ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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3章16話『泣きそうな顔』

 開けた空間の中心に円状の受付があり、モニターに表示されている様々な料理にコトハとリュウ、2人揃って目を丸くしながらとりあえず当たり障りのないハンバーガーを注文し丁度空いていた机へと掛ける。

 学園都市と外部を繋ぐ『第1学区』は人の出入りが激しい流通地区で、外人や学園都市外部の人間も多い。暮らしている人達も海外の人間が全学区でもっとも多く、食品を扱う店の品もメディアでしか見たことのないグローバルな物が置かれている。

 

 萌煌学園からほど近いこのレストランもその1つで、海外のあらゆる料理を手頃な価格で食べれるのが特徴……らしい。

 

「シンガポールがこういうお店多かったからなんか嬉しいなぁ! あ、次チキンライス食べよー!」

 

 店内を見渡している間にハンバーガーがコトハの手からミラージュコロイドしているのもあえて突っ込まず、店内の客達が視線を集中させている先、巨大なモニターを頬杖をつきながら眺める。そこに映し出されていたのは世界で起きているガンプラバトルに関するニュースだ、無意識にヴィルフリートが出ていないか半ば凝視しているといつの間にかチキンライスを持ってきたコトハがリュウの視線を追い、いじらしい目で再びリュウをなじる。

 

「プロにならなきゃあそこにリュウくんは映らないよぉ~?」

 

「るっせ! 絶対プロになるからな、今に見てろよ」

 

 そうやって意気込むリュウを眺めるコトハの表情は、リュウを通してどこか遠くを見ているようで、保護者目線にも似た顔に鼻を鳴らす。見られているとむず痒くなるような視線を浴び、再びモニターへと目線を逃がした。

 

「リュウくんは、どうしてプロになりたいの?」

 

「───は?」

 

「リュウくんのプロになりたい理由聞きたいなぁ」

 

「んなもん決まってるだろ、ガンプラバトルが好きだからだよ」

 

「そういうんじゃなくてっ、じゃあどうしてガンプラバトルが好きになったの?」

 

 矢継ぎ早に繰り出される質問に顎を引く。

 逃れられそうにない視線に記憶を遡り、ガンプラバトルを好きになった起源を探した。しかし以外に出てこないもので2度3度唸り声をあげるも心当たりが見当たらない。

 

「俺が……、ガンプラバトルを好きになった理由? ───あれ」

 

 幾ら思い出そうとしても霧がかった記憶を手探る感覚に、知らず知らずにじんわりと背中が汗ばむ。記憶を思い出せない。

 そういえばと、以前にも記憶を遡った際も結局思い出せなかった事があった。代わりに頭痛が頭の奥から覗いてくるように生じズキズキと痛む頭に眉をしかめ、肘を机に預ける。

 

「覚えてないの? えぇ~じゃあエイジくんと私とリュウくんの3人でした約束も覚えてない?」

 

「なんだそれ、約束?」

 

「……うわ~、エイジくんが今の聞いてたら涙ちょちょぎれてたね」

 

「ちょちょぎれてたねって、きょうび聞かねぇなぁ。で、その約束ってなんだよ」

 

「それを私に聞くのはずるいとおもうよっ! ───ヒーロー」

 

「え、なに? ヒイロ?」

 

「ヒーロー! これでピンと来ないなんてだめだめだよリュウくん! 自爆しちゃえ!」

 

 悪ふざけをしている様子にも見えないコトハの言葉に、それでも記憶が引っ掛かる事が無い。今日起こった出来事のストレスによる弊害かと割り切り、ハンバーガーを口にする。

 ……ヒーロー。幼少の自分が本当にそんな事を言っていたのならば笑い話にも程があり皮肉も良いところだ。脳裏に浮かんだのは春前の試験、そこで犯したカナタへ行った行為は英雄などとは真逆の非道であり、結局謝れなかったリュウは自身を思い返すだけで底無しの罪悪感と自虐心に襲われる。

 

「じゃあ逆に聞くけど、コトハはどうしてプロになったんだ?」

 

 話題を変えるため同じ質問をぶつける。

 ハンバーガーの最後の一切れを頬張りながら返しの言葉を待つが声が聞こえず、コトハの方へ視線を移すと不気味なくらい満面な笑みでリュウを見詰めていた。

 

「ど、どうした? 何か料理に変なもんでも入ってたか?」

 

「違うよっ! 思い出に耽ってただけだよ! ……私がプロになった理由はね~どうしようかなぁ、教えようかなぁ」

 

「うわ、久し振りに見たわお前のそのムカつく顔。結構その……クるな」

 

「そんな酷い顔してたかなぁ!? 私ッ!」

 

 涙目で訴えるコトハを尻目に頭では記憶の事が気掛かりになっていた。思い出せないのはプロを目指す理由だけではなく、幼少の時のガンプラに関連する記憶が全て思い出せない。リュウ、コトハ、エイジの3人で出掛けたりつるんでいたことは覚えているが、そこに挟まれたガンプラが関わった記憶が虫に食われたように抜け落ちており、あわよくばコトハのプロになる目的や理由から紐づけて思い出せればと姿勢を正しコトハを見た。

 

「何か真面目モードのリュウくん……、そんなに気になるの?」

 

「すげぇ気になる。聞かせてくれないか」

 

 幼少の頃のガンプラに関する記憶が殆ど無いなんて言った日には光の早さでエイジにも伝わり、鬼のように茶化されたりいらない心配を掛けてしまうことが容易に想像できた。

 何とかコトハの言葉で思い出す切っ掛けになればいいのだが───。

 

「やっぱ教えない~! リュウくんが先に言ってくれたら私も言う!」

 

「──はぁあああ!? いやだから覚えてねぇんだって!」

 

「だったら私も言わないもん! 思い出せないリュウくんが悪い! ふーんっ」

 

 何故かドヤ顔のコトハが大きな胸を張りながら要求を跳ね、次の料理を食べるためかトレイを持って受付へと消えた。怒濤の勢いで去っていったコトハの後ろ姿を見てこれ以上の追求は無駄と悟り、音を立ててストローからジュースを飲む。その間にも頭痛の泥に手を突っ込む感覚で記憶を探るが、増していく痛みに脂汗が額に浮かんだ。成果は無い、いよいよストレスが原因の記憶喪失かと、笑えない冗談にも聞こえる事態にようやく脳の理解が追い付く。

 

 ───不意に、モニター前から沸き上がる熱狂が店内を震わし思わず肩を竦めた。

 

 隣席の客達も大声に驚いたようで皆が声の発生源へと目をやる。見れば大学生程の若い集団がモニター前を陣取って映し出された映像へ野次や雑言を飛ばしており、丁度モニターに表示された日本人のプロが負けたシーンに集団がエキサイトした様子だ。テーブルを伺えば埋め尽くされるようにアルコールの瓶や缶が転がっており、それを見た店内の客が察した様子で距離を離したり関わらないように目を逸らす。

 

 前にヴィルフリートが言っていた日本人のマナーについての話を思い出し、胸に一抹の悲しさがよぎった。

 

 集団の会話を聞くに、モニターでの戦闘で賭け事をしているらしく皆がアウターギアを掛けGPのやり取りを行っている。正直見ていて気持ちの良い物でもないため、気分を変えようと料理を注文しに立ち上がった。

 

「リュウくんっほら見て見て! 色んなデザートもあったよー!」

 

 瞬間、血の気が引いた。

 中央受付から意気揚々とこちらへ向かってくるコトハ、丁度彼女の進行先にぶつかりそうな形で酔った男性、先の集団を仕切っていた男がスマホを弄りながら歩いている。危ない、と声を掛けるが集団の声が再び響きリュウの声が掻き消された。

 

「きゃあっ! ……あ、すすす、すみません! ごめんなさいっ!」

 

「ってぇな、あ?」

 

 リュウの声も聞こえず体格で劣るコトハが飛ばされ床に倒れる。トレイに盛られたデザートが男性の服に付着し、それに気付いた男性が威圧するために低い声をコトハへと投げた。男性がコトハへと距離を詰め、反射的にすかさずコトハと男性の間に割って入る。突然横から表れたリュウに1度驚くが身長は男性の方が大きく、次の瞬間には息がかかりそうな程の距離で見下され睨まれた。

 

「んだガキ、誰に向かって睨んでんだ。踏み潰されてぇのか? おれぁそこの女に用があるんだよ」

 

「一部始終なら見ていました、前を見ていなかったアンタにも非があるでしょう」

 

「あ? 口答えしてんじゃねぇよ、おめぇ何だ。そこに倒れてる女のオトコか? そこの…………うぉおおっ!?」

 

 見れば褐色の肌に金色のピアスを付けた男が突然驚愕の声をあげたかと思うとコトハを指差して叫び、その声に気付いた集団が次々とリュウ達の周りを囲んで、逃げ場が封鎖される。中にはぶつかった男性に加勢しようと血気づいた瞳で複数人の男性がリュウの両脇を挟み、睨まれた。

 

「君アレだよね、コトハ・スズネちゃんだよね!?」

 

「え?あ、その。はいっ、はじめまして、コトハ・スズネです」

 

 ぶつかった男性の表情が一瞬下衆めいた笑みを見せ、すぐに笑顔を張り替える。男がコトハに近付かないよう1歩男に歩むが、リュウなど微塵に気にかけていない様子で会話が続けられた。

 

「国際試合の中継見てたよ~、あれじゃね? コトハちゃん以外の日本代表すっげぇ雑魚だったよね! いやマジコトハちゃんの足引っ張ってたよねアイツら、ぎゃははははッ!!」

 

「そんなことないですっ! 皆、頑張ってくれてたし……」

 

「ガンプラバトルは結果でしょ~? 結果を残せなかったアイツらは雑魚。2度と日本代表に参加すんなって感じ、マジで!」

 

 言葉尻が段々と小さくなるコトハに男が倫理を疑う言葉を大声で吐き散らす。コトハが俯いて、その様子が更に男の嗜虐心を刺激したのか言葉にするのも憚られる日本代表への愚痴が続く。周りの集団も感化され次第にコトハが参加した国際試合の日本代表選手への非難や悪口が聞こえ始め、コトハの肩が震え始めた。

 悲痛に歪んだ顔だ、幼い頃から見てきたコトハが泣く直前の顔。1度泣き出すとなかなか止まないコトハだが、その限界が近いらしい。

 

「あ、そうだ! じゃあコトハちゃん、俺と組もうぜ、あんな雑魚達と組むより絶対楽しいからさっ!」

 

 ───だがコトハが先に限界を迎えるより先に、リュウの限界はとうに破られていた。

 

 《Ryuに殲滅戦を申し込まれました》

 

 男がアウターギアから通知された文字に間抜けた声をあげる。酔った思考で文字を読み解いていき内容を理解した瞬間、メッセージを送った人間が目の前の小さな男だと気付いた。仲間と一緒にこの男を笑おうと隣を見ると、仲間の1人にもメッセージが表示されており、見渡せばこの場の全員にメッセージが送られている。

 ここで初めて自分達が喧嘩を売られていると気付いた男は、この小さな男が行った行為に腹を抱えて笑った。

 

「カッコつけちゃう!? 君カッコつけちゃうんだ! 可愛い女の子の前だもんなぁ! いやぁ~カッコいいねぇ!」

 

 男に波紋するように隣の仲間が、後ろに控えている仲間達が笑い声をあげる。この小さな男1人で何が出来るというのか、1人に対してこちらの人数は余りにも戦力差が開きすぎており、結果は火を見るよりも明らかだ。

 しかし彼の勇気を無下にするのも躊躇われ、それならば後ろの女の目の前で恥を掻かせたほうがこちらも楽しめると男の顔が加虐的に歪む。

 

「分かった分かった、後悔すんなよ?俺達弱いからさ、すこ~しばかり君を倒すのに時間が掛かるかもしれねぇわ。……あぁそうだ、俺達とこの子どっちが勝つか皆で賭けてくれよ!」

 

『賭けんのかよ~、俺じゃあそのガキに50GP賭けるわ』

 

『ぎゃははは! 少なすぎだろお前、俺は300GP出すぞ。こっちのチームに!』

 

『てか結果見えてんじゃんかこの賭けよぉ! いやいやマジ可哀想だってこれ!』

 

『ぎゃはははははっ!!』

 

 男の提案に取り巻きが沸き、面白半分といった具合で次々と賭け金を言い合う声が耳に入る。完全なアウェーに引き込み、正常な思考を乱そうとする男の作戦。過去に幾度も対戦相手を日和らせた戦術に、対する小さな男は言葉を口にせず目を閉じて聞き流しているのか、可愛いげの無い態度で対峙している。

 

 生意気なコイツをどういたぶってやろうか、ガンプラの四肢を撃ち抜いてもいいし、あえて倒さず達磨にして降参させるのも乙なところだ。無数に思い付く爽快な倒し方を妄想していると、ふと目の前の男が尋常ならざる眼力でこちらを見ていることに気付く。

 

「お……ら…………い……から」

 

「あぁ!? 聞こえねぇよッ! はっきり言えやチビ野郎!」

 

「───お前らみてぇな奴が蔓延ってるから、日本のガンプラファイターが舐められるんだよッッ!」

 

 声が弾けたと同時。両手を宙に掲げ、その動作に合わせて床からプラフスキー粒子が集団を取り囲む。一切引く様子が見えない男に一瞬困惑するが、すぐにこちらの人数差を思い出し凶悪な笑みを覗かせた。

 

「ま、待ってリュウくん! わたしも戦うよっ、こんな人数相手に無謀だよ!」

 

「絶対手ぇ出すなコトハ、コイツらにお前のガンプラと戦うだけの価値は無い。さっきも言ったろ、自覚を持て。───プロが雑魚狩りなんてしたらマナー悪いだろ?」

 

 言い終わる頃には空間にプラフスキー粒子が充填され、後はファイターの合図を待つばかり。頭を掻きながらやり取りを眺めていた男が退屈そうに身体を伸ばし、彼を初めとした集団が次々と空中に手を翳す。

 

「雑魚狩りって言ったなぁ? わりぃけど俺達地元じゃ結構有名なんだわ───行くぜ」

 

『───バウトシステム、スタンバイッ!!』

 


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