春の夜の、桜の樹から
珍しいことに空を覆う雨雲の影から三日月が覗き、月光が静かに地表を照らし花びらが奥行きを以て浮き上がる。微かな青色と、地に敷かれた桜色の
踏んだ金属の床に気付いたのか淡い白い髪が揺れて、蒼い瞳がリュウを捉える。持たせた合鍵で扉を開けずに佇む少女──ナナの鈴が鳴るような声がリュウの耳に良く通った。
「おかえりなさい、リュウさん」
「中に入らなかったのか。外、寒いだろ」
「私は来たばかりです。それに、遠目からリュウさんが見えたので」
どうせなら一緒に入ろうと、少女は言外に
「ナナ、話があるんだ」
投げ掛けられた声に少女の動きが止まる。
少し強い声だったと思う、リュウ自身声音の固さは意図したものでは無かったがこれから自分が告げることの意味を考えると声が強張っても仕方ないとリュウは自分に言い訳をした。
口にして良いのか。言ったら最後戻れない気がして、間違いな気がして、だがそれ以上に力が欲しくて。数度の深呼吸を入れナナをもう一度見据える。言葉は発せられる最後の瞬間まで
「俺の──────力になってくれないか」
「はい。リュウさん」
対して小さく響いた少女の声には迷いというものが感じられなかった。それが当然と言わんばかりの
「その為の
深まる
「明日の夜からナナの力を使わせてくれ、俺には……。俺にはその力が必要なんだ」
※ ※ ※ ※ ※
深夜。雨雲も通りすぎ一層冷えた空気が大地を覆う。“学園都市“と外部を繋ぐ“第1学区“、居住区としての側面を併せ持つこの学区。建ち並ぶ宿泊施設の中でも一際巨大に建設されたマンションの最上階に明かりも付けずトウドウ・サキは
“学園都市“には大気汚染に繋がるような排気ガスを排出する施設は存在せず、山岳地帯に拓かれた“学園都市“は夜を迎えると星々が
「コトハさん、貴女は私の」
今夜何度目の呼び掛けか、口にするだけで身体が熱を帯び胸が
惜しむらくは彼女の行動根底にリュウ・タチバナが存在することで、それだけがトウドウにとって歯痒い点だったが、昼間に出会った“あの少年”からリュウ・タチバナを文字通り消す方法を教えてもらい、後は明日の夜に実行するだけ。
研究棟から帰ってきてから意識は“ミッション・シングラー“に割かれて、他の事はぼんやりと
「“
確かめるように、なぞるように。
窓に反射する自分の顔が歪に笑みを浮かべ、狂気へと染まった目と視線が合う。
─────貴女を必ず手にいれてみせる。
唇を濡らし、そっと
細まる視線に楽しげな笑み。
彼女と出会ってからのこれまでを思い返しながら、夜は静かに更けていった。