視界が切り替わりここはモビルスーツの射出ブロックか、モニターにはカウントが表示されており恐らく0になれば再び水没都市へと発進するのだろう。
ストック制のガンプラバトルは初めてだったが、機体は万全の状態に戻されておりトランザムも使用可能なようだ。
残りカウント30、焦る思考を冷ますため一旦瞼を閉じてカウントが0になるのを待ちながら先の戦闘を振り返る。
Hi-ガンダムのトランザムは想定以上に強力だった。稼働時間の延長に加え機体速度の上昇、アイズガンダムには非搭載だったバインダーによる突撃。様々な武装の追加によりトランザム時の選択肢が大幅に増えた事は証明されたが、バルニフィカスの機動性能が持つ暴力により性能を十全に振る舞う前にトランザムの時間切れが起こってしまった。
そして残りストック2機、やはり機体の強みを全面に出す前にバルニフィカスへの対策が必要なのは確実だろう。ビルの密集地帯が消えたことによりバルニフィカスはその機動力を充分に発揮出来る事に加え、通常時でもその速度はHi-を二回りほど上回っている。変幻自在の速度調整によりマシンガンの最適間合いを維持して敵を消耗させ、隙を見せれば長刀で切り伏せ、試合が長引けばマシンガンによる射撃が延々と続く。
俗に言ういわゆる『待ちゲー』を強みとする機体だが、厄介なことに『待ち』を崩す為に強行手段を取ろうとしても機動力でいなされ仕切り直されてしまう。
『相性不利の待ちゲー』を強制的に相手へ強いるバルニフィカスとコトハ、確かにプロとしての実力を持った実力者であり学生間国際バトルロイヤル戦1位も頷ける強さだ。
恐らく、このまま戦ってしまえば敗北は不可避だろうと脳内でシミュレーションを試みるリュウの眉が微かに寄る。機動性が駆け離れており、こちらが1手を出す間にバルニフィカスは2手も3手も行動を取ることが可能。そしてHi-ガンダムにはバルニフィカスの高機動を捉える事が出来る武装が1つしかない。博打の様なただ1つの手段、武装。実戦運用は初めてでありどういった効果を及ぼすのかは未知数だ。
「だけど、コトハの移動パターンは大体データ取れたな、おし」
カウント0。
目の前の隔壁が開き、Hi-ガンダムの足場に角度が付く。一瞬の後、固定された機体が勢い良く足場ごと前方へとスライドし火花を伴いながら再び『水没都市』上空へと機体が飛ばされた。
バルニフィカスが何処に居るのか、どうやって博打を打つか。悶々とした思考の中、開けた大空が視界いっぱいに広がり格納庫との光量の違いで思わず目が眩む。
「お、ラッキー! 2機目頂き~!」
不意な声はHi-ガンダムの真上から聞こえ、けたましく鳴り響く警告音に従うまま声の方向へ目をやる。
長刀を大上段に構えたバルニフィカス。その速度はトランザムもかくやと思うほどの神速で、振り下ろされる刃が奏でる風切り音が鮮明に耳へと入る。反応が遅れたリュウにその攻撃速度は意識の領域外であり、
「う、そだろ……!?」
咄嗟に構えたバインダーごと縦に両断されたHi-ガンダムを、モニターから未だ信じられない様子で目を見開いて溢した。
2機目のロストに加え、コトハによる
文字通り出鼻を挫かれたリュウは驚愕に口を開いたまま2度目の格納庫へ機体を転移された。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「あんの野郎、初めてのストック制バトルでリスキル決めるとかマジかよ……!」
恐らく復帰位置はランダムの筈だ、運営も復帰位置狩りの凶悪性を把握しているはずだし再出撃の地点が毎回同じならそれこそ敵を先に沈めたプレイヤーが圧倒的有利のクソゲーになってしまう。
数ある復帰位置の1つに狙いを絞り、復帰のタイミングで攻撃を合わせたコトハ。仮にリュウの復帰場所が違った場合は隙を晒していた事になっていたはずだが、迷わずそれを行う精神ははっきり言って異常だ。
「ただそれを平然と行うコトハ、アイツは血も涙もない殺戮マシーンだな。きっと初心者ファイターにもバンバン決めて愉悦に浸るんだろうなぁ、最低だ」
「聞こえてるからねリュウくん!? 今のはリュウくんとエイジくん以外にはやらないからっ!」
机を挟んでコトハの叫びが耳をつく。
その内容にはあえて突っ込みはいれず、もう一度仕掛けられるだろう復帰位置狩りを警戒する。
復帰位置がランダムならば確率的に考えて、次にコトハが強襲する地点から離れることは容易く想像出来た。そこに攻撃の隙を見せたコトハにHi-ガンダムの切り札を叩き込む、一か八かだがこの方法以外にバルニフィカスが隙を見せる場面は恐らく無く、距離が開けた次の瞬間こそ千載一遇のチャンスだろう。仮にバルニフィカスの目の前に復帰した場合それはもう呪いとしか言いようがないので可能性から除外。
迫るカウントの中、操縦棍で武装スロットのトランザムを選択し起動を試みる。当然システムからのロックがかかっておりモニターにエラーの表記が表示された。
「よし、こいつは試してみる価値がある」
にやける口元、あちらが復帰位置狩りのテクニックを駆使するならばこちらにも考えがある。カウントがやがて1を切ってHi-ガンダムが前傾姿勢を取り、その瞬間手元の操縦棍を入力しトランザムを選択。そして前方へブーストする為に思いきり前へと光る球体を倒した。
───画面一杯のエラーの文字、これがリュウの想定通りなら。
スライドする足場、急速に開ける世界。
Hi-ガンダムが『水没都市』へ出撃した瞬間、システム側が『Hi-ガンダムがバトルフィールドに出現したという判定が出た瞬間』に、予め入力されていたトランザムそして最大出力のブーストがタイムラグ0で機体へと反映される。
『先行入力』と言われるこれも対戦ゲームで良く見られるテクニックの1つだ。
操作キャラクターがプレイヤーの操作を受け付けていない間にコマンドを入力することで、動ける状態になった瞬間予め入力されていたコマンドが反映されるというテクニック。ファイターの操作がリアルタイムで反映されるガンプラバトルではあまり馴染みの無いテクニックだが、戦場に復帰するこのタイミングならば行えると判断し思惑通りタイムラグ無しでトランザムとブーストがHi-ガンダムへと反映され紅の軌跡を残しながらHi-ガンダムは空を一気に駆け抜けた。
「え、ちょっ……! リュウくんがトランザムで出てきたぁー!?」
これも想定通りHi-ガンダム後方でバルニフィカスが全く違う地点に長刀を振っていた。それを置き去りにし、Hi-ガンダムが出せる最大のスピードで距離を取る。
震えるモニターと操縦棍を気力で制御し充分距離が取れたところで機体を反転、リアスカートに備わったスラスターで尚も距離を取りながら武装スロットの最右を選択。
元々アルヴァアロンキャノンが登録されていたこのスロットには、その発展系となる武装が装備されている。通常であれば1発で全粒子を食うため放つタイミングが非常に限られる武装。トランザム状態で発動すれば、技の発生後にトランザムが即終了してしまうこの大技だが、バルニフィカスを落としさえすれば終わるこのバトル、放つのは今しかない。
「───エクストラスロット、展開。」
入力と共にバインダーがアタックモードへと変形、それに伴い腰後部GNスマートランチャー2門も前方へと展開され、右手に構えたバスターライフルもバルニフィカスを捉える。
Hi-ガンダムの前方周辺が深紅の粒子によって揺らぎ、真夏の太陽に焼かれた地面のように空間が熔けだしていった。
迫る重低音、4門の大型連結ライフルを発射しながら驚異の速度で接近するバルニフィカスをモニターが捉え、距離がみるみる縮まっていく。Hi-ガンダムを狙う実弾の豪雨は寸分違わず機体を捉え、
Hi-ガンダム前方に揺らぐ力場に掻き消された。
「ん!? それ……、GNフィールド!?」
「おう、元々アイズガンダムにもあったんだぜ、アルヴァアロンキャノンを撃つ際バインダー側からの攻撃を防御するって設定。それがあまりにも認知されないから、こうして効果範囲を前方にしてやった」
空間が混ざりあい、やがて5門の中心へ小型に凝縮された太陽の如き球体が発生。紅の稲妻が球体の周りをフレアのように駆け回り、サイズが徐々に規模を拡げる。
Hi-ガンダムサイズとなった紅蓮の太陽は規模の拡大を止め、張り裂けんばかりの胎動を始めた。
「いくぜコトハ、これが俺の──、Hi-ガンダムの全力全開ッ!」
その声が聞こえた瞬間コトハはHi-ガンダムへと噴かしていたブーストを止め、直後訪れるであろう大技に全神経を注いだ。
恐らくは想像に違わない極大のビームだ、規模にもよるがバルニフィカスの機動性にかかればガンダムヴァーチェの最大出力射撃も難なく避けることが可能、この攻撃も避けて見せるとコトハが冷や汗混じりに犬歯を覗かせる。
球体状の粒子が胎動を止め、その中心。透けて見えるHi-ガンダムのツインアイも深紅に輝いた。
「アルヴァアロンキャノンッ!レグナント・ブレイカアアァァァアアアアッッ!!」
『水没都市』に浮かぶ2つ目の太陽。その球体に一筋の虹光が走り、閃光を裂け目として禍々しい深紅の奔流がバトルフィールドへと吐き出された。アルヴァアロンキャノンより一回り二回りも規模が巨大な極光はうねる大蛇のようにバルニフィカスへと迫り、開いた
「───くぅぅううッ! ……やあっ!」
右方向へと最大ブースト。咄嗟に入力された暴雑な操作にも応えるバルニフィカスは紛うこと無い名機だろう、大きく粒子から回避したコトハが大出力の攻撃により消耗しているHi-ガンダムを叩こうと、
───避けた筈の大粒子砲、それが恐るべき速度でバルニフィカスを再び捉える。
「なんでッ!? 避けた筈じゃ……?」
困惑の声ごと呑み込まんと粒子が直角に屈折する、それに半身を焼きながらもバルニフィカスはすんでのところで回避し、粒子は遥か後方へと遠ざかっていった。
ガデッサ・バルニフィカスのセンサーアイが不気味にラインをなぞり、Hi-ガンダムを見据える。これが勝負の終わりと言わんばかりに無事だった左長腕に長刀を構え、一足でHi-ガンダムの喉元へと切っ先が届く。
しかしバルニフィカスの機動性を支えていた背部2基のスラスターウィングの片方が失われたことで長刀の狙いが僅かに逸れ、コクピットではなくHi-ガンダムの頭部を深々と突き刺した。そしてとどめの一撃とばかりに大型連結ライフルを胸部へと押し付け、
「ありがとう。今回の勝負、俺の勝ちだ」
「なにさ! どうやってッ!」
トランザムの強制終了により機体性能が大幅に下がったHi-ガンダム、だが腕を動かす程度は問題なく行える。バルニフィカスの大型連結ライフルの銃口を手で塞ぎ、乱雑に先端を反らした。射撃音、弾けるマニュピレーター。
リュウの行動に困惑するコトハだが、もう一度ライフルを胸部へと構えトリガーに指をかけた。
「じゃあな、コトハ」
言葉の意味が、分からなかった。
少なくとも声音は虚勢を張っているようではなく、自らの勝利を確信したリュウの宣言だ。
ここからリュウがどうやって勝つのか、コトハの興味はその一点に絞られ、見届けてみたいという気持ちが胸に芽生える。
困惑する思考、だがコトハは首を横に振った。見れば満身創痍のHi-ガンダム、この状況でリュウが勝利するのはどう見ても不可能であり、だとしたらこれは無用の問答と、今度こそ操縦棍へと掛けた指を強めた。
だが引き金を引けなかったのは、後方から聞こえた轟音がバルニフィカスに迫っていたからだ。甲高い独特の音はGN粒子の音に他ならず、先程避けた筈の深紅の奔流。
リュウ・タチバナがコトハ・スズネの行動を読んで仕向けた屈折する紅閃、Hi-ガンダムに掴まり身動きが取れない機体を見ながら、瞬間コトハは嬉しさの余り笑みを浮かべ心に浮かんだ感情のままマイクへと告げた。
「うんっ、うんっ! 成長したねリュウくん!」
「はっ、嫌味かよ」
短く告げるリュウの表情にもまた笑みが浮かび、バルニフィカスを離さまいと回した腕を強める。
互いに回避をする動作を見せないまま紅蓮の粒子に呑み込まれ、爆発すら生じない破壊の激流に機体がただただ呑み込まれていった。