ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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3章10話『吠え立てる決意』

 敷地が広大な萌煌学園は生徒の数も膨大だ。

 全体生徒数1500人以上、昼下がりともなれば騒がしいくらい賑やかな生徒の喧騒が学園全体から聞こえ、ある者は昼休みをガンプラバトルに費やし、ある者はガンプラを仲間と弄り、ある者はスポーツで息抜きをしている。

 

 そんな生徒達が一切立ち寄らない場所、リュウ・タチバナが指定された部屋は以前にエイジとガンプラバトルを行った予約制のガンプラスペースだ。

 本来であれば放課後しか解放されないこの部屋からは生徒の喧騒もどこか遠く、自分が世界から切り離されたような、寂しさと特別感を胸に覚える。1人で考え事をしたい時なら最適の場所と言っても過言ではないだろう。

 

「呼び出してごめんなさいね、タチバナさん」

 

 ───目の前の人物が居なければ。

 

 周囲に人が居ない個室、トウドウ・サキと会話をする場所としては最悪な場所か。

 部屋の扉を閉め胸のボタンを1つ開ける。長い溜め息を1つ吐き、先に部屋で待機していたリュウを真正面に捉え艶やかな唇が開いた。

 

「最近は天気も良いわよね、今朝の気温も先生凄く過ごしやすくって──」

 

「早く本題を言ってくれませんか」

 

 ぴしゃり、と。言いのけるリュウにトウドウ・サキの目が細まる。

 そして吊り上がる口角のまま、部屋を歩き出した。

 

「コトハさんの成績、聞いたわよね? 小規模の国際的な交流試合みたいなものだけど、その大会でコトハさんが納めた成績に国のGP省が関心を示してね、コトハさんを国際的な強化選手にしようって声があがってるのよ」

 

 円を描き部屋を回る。

 確かにリュウの記憶が正しければ、国際的な試合で成績を納めた日本人選手はここ最近前例がなく、国がコトハのような優秀な選手を強化するのは妥当な判断と思える。

 

「だけど問題が1つだけあってね、今まで学園で過ごしているのを見たり、シンガポールでもそうだったのだけれど。彼女がガンプラバトルを行う意識の根っこがどうやら良くないらしいのよ」

 

「根っこ?」

 

「そう。───コトハさんの関心の帰結はいつも貴方なのよ、タチバナさん」

 

 部屋を回る動きが止まる。

 直立するリュウの真横に着いたトウドウ・サキがその距離を縮め、リュウを見下ろした。そして蛇のように細まった視線のまま。

 

「ガンプラバトル、辞めてくれないかしら? タチバナさん。貴方さえ消えてくれればコトハさんの無駄な執着が消えて、より完璧なガンプラファイターになれるのよ」

 

「何を……!」

 

「コトハさんの興味の関心がガンプラにのみ注がれれば成績は更に伸びるわ。伸びしろがないタチバナさんに構って足踏みをしている彼女を見ると先生いっつも胸が痛いの、開花しない蕾の成長をいつまでも待っているコトハさんが不憫で仕方ないのよ、だから言うの。タチバナさん、貴方ガンプラバトルを辞めてくれないかしら?」

 

 返答を促す声音で言葉が切られる。

 怒りに目眩さえ覚え、呼吸が不規則になっていくのを感じた。この教師は何を言っているのか、過呼吸じみた呼吸で視界が揺れるなか、倫理的な観点から理解できないと同時に個人的な観点からは理解が出来てしまった。

 

 つまりコトハにとってのリュウ・タチバナは第三者から見れば足を引っ張っている要因そのものなのだろう。もしかしたらトウドウ・サキ以外にも同じ思考の人間が居て、学園に在籍している生徒達全体が感じている事かもしれない。

 

 言動こそ教育の域を越えた脅迫や脅しであり、録音なりして然るべき機関に届け出ればトウドウ・サキを追放することは容易だ、それはリュウも本人であるトウドウ・サキですら理解している。

 

 だがリュウがそういった行動を行わないのは、トウドウ・サキが果てしなく優秀な人物であるから。

 普段から独善的な言動こそ見えるが生徒の事を第一に考える彼女は間違いなく全生徒から人気の教師であり、そんな人間がここまで度を越えた事を言うのなら問題があるのは自分、とリュウは沸き上がるどす黒い感情の中なんとか理性を保つ。

 

 成績が伸び続けているコトハ。このまま成長を続ければ間違いなく日本人プロとしてガンプラバトルの歴史に名を残す人物になるだろう。

 生徒からの人気と教育方針が全校教師の中で最優のトウドウ・サキ。先見の目で彼女から指導された生徒は殆どがプロとして活躍しており、本人のガンプラファイター、ビルダーとしての能力もずば抜けている。

 

 対して、自分は。

 

 胸に手を当てて学園での自分を思い返す。中途半端に高い実力、現状に甘えていた自分。どこか心の中でこのまま安穏と過ごしていればプロになれるとぼんやり思っており、意識も高いとは言えない。

 

 そんな自分に構って優秀なコトハの足を引っ張っているのなら、それは。それこそリュウの嫌いな無駄なことではないか、と心の中の黒い自分がリュウ・タチバナの耳元で囁いた。その声は増幅し、すぐ隣にいるトウドウ・サキの存在すら忘れて、黒い感情のまま震える手を握り締めた。

 

「俺は、ガンプラバトルを。───辞めません」

 

 今までの自分ならここで、辞めてしまうと宣言していたかもしれない。

 学園内での井の中の蛙、そんな学園内のある種トップから告げられた引退通告に心を折られ頷いていたかもしれない。

 

 だけどリュウはこの震える手でナナの手を握った。世界(ヴィルフリート)と戦い世界を知った。

 

 自分が救えた少女と、自分の常識を壊したプロとの出会いで変わり始めたガンプラバトルの常識。学園内で感じることが出来なかった圧倒的な敗北でようやく自分のガンプラを見直すことが出来、辛いながらも楽しいと思えた最近。

 

 いかにトウドウ・サキの言葉が真理であっても、リュウの意思はただ1つ。

 

「俺は、ガンプラバトルを辞めません」

 

「……」

 

 睨むようにトウドウ・サキを見据えた。

 歪に張り付いた笑みは変わらず、唇が気色悪く震えている。いったいどのような感情が渦巻いているのか知りたくもない彼女の心境を思い顔を背ける。

 啖呵の言葉を切って、そのまま部屋を後にしようと背を向けた、その時だった。

 

「そこまで言うのなぁら、先生に今のタチバナさんの実力、見して欲しいわね?」

 

 毒虫が背筋を這いずる様な錯覚に思わず足が止まる。

 ツカツカとヒールの音が部屋に響き、リュウの真後ろでトウドウ・サキが舌で唇を濡らした。

 

「午後に私の授業に参加して頂戴。これは萌煌学園3年学年主任としての命令よ」

 

「それは……っ! 先生と戦うっていうことですか」

 

「別に逃げても良いのよ? ただ逃げるようであれば、貴方は3年生になってから無駄な時間を過ごしていたってことの証明になってしまうけれど」

 

 怒りの琴線に触れられるとはこう言うことか。無駄な時間、今目の前の人物はそう言ったのだろうか。

 

 ナナと出会ったこと、ユナがガンプラバトルを始めるきっかけになれたこと、ヴィルフリートに教えられた世界の広さ。

 それを今、トウドウ・サキは無駄な時間と言ったのか。

 

「受けて立ちますよ。先生に、俺の大切な時間を否定されたくありません……ッ!」

 

「い~ぃ目ね。それじゃ午後の授業、そうね───場所は」

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「午後の授業かっったりーなー。選択科目なんて取らなきゃ良かったぜ」

 

 チャイムが鳴り、男子生徒は自教室の机に突っ伏していた。

 それも彼だけではない、食後の授業ということもあり眠気に襲われている生徒達が同じように机に伏せており、教師の到着を待つ。

 幸い午後の担当教師はあのトウドウ先生であり、彼女であればこの退屈な空気を壊してくれるような何かを催してくれるだろう。男子生徒の目に微かな光が灯り、学園デバイスを鞄から取り出す。

 

 バトルでも、ガンプラ制作でも、バウトシステムでも何でもいい。座学は勘弁だがそれ以外は大歓迎だ。

 新作のガンプラを皆に見したいとデバイスを手で弄ぶなか、思いきり開けられた教室のドアの音と共に委員長の声が響き渡る。

 

「みんな聞いて!今日の授業なんだけど場所が変更されたの!場所は───」

 

 男子生徒も含めて生徒達が一斉に立ち上がり、それぞれが喜ぶような声と、疑問を口にする声が聞こえる。

 なんでも、あのリュウ・タチバナがトウドウ先生とガンプラバトルをするらしく、男子生徒自身もそのマッチアップに喜びの声をあげた。

 

 リュウ・タチバナと言えば、ガンプラバトルスペース貸し切りの件で学園側と一悶着あったり、在籍中にプロとなったコトハ・スズネと幼馴染みであるといった何かと話題に欠かない人物で、彼が何故トウドウ先生とガンプラバトルをするのかは知らないが、学園最優と名高いトウドウ先生のガンプラバトルを見れるのは滅多な機会がなければ有り得ない事だ。

 

 生徒達が走り、辿り着いたのは体育館。

 その中央に相対する両者が見えたとき、感じたのは明らかな雰囲気の違いだ。

 

 張り付くような緊張感、2人の間には言葉はなく、リュウ・タチバナに至っては見たことの無い表情でトウドウ先生を見据えている。

 

 そんな彼の空気に、意気揚々と走り込んできた生徒の誰もが息を飲んだ、男子生徒もその1人だった。

 

「リュウ・タチバナ……、あんな怖い顔する奴だったっけ……?」

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「ギャラリーも集まってきたみたいね」

 

 体育館入口に集まった生徒にウィンクをしながら、リュウを睨む片目は獲物を前にした爬虫類のように鋭い。

 既に展開されたプラフスキー粒子を挟んでも、戦う姿勢になったトウドウ・サキから伝わる不気味な雰囲気にリュウは睨み返すだけで精一杯だ。

 

 トウドウ・サキが自分のガンプラで戦った姿をリュウは知らない。

 どのようなガンプラを使うのかも自身の授業で話さず、もっぱら生徒達の間で評判になっていたほどだ。

 

 ───だが、間違いなく強い。

 

 対面するトウドウ・サキから感じるプレッシャーは少なくともリュウの意識の警鐘を鳴らすには充分すぎるほど強大であり不気味。生半可な実力者ではない事はヴィルフリートとの勝負を経たリュウには過敏なほど感じ取れた。

 

「だけど、俺の過ごした時間が無駄じゃないって事。先生に証明してやりますよ……!」

 

「可哀想に。その意気込みもこの勝負の後には消沈するということを知らないのね」

 

 その言葉を最後に両者の会話が途絶える。

 代わりに翳すのは両手。宙に掲げた掌に床から空中へ散布されたプラフスキー粒子が実体となり、球体が掌に収まる。

 

 数瞬の間。

 

 狂気の一端が見える笑みを浮かべながら。対するは過ごした時間が無駄ではないと信じる眼差しと共に口をつぐみながら、両者の声が体育館に木霊した。

 

『────バウトシステムッ!スタンバイ!』

 

「リュウ・タチバナ、Hi-ガンダム。出ますッ!」

 

「トウドウ・サキ、ゾンネゲルデ。出るわ」




3章は長くなりそうだったので、前編後編で分けてみます!

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