな手を直に触り、様々な感触や感想が爆発する。
名残惜しみながらも手を離し、今度は自然とリュウの方が腰を折った。
ぐしゃぐしゃになった顔を見せまいと伏せたままの姿勢、一滴二滴と顔から地面に溢れるがヴィルフリートは目を閉じて身を翻す。
穏やかな笑みを浮かべ、ドイツの軍神は靴音と共に屋上を去っていった。
※ ※ ※ ※ ※
「ユナもちゃんと始めようかなぁ。ガンプラバトル」
ヴィルフリートが去って屋上には長い静寂が滞っていた。
リュウもエイジもジャブローでのバトルの余韻にうち震え、内に暴れる形容しようのない感情が渦を巻き、その答えを探すように学園都市の風景を眺める。
その無言を初めに破ったのは手を頭の後ろへと組んだユナの、どこかのんびりとした声だった。
「ユナちゃん爛苗だろ。ガンプラバトルなんかにうつつを抜かして平気なのか」
「残念でした~。ユナってばこう見えて成績超優秀なんですよっ、そのせいで早速先輩に目ぇ付けられてるんですから。それに……」
続く言葉が気恥ずかしそうな顔を浮かべ中断される。
その表情を見るや否やエイジが眼鏡を光らせ言及しようと近寄るが「ウザいっす!」の一言と共に繰り出されたヒールスタンプで悶えた。
エイジをしかめっ面で見下した後、顔がこちらへと向けられる。気まずそうな、それでいてそっぽを向きながらも頭を掻きながら
「リュウさん、すいませんでしたっ」
「──は?」
突然の謝罪。
意味が分からず首を傾げるが、ユナは眉間にしわを寄せて直ぐに声を荒げる。
「舐めてたんですっ! リュウさんの事を! ……だから、すいませんでしたっ」
短い一礼を赤面で済ませる。
だが釈然としないリュウは傾けの顔の角度が更に大きくなり、ユナが更に声を大きくした。
「リュウ、エイジさんに負けてたじゃないですか、アレを見て勝手にユナより弱いって思ってたんです。けどさっきのバトルを見て印象変わりましたっ」
「へぇ、どんな印象になったよ」
目の前で口の開閉運動が始まり、リュウ、そしてエイジへと視線を向ける。
やがて胸に手をやり、未だ恥ずかしさを染めた顔のままに意気揚々と紡ぐ。
「なんか、…………がんばって戦う姿っ! 2人がバトルしてる時の顔がユナ的には『凄く活きてる』って思ったんですっ! ……その、必死だった2人には失礼ですけど───楽しそうでした、はいっ!」
少女の告白を聴き、ゆっくりとリュウとエイジが顔を見合わせる。
お互い顔がまんざらでもない様子、否。エイジの顔が笑みが深みを帯びて悪い表情へと変貌する。
エイジがアウターギアを弄りその場の全員が注目する。
だが、この展開は。
「ナナ、巻き添え食らう前に帰るぞ」
「? ……分かりました」
『なんか、…………がんばって戦う姿っ! 2人がバトルしてる時の顔がユナ的には『凄く活きてる』って思ったんですっ! ……その、必死だった2人には失礼ですけど───楽しそうでした、はいっ!』
「なっ───!」
隣の少女の手を握り出口へと駆け出す。
次の瞬間ユナの怒号とエイジの悲痛な叫び声が屋上に響き渡り、賑やかな掛け合いが第3学区へと木霊した。