「……ユナ的にはどうしてリュウさんなんかが、あろうことかコトハさんと親しげな仲なのかを問い詰めたいんですけど」
「んなこと言われたって、幼馴染みっつーか腐れ縁みたいなもんだしな」
「きぃーっ、おさ、おさな、幼馴染みぃ!?そ・こ・を!代わって下さいよリュウさんッ、自分がどれだけ恵まれた人間か自覚してるんですか!?萌煌学園入学以来数々の実績を残してバトルも強いながら本人の飾らない癒し系態度にどれだけのファンを魅了してきたかッ!リュウさんに理解出来ますかぁ~!?」
「いや出来ないです」
ユナからの糾弾を右から左へと受け流し、カウンター奥で豪快にフライパンを振るうカレンを遠い目で眺める。頬杖を突きながら視線を右に向けると恥ずかしそうに俯くコトハ、ここまで熱烈なファンは今まで遭遇したことが無かったらしく、マシンガンの如く次々と放たれる自身への憧れと評価に耳まで真っ赤だ。
“ガルフレッド“のテーブル席へと掛けた3人。中央にリュウを置いて左右にユナとコトハという異色のメンバーもさることながらユナが割烹着という格好も意外、私服の上から纏った白の料理服が実にシュールだ。
「てかユナってコトハを前々から知ってたのか?ガンプラバトル始めたのは俺達と会ってからじゃなかったっけ」
「そうですね。ガンプラバトルを本格的に始めたきっかけはリュウさん達でしたけど、コトハさんの事は以前から知ってました。知ったのはニュース番組なんですけど、日本の女性ガンプラファイターのプロで目覚ましい成果を挙げている人が居るって知ってそこからファンになりましたっ!甘いルックスからは想像できないシビアな戦闘、コトハさんの試合を見て
「お、
エイジに合掌。
話が盛り上がっている2人の邪魔にならないようゆっくりと席を外し奥のカウンターへと移動、後ろから聞こえてくるエイジへの非難に同情を覚えつつ椅子を引くと丁度カレンが厨房からやってくる。片手で中華鍋に入った炒飯をよそいながら気前の良い笑みでリュウを見やり、目の前に小山となった炒飯が振る舞われた。自重でほろほろと崩れる米粒に程好く絡まった半生の卵黄が官能的で、細かく彩られた野菜の中に悠然と存在感を放つ豚肉が悪魔的に食欲をそそる。
「何を我慢してるんだい、早くお食べよ冷めちまうだろ」
「い、いただきます」
レンゲと同じくらいの大きさか、少し大きめなスプーンで
「塩辛い味に突っ込むのは無しだよ、ここは普段居酒屋だから味加減が
「笑っ……あ」
緩んだ、笑み。空いた片手で顔を確かめるように触り初めて自覚した。思い返せば今日最後に笑ったのは
「どうして俺を助けてくれたんですか」
「そりゃ嬉しかったからだよ。今の日本にああいって馬鹿に噛みつく大馬鹿がまだ居るんだねぇってさ」
カレンがいつの間にか手元に置いたグラスに浅く口付ける。角ばった氷がグラスからはみ出、揺れる液体はアルコールの類だろうか、つんと鼻に抜ける特有の香りが不思議と嫌ではない。
後ろの席から、またママお酒飲んでる、とはユナの非難だ。飛ばされた声に氷を鳴らして返し、そんな上機嫌な横顔にふと疑念をぶつける。
「カレンさんて、その。ユナの母親なんですか」
ぎょっと顔が凍り付き信じられないものを見たような顔でリュウを見やる。
「冗~談じゃないよ、あんな生意気な娘居たら溜まったもんじゃない。ただの店主とバイトの関係さね」
自分で言って気味が悪いと言わんばかりに顔をしかめ、再びグラスをあおる。
無言の時間、レストランでの争いが意識したわけでもなく頭を
昔は、少なくとも3年前まではそんな低いモラルではなかったと記憶を思い起こし、きっかけはすぐに蘇った。忘れもしない3年前の世界大会、日本のファイター全員が予選脱落。それ以前は優勝準優勝に日本人が立っているのが当たり前で““ガンプラ“と“ガンダム“を世界に広めた国として日本は自他共に認める強豪国だった。そんな不敗神話が突然崩れ去り
だが自分の力量を計る機会が少ない連中達は勘違いのまま口々に、俺だったら、と仲間内で意味の無い張り合いを日々続けている。
リュウだって、思いたい。俺に力があったなら、と。力があったなら今頃はプロになって馬鹿にしている連中達を見返せた。力があったならトウドウ・サキに勝って見返させる事も出来た。俺に、力があったならと、カウンターに置いた手が知らず拳を固める。
「危険な目をしてるね、そういう瞳の連中はロクな事を考えちゃいない。およしな」
低いトーンの言葉に息を呑んだ。どれくらい黙っていたのだろう、カレンが持つグラスの氷は半分ほど溶け、よそってくれた炒飯からは湯気がはたと消えている。
聞こえた言葉を誤魔化すように1口2口と頬張り、心中の疑問を問い掛けた。
「カレンさんがガンプラバトルをやっている理由ってなんですか。どうしてあんなに、
迷いのない
言葉は返ってこない。やがて目を閉じたかと思えば次の瞬間、吹き出しと共に目の端に涙を浮かべた
「あはははははっ!!可愛いねぇ、ケツが真っ青じゃないかっ、最高だよ坊!────悪いがね、その質問には答えたくても答えられないさね。まぁアドバイス程度の事は言える。……いいかい?ガンプラに限った話じゃない、人間の趣味嗜好の
カレンの指がリュウの胸を差す。
そうは言われても、過去のガンプラの記憶が無いんだから
「強さってもんは積み重ねる時間と手前の意思の強さでゆっくりと
気取った口調で言葉を終えグラスに口を付けるが、しかしあおる中身は空、酒を探しているのか渋い表情のままカウンター奥へとカレンが消えた。
魔法の果実。確かにそんなものがあったら苦労はしないなと自嘲気味に鼻が鳴る。ふと見上げた店内の柱、掛けられた丸時計が目に入り時刻はそろそろ7時を回ろうとしている頃合い、結局問題は解消されないまま明日の実験を迎えるのかと針を刻む時計に思いが更けた。
明日の夜の実験、そこでも実力不足を痛感することは既に目に見えていた。思い出されるのはナナと出会った夜の事、自身の実力を過信して危うくナナ
そんな冷えた思考のなか、物言わぬ
「魔法の、果実」
確かめるように呟く。
食べるだけで知恵や
「──ごちそうさまでした」
届かぬと知りながら厨房のカレンへと投げ掛け、立ち上がる。
出口へ向かう途中、
「リュウくん帰るの?もう少しここにいない?」
「あれ、リュウさん帰るんですか。……あ、絶対エイジさんにこの店で私が働いてること言わないで下さいねっ!」
「わりぃ、ナナが帰ってくるからそろそろ戻らねぇと。エイジには黙っとくから、んじゃな」
それでも疑念の視線は背中に突き刺さったままだ。扉が開き鈴が鳴った。
誰からも見えないリュウの表情、その顔は暗い微笑で覆われておりリュウにもその自覚がある。自分が気付いてしまった事の意味、どうして今の今まで思い至らなかったのか、既に得ていた魔法の果実を食す為にリュウは足早に店を出た。
雨は再び降り始めていたようでゴミ箱の猫は既に居ない。地面を跳ねるほどの大雨、雨避けに
────
※※※※※※
「リュウさん何かあったんですか?様子が変でしたけど」
リュウが出ていった扉を2人が眺め
「私が帰ってきたときから少し変なんだ。リュウくん昔から面倒事に自分から入って行ったり何考えてるか分からなかったりするんだけど、それでもいつも笑ってた。……何か言えないことでもあるのかな」
最後の呟きはユナにではなく自分に。
思い詰めたような張り詰めたような、
「スタイル良いなぁ────じゃ無かったですっ!決して!……ユナもリュウさんに撮影とか手伝ってもらったりすることあるんですけど、ああいった雰囲気は初めて見ました。はぁ~もうコトハさんに心配されてんのにあんな表情すんなって話ですよっ!なんなら今からリュウさんの家に行きますかっ」
「それは流石に
話題を切り返し今度はユナを見やる。手元の飲み物を片手であおり──カレンさんの飲み方そっくりのユナが身を乗り出した。
「活動してるんですけどぉ、バトル動画の再生数が伸びないんですよぅ。踊りの方は学園のブランドもあって伸びてるんですけど、どうもバトル動画が」
「あれ、アイドルさんって歌も歌うよね、歌の方は?」
「活動してるんですけどぉ、バトル動画の再生数が伸びないんですよぅ。踊りの方は学園のブランドもあって伸びてるんですけど、どうもバトル動画が」
「何これ!?選択肢間違えると同じ事言ってくるタイプのやり取り!?」
察してくれ、と言うことなのだろうか。
表情が暗くなったユナにいたたまれずストローを加え、苦笑い。ユナちゃん可愛いから歌も素敵だと思うけどなぁ、とフォローしようとした矢先
「歌は、まぁ良くないけど良いとして。コトハさん、失礼な事を承知でお願いしたいことがあるんですが、聞いてもらえないですか」
感情の切り替わりが早い子だなぁ、と内心面白げにユナに頷く。
「動画の為、でもあるんですけど。私どうしても倒したい人が居るんです。──私のガンプラで、ストライクフリーダムで」
瞳は大きく、眼光は強く。
声音に含まれた熱意に思わず姿勢が正された。
「えと、エイジくんかな」
「はい。やっぱりどうしても勝ちたくて、だけど今のユナじゃ力の溝は深まらないってことも自覚してますし分かってます。その上でコトハさんに頼みたい事があります」
身を乗り出した姿勢のままユナが強く目を閉じ、拳が作られる。よほど言いづらい事なのだろう、小さな身体が
「私に──────ガンプラバトルを教えてもらえませんか」