ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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3章14話『深紅の双眸』

「まぁ適当に掛けなさい、お茶は出ないけど」

 

 視線で促され、部屋の端に追いやられた椅子へと座る。リュウの動作に習うようにナナも椅子を転がしリュウの隣へと掛け、宙ぶらりの足がどこか部屋の雰囲気を柔らかくしている気がした。

 しかし、内心では勘弁してほしかったというのが本音だ。朝から整理が付いていない出来事の衝撃が強く、1人で思考する時間が欲しかった矢先に呼び出されたストレスは中々に大きい。

 

「隠してるつもりなのか知らないけど、気持ちを態度に出すのは子供のすることよ」

 

「急に呼び出しておいてそんな言い方するんですね、こっちの事情も知らずに」

 

 トウドウ・サキへの敗北、カナタに謝ることが出来なかったことへの罪悪感。

 思い出すだけでも目眩を覚え、思考する余力すら残っていないと自覚する状態、そんな状況に加え女博士からの呼び出しで悪態が自然と口から漏れる。とっとと終わらせて寮で考える時間を作ろうと───。

 

「アンタ、自分の立場を理解してるの?」

 

「───は? ……どういう意味ですか、事前に連絡しなかったのに随分と上から目線ですね」

 

「タチバナ」

 

 有無を言わせない声。

 思わず口をつぐみ、女博士に怯む形で気勢が削がれる。

 

「今後、学園で指示された事やアンタが行っているプロを目指す為の活動。その全てを差し置いてでも私の召集に答えて頂戴。学園での出来事でいちいち落ち込んだりしているような学生様は実験に必要ないわ」

 

「が、学生様? そっちこそ何様のつもりだよ」

 

「萌煌学園副理事長兼、国家研究部主任よ。もう一度言うわね。アンタ、自分の立場を理解してるの?」

 

「────ッ」

 

「そう。黙ってこっちの言うことを聞いて実験をこなして頂戴。それともナナを置いて逃げ出す? それでも私は良いのだけれど」

 

「っ、話を続けてください」

 

 凍てつく視線でリュウを睨む。

 萌煌学園副理事長といえば実質日本におけるガンプラバトルの教育機関で頂点から2番目に位置する地位だ。学園での催し物では普段は理事長が出席し、副理事長の存在は長らく生徒の間で噂になるほど姿が不明の人物だったが、目の前の女性はその肩書きに加え日本のあらゆる研究機関のトップに位置する人間らしい。

 

 そんな人物に命令を聞けと言われたなら日本でのプロを目指すガンプラファイターであるリュウは従う他無く、口を尖らせながらも前のめりになっていた姿勢を正し、女博士の話を聞くため1度深呼吸をした。

 

「直情で動く人間は扱いやすくて良いわね。私も時間が無いから本題から入るわ、呼び出したのはナナの実験についてよ」

 

「実験……」

 

「明日夜に行うわ、それまでにここへ来て頂戴」

 

 遂に来たかと、膝上に置かれた拳に力が増す。

 以前の実験からどのくらい経ったか。今でもあの夜のことは夢のような出来事だったと思うし、ナナという少女に感じる疑問は多い。

 良い機会だと、つぐんだ口を開き一度ナナを見てから女博士へと投げ掛けた。

 

「実験て、……そもそもナナはどういった女の子なんですか、もう戦う相手は決まってるんですか?」

 

「悪いのだけれど今聞いた全ての質問に今は答えられないわ……そうね。次の実験が終わったら私が知っている情報を全て開示する、これじゃダメかしら」

 

「いやそれはちょっと待ってください! 今回の実験も成功するか分からないのにいきなり次の任務って言われても……、ナナの生死が懸かってるんですよ!」

 

 投げ掛けた質問を先延ばしにされ思わず叫んだ。

 流石に悠長すぎると怒りを含んだ声音を飛ばすが、そんなものどこ吹く風と背もたれへと体重を掛けたまま女博士が溜め息混じりにナナを視界へと収め、

 

「今回の実験は必ず成功するの。ナナを甘く見ないで頂戴、それはアンタが思っている以上に出来るわ。……いいえ、出来ている筈よ」

 

「筈って……」

 

「何のためにアンタ達を同棲させていると思ってるのよ、言ったでしょ。同調率を高めるためって、遊びでやってるんじゃあないの」

 

「───ッ」

 

 手元の書類へと目をやり、作業を始める。

 そんな女博士に対してこちらは殆ど前知識が無い状態で出撃を命令されるのが気に食わず、取ってかかろうと反論を用意しようとするが、この女性の事だ。暖簾に腕押しと言わんばかりに問答が繰り返される事と悟り、脱力しながらリュウも背もたれへと身体を預ける。

 

「敵は1機。対象はMSで戦場は練習場(プラクティス)よ、これくらいなら提示できるわ」

 

「えっ?それって──」

 

「今回の実験相手、こんな情報無くても今のナナとタチバナなら失敗は有り得ないから言わなかったのだけれど。……話は終わり、アンタはもう帰って良いわよ。ナナはこの後に調整が入ってるから……そうね、夜には寮へ届けるわ」

 

「あ、ありがとうございます、あの」

 

「そういえばまだ名前を言ってなかったわね。リホ・サツキよ、好きなように呼んで構わないわ」

 

「ありがとうございました、リホ先生」

 

 別れの挨拶も短く、視線でドアへと促され立ち上がる。やはり善人ではないが悪人でもないといった評価を女博士に付けつつ、一応の礼を入れて部屋の出口を目指した。書類を踏まないように紙と紙との僅かな隙間に足を置いてドアを目指す中、横からこちらを見る視線に気付く。

 

 ───物言わぬ、思考が読めない蒼白の瞳。

 

 出会った頃の印象そのままの少女に妙な違和感を覚えつつも部屋を後にした。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 久しく入る研究棟。

 施設全体が低く唸っているような稼動音に小さく震え、仄かに香る薬品の匂いはプラフスキー粒子対応の新型塗料の実験によるものか。通路ですれ違う研究生から愛らしい挨拶を受け、彼ら彼女らが望む理想のトウドウ・サキを演じ笑顔で返す。

 

「この部屋ね」

 

 学年主任専用のデバイスを翳し、ドアのロックが解除。

 相変わらずの散らかり具合に今更驚きもせずに、机で作業をしている呼び出しをした人物の前に立つ。

 

「久し振りねリホ。最後に会ったのは去年の学会かしら、元気にしてた?」

 

「毎日政府の馬鹿共相手に研究の説明をするくらいには元気よ。……呼び出したのはサキ、貴女宛に国から依頼があったの。『ミッション・シングラー』、おめでとうサキ、1人の友人として嬉しいわ」

 

「『ミッション・シングラー』……」

 

 確かめるように呟いた単語にトウドウは聞き覚えがありすぎた。

『ミッション・シングラー』。国家間で行われているプラフスキー粒子を用いた大規模実験であり、その詳細全てがレベル9相当の極秘とされている研究。合衆国をはじめとした各国の技術者が集結し何かをしていることしか萌煌学園最上部であるトウドウも知らず、世間一般の人間の耳には単語さえ入らない実験、それが『ミッション・シングラー』。

 

 半ば都市伝説の領域に踏み込んでいる実験に選ばれたことに不思議と驚きはそこまでなかった。その理由は考えるまでもない、目の前のリホもまた『ミッション・シングラー』に選ばれた人間の1人だったからだ。

 

「通達役はリホって事ね、私は何をすれば良いの?」

 

「明日の夜にこちらが指定した時間にアウターのフィールドに向かって欲しい、それともう1つ補足することが───」

 

『───それはボクから彼女に教えるよ』

 

 声は唐突に後ろから投げられた。

 振り返ると、部屋の隅に生じた影から1人の少年がぬっと出てくる。顔立ちは幼く、体つきも相当に小さい。見てくれは初等部といった印象の少年だが、漆黒の髪と真紅に妖しく光る双眸がトウドウに本能的な警鐘を鳴らした。

 

「……誰かしら」

 

「酷いなぁ! 萌煌学園初等部のいち生徒だよ、トウドウ先生」

 

「これでも生徒から『最優』と評されるくらいには教員をやってるの。学園生徒全員の顔と名前、戦術パターンを全て把握しているけれど、貴方のような特徴的な生徒、私の記憶には無いわね」

 

「───あはぁ! 噂通りの人間だね。ボクますます好きになったよ。けどさ、今の空気読めなくない? 普通はあそこでボクに同意してお互い知っている体で話を進めるのが妥当じゃん。トウドウ先生そんなんじゃ人生楽しくないよ?」

 

「御託は良いわ。『ミッション・シングラー』も見下げたわね、こんな子供も計画に入れてるなんて」

 

「やだなぁ~怖い顔しないでよ! 笑わないとトウドウ先生、何事も楽しく楽しくっ」

 

 黒髪を揺らして無邪気に笑う少年。

 彼の言葉を意識的に無視し、目を細め会話を促す。そんな敵意にも似たトウドウの視線を正面から笑顔で楽しげに受け止め、少年が足を進めた。

 

「今回の任務にあたってトウドウ先生にしてもらいたい事があるんだ」

 

 気付けば距離が縮まり、少年とトウドウを挟む空間は拳1つ。

 中性的な顔立ちの少年が微笑むが、心臓の鼓動は危機に対して即応しようと脈打つ速度をあげる。

 

「……私は何をすれば良いのかしら」

 

「簡単な事だよ、ほら。───ボクの眼を見て」

 

 その瞬間。酷い貧血に襲われるような感覚に脳の温度が波を引いて下がり、脱力する身体を支えようと脚で踏ん張るが体幹に力が入らず膝からその場に崩れ落ちた。立ち上がろうにも足が笑っており、正常に働いている思考とは別に身体だけがトウドウの意思に反して立ち上がる事を拒んでいる。

 四苦八苦するトウドウ、困惑する顔に少年の顔が近付きゆっくりと頬へ手が添えられた。暖かな掌を肉体は拒絶せず、あれだけ激しかった鼓動も今では驚くほど穏やかに治まっている。

 

 ───この少年は何かおかしい。

 

 そんな思考も意識の向こう。急いで離れなければいけない危機感よりも目の前の少年に対する愛情が勝り、込み上げた欲求のまま小さな掌に頬を擦った。いとおしい感情が擦る度に芽生え、いつの間にか警戒感と安心感の比重が完全に逆転した事を僅かな理性が悟る。

 

「トウドウ先生、君は心の赴くまま事を為せばいい。大丈夫、全ては夢だから」

 

「───ぁあ」

 

 声が脳髄に届き、意識を蕩かせる。理性が消え失せ胸に唯一残ったのは"彼女"の事だけ。混濁する視界のなか、目の前に映った少年の顔だけがやけに印象的で、世界が閉じると悟った間際。恐怖や危機感といった負の感情は微塵も無かった。

 頬を触れる手は暖かくトウドウを見送り、視線を小さな手から少年へ移す。

 

 ───その表情は、とても楽しそうに笑っていて。


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