朝日が窓から差し込む校内からは僅かに反響する声、どこかでガンプラバトルをしている生徒の熱中する声にどこか懐かしさと安心感を覚えながら教室を目指す。
萌煌学園3年生は授業を受ける際それぞれ割り振られた教室で受講するため自教室はもっぱらガンプラを弄るか、情報交換を行う場と化しており、またバウトシステムに教室が対応したのであればガンプラバトルを行うことも可能だ。そんな久し振りの自教室に胸を馳せつつも釈然としない面持ちでリュウはエイジを横目で訝しげる。
「今日は一日中隠れてるって話じゃなかったか?エイジ」
「確かにそのつもりだったんだが、学園で用事済ましていたら聞き慣れた声が聞こえたもんでな、つい」
「用事って……あぁ、あれか」
「そうそう、環境美化委員。生徒が登校する前に掃除した方が手間取らなくて済むからな」
萌煌ガンプラ学園。名前とは裏腹に、存在する委員会や部活は世間一般の学園と変わらないものが多く、在籍する生徒は選んで所属することが出来る。無所属は認められず、生徒は必ず委員会に所属しなければならない。
これは、ガンプラファイターガンプラビルダーも社会を生きる1人の人間だという自覚するために学園が決めたルールであり、世間に存在する『ガンプラ反対派』の集団への社会的配慮でもある。
そんなエイジが所属している『環境美化委員会』。
仕事の内容は文字通り学園の環境を美化する事だが、高等部の生徒が掃除をするという建前で学園を全域回れることの意味合いが重要らしく、本来は手続きをしなければ立ち寄ることが出来ない初等部中等部の棟も環境美化委員ならばそのまま入ることが出来る。これにより学園の噂や事件をいち早く察知できるという利点があり、1年生から所属しているエイジは現在委員長だ。
「で、最近は何か面白い噂でもあったか?」
「ある。しかも中々に興味深い噂だ」
「なになに!?もしかして物凄い強いガンプラファイターが居るとか?私が居ない間に校内のランキングが変動したとか!?」
食い付いてきたコトハを何食わぬ顔で引き剥がすエイジ。その動作は手慣れたものであり、春休み前以来に目にしていなかった久し振りの光景だ。
2、3度コトハの涙声を含んだ声が校舎に響いたところで教室に到着。案の定誰も居ない室内の一角、奥の片隅に荷物を置き改めて3年生の教室を堪能する。
教室とはいうものの黒板は無く実体は長机が複数置かれたフリースペースだ、目の前の机は一見綺麗だが注視すると、ガンプラを製作した際発生した切り傷や滲んだ塗料が確認でき、どれもが出来て久しい。何年も前に先輩達が残していった青春の名残りの一端を感じながらも、椅子に腰を落ち着かせて先程の話の続きをエイジに催促する。
「で、面白い噂ってのは?」
「あっそれ気になるエイジくん!なになにー?」
2人からの要求に満更でも無い顔で咳払いするエイジ。
その雰囲気ありげな様子に思わず前傾で聞く姿勢になるリュウとコトハ、3人は顔を近付けそっとエイジが眼鏡の位置を直しながら口を開いた。
「何てことはない、電脳世界アウターでの……まぁプレイヤーの間で流れてる噂なんだが」
「歯切れが悪ぃな、早く教えてくれ」
「───『紫怨の凶星』という2つ名。これが最近アウターで有名な噂だな」
「『紫怨の凶星』、2つ名?」
疑問がリュウに走る。
2つ名といえば世界ランカーにのみ与えられた称号として有名で、その名前の法則は『軍略のニヴルヘイム』といった具合に単語の後は機体名がくる事がお約束だ。
無論そこそこ名の知れたファイターは2つ名に便乗した名前を自らに付けたり、周囲が呼んだりする場合もあるが、機体名が2つ名に入ってないことは珍しい。
そしてリュウと同じ疑問をコトハも抱いたようで、眉間にしわを寄せた似合わない顔でエイジへと聞き返した。
「変な2つ名。それで、その人はどんな人なの?」
「そうだな……、ここからが面白いんだが」
一息考える素振りを見せて、人差し指を立てる。
そして神妙な面持ちで言葉を続けた。
「とあるアウターの宙域で条件を満たすとバトルを挑んでくるモビルスーツ……らしい」
「らしいって、なんで曖昧なんだ?」
「その条件ってのが1人で行動をしている事らしく、撃墜された事を誇張して話しているプレイヤーが多いのかいまいち信憑性に欠けるんだ。……ただ唯一共通する点をあげると」
『あげると?』
「とにかく強いらしい。実際被害者にはプロのファイターが居るがソイツでも秒殺って話だ。更に『紫怨の凶星』の不気味さを増してる要因はデータがマスクされてるせいか、プレイヤーかNPCかどうかも分からないってところだな。一部ではアウターログイン中に死んだプレイヤーの幽霊だとか、今後配信されるイベントボスが手違いでポップしてるだとか、根も葉もない噂が入り乱れている。」
饒舌に語るエイジの言葉に思わず食い入る。
真偽はともかく、βテスト中のアウターに流れる噂としては充分興味深く、何より謎が多いのが少年心溢れるリュウにとって胸を打つ感動を覚えた。
未知の強力な敵モビルスーツ。このワードを思い浮かべるだけで早まる心臓の鼓動を抑えることが出来ず、知らず知らずの内に握った拳がじわりと汗ばむ。
「プロが秒殺か。堪んねぇな……!」
「あくまで被害者が自己申告で吹聴してる話だからあまり間に受けるなよ?まぁ残念ながら確かめる事はもう無理だけどな」
「ん?どうしてだ」
「それを聞いた腕自慢のファイター達がこぞって『紫怨の凶星』が出た宙域に行ってるからだな。今は24時間大勢の人間で溢れかえってるから噂が本当かどうか確認するのは厳しい状況だ」
自らの浅はかさに後ろ頭を掻く。
今日の夜にでも噂を確かめようと考えていたが、自分が考えることは他の人間も考える事でもあったようで計画の出鼻が挫かれた。
何か他に『紫怨の凶星』と戦える方法は無いものかと考えてはみるが案は何も浮かんでこず、モヤモヤした気持ちそのままに椅子へと体重を預ける。
「んふふふ~」
奇怪な含み笑いが隣から聞こえるが無視、どうせロクなものではない。
聞こえない振りをしながら腕を組んでいると、笑い声が徐々に大きくなりコトハが快活に告げた。
「私がそこの全員をバトルで強制ログアウトさせれば『紫怨の凶星』ちゃんと戦えるねっ!」
「やっぱプラフスキー粒子で動いてるゴリラは考えることが違ぇわ、コトハお前その場に何人居るかも分かってないだろ?」
「気合いと根性でどうにかするもん!」
「まぁ、俺達には関係ない話だからなんでも良いけどな」
天井を仰ぐ。
コトハの案を仮に通すのであれば、最後の1人になるまで倒しあった後に疲弊した状態で『紫怨の凶星』と対峙することになる。強さのほどは話の評判でしか判断出来ないが、真実であれば無謀も良いところだ。
「てなわけでリュウくん、今からガンプラバトルしよっ?」
「前後の繋がりが見えねぇよ!?」
「強い人の話聞いたらガンプラバトルしたくなっちゃったの!」
「マジかよ……。いや、まぁ良いけどな。俺もコトハで新作を試したかったのは本音だ。行くぞエイジ、フォーメーションはα、右翼陣形で追い詰める」
「悪いなリュウ。残念ながらオレは今ガンプラを改造中でアウターギアの登録も解除してある」
「てめぇさてはこの事態を予測してただろうッ!?」
にこやかに微笑むエイジに吠え、既にアウターギアを掛けたコトハが机を挟んで立っている。
手のストレッチを終え準備万端といった具合でリュウを見据え、溜め息を吐きながらも促されるように鞄からアウターギアを取り出した。
薄緑のホロスクリーンを展開してみれば、バトル設定が事細かに指定してあり、初めてのバウトシステムにも関わらず使いこなしているコトハに驚く。
そして目についたのはバトル設定の『ストック制』という文字。これは、
「俺の残機は3、コトハの残機も……───、おまっ! 残機1じゃねぇか!?」
「ハンデだよハンデ~、こうでもしないとリュウくんが可哀想じゃん」
裏のない物言いが尚更リュウへと突き刺さる。
確かに過去コトハとの戦績を振り返ればリュウが勝てた試合は皆無に等しい。子供の頃はリュウがガンプラバトルを先に始めていたこともあって勝ち星はリュウの方が圧倒的に多かったが、年齢を重ねるにつれて徐々にコトハが実力を付け初め、今では手の届かない領域にまで実力を伸ばしている。
負けるつもりなど毛頭ない。今まで全ての試合もその意気込みで行って来ているはずだが、それを嘲笑うかのようにコトハはリュウを突き放す実力で下している。
思えばいつから、何をきっかけにコトハは強くなったのか。ホロスクリーンを視線で操作しつつ記憶を遡る。
確かあれは本当に子供の頃、近所の模型屋だったか。……それとも公園で遊んでるときだったか。
「……っ?」
靄にかかったように記憶が霞む。鮮明に覚えていたはずの記憶が思い出せず、唸りながらも引き出そうとするが出てこない。
ここ最近多い記憶の欠如に年の波を感じながら、最後の決定を視線で入力。今考えることではない。
直後に教室全体が1度明滅し、床に備わったバトルシステムからプラフスキー粒子が浮かび上がり両者の間でフィールド、機体を構築する。やがて宙に構えた両手に収まるよう球体型の操縦棍が形を成し、目の前のモニターにバトル開始の画面が表示された。
「リュウくん、準備はいい?」
「いつでもいいぜ。今日こそ勝ってやるよ」
「ほんとにっ? 楽しみだなぁ! ……じゃあ」
『───バウトシステム、スタンバイッ!』
ファイターの叫びに応えるようにお互いの機体にラインが走り、ツインアイが輝いた。