ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

55 / 188
3章20話『魔法の果実』

「……ユナ的にはどうしてリュウさんなんかが、あろうことかコトハさんと親しげな仲なのかを問い詰めたいんですけど」

 

「んなこと言われたって、幼馴染みっつーか腐れ縁みたいなもんだしな」

 

「きぃーっ、おさ、おさな、幼馴染みぃ!?そ・こ・を!代わって下さいよリュウさんッ、自分がどれだけ恵まれた人間か自覚してるんですか!?萌煌学園入学以来数々の実績を残してバトルも強いながら本人の飾らない癒し系態度にどれだけのファンを魅了してきたかッ!リュウさんに理解出来ますかぁ~!?」

 

「いや出来ないです」

 

 ユナからの糾弾を右から左へと受け流し、カウンター奥で豪快にフライパンを振るうカレンを遠い目で眺める。頬杖を突きながら視線を右に向けると恥ずかしそうに俯くコトハ、ここまで熱烈なファンは今まで遭遇したことが無かったらしく、マシンガンの如く次々と放たれる自身への憧れと評価に耳まで真っ赤だ。

 

 “ガルフレッド“のテーブル席へと掛けた3人。中央にリュウを置いて左右にユナとコトハという異色のメンバーもさることながらユナが割烹着という格好も意外、私服の上から纏った白の料理服が実にシュールだ。

 

「てかユナってコトハを前々から知ってたのか?ガンプラバトル始めたのは俺達と会ってからじゃなかったっけ」

 

「そうですね。ガンプラバトルを本格的に始めたきっかけはリュウさん達でしたけど、コトハさんの事は以前から知ってました。知ったのはニュース番組なんですけど、日本の女性ガンプラファイターのプロで目覚ましい成果を挙げている人が居るって知ってそこからファンになりましたっ!甘いルックスからは想像できないシビアな戦闘、コトハさんの試合を見て僭越(せんえつ)ながら学ばせてもらおうと日々動画を見てました。……いざガンプラバトル始めてみたらエイジさんにやられたんですけどね~」

 

「お、大袈裟(おおげさ)だよユナちゃんっ。わたしがプロになれたのはたまたま運が良かっただけで……えと、それでエイジくんがユナちゃんに何かしたのかな、詳しく教えて貰える?わたしが凝らしめてあげるから」

 

 エイジに合掌。

 話が盛り上がっている2人の邪魔にならないようゆっくりと席を外し奥のカウンターへと移動、後ろから聞こえてくるエイジへの非難に同情を覚えつつ椅子を引くと丁度カレンが厨房からやってくる。片手で中華鍋に入った炒飯をよそいながら気前の良い笑みでリュウを見やり、目の前に小山となった炒飯が振る舞われた。自重でほろほろと崩れる米粒に程好く絡まった半生の卵黄が官能的で、細かく彩られた野菜の中に悠然と存在感を放つ豚肉が悪魔的に食欲をそそる。胡椒(こしょう)と鶏ガラと……(ほの)かに香るのは胡麻(ごま)油だろうか、先程レストランで小腹を満たしたにも関わらず腹が音を立て涎が(にじ)んだ。

 

「何を我慢してるんだい、早くお食べよ冷めちまうだろ」

 

「い、いただきます」

 

 レンゲと同じくらいの大きさか、少し大きめなスプーンで(すく)い一口に頬張る。途端、鼻腔(びくう)を突き抜ける暴力的な匂いとゴロゴロと転がる具材に絡まる卵黄が口いっぱいに広がり気付いたときには既に口内から消えていた。少し塩気が強い味も、普段ナナとの生活で気遣っていた料理の薄味に馴れた舌には嬉しい味だった。

 

「塩辛い味に突っ込むのは無しだよ、ここは普段居酒屋だから味加減が()びついてんだ。──で、やっと笑ったね坊」

 

「笑っ……あ」

 

 緩んだ、笑み。空いた片手で顔を確かめるように触り初めて自覚した。思い返せば今日最後に笑ったのは何時(いつ)だっただろうか、立て続けに雪崩れてきた物事でそれどころでは無かったと頬に触れた姿勢のままにカレンへと問う。

 

「どうして俺を助けてくれたんですか」

 

「そりゃ嬉しかったからだよ。今の日本にああいって馬鹿に噛みつく大馬鹿がまだ居るんだねぇってさ」

 

 カレンがいつの間にか手元に置いたグラスに浅く口付ける。角ばった氷がグラスからはみ出、揺れる液体はアルコールの類だろうか、つんと鼻に抜ける特有の香りが不思議と嫌ではない。

 後ろの席から、またママお酒飲んでる、とはユナの非難だ。飛ばされた声に氷を鳴らして返し、そんな上機嫌な横顔にふと疑念をぶつける。

 

「カレンさんて、その。ユナの母親なんですか」

 

 ぎょっと顔が凍り付き信じられないものを見たような顔でリュウを見やる。

 

「冗~談じゃないよ、あんな生意気な娘居たら溜まったもんじゃない。ただの店主とバイトの関係さね」

 

 自分で言って気味が悪いと言わんばかりに顔をしかめ、再びグラスをあおる。

 無言の時間、レストランでの争いが意識したわけでもなく頭を(よぎ)った。自国のガンプラファイターの戦いに罵倒(ばとう)を飛ばし、他国の敗北を(わら)うあの集団。ああいった人間たちをリュウは初めて見たわけではない。地元の模型店や学校、インターネットの掲示板など最たる例で日々日本のガンプラファイターを名指しで中傷が書き込まれている。自分達の安全は約束されたところから一方的に批判している姿勢、それが日本のガンプラバトルを見ている人間たちの一般的な現状だ。

 昔は、少なくとも3年前まではそんな低いモラルではなかったと記憶を思い起こし、きっかけはすぐに蘇った。忘れもしない3年前の世界大会、日本のファイター全員が予選脱落。それ以前は優勝準優勝に日本人が立っているのが当たり前で““ガンプラ“と“ガンダム“を世界に広めた国として日本は自他共に認める強豪国だった。そんな不敗神話が突然崩れ去り荒廃(こうはい)していった様を見せ付けられた若い世代が先程のああいった連中であり、リュウも彼らに少なからず共感出来る部分はある。だがそんな思いは萌煌(ほうこう)で完全に矯正(きょうせい)され自分の力の底を重い知った、今日のトウドウ・サキとの勝負もそうだった。

 だが自分の力量を計る機会が少ない連中達は勘違いのまま口々に、俺だったら、と仲間内で意味の無い張り合いを日々続けている。

 リュウだって、思いたい。俺に力があったなら、と。力があったなら今頃はプロになって馬鹿にしている連中達を見返せた。力があったならトウドウ・サキに勝って見返させる事も出来た。俺に、力があったならと、カウンターに置いた手が知らず拳を固める。

 

「危険な目をしてるね、そういう瞳の連中はロクな事を考えちゃいない。およしな」

 

 低いトーンの言葉に息を呑んだ。どれくらい黙っていたのだろう、カレンが持つグラスの氷は半分ほど溶け、よそってくれた炒飯からは湯気がはたと消えている。

 聞こえた言葉を誤魔化すように1口2口と頬張り、心中の疑問を問い掛けた。

 

「カレンさんがガンプラバトルをやっている理由ってなんですか。どうしてあんなに、()()んですか」

 

 迷いのない機動(マニューバ)、行動。先の試合でリュウがカレンに感じた強さは勿論自前の腕前から為せるものだろう。しかしそれとは別に、自身の危険を省みないバトルへの乱入に加えて戦闘での判断、そして今この場にリュウとコトハを招いてくれている人としての大きさ。リュウが知りたい強さは、カレンが持つ()()()()だ。何から起因(きいん)した行動理念なのか、その源流をリュウは知りたいとカレンを見詰めた。

 

 言葉は返ってこない。やがて目を閉じたかと思えば次の瞬間、吹き出しと共に目の端に涙を浮かべた笑声(しょうせい)が店内を震わせた。

 

「あはははははっ!!可愛いねぇ、ケツが真っ青じゃないかっ、最高だよ坊!────悪いがね、その質問には答えたくても答えられないさね。まぁアドバイス程度の事は言える。……いいかい?ガンプラに限った話じゃない、人間の趣味嗜好の源流(ルーツ)なんざ人によってそりゃ違うさ当然だろ。坊は坊の戦う理由を見付けな」

 

 カレンの指がリュウの胸を差す。

 そうは言われても、過去のガンプラの記憶が無いんだから源流(ルーツ)も何もあったもんじゃないと眉を潜め胸に手を当てた。カレンを見やると柔かな笑みを浮かべグラスの氷を赤みを帯びた顔で眺めている。氷が溶け、小気味良い音が鳴った。

 

「強さってもんは積み重ねる時間と手前の意思の強さでゆっくりと(にじ)み出てくるもんさ。おいそれと強さを得ようだなんて、それこそ魔法の果実でも食わないと道理が通らない。そして残念なことに、この世の中には魔法の果実なんて実ってないのさ」

 

 気取った口調で言葉を終えグラスに口を付けるが、しかしあおる中身は空、酒を探しているのか渋い表情のままカウンター奥へとカレンが消えた。

 魔法の果実。確かにそんなものがあったら苦労はしないなと自嘲気味に鼻が鳴る。ふと見上げた店内の柱、掛けられた丸時計が目に入り時刻はそろそろ7時を回ろうとしている頃合い、結局問題は解消されないまま明日の実験を迎えるのかと針を刻む時計に思いが更けた。

 明日の夜の実験、そこでも実力不足を痛感することは既に目に見えていた。思い出されるのはナナと出会った夜の事、自身の実力を過信して危うくナナ諸共(もろとも)死にかけたあの出来事。ナナの力──“Link“が無ければどうなっていたか考えるだけで背筋が凍った。

 そんな冷えた思考のなか、物言わぬ無垢(むく)な瞳がリュウを視ている錯覚を覚え、同時にハッとする。

 

「魔法の、果実」

 

 確かめるように呟く。

 食べるだけで知恵や叡智(えいち)が宿る魔法の果実。先程カレンはそんなもの無いと言っていたが、────あるじゃないか。リュウだけに許された魔法の果実が。誰も彼も見返させる事が出来る力を得る方法が。

 

「──ごちそうさまでした」

 

 届かぬと知りながら厨房のカレンへと投げ掛け、立ち上がる。

 出口へ向かう途中、怪訝(けげん)な表情でリュウを(うかが)う2人の声に足が止まった。

 

「リュウくん帰るの?もう少しここにいない?」

「あれ、リュウさん帰るんですか。……あ、絶対エイジさんにこの店で私が働いてること言わないで下さいねっ!」

 

「わりぃ、ナナが帰ってくるからそろそろ戻らねぇと。エイジには黙っとくから、んじゃな」

 

 それでも疑念の視線は背中に突き刺さったままだ。扉が開き鈴が鳴った。

 誰からも見えないリュウの表情、その顔は暗い微笑で覆われておりリュウにもその自覚がある。自分が気付いてしまった事の意味、どうして今の今まで思い至らなかったのか、既に得ていた魔法の果実を食す為にリュウは足早に店を出た。

 

 雨は再び降り始めていたようでゴミ箱の猫は既に居ない。地面を跳ねるほどの大雨、雨避けに(さえぎ)られた大粒の雨粒を意にも介さずリュウは足を踏み出した。

 

 ────(わら)う顔に滴が伝いながら。

 

 

 

 ※※※※※※

 

 

 

「リュウさん何かあったんですか?様子が変でしたけど」

 

 リュウが出ていった扉を2人が眺め(しばら)くの沈黙(ちんもく)、先に口火を切ったのはユナだった。言われた言葉に数度(まぶた)(まばた)かせコトハ自身疑念や疑問にも似た感情を含みながら、

 

「私が帰ってきたときから少し変なんだ。リュウくん昔から面倒事に自分から入って行ったり何考えてるか分からなかったりするんだけど、それでもいつも笑ってた。……何か言えないことでもあるのかな」

 

 最後の呟きはユナにではなく自分に。

 思い詰めたような張り詰めたような、(はた)から見れば薄い何かが両方から引っ張られているようにも見えた今日のリュウ。あのままじゃ近いうちに張り裂けてしまうと、普段他人の心情に(うと)い自負のあるコトハですらそう思えてしまうほど危うげな表情に見えた。きゅっと胸で作られた拳にユナが視線を飛ばしていることに気付き、どうかした、と慌てて笑顔を取り繕う。

 

「スタイル良いなぁ────じゃ無かったですっ!決して!……ユナもリュウさんに撮影とか手伝ってもらったりすることあるんですけど、ああいった雰囲気は初めて見ました。はぁ~もうコトハさんに心配されてんのにあんな表情すんなって話ですよっ!なんなら今からリュウさんの家に行きますかっ」

 

「それは流石に可哀想(かわいそう)かな……?1人で悩みたい時間が欲しいときもあるし、今のリュウくんはそうだと思うから。そういえばユナちゃんって何か活動してるんだよね、えと、アウターtuberアイドル、だっけ」

 

 話題を切り返し今度はユナを見やる。手元の飲み物を片手であおり──カレンさんの飲み方そっくりのユナが身を乗り出した。

 

「活動してるんですけどぉ、バトル動画の再生数が伸びないんですよぅ。踊りの方は学園のブランドもあって伸びてるんですけど、どうもバトル動画が」

 

「あれ、アイドルさんって歌も歌うよね、歌の方は?」

 

「活動してるんですけどぉ、バトル動画の再生数が伸びないんですよぅ。踊りの方は学園のブランドもあって伸びてるんですけど、どうもバトル動画が」

 

「何これ!?選択肢間違えると同じ事言ってくるタイプのやり取り!?」

 

 察してくれ、と言うことなのだろうか。

 表情が暗くなったユナにいたたまれずストローを加え、苦笑い。ユナちゃん可愛いから歌も素敵だと思うけどなぁ、とフォローしようとした矢先尋常(じんじょう)ではない雰囲気の下がり具合にそれすら口に出す事も(はばから)れた。

 

「歌は、まぁ良くないけど良いとして。コトハさん、失礼な事を承知でお願いしたいことがあるんですが、聞いてもらえないですか」

 

 感情の切り替わりが早い子だなぁ、と内心面白げにユナに頷く。

 

「動画の為、でもあるんですけど。私どうしても倒したい人が居るんです。──私のガンプラで、ストライクフリーダムで」

 

 瞳は大きく、眼光は強く。

 声音に含まれた熱意に思わず姿勢が正された。

 

「えと、エイジくんかな」

 

「はい。やっぱりどうしても勝ちたくて、だけど今のユナじゃ力の溝は深まらないってことも自覚してますし分かってます。その上でコトハさんに頼みたい事があります」

 

 身を乗り出した姿勢のままユナが強く目を閉じ、拳が作られる。よほど言いづらい事なのだろう、小さな身体が(わず)かに震えていた。やがて、意を決したのか綺麗な淡紅(たんこう)の瞳がコトハを定め、躍然(やくぜん)たる声で言い放った。

 

「私に──────ガンプラバトルを教えてもらえませんか」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。