ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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3章17話『声が聞こえて』

「囲め囲めぇッ! 数で殺せ! ちんたらやってんじゃねぇぞおめぇら!」

 

 男はデブリの暗礁地帯での攻防を少し離れた地点から下っ端に命令を下していた。苛立つ男はV2ガンダムに搭乗し、その隣には細い長槍を携えたブリッツガンダムが控えている。こちらの戦力は10、対して1機のみの相手を中々捉えられていない味方機の動きに舌打ちを飛ばし更に指示を出す。

 

「火力でデブリごと焼き払え! ガナーザクウォーリア、撃てぇ!」

 

『マジかよ、射線上にはこっちの機体も……』

 

「文句あんならさっさと倒せやぁ! ガキ相手に時間掛けすぎなんだよてめぇらよ!」

 

『ぐっ……、撃つぞ!』

 

 短いノイズ音と共に通信が切られ、ガナーザクウォーリアが敵機がいる一帯を見渡せる位置へと移動。折り畳み式に改造されたオルトロスがその身を射撃形態へと変え、瞬く間に機体の全長を越える砲身で戦域を捉えた。

 最大出力でのオルトロスはレギュレーション400帯の中で運用できる武装内で最大級の火力を誇り、直撃すればレギュレーション関係なく全ての機体へ致命傷を与えられる強力な武装、その銃口に光が宿り今まさに解放の時を迎えようと両手で狙うガナーザクウォーリアのモノアイが音を立てて唸る。

 

 射線上には味方機が複数、葛藤と共に引いたトリガーだが逆らった場合どうなるかを考えればおのずと罪悪感は薄れた。

 

 オルトロスから放たれたビームは特徴的な色彩で彩られながら暗礁地帯を切り裂き、敵機との間に挟まれた味方機が熔けるように呑まれていく。尚も勢いを止めない光線は遂に敵機へ迫り、先の味方機をなぞるようにその身を散らすだろうとガナーザクウォーリアは砲身を下げた。

 

「───えっ?」

 

 放ったビームよりどのくらい速かったのだろうか。深紅の光槍がガナーザクウォーリアを貫き、気付けばモニターには撃墜を意味する警告が点滅し男が遅れて声を漏らす。

 今の爆発を見ていたピアスの男が血管を浮き立てながら操縦棍を握り、舌打ちを撃墜された味方へと飛ばした。

 

「足手まといの愚図がよぉ! 2度とその機体乗るんじゃねぇ!」

 

 次はどうするかと沸きだつ怒りを抑え思考する、そして直ぐに浮かんだ戦略を隣に控えたブリッツガンダム、更に前線を張って戦局を観測している機体へと指示を出した。

 

「ブリッツガンダム、ノーブルグレイズ、お前らで奴を仕留めろ。他の味方はどう使っても構わねぇ」

 

『──了ぉ解。どう使っても構わねぇってそれヒヒッ、間違ってヤッちまっても良いってことですよねぇ!?』

 

 ブリッツガンダムから聞こえる声は狂気的な抑揚を含んでおり、指示を出していないにも関わらず既にバーニアへ火を灯していた。異様に長い細い棒といった印象の槍を指を使って巧みに回転させ、前傾姿勢で男の指示を待つその姿は待機を命じられるも我慢を耐えている犬のようだ。普段は抑えの効かない人間だが、目的がしっかりしているこういった場面では頼りになる戦力でありそのサイコ性を充分に発揮してくれるだろう。

 そして遅れて聞こえた通信音、それは前線から友軍機を介して繋がれたノイズ交じりの音声だ。

 

『───ブリッツは手を出すな、俺が奴をやる』

 

 短い音声からでも伝わる、意思を感じる声。

 集団の中でも言葉をあまり交わさない彼は、このフォース内でも唯一腕前を磨くことを目的としている。いわば流れのガンプラファイターである彼は他フォースとの衝突が多いこのフォースを都合の良い実戦の場として加入しており、人間性が壊滅的なフォースの面々の中で最もマトモで腕前を信頼できる人物だ。

 

「まぁ何でも良い、お前ら! あのガキを凄惨にぶち倒してコトハちゃんに見してやれ、俺達の方が強くて頼り甲斐があるってよぉ!」

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 逃げ回りゃ、死にはしない。とは確かシーブック・アノーの台詞だったか。デブリを行き来し敵に囲まれないよう立ち回りながら胸に浮かんだその言葉を口ずさむ。

 1対集団は言わずもがな1の方が圧倒的に不利であり、レギュレーションフリーである野試合なら尚更だ。しかし対抗策はあるにはあり、その1つが今行っている地形を利用した立ち回りだ。

 

 敵機の集団が囲んでくる前にマップデータを把握し、敵の進行方向を制限するように動くことで数の不利をある程度軽減できる。この戦略はガンプラバトルにおける基本中の基本であり、この方法が通用してしまっている相手達はつまりそういうことなのだろう。そんな連中が日本におけるガンプラバトルのマナーを下げている要因になっていることを考えると黒い感情が芽生えくることを抑えられない。

 

 砲撃で居場所を知らせた敵機を狙撃し、次のデブリへと身を潜める。

 機体状況は被弾無し、粒子残量は未だ余裕。オルトロスを防いだバインダーにも不良は見られず擬似太陽炉による粒子自動回復量を考慮すればほぼ無傷にも近い状態であった。敵機を4機堕とした状況でこの途中経過は順調と言えるだろう。

 

「急速に近づいてくる機影が1、新手か」

 

 アラームが鳴りモニターのマップを確認、真っ直ぐこちらへ近付いてくる機体は先のオルトロスで出来たデブリ帯の大穴を通り停止。それに合わせてHi-ガンダムを囲っていた敵機の集団が後退し始め、怪訝に眉をしかめる中スピーカーが短く鳴る。

 

『ノーブルグレイズ、お前に一騎討ちを申し込む』

 

 その声はオープン回線で発信され、リュウは暫く思考した後デブリからHi-ガンダムを露にした。勿論今の提案が罠で、次の瞬間には全員が一斉に襲い掛かってくることも考慮したが、距離を離して不都合な機体は既に撃墜済み。

 何より男の声からは先までの集団の声とは違い確固たる意思を持ったようにも聞こえたのが大きな理由だ、操縦棍を操作しリュウもオープン回線で応じる。

 

「Hi-ガンダム、一騎討ちに応じる。……事情があんのか知らねぇけど、あんな連中とつるんでんなら容赦しねぇぞ」

 

「しなくて構わない、お前のような奴と戦うためにこういった集団を転々としているだけだからな。───他の機体は手を出すな、俺の獲物だ」

 

 どこか突き刺すような鋭い声音に、高めていたはずの警戒感が更に張り詰める。

 敵機は太陽を背に機体を隠し、モニターに情報が表示された刹那。レーダーに映されたマーカーが異様な速さで迫り、胸の警鐘に従うまま操縦棍を弾いた。

 

「一騎討ちを申し込んだ割には中々セコい登場だったじゃねぇか……、ノーブルグレイズ!」

 

「GNランスの初撃を防ぐとはな、久し振りに楽しめそうだ」

 

 バインダーで半身を覆い、受け流す要領で槍を凌ぐ。モニターに大きく映し出された白と金色のカラーリングは敵機の機体色、レギュレーション400ノーブルグレイズだ。

 互いに衝突する機体は速度のあるノーブルグレイズがHi-ガンダムを押し出す形でデブリ帯を突き進み、このままいけば大デブリへ背面から激突してしまう。数秒後には実現してしまう予想を覆す為、右手のGNバスターライフルを破棄し左手に装備されたロケット砲で即座に射撃。リュウの意図に気付いたのかノーブルグレイズは機体各所のスラスターを点火し突進の向きを右へと逸らした。

 直後バスターライフルの爆発により両機が大きく揺れるも、Hi-ガンダムが前もって踏んでいたバーニアを指定方向へと噴かし今度はリュウが太陽を背にしている形となる。

 

「───お前ッ!」

 

 敵機のファイターが一瞬目が眩んだであろうと予想しすかさず握った操縦棍を滑らせて入力。たちまちHi-ガンダムが機体を深紅に染め、ノーブルグレイズの後ろへと回り込む。予め抜刀したGNタチで無防備な背に一太刀浴びせようと、操縦棍を引き倒し大上段で斬り被せた。

 

 なぞられる剣の軌跡、不意打ちの異種返しといわんばかりの攻撃を咄嗟にGNランスで受け止めようと構える動きに肝を冷やしたが、トランザムによる粒子供給の効果も相成り大槍に刃が食い込む。刀身に巡る粒子が高速で循環し、言わばチェンソーと同じ効果を持つGNタチが徐々に刃をノーブルグレイズへと近付けた。

 

『おぉいッ! ガキ相手に何遊んでんだよおめぇよぉ! さっさとぶち倒せや!』

 

 あの男の声がスピーカーから聞こえるも、リュウは勝利を確信していた。

 ───ノーブルグレイズ。グレイズをベースに機体各所へ追加スラスターを追加し、大型槍と腰に携えたナイトブレード、左腕から伸びた実体剣を装備した高機動強襲近接機。見たところレギュレーション400内でも目を見張る瞬間速度だが、それを上回る機体速度で強襲し一気に戦闘を畳み掛けようと画策したリュウの作戦が成功した。本体がグレイズである以上GNランスには粒子が供給されず、1度大型槍で防御の姿勢に回してしまえば槍の貯蔵粒子が切れることを待てば良い。

 この密着距離では装備された近接兵装も意味を成さず、防御を解いて攻撃に回ろうにも次の瞬間にはGNタチが機体を両断するだろう。

 

 閃光が宙にスパークし、大型槍が破られるのも最早時間の問題だった。ノーブルグレイズを倒した後は、あのピアス男の事だろう、即座に敵機達をけしかけてトランザムが切れたHi-ガンダムを倒そうとしてくる筈と予想。そうなる前にデブリ帯へ移動し身を潜めようと、震える操縦棍を押さえ付けながら思考する。

 

『足止めご苦労ぅ~、ノーブルグレイズちゃん』

 

 それはこの戦闘において初めて聞く声だった。人を人と思わぬ非道の声、聞いただけでそんな印象を抱いた声音に嫌悪感で背筋が冷たくなる。どこから聞こえたのかとGNタチで斬り付ける状態のままモニターへと目をやり、戦慄した。

 

「───こうなることは予想していた。悪かったなHi-ガンダムの、詫びさせてくれ」

 

 ノーブルグレイズの背後、透明な空間に下から上へと徐々に姿が見えていく。見ればブリッツガンダムが長槍でノーブルグレイズごと貫きHi-ガンダムの腹部を穿っていた。

 

「くっそ、味方纏めてかよ……!」

 

『ヒャアッ! 今だお前ら、コイツを捕縛しろぉ!』

 

 やけにうわずったこえがモニターに響き、後退のためスラスターを噴かす。トランザムによる加速で距離が遠ざかり、僅かな隙間にも似た時間に立て直そうと思考する中、衝撃で機体が揺らされる。

 

「海ヘビ、ハンブラビかッ!」

 

 運悪くバインダーにワイヤーが直撃し絡み付き、パージするかしないかの判断で鈍った隙を突くように次々とHi-ガンダムを囲んだ敵機達にワイヤー武装で身を固められる。海ヘビ、スレイヤーウィップ、ヒートロッド。どれもが電撃と拘束を兼ねた武装という選択に不快感を覚えるも既にHi-ガンダムのマシンパワーでは対抗が出来ない。

 ならば、と武装スロットを展開、左腕のロケット砲で敵機の1体をひるませようと───。

 

「ヒッヒ! 抵抗なんてするなよ、そぅらッ!」

 

 ブリッツガンダムが長槍を引き抜き、流れる動作でHi-ガンダム左腕を突き刺す。このタイミングで遂にトランザムが切れ、モニターに映された機体粒子がほぼ底を尽きてしまった。

 

『おいおいおいぃ、折角このガキに賭けたのによぉ、このままじゃ負けちまうよ。ギャハハハ!』

 

『たった1GPだろお前。そもそもこの数相手に挑もうとしてたのが間違いなんだよ!』

 

『だよなぁー! コトハちゃんの前でカッコつけたかったんだろ、この雑魚は!』

 

 スピーカーから聞こえてくる嘲笑の声。状況を覆そうにも対抗手段が無く、ただただその罵倒を受け入れるしか無い。遠目に見える山を眺めるようにモニターの景色が遠くに感じ、何も出来ないリュウは自身を嫌悪した。結局このあたりが限界なのだろうと、どこか達観した自分の囁きに同意せざるを得ず、力不足に身を震わせる。

 

『お前ら良くやった。で、何だっけお前。俺らのことを雑魚狩りどうとか言ってたよなぁ?』

 

 ピアス男の声が聞こえ、正面にV2ガンダムが縛られたHi-ガンダムへゆっくりと迫る。

 機体がぶつかるかぶつからないかの距離で停止し、発振させたビームサーベルで躊躇いなく刃をHi-ガンダムの右脚へと突き立てた。

 

「ぐッ!」

 

「そういうのはよぉ、自分の勝率を見てから言えよ、なぁッ!?」

 

 ビームサーベルを引き抜かれ右脚が機能を停止する。

 これで左腕と右脚が使えず、いよいよ反撃が絶望的だ。

 

「いやぁ~、まぁお前みたいな正義感溢れる雑魚がいるお陰で俺達は勝率稼がしてもらってんだけどな? 悪いねぇ、このまま俺達がプロになったとき思い出すことがあったら感謝してやるよ! 養分になってくれてありがとうってなぁ」

 

「……お前達が、プロ?」

 

「あぁそうだよ、今のくそ弱ぇ日本代表に変わって俺達がプロになんだよ! 正直無敵よ? 海外のプロとかも実際戦えば余裕だろ! ギャハハハ!」

 

「───海外のプロと戦ったことがあるのか?」

 

「あぁ!? 無ぇよ、無ぇけどアイツらも映像で強く見えるだけで実物はちょ~っと強いくらいだろ! マジであんな雑魚共に負けるとか日本カスすぎだろ!」

 

「だったらよ、もっかい言ってやるよ」

 

「おぉ~、その状態で何を言うんだよ?」

 

「───お前らみてぇな奴が蔓延ってるから、日本のガンプラファイターが舐められるんだよッッ!」

 

 刹那、繰り出された拳にHi-ガンダムが大きく揺れる。

 そんな中リュウは自己嫌悪を極めていた。啖呵を切るも何も出来ない状況、自身の力不足に対して。何よりコトハの目の前で日本のプロへの嘲けを言わせてしまった状況に奥歯を噛み締める。力が無い自分に憎悪が渦巻いた。

 

「で、お前どうすんだよ。このままじゃやられちまうぜぇ~? ───お前らもどうする!? これじゃ賭けが成立しねぇじゃねぇか! 誰かこのガキに賭ける奴いねぇのかよ!」

 

 男の声に集団が笑い声で返す。

 最早リュウは見せしめであり笑い者だ。こうなったら諦めて降参し、潔く去るか。それとも顔面にパンチの1つでもくれてやるかと、操縦棍を操作し画面にはリタイアの選択画面が映された。

 だがコトハだけはこの場から逃がさないといけない、ならば。円柱状のコクピットの後ろで待機するコトハへ耳打ちをしようと操縦棍から手を離した。ここから先はリュウ個人の争いになるため、コトハを巻き込むわけにはいかない。捕まるならリュウだけで良いと、拳を固め、覚悟を決めて振り返る。

 ───そしてその声は、モニターへ背を向けた瞬間スピーカーを大きく震わせ戦場へと響いた。

 

『───だったらあたしがその坊に賭けるとするさねぇッッ!!』

 

 豪と聞こえたのは陽気さを含んだ熟年女性の声だ。

 戦場の誰しもが突然の乱入者にモニターへ視線を奪われ動きを止めた刹那、ビームによる緑光と桃光が瞬きの間にHi-ガンダム周囲を突き抜け、拘束を行っていた敵機達を穿ち貫く。

 

 被弾したことに気付いていない様子の敵機達が遅れて爆発を起こし、V2ガンダムが背後を振り返った。月を背に浮かび上がるその姿は体にマントを羽織っており全貌が伺えない。

 

「だっ、誰だ、どこのどいつだ! 俺達の戦場に入ってきたバカ野郎は!? 名乗りやがれっ!」

 

『時間稼ぎはもっと上手くやるもんさね。丸見えだよ隠れっ子』

 

 マントの背後、姿を現したブリッツガンダムが機体を数度硬直させる。腕は長槍を構えたままの姿勢で止まっており、機体には煌々と発振された4本のビームが突き刺さっていた。

 

「ヒ、ヒヒ! 見えてたのねぇ……!」

 

 高笑いと共にブリッツガンダムが爆ぜてマントが吹き飛ぶ。

 現れたのは深い青色の機影、背中で生物的挙動を描く4本のビームが消えたと思えば伺えるシルエットは雄々しい機体だった。

 

『レギュレーション800、ペルセダハック。バカの声に釣られちまった大バカ野郎とはこのあたし───【宇宙海賊のカレン】とはあたしの事さねッッ!!』


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