しばしば生徒達の間で噂になる。
『萌煌学園で最も生徒想いの教員は誰か』、その問いに必ずあがるのはトウドウ・サキ。
『萌煌学園で最もガンプラバトルが上手い教員は誰か』、これにもトウドウ・サキの名前があがる。
そして誰かが口にする。『トウドウ先生のガンプラって見たことある?』その問いに誰もが顔を横に振り話題が次へと切り替わる。
同期はもちろん先輩の代まで明かされたことの無い噂、リュウ自身もトウドウ・サキへの評価は置いてその真実はずっと気になっていた内容だった。
「『
目の前の光景に奪われていた意識がどこか艶やかな声で現実へと引き戻される。
地表から見上げるHi-ガンダム、モノクロの空には無機質な光源とは別にもう1つの輝きが燦然と輝いていた。
高貴な印象を思わせる柔らかな白、そして見たものを引き込む魔性の金色。日輪を思わせる神秘的なバックパックを背負い、円状のバックパックにはそれぞれ左右対象に巨大な爪のように見えるパーツが6つ付いている。
飛行の為にその巨大な爪から放出されている粒子は薄紫で、基部に覗けるのは疑似太陽炉か。白と金色のカラーリングから流れ出る薄紫の粒子はそれだけで神々しく、宙から見下ろす青の眼光も相まってさながら天使にも悪魔にも思える機体のシルエットだ。
───レギュレーション800。機体名『ゾンネゲルデ』
姿勢制御に一切の乱れが見えないことからGN粒子を使用している機体であることは読み取れたが、機体本体に見えるパーツ。機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズに登場する機体のパーツが見え、疑念がリュウの中に生まれる。
「敵機を前にしながら呑気に分析するのは悪い癖ね、タチバナさん」
そんなリュウの動揺を読み取るようにトウドウ・サキがゾンネゲルデを通じて語り、おもむろに腕をこちらへと向けた。
ゆっくりと開いていく掌、その中心がHi-ガンダムを捉え操縦棍を握る手の力が強まる。
「───そこはもう、私の間合い」
声と同時。強烈に粒子を噴射しながらゾンネゲルデ背部の爪が全て離れ、Hi-ガンダム目掛けて放たれた。
覆うような挙動で地表に殺到するファングを後退することで回避。手前から地面を次々と穿ち、大爪は見た目に違わぬ威力を見せ付ける。
攻撃の手が止むのを確認したところでGNバスターライフルの標準を宙に座すゾンネゲルデへ構え発射、紅線が稲妻を纏いゾンネゲルデへと突き進む。アイズガンダムからHi-ガンダムへ一新した際に威力を上方修正したバスターライフル、高速で放たれた光槍に手を翳したかと思うと。
「はい、答え合わせ」
風を薙ぐように正面で手を払う。
その動作に伴いゾンネゲルデへと迫った粒子は弾かれ、力の方向を逸らされた。
「機体にはナノラミネートアーマー、バックパックには疑似太陽炉。特殊システムはどっちだ……?」
レギュレーション800に分類される機体群は総じて強力な機体が多い。
量子テレポートが可能なダブルオークアンタ、他キットを圧倒する機動性を誇るストライクフリーダム、多くの機体に装備された無線誘導兵器を無効化するNTDを備えたユニコーンガンダムシリーズ。
それら原作の機体とは別にガンプラビルダーが独自に装備を考え、バトルシステム側からレギュレーション800に判定されるガンプラも多く存在している。
分かりやすい所を言えば『サテライトキャノン並みの威力を誇る兵器を気軽に使えるガンプラ』や『レギュレーション800が持つ武装を多く取り付けたレギュレーション600以下のガンプラ』がそれらに該当する。故にレギュレーション800はインフレーションが下位のレギュレーションより加速したコスト帯となっているのが特徴であり、強力な反面扱いが極めて難しいガンプラとなっている。
そして目の前のゾンネゲルデ。見たところバックパックのファングは疑似太陽炉で動いており本体はエイハブリアクターで稼働しているハイブリット構造、異なる世界観のエネルギーを1つのガンプラに集約出来るのもレギュレーション800の特権だが、この場合ゾンネゲルデが『阿頼耶識システム』と『トランザム』どちらを有しているかで勝負が変わる。
ゾンネゲルデを睨む足元、アラート音が響き地面に突き刺さったファングが再びHi-ガンダムを捉えた。粒子の爆発を生じさせながら接近するファング、それをサイドスカートに増設したバーニアを噴かし左右へ回転するようにいなす。
最後のファングをやり過ごし、阻むものが無くなったところで武装スロット4番を選択、左腕のハードポイントに収められたGNタチが手前にスライドし柄を握り、突貫。
居合い抜きの要領で右手でGNタチを抜き、眼前に迫ったゾンネゲルデの胴体へと見舞う。最大加速に視界が揺らぎながらも斬撃はゾンネゲルデ右腹へ吸いこまれるように放たれた。
「一撃で試合を終わらせようだなんて、何を焦っているのかしら?タチバナさん」
金属音。
ぬらりと距離が近付いたゾンネゲルデの眼光に、操縦棍を握り締める手が思わず緩んだ。
GNタチの斬撃を手前へと射出した太股の実体剣で防ぎ、ゾンネゲルデが腕を伸ばす。斬ろうと力を込めた右手に腕が這い手が添えられ指がHi-ガンダムをなぞる。
「ぐぅッッ!」
生理的嫌悪が爆発し操縦棍を更に前へと押し倒すが、GNタチと実体剣が火花をあげるだけで両者の姿勢は変わらず、ゾンネゲルデの指が手元から肩へと添えられた。
「見してみなさい、タチバナさんの本気。その全てを否定してあげるわ」
「───ぁああああッッ!」
GNタチから腕を離し、機体を上下反転。
爪先に備えたシュートダガーを展開し、ブレイクダンスを彷彿とさせる挙動でゾンネゲルデへ蹴打を浴びせた。数度の蹴打を上半身の捩りだけで全て避け、続けて放たれた蹴りを強引に脚ごと掴み宙ぶらりの体勢へ晒される。
「これならッ!!」
「いいえ。これでも」
先程手放したGNタチを掴み、柄の先に仕込んだアンカーを射出。
至近距離で放たれた刃をゾンネゲルデは身を捻ることで回避し、流れる動きでワイヤー部分を空いた片手で絡め取る。回収しようと腕を引くがビクともせず、ワイヤーが張るだけ。そして。
「くそっ!クソッ!」
「至近距離で奇異をてらったアンカー武装、可愛いほど素直な戦法……ねっ!」
ゾンネゲルデが1度腕を上げ、一気に下へと振り下ろす。
鞭の要領で振られたワイヤー、その先端に位置するHi-ガンダムへ法外な力が働き地面へと放たれた。地表への追突はGNフィールドを展開することで和らげるが相殺しきれない運動エネルギーにより機体がバウンド、そのまま落下しプラクティスの地表を削り取る。
やがて勢いが止み、煙を伴いながらプラクティス4隅のオブジェへ激突。停滞していたファングがゾンネゲルデへ収納され、フィールドに静寂が訪れた。
「春休み前と動きになんら変わり無し、その場凌ぎの攻防。多少は成長していると思っていたのだけれど、本当に何も変わっていないのね」
直立の姿勢で宙から地へ。爪先から着地し制止する様は粒子を完全に制御している証拠だ。
スピーカーを個別回線に切り替え、尚もトウドウは続ける。
「実を言うとね、私はタチバナさんの事を嫌ってる訳じゃないの、むしろ好きなのよ?」
醜悪な声が耳元で囁かれているような錯覚に眉をしかめる、今すぐにでもあの声を黙らせてこのバトルに勝利しなければどうにかなってしまいそうだと自覚し、警告が鳴り止まないモニターに視線を巡らせた。
しかしどの武装も、どんな装備もゾンネゲルデ、トウドウ・サキに通用する未来が見えず操縦棍へ添えられた指が迷い空を掻く。
「だって」
その声に、手が止まった。
試合を捨てた訳でも、何か閃いた訳でもなく。ただただその声が愉悦に歪み、声を発しているトウドウ・サキの表情が狂喜の笑みを浮かべている様が容易に想像でき、嫌悪感から手が止んだ。
「───他に居ないじゃない?自分を完全に信頼している友人を蹴落として、自分だけ3年生になった人間なんて」
「う、ぉぉおおおおおぁぁあああああああッッ!!」
治りかけたかさぶたを無理矢理引き剥がされるように記憶が甦る。思い出したくない記憶、誤魔化すためか無意識に指が動き機体が発光。深紅の輝きがHi-ガンダムを覆う。
流星の煌めきが煙から覗いた瞬間、Hi-ガンダムはゾンネゲルデを手に持ったビームサーベルの間合いに捉えており、上段で斬り被さった。
電光石火とも呼べる早業に対し、ゾンネゲルデは刃が何処に来るのか知っている挙動でビームサーベルを受け止め両者の間で激しく粒子が迸る。
元々我流でガンプラバトルを行っていたリュウへ戦い方を教えたのは学園教員であり、その大部分はトウドウ・サキによる指導だ。今の切り返しもトウドウからの教えであり、その戦法を咄嗟に取ったリュウは自身を呪った。
「そうそう、このバトルだけどね。彼も見てるのよ」
「……ぐぅッ!」
「2階の手すりから、ほら」
天気の話題を振るように、涼しげな声で促す。
声に従うままゾンネゲルデが指定した位置へカメラが向き、絶句した。
「貴方が蹴落とした彼、タチバナさんが今どのくらいの腕前か見てみたかったらしいわよ。健気ねぇ」
「なん……っ、どう、して」
「どうしてですって?決まってるじゃない、タチバナさんの心を折るためよ」
刃を押し返され、振動する実体剣がHi-ガンダム眼前へ迫る。
敗北が足元にしがみついた状況にいながら、しかしリュウの視界は体育館2階、手すりからこちらを伺う男性を捉えていた。
真っ直ぐな眼差しだ、手を握り勝負の子細を逃すまいと両の手を手すりへ掛ける様子は変わらず純粋な出で立ち。
彼を見ている間リュウは操縦棍を握る力が抜けていくのを感じた。
───春休みが明けて3年生となったが、自分は胸を張って真剣にガンプラバトルをしていたと断言出来るか。
───学園に行かなかった本当の理由は彼に会いたくなかったからではないのか。
───そして今、自分は彼の前で恥じない戦いが出来ているか。
罪悪感と建前に隠した本心がぐちゃぐちゃになり、脳が熱を帯びる。喉が異様に渇き飲み込む唾すらない口内が摩擦で痛みすら覚えた。
「じゃ、さようなら。結局何も見せることが出来ないままやられるのね、いち教師としてそこは残念よ」
押し返されるままHi-ガンダムが後退、体勢を整えてゾンネゲルデへ目をやると視界に映ったのは迫る刃。
死を、実感した。肉体的な死ではなく精神的な死。春休み明けからの日々を否定され、最も遠ざけていた人物がリュウの恥体を見ている。負けた後の事を考えようとしても虚無しか脳裏に浮かばず、途端に自分が崖際へ立っている感覚に陥った。
逃れられぬ敗北が刃としてHi-ガンダム、リュウへと迫る。
「だけどさ、……だけどさ先生ッ!」
しかめる顔に涙が宙に零れながら操縦棍が動いた。
迫る刃は実体剣、長さは平均、形は日本刀。いたってシンプルな形の刀が空を切り裂きながらHi-ガンダムを両断せんと今まさに頭上へ差し掛かるところ。
───日本刀による斬撃を、リュウは受ける訳にはいかなかった。
「その攻撃だけは受けちゃいけないんだ……!今までの俺をッ、否定することになるからッ……!!」
トランザムの恩恵を得た両腕が刹那の挙動で動き、次の瞬間には機体を真っ二つにしていたであろう刃が空中で止まる。
Hi-ガンダムの動きに体育館に居た誰もが息を飲んだ、誰もがリュウの敗北を確信していたからだ。
「そんな防ぎ方を教えたつもりは無いのだけれど」
Hi-ガンダムの両手挟まれた実体剣。いわゆる真剣白羽取りを見、トウドウが声を溢す。些細な抵抗だ、それこそゾンネゲルデの力を以て押し引けば両断することが直ぐにでも叶うだろう。
しかし予想外の抵抗に、初めてトウドウの声が揺らいだとリュウは不敵に笑った。
ヴィルフリートが駆る『グレイズ・ニヴルヘイム』、先の勝負の結末をリュウはあの後何度もイメージトレーニングを重ね、日本刀を所持するガンプラ達と徒手空拳で戦いリベンジに備えていた。結果は負け越しで想定した対策を嫌になるほど破られた日々。
その努力の成果が今、実りを告げた。
「アンタがどれだけ強くても、刀の一撃は
「そう───、今の抵抗は正直驚いたわ。けれど」
驚くほど冷ややかな声音だった。
違和感が直感としてリュウへ警鐘を鳴らすが、機体には何も変化は無い。それでもおかしいとゾンネゲルデを視界に収めた時、違和感の正体が判明した。
「ッ!背中のファングが、ない?────がぁっ!?」
突如揺れる機体。サブカメラの映像がモニターへ複数表示され、映されたのはHi-ガンダム各部へ突き刺さったファング。
鋭い先端が機体に食い込んでいる、しかし被弾箇所は生きており反撃することは充分可能だ。
「ディ=バインド・ファング」
反撃しようと武装スロットを展開させた直後、トウドウの声と一緒にモニターがブツリと途切れる。
操縦棍に表示されるはずの武装スロットも消え、今リュウの周りを照らす光は手元の光る操縦棍のみ、機体の主機を再起動してみるが変化がなく、動揺するリュウの耳にトウドウ・サキの声が入った。オープン回線だ。
「それじゃタチバナさん、今日はありがとう。バウトシステムの実演授業への協力感謝してるわ」
どうやらスピーカーだけは生きているらしく、ゾンネゲルデの動く音が鼓膜を震わす。
まだ何か、まだ何か出来ることはと操縦棍を乱暴に動かす中、次に聞こえたのは何かが軋む音。
べこり。
それは無理矢理何かが掴まれて圧壊しているような音、金属がへこむような重圧な音だ。それが。
べこり、べこりべこり。
「ぁ」
気付いた。
何からその音が発せられているか、リュウは気付いた。
べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。
「……ッ!くぅッ!……Hi-ガンダムッ!……ごめん、ごめんッ!」
指がおかしくなるほどに操縦棍を握り、事態を把握した。
恐らくはゾンネゲルデがHi-ガンダムを蹂躙し陵辱している音だろう。音が聞こえる度、握る手の力が増し自分への苛立ちとHi-ガンダムへの申し訳無さが込み上げてきた。
やがて音が止み、スピーカーから聞こえた音が切り替わる。
「貴方の力不足がこの結果を招いたの。恨むなら自分を恨みなさい、偽善者」
囁かれた声と共にモニターが回復する。
画面には数え切れないほどおびただしい数の警告とアラート、機体は地面に倒れているのかプラクティスのモノクロがやけに眩しく映った。
一旦警告を全て消し、モニターへ注視。次に目に入ったのは腕、Hi-ガンダムの腕だ。それも両腕でその奥には無惨に変形した両足、手前にはひしゃげたバインダーが打ち捨てられていた。
「くそっ……!くそ、くそぉ……!」
「はい皆さん、見ての通りバウトシステムでは実際にガンプラを使用しないため、このような状態になっても悲観することは何もありません!実機を用いたガンプラバトルよりもアクティブに機体を動かしてみましょうね!」
「くそおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおッッ!!」
敗北した。
無様に各部を晒したHi-ガンダムを目に焼き付けながらも、叫ぶことしか出来ないリュウは慟哭した。
体育館の生徒達はトウドウの言葉に期待する者と、授業の協力者であるはずのリュウが叫ぶ行動に首を傾げる者に別れ、2階から見詰める彼もまたリュウが叫ぶ様に首を傾げながらもリュウの健闘を讃えていた。