ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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3章5話『ブルー・サーキット』

 無数に建ち並ぶ建造物の数々。そのどれもが等しく水に半分ほど浸かり、建物の中に人の気配は無い。水面に反射した青空と朽ちたビル街からはある種のカタルシスが感じられ、人工物に根付いた植物達はかくも美しく、幻想的だ。

 コロニーが堕ち、自然環境が一変した地球。過去に繁栄を極めたであろう国家も、天変地異とも呼べるコロニー落としの被害により無惨にも国ごと水に沈んでしまっている。

 そういった背景設定のバトルフィールド【水没都市】、ガラス張りのビル内には幾星霜の月日が流れたオフィスが細かく作り込まれてあるが、リュウにはそれを眺めて感動する時間は無かった。

 

「普通さぁ! 新しいガンプラ組んだら相手ファイターに紹介がてら挨拶の1発をお互い交わすとかしねぇか!? 相変わらずだなコトハァ!」

 

「真剣勝負にそんなものはいらないもんっ! ほらほら~追い付いちゃうぞ~!」

 

 ビルの間を疾躯し、深紅の粒子がきらびやかに尾を引く。

 水面に反射した青空と同じように機体の色は蒼白、搭載された疑似太陽炉から放出される粒子の量は今まで乗っていたアイズガンダムとは比べ物にならない程に多い。各部にスラスターを増設し、必要量が増えた粒子をバインダーに新しく増やしたコンデンサーにより賄った機体はシルエットが大きく変わっていた。

 オーライザーを意識した2基のバインダー、大型シールドを撤廃し代わりに搭載されたのはGNタチと大型GNバルカン、後腰部にF91のヴェスバーを意識した2つの粒子砲を装備し、爪先に装備されたのは近接用のブレードだ。

 元機よりも攻撃的な印象を増した新作、アイズガンダム改め『Hi-ガンダム』は尚もビル街を縫うように飛行し、追撃を逃れようとスピードを更に上げる。

 

 Hi-ガンダムが過ぎた直後、豪雨の如き弾丸が軌跡を捉え、標的を逃した弾丸達は朽ちたビル群に風穴を次々と開けた。

 悪魔的な量の弾幕は威力も凄まじく、大口径のマシンガンから放たれる弾丸は1発1発が致命傷になりかねない。元々1つの大型マシンガンを2つに集約し、両手に構えた砲門は4つ。これだけで膨大な重量で機動性を下げかねない武装だが、機体の大きさも相まってマシンガンのサイズは通常よりも多少小さく見えてしまう。

 

『ガデッサ・バルニフィカス』は端的に言ってしまえば異形な機体だ。

 Hi-ガンダムと同じく機体色は蒼白で短腕と長腕により腕の数は4つ、短腕に抱え込んだように装備された2つの大型連結マシンガンとシルエットが延長されたガデッサの肩から腕をユニットとして搭載することにより見た目のインパクトは中々に大きい。

 元より更に延長された脚部と背部に備わった大型スラスター、スラスターにはデスティニーガンダムを彷彿とさせる両翼状のウィングと試作3号機のテールバインダーに似たユニットが付けられ先端にはGNドライブがそれぞれ備わっている。最後に2刀の実体剣を背中に携えたガデッサ・バルニフィカスはサザビーを越える全長を有しながらも機動性に特化された超高機動強襲機だ。

 

 その証拠にHi-ガンダムを超速で追い掛けるガデッサ・バルニフィカスが通り抜けた瞬間、爆風の余波で立ち並ぶビル達のガラスが次々と割れていき、欠片が煌めきながら水面へと沈んでいく。

 バルニフィカスの速度が計器に映った途端、顔が青冷めていくのを感じながらも操縦棍を握る腕を強め、レーダーを逐一確認した。マップをリアルタイムで脳に叩き込み、右へ左へと目まぐるしく変わる景色の中、最も入り組んだルートを突き進む。

 

 そも、いかにHi-ガンダムが機動性を上げたとしてもコトハのバルニフィカスより速度が上回ることは有り得ない。Hi-ガンダムは武装が追加されたことにより元のアイズガンダムより戦闘の選択肢が大幅に増えた機体で、リュウ自身機動性運動性防御力攻撃力全てが高水準で纏まっていると胸を張って言えるガンプラだ。

 対するガデッサ・バルニフィカスは攻撃力と防御力を抑えた代わりに、機動性運動性がレギュレーション600帯の中でも頭一つ飛び抜けた性能を誇る。

 

「───ちぃッ!」

 

 距離が徐々に縮まり遂にバルニフィカスの弾丸がHi-ガンダムを捉え、弾丸がバインダーを掠り機体のバランスが崩れた。あわやビルに激突といったところで何とか踏ん張り、目の前のビルと平行しながら上昇し追撃の弾幕をかわす。

 

 直後、背後から連続するガラスの割れていく音。

 朽ちたビルがバルニフィカスの移動が成す衝撃波(ソニックムーブ)に耐えられず崩壊し、紙や机が宙へと投げ出される。どこかシュールな光景に一瞬頬が緩むが即座に作戦を切り替えた。

 

 右手の操縦棍を押し倒し、左手の操縦棍を勢いよく引く。Hi-ガンダムは操縦棍による入力をラグ無しで受け取り、機体を反転させた。

 下から追い縋るように追跡するのはバルニフィカス、その特徴的なアイセンサーがHi-ガンダムを捉え再び銃口から火が吹く。

 

「12番スロット、ディフェンスモード!」

 

 武装スロットを迷い無く選択し、バインダーが前方へと展開。潤沢に供給された粒子が分厚い力場を形成、放たれた弾丸全てを焼き付くした。そのまま防御形態(ディフェンスモード)を取りつつ武装スロットを切り替え、腰後部のGNスマートランチャーがバルニフィカスへと向けられる。

 

 トリガーを引いた音と共に放たれたのは、細く鋭い深紅の光槍だ。

 アイズガンダムが苦手としていた精密射撃を補完するこの武装はガデッサのGNランチャーⅡを改良したもので、武器自体に搭載された高性能センサーにより極めて高い命中率を誇る。それを2発同時。深紅の槍は矛先をバルニフィカスへと向け、巨体を貫かんと勇然と迫った。

 

 ───それを軽々しくバレルロールの挙動によって回避されたのは悪夢の他無いだろう。

 

 続いて放ったGNスマートランチャーの追撃も、くるりくるりと回避し改めてコトハの操縦技術に驚愕した。

 世間に溢れるガンプラファイターの多くは巨大な機体を人生で1度は乗っている。そして大体のファイターはその巨大な機体を降りるのだが、その大きな理由として機体サイズの把握不足が存在する。

 独特な機体形状、鋭く尖ったバックパック、通常サイズの機体感覚で操作すると間違いなく延長された箇所に被弾してしまい、結局は小型や普通サイズのガンプラへと乗り換えるのが殆どのケースだ。巨大な機体は浪漫こそあるが、現実のガンプラバトルにおいては常に機体の端々へと神経を巡らせなければ只の的であり、変化し続ける戦場において機体サイズへと注力する集中は精神を大きく摩耗させていく。

 

 ───そしてコトハは、ガデッサ・バルニフィカスを使い続けて10年が経とうとしている。

 

 人より多く負け、始めの頃はリュウに1度も勝てない日があることはザラだった。

 それが今や文字通り人馬一体。彼女はとうの昔に機体サイズのデメリットなど克服しており、戦場へと赴くコトハの手となり足となって敵を狩っていた。

 

「だとしても流石に人外だろッ!掠りもしねぇ!」

 

 吐き捨てながらバスターライフルの射撃も加えるが、揺らめくような機動に加えて直撃コースの攻撃はバレルロールで回避を続けている。

 恐るべきは回避に加えてマシンガンをタップ撃ちをしてくる事だ。これによりHi-ガンダムは一瞬防御を迫られ、その僅かな時間にバルニフィカスは加速を挟む。少しずつ狭まる2機の距離、やがて両機が昇るビルに終わりが見え屋上へと差し掛かり、沿うように次は急降下。

 真正面に水面が迫りながらも加速を止めず、重力の影響もありバルニフィカスを振り切った。

 

「リュウくんが何かやろうとしてるー!」

 

「あぁ! よく見とけ、んでもってこれで終わりだよッ!」

 

 水面が爆発。

 爆音と爆風がビルを打ち付け、弾けた水の高さはビルの屋上まで達した。Hi-ガンダムの姿は周囲には見えず、まさか水面に激突して撃墜したかとコトハがリュウのストックを確認する。表示は変わらず3と表記されており、どうやら堕ちてはいないようだ。

 

「も、もしかして沈んでる最中だったりして」

 

 リュウなら有り得ると、普段の彼を思い返し苦笑いを浮かべる。奇策を講じようと動いたリュウが自滅することや、良かれと思って行った行為が最悪の結果を呼び込んでしまうことは良くある話だ。

 今回もそのパターンかと操縦棍の握りを緩めて。──瞬間、アラート。

 

「わっ、何!? 攻撃!?」

 

 地響きと共にアラートがモニターに点滅し、警告音が鳴り響いた。

 しかし攻撃と見られるものは水面からは確認出来ず、目の前の事態に反応が遅れる。何が水中から出て来ても良いよう、バルニフィカスのスラスターに火を付け神経を集中。

 故に、水面を注視するコトハは気付けなかった。

 

 ───巨大な幾つもの影がバルニフィカスを覆っている事を。

 

「ちょっ……! えぇえええ!? 何何何何ぃ!?」

 

 周囲のビルがバルニフィカス目掛けて倒れ、抜け道を探るがどれも倒壊するビルで阻まれている。

 押し寄せる巨大な塊を前に口から出るのは困惑の叫びばかりで、解決案が浮かばないまま自重を支えきれなくなったビルがコトハの悲鳴を押し潰した。


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