ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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3章9話『最優の教員』

 見れば時刻は7:30。誰も声を発しない空間に耳を澄ませば他教室から聞こえる生徒の声。

 決して存在を忘れていたわけではない、だがあえて言い訳をするならコトハとのガンプラバトルに夢中となって時間を忘れていた。

 自身の迂闊さに唇を噛みながら、コトハとエイジに悟られぬようこちらを伺う相手を睨む。

 

「なるほど。大体把握したわ」

 

 そう言うと、視線をはぐらかしながらアウターギアを外し、数秒コトハを見詰める。

 耳触りの良い、柔らかな声音がこの場の全員の耳に届いた。

 

「ダメじゃないコトハさん、友人とはいえ手を抜いちゃ。そんなのコトハさんらしくないわよ?」

 

「てっ、手は抜いていないですよ!ただっリュウくんが春休み前より強くなってて嬉しいな~って思っちゃってつい……」

 

 コトハにとってトウドウ・サキは自身のコーチであり、信頼と親愛の対象だ。

 言葉尻が小さくなっていたコトハの頭を撫でながら諭すように、

 

「『萌煌学園では勝利こそ絶対』、貴女も知っている校訓でしょ?それに、プロであるコトハさんが野試合をするということはそれだけで大きな意味を持っちゃうのよ」

 

「大きな意味?」

 

「そう。ガンプラファイターの戦績っていうのは、そのファイターの評判に直結するものよ?───もしタチバナさんが今のバトルを録画してネットに流したら、それだけでコトハさんの評価が一気に下がっちゃうの」

 

「そんなことリュウくんはやりませんよ!」

 

「優しいのねコトハさん、でもまだ話は終わりじゃないの。……シヲリさん、コトハさん、貴方達の直近50試合の戦績を教えて頂戴」

 

 話を振られたエイジ、コトハがそれぞれ学園デバイスを取りだし、液晶に戦績が映し出される。机に置かれたデバイスを隈無く眺め、頬が緩んだトウドウ・サキがそのまま2人に微笑みかける。

 この話の流れ、予想が付いたリュウが顔を俯かせ話の終わりが告げられるのをただただ待った。

 

「シヲリさんは勝率63%、流石優秀ね、秋の試験までキープするように。コトハさんは……、72%。プロとして申し分無いけど貴女はコンディションに左右されやすいから気を付けてね」

 

『ありがとうございます!』

 

 萌煌学園では教員は絶対。

 在籍する教員全員がプロとして過去に君臨し名を馳せた名ファイターであり、誰もが生徒よりガンプラ制作技術も戦闘技術も上だ。故に2人はトウドウ・サキの言葉に快活な返事で返し、『尊敬される教員と、教員を尊敬する生徒』という理想の関係がよりこの場で強まる。

 

「それで、タチバナさんの戦績は?」

 

 抵抗は無駄。

 一刻も早く終わらせる為デバイスを起動しトウドウ・サキの目の前に置く。

 覗き込む表情は張り付いた笑顔そのもの、だがその表情が仮面だということはリュウしか知らない秘密であり禁忌だ。

 

「49%……はぁ、また下がったわねタチバナさん」

 

 さも心配しているという風に溜め息を付いて肩を落とす。

 そしてリュウから視線を離し、エイジ、コトハへと対象を移し、机へと腰を掛け2人に言い放つ。

 

「友人関係は先生何も言わないけど、ガンプラバトルは別よ?レベルの高い人間がレベルの低い人間と関わっちゃだぁめ。弱い人に対する戦い方に慣れちゃって、貴方達の実力まで下がっちゃうわ」

 

「お言葉ですが先生、リュウは最近使用するガンプラを替えて尚且つ、バトルする相手は全員手練れです。実力が自分達より劣っているということはありません」

 

「その手練れに勝たなければいけないのが萌煌学園生徒の筈よ?現にシヲリさんとコトハさんは強者を相手に勝てているもの、それに対してタチバナさんは結果を残していない、これが全てよ」

 

「──っ」

 

 間髪入れずの回答にフォローを入れてくれたエイジが言葉を詰まらせた。

 コトハも俯き、教室に静寂が訪れる。消沈する3人、それを見て「まぁまぁ」と声を張り上げトウドウ・サキが気丈に立ち上がる。

 

「タチバナさんがやれば出来る子っていうのは私知っているから、先生と一緒に頑張りましょ?」

 

「……はい」

 

「け~ど、くれぐれも出来る人間の足を引っ張る真似だけはしないように、タチバナさんの遊びに2人を付き合わせちゃだぁめ」

 

「───ッ!」

 

 出来ることであれば、今ここでトウドウ・サキという人物から向けられた感情をコトハとエイジに打ち明かし鼻を暴きたい、トウドウ・サキをこの学園から追放したい。ただリュウにはそれが出来るわけがなかった。

 苛められる側の被害者が苦痛の時間が終わるのをただただ待つようにリュウが俯く、どう考えても結局は黙るしか選択肢は無く拳に込められる力が強まるだけ。

 

「あの、コーチ」

 

 声をあげたのはコトハだ。

 伺いの感情を含んだ質問に、眼鏡の位置を直しながらトウドウ・サキがにこやかに耳を傾ける。対してコトハの表情は取り繕った張りぼての笑顔、震える声のまま質問を続けた。

 

「わたし以外の代表選手って……」

 

「? あぁ、あの子達ね。全員半年間の出場停止処分よ」

 

 その時、コトハが一瞬走らせた顔の表情をリュウは一生忘れないだろう。

 どんなときでも五月蝿い程明るく、付かず離れずの距離でうっとおしいくらい世話焼きの幼馴染み、コトハ・スズネ。いつもへらへらと笑う彼女の顔が悲痛に歪むのは、かなり久しく見せた表情だ。

 

「あぁ~!先生そろそろ会議があるから行かなくちゃ!……あとタチバナさん、会議が終わったら私のところに来て頂戴、場所はメッセージで伝えるわ。それじゃあ皆、良いガンプラライフを!」

 

 最後まで調子の良さで振る舞い、トウドウ・サキが足早に教室を去る。

 姿が見えなくなった途端にどっと脂汗が全身から吹き出し、座っているにも関わらず目眩を覚えた。

 

「だ、大丈夫? リュウくん、コーチはいつもああいうズバズバ言っちゃう人だから、気にしないで?」

 

「そうそう気にするなよ。Hi-ガンダムを折角作ったんだ、見返してやれ」

 

「ぁ……、あぁ。そうだよな、気にしちゃだめだよな!おしっ!」

 

 気遣う2人の声に遅れて意識が反応し、なんとか笑顔を踏ん張り応えた。

 だが握る拳、その内側にじっとりと滲んだ汗は未だ熱を持ち、教室の入口を睨む眼差しには今さっき去った人物に対しての複雑な感情が入り雑じっていた。


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