ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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3章13話『無遠慮な瞳』

 結局はリュウの勘違いと思い込みだったという事だろう。

 ナナの手を取ったあの夜以降、確かに内なる自分の弱い心情を聞くことは消え失せた。それ以来視界に入った問題事には頭を突っ込んで、頼み事やトラブルにも積極的に関わって解決もし、リュウは自身が成長したと思っていた。

 

 そんな自分を紛らわす行為を掻き消すように、過去の清算が、リュウが犯した最も大きい過ちが薄氷の善行が剥がすようにリュウの変わらない内面を露出させる。

 

 矮小な偽善者だと、カナタに謝れなかった自分を思い返し、薄ら笑いと一緒に壁へともたれ掛かる。

 ひんやりとした壁の温度がゆっくりと胸へ届き、その冷たさに親近感を覚えながら視界の端、ガンプラバトルの筐体が目に入った。

 無数の傷を帯びたバトルフィールド。その表面は外から来る曇天の空模様も反射するほど磨かれており、掃除をしてくれた親友の顔が頭に思い浮かぶ。

 エイジとは付き合って長いが、進級試験でリュウが行った行為を知らないし教えていない。アレを知っているのは行ったリュウと偶然モニタリングしていたトウドウだけでありエイジへは進級前も進級後も変わらない態度で接していた。

 内面の自分に葛藤しながら生活していたリュウを、普段から気にかけてくれたエイジやコトハ。親身に寄り添ってくれた彼らにも明かさず過ごしたのは拒まれる事への恐怖ただそれだけで、一緒にいると申し訳なさが胸を渦巻く感覚にいつも悩んでいた事を思い出す。日数が経つ内に罪悪感が薄れていくことを願いながら。

 

 吐き疲れた溜め息も何度目か、長い息を吐きながらズルズルと壁へもたれこみ床へ座る。

 押し寄せる虚脱感と虚無感にいっそ身を投げ出したい欲求に駆られ、そのまま床へと倒れこんだ。耳を付けた床からは耳鳴りしか聞こえず、一定の音階しか聞こえない状況がまた心地よい。

 

 そんな自己満足の罪悪感に耽ってどのくらい経ったか、耳が誰かの足音を拾った。

 

 足音は廊下から真っ直ぐバトルルームへ向かっており、足音の間隔は一定。授業中のこんな時間に誰がと思考を巡らせるが疲れきった脳は思考を驚くほど停滞させており、答えを考えている最中に足音がすぐそこまで迫った。

 

「リュウさん。博士が呼んでいます」

 

 扉を開き、部屋を見渡した少女。床に倒れこんだリュウに疑問を抱いた様子もないままナナが蒼い瞳でリュウを見据える。

 

「……わりぃナナ、今俺、無理だ」

 

「緊急の用事と言っていました」

 

 間髪入れられた言葉に一瞬形容しがたいドス黒い感情が芽生えた。

 自分よりも博士の、少女を救った自分より生死に関わる酷いことを強要した博士の意見を通すのかと、黒い思考が熱を帯びて迸ったが、その思考が独善的な自己満足だということを直ぐに気付き、身体を起こした。

 

「分かった、ったく。次から次へと……ぁ」

 

 不意に愚痴が溢れる。

 慌てて口を閉ざすも、ナナがリュウを見上げ大きな瞳が無遠慮にリュウを捉えていた。

 

「……行くか」

 

「はい、リュウさん」

 

 初めて、少女の目が不快だと思った。

 自分でも何故こんなに胸がざわつくのか疑問に思いながらもバトルルームを後にする。少女を横に置き歩く最中、手を繋がれないよう両手をポケットに入れながら、研究棟に到着するまでリュウと少女は一言も言葉を交わさなかった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 3号棟の端に位置する研究棟ははっきり言って一般の生徒とは無縁の施設だ。

 そもそも学園を卒業した生徒がガンプラバトルではなくプラフスキー粒子を研究するために国の研究機関と合併した施設であり、その実態は萌煌学園の名を借りている粒子研究所の意味合いが強い。その為出入りする人間は研究者が多く、見慣れない顔を横目に白い巨大な円柱、研究棟の入口を発見した。

 

「そういえばナナは学生証……、デバイスはあるのか?」

 

「萌煌学園学生証は持っていませんが、私のアウターギアに同じ機能が備わっていると博士は言っていました」

 

 とは入口での会話であり、難なく扉を通過し下へと続く階段を降りる。

 そして見えたのは地下のショッピングモール街を彷彿とさせる白く幅が広い通路、その壁には扉が一定の間隔で備えられており、少し進んだ場所に位置する色が異なる扉の前へと案内された。

 

「この部屋で博士が待っています」

 

「分かった。色々聞きたいことがあるんだよな、あの女博士」

 

 記憶に新しいアウターでの実験。

 その際に実験の指示をしていたあの女博士を思い出し、善良ではないが悪意も感じない彼女特有の雰囲気が鮮明に思い出された。その女博士へ問い質したい質問を胸にデバイスを扉横のセキュリティパネルへ翳す。

 しかしエラー音と共に赤い点滅が光り、タッチの不良かと再びデバイスを翳すが変わらずセキュリティパネルが赤く光った。

 

「んあ? これ、権限が足りない部屋ってことか」

 

 萌煌学園内部の重要施設には学年や教員の立場によって出入りできる場所と出来ない場所が存在し、最高学年であるリュウは萌煌学園3号棟までなら全て入室できるデバイスを所持している。しかし目の前のパネルに映された権限制限の文字にリュウは眉を潜めた。

 3年生でも入室出来ない区画となると、そこは一部の教員か研究生しか入れない重要施設であり権限の無い人物が侵入した場合、侵入した生徒へ大きなペナルティが与えられてしまう。もっとも、リュウは侵入以前にデバイスの権限がこの部屋より下位であるため入室すら出来ないのだが。

 

「私が、開けます」

 

 どうしたものかと腕を組むリュウを通り抜け、ナナがアウターギアをパネルへと翳す。すると短い電子音と共にドアのロックが外れ、緑色の点灯がパネルへと灯った。

 

「え、ナナ。そのアウターギアの権限、俺のより高いのかそれ」

 

 リュウの問い掛けを無視し、少女が部屋へと入室する。どこか冷たい少女に続いてリュウも恐る恐る部屋に足を踏み入れ、後に与えられるかも知れないペナルティに億劫しながら、初めて入室する高権限の部屋を見渡すように観察した。

 

 いかにも研究所の一室といった具合の白を基調とした室内。床には書類が散乱し、そのどれもが理解できる内容が書かれていない、辛うじて数式のようなものが書いてあることがぼんやりと分かるがそれ以外は見たことのない文字の羅列だ。

 視線を上に上げると目に入ったのは部屋の奥に位置する巨大な机。膨大な量の書類が山になり、その中央で書類に目を通している人物が資料を覗く目線そのままにリュウへと声を投げ掛ける。

 

「来たわね、タチバナ」

 

 記憶に違わない理知的な声を発しながら、白衣の女博士が紙から視線を外しリュウを見据えた。


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