ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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2章14話『月明かりに照らされて』

「衣類はこれで全部か。ガンプラはクローゼット行きとして……これは?」

 

 学生寮へと到着しまず始めたのは宅配された荷物の整理だった。

 食品やら生活用品の小山がリビングに聳え立ちそれらをナナと一緒に区分する。手に取った少女が履く予定のパンツを咳払いを1つ、隣で体育座りする少女へと何気無く渡した。

 

 外は既に日が落ち、何か羽織らなければ肌寒い程の気温。

 丁度良いと気まずさを紛らわすべく、購入したインスタントのカフェオレを振る舞おうとキッチンへ赴いて電気ケトルのスイッチON。

 そんなリュウの肝が小さい行動には目もくれず、少女が自分に仕分けられた購入物を綺麗な蒼の瞳で見つめながら手に取って確かめていた。

 

 屋上でのバトルの後、一同は模型店へと向かい備え付けの模型製作ブースでガンプラを組んだり改造。各々性能チェックや軽いバトルを行い夕飯は【リミッデ】という振り返ればガンプラ尽くしの1日だ。

 ガンプラ製作の基礎をそこでナナへと教え、組み立て簡単なハロを組む少女のうしろ、自称ガンプラ上級者3人がナナの指導者を決める言い争いを繰り広げる中さっくりと完成させたナナ見て舌を丸める面々。思い返すと笑える話だ。

 

「リュウさん、デンドロビウム」

 

「元気だなぁナナ。でもちょっとだけ休ませて、今ガンプラ見ると胸焼け起こしそう」

 

 ケトルが湧きマグカップ内の粉末が泡立ちながら溶ける。温かな蒸気とカフェオレの香りが部屋に広がり、匂いに釣られてか淡い髪を揺らして少女が振り返る。

 来客用の机にマグカップを置いて促し、2人揃ってのすすり音が部屋にハモった。

 

 この少女、思った以上に感情表現が豊かだとリュウはマグカップに息を吐くナナを横目にそんな事を思う。

 頑固な1面や僅かに見える悲しげな瞳以外は無感情と思っていたのだが、子細に注目すると確かに反応をしている。

 

「ふーっ。ふーっ」

 

 機械的な動作。

 

「ふーっ。…………ッ。ふーっふーっ」

 

 冷ましたつもりが意外に熱かった時の、動作を中止して瞬きを行う姿から小さな感情ではあるが微かに汲み取れた。

 

「なんですか」

 

「初めはその『なんですか』って問い。勝手に怒ってると勘違いしてたけど、本当に疑問として聞いてるんだよなぁ」

 

「……?」

 

「美味しいか?」

 

「───美味しいです」

 

 相変わらずの無表情、無抑揚。

 だが言葉を紡ぐ前に、視線をじっと目の前の空間へ送っていることに気が付く。恐らくそれが少女の思考している間であり感情が胸中で渦巻いてる状態なのだろうと察した。

 

 懸命に冷却を促す吐息の横、マグカップのカフェオレを飲み干して天井を仰ぐ。

 食道を暖かいものが通過する感覚と冷えた室内の気温も合わさり大きな欠伸が口から出、何の気なしに室内の荷物へと目をやった。

 

 殆どナナがここで暮らすための生活用品や衣類。ぼんやりと眺め、暖かいカフェオレを飲んで汗を軽く掻いた半袖をぱたぱたと仰ぎ、ふと思考がよぎる。

 

「あ。風呂」

 

 妹や年下の女の子と関わりが少ないリュウは分からないが、女の子は外から帰ってきたらまず風呂なのだろうか?

 ともあれ少女に浴槽周りの仕様を教えねばならまいと重い腰をあげて、丁度良くカフェオレを飲み干し小さな髭を作った少女へと用件を伝えた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 ヴィルフリートが繰り出した最後の斬撃。こうして俯瞰されたカメラから見て初めて理解できたが、どうやら驚くことにあの一瞬で二度刀を振っていたのが5倍スロー再生で辛うじて確認できた。下段からの斬り上げ、間髪いれずにそのまま振り下ろし。恐るべきは今の一撃から生る音が重なって1つの音に聞こえたことだ。

 ほぼ同時の2連撃。これまでメディアやネット動画でしか見たことがないヴィルフリートの太刀捌きを直に受け、自分の中で印象ががらりと変わる。あれは『見て』から反応出来る代物ではない、少なくともリュウの反応速度では『斬られる』と思った次の瞬間には『斬られていた』のだ。対策をあげるとすればそもそもニヴルヘイムの間合いに入らず、外から射撃で仕留めること、もしくはトラップで仕留めること。

 

「いやいやいや、無理だろそんなん……アルヴァアロンキャノンじゃねぇとナノラミネートアーマーは越えられねぇ。トラップを仕掛ける何て論外だ。相手はマジもんの軍人だぞ」

 

 ドイツ陸軍特殊機動部隊隊長、ヴィルフリート・アナーシュタイン少佐。

 2043年の世界大会では予選が始まる直前まで軍の作戦で夜通し実地任務を行っていたにも関わらず、任務終了後そのまま休憩無しで予選会場へ赴き1位で通過したのは彼の名前を一躍有名にさせた要素の1つだろう。

 

 去年は軍の任務が重なり大会自体に参加が出来なかった訳だが、今年から軍人兼ドイツ国ガンプラバトル広告大使の肩書きが加わったことで軍に左右されずガンプラバトルを行うことが出来るようになった。

 そんな自由の彼を学園都市がβテスターとして見逃さなかったのは当然といえば当然かと、スマホを持ったままベッドで寝返りを打つ。

 

 アウターギアとスマートフォンを連動させて戦闘のリプレイを見ることが出来るのを帰り際エイジから教わり、ユナが風呂に入っている間こうして動画を見ているのだが試合開始から終わりまで、ものの見事にヴィルフリートの掌の上だった。

 各ポイントにグレイズランサーを置いた後、先に網へとかかったエイジを撃破。そのまま全速力でリュウが戦闘しているポイントへと向かい、これも撃破。この間ニヴルヘイムの操作もさることながら、6機全てのグレイズランサーに各個指示を入力していた事から底知れない戦略の手腕が伺える。

 

 見返せば、理解は出来るが今のリュウでバトル中にはそんな判断は不可能。

 更に個人での操作技術も象とアリ程の差があり、ガンプラバトルで勝つのは奇跡中の奇跡でも起きない限り有り得ない。これが最終的な対ヴィルフリートへの見解だった。

 

「今の俺じゃ勝てねぇ。───だけど、俺にはお前もいる」

 

 寝返りを打った先。デバイスの上に悠々と立つアイズガンダムが物言わぬ眼差しでリュウを見据えていた。

 確かに今のリュウのままであれば勝てない、だがガンプラは今の状態から変えることが出来る。改造による強化、選択肢の幅を増やすことで戦略の幅を自由に広げられる。

 

 今朝にナナがアイズガンダムへと注文していた点、エイジとヴィルフリートとの戦闘。目を瞑り記憶を優しくなぞるよう繊細に思い出した。

 今にも脳内では激闘の喧騒が蘇り、閃光として瞼の裏へ投影される。何が足りないのか、自分に何が出来るのか。ゆっくりと記憶を読み返す。

 

「……即応出来る武器と。射撃の、選択肢の強化。後は、近接兵装を───」

 

 次第に意識が混濁し、自分でも何を呟いているか分からない内容がぼそりぼそりと口から漏れる。

 闇が思考を覆い、気付いた時には抗いようのない眠気がリュウの身体を捕まえていた。ベッドへ無限に沈んでいく感覚に、戦闘を思い返す思考にノイズが走る。

 思い返した記憶が逆再生され、今まで過ごしてきたガンプラの景色が古びた映写機の光のよう、意識というスクリーンへ断続的に投影された。

 

『この───ガンプラはね』

 

 逆再生された映像の最後。

 セピア色でノイズが走ったその記憶を、リュウは知らない。

 

『───君の、君だけの『』なんだよ───』

 

 ノイズが大きくなり声が途切れながら映像はそこで終わる。

 その人物の姿は黒く霞がかったように捉えられず、記憶の誰とも合致しない。

 

 ただ、その人物の声は優しかった。───誰よりも大きく、強かった。

 

 黒が完全に意識を支配する。

 リュウが混濁に沈む最後、胸に覚えた感情は打ち震えるほどの喜び。燃えるように燦然と揺らめく怒り。泣き叫びたくなるような哀しみ。何かに没頭する楽しみ。そして──それらを理解する為の理性。

 

 不思議と、どうしてそんなことを思ったのか意味も分からずにリュウ・タチバナの意識は完全に途絶えた。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 身体機能に異常は見られず、状態は博士の言った通り1日の長期活動に耐えることが出来た。学習装置でインストールされた日常知識、常識も問題なく働いておりこれから過ぎていくであろう彼との生活も難なく行えると、水の滴が滴る身体をタオルで拭く。

 

 明かりが付いた部屋。

 

 彼はベッドで横たわり、ナナの足音にも反応しないことから疲労で寝ていると判断。仰向けに寝ている彼の表情は穏やかで、眺めているこちらの胸も自然と安らぐ。

 

 ───あの時、契約は履行された。

 

 初期状態のナナを意識の深淵から救い出し、アウターでLinkをした忘れもしないあの夜。

 手に取った彼から伝わった『自己満足』と『私を救い出す』という感情、それらがどういう意味か理解できないが、ただその感情は暖かかった。

 

「……寝ているときは電気を消す」

 

 先程彼から教わった部屋でのルールを思いだし、部屋の中央ぶら下がった紐を2度引き部屋が真っ暗になる。

 安らか寝息を耳が捉え、暗闇でも働く視覚を頼りに再び彼の元へ。その頬へと手をやり彼の感情が掌を通して伝わってきた。

 

 彼は哀しいのだ。

 

 ヴィルフリートに負けたことで今まで過ごしてきた自分の過ちに気付き、エイジに負けたことで彼へのコンプレックスも大きくなっている。強くなりたい。彼から伝わるそんな感情に、生まれたばかりの心が同調する。

 

 彼で良かった。

 

 黄色でもなく赤でもなく、橙色でもない。彼の色は蒼色、それも相当に深く浅い色合いだ。

 撫でる掌で心地よさそうに喉をならす彼から手を離し、感情の伝達が消え去る。急速に世界が冷めていき胸に何かが染み渡るような錯覚に手が震える、身体が震える。

 

 これは何の感情だ、どういった気持ちか。

 学習装置では教えることが出来ないこの冷たさを形容するならば──それは、今彼から受け取った感情にすっぽりと該当した。

 

「───これが、『哀しい』。」

 

 理解した瞬間、この感情を忘れまいと胸に手をやり意識の底へと刻み付ける。

 彼とのたった1つ共通する繋がり、深い蒼色。

 

 気が付いたら彼の手を握っていた。世界が色付きNitoro:Nanoparticleは感情に打ち震える。

 握るだけでは満たされない心に従うまま、握った手を彼の指へと絡ませ堪能するように指全体でなぞり、脳へ待ち望んでいた感覚が供給される。

 

「──でも、足りない」

 

 障害物を挟んだ接触では、衣類を挟んだ接触では感情の供給が出来ない。だが手だけではもう少女の心は満足しない。

 ───するり、と。

 彼に掛けられた布団を静かに退かし身体をリュウの横へと付ける。彼の体温をその身に受け止め、そのまま起きないようゆっくりと胸に頭を乗せて心音を感じ、ナナの欲求はそれで満たされるハズだった。

 

 だが小さな胸に到来した感情は更なる渇望。近付いたにも関わらず半比例するように大きくなる欲求に、少女は彼の半袖で晒された腕を身体全体で抱き、心が、ナナという存在が満たされた。

 

 ふと視線の先、月明かりが漏れるカーテンが目に入り淡い蒼色が裸の少女を照らす。

 静かで、綺麗な色。すぐ隣からの寝息にナナも小さく欠伸を1つ。

 

 ───少女を深淵から救いだしたリュウを、彼から滲む蒼色を身体全体で感じて、少女は心地よい微睡みに意識を任せた。


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