ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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3章21話『遠くに望んで』

 春の夜の、桜の樹から薄紅(うすべに)色の花びらが散り去った5月の半ば。しんしんと降る霧雨(きりさめ)が落ちた花弁を濡らし水滴を覗けば万華鏡にも似た風雅な造形を織り成している。細雨(さいう)が葉を打ち、まるで遠くに聞こえるさざ波のように静かで、しかし確と聞いている耳に入った。

 珍しいことに空を覆う雨雲の影から三日月が覗き、月光が静かに地表を照らし花びらが奥行きを以て浮き上がる。微かな青色と、地に敷かれた桜色の絨毯(じゅうたん)から成る幻想な光景に普段なら息を呑んでいた。

 踏んだ金属の床に気付いたのか淡い白い髪が揺れて、蒼い瞳がリュウを捉える。持たせた合鍵で扉を開けずに佇む少女──ナナの鈴が鳴るような声がリュウの耳に良く通った。

 

「おかえりなさい、リュウさん」

 

「中に入らなかったのか。外、寒いだろ」

 

「私は来たばかりです。それに、遠目からリュウさんが見えたので」

 

 どうせなら一緒に入ろうと、少女は言外に(ほの)めかす。いつも通りの起伏(きふく)が少ない声のまま扉の鍵を差し込み、その表情が心なしか嬉しそうな笑みを浮かべているのはリュウの勘違いだろうか。その横顔に、

 

「ナナ、話があるんだ」

 

 投げ掛けられた声に少女の動きが止まる。

 少し強い声だったと思う、リュウ自身声音の固さは意図したものでは無かったがこれから自分が告げることの意味を考えると声が強張っても仕方ないとリュウは自分に言い訳をした。

 

 口にして良いのか。言ったら最後戻れない気がして、間違いな気がして、だがそれ以上に力が欲しくて。数度の深呼吸を入れナナをもう一度見据える。言葉は発せられる最後の瞬間まで躊躇(ためら)われて声が震えていた。

 

「俺の──────力になってくれないか」

 

「はい。リュウさん」

 

 対して小さく響いた少女の声には迷いというものが感じられなかった。それが当然と言わんばかりの抑揚(よくよう)と返事の内容に、リュウは発した意味を理解しているのかと疑念を抱いたが、静かに歩み寄って来た少女に胸の迷いが淡く消え果てる。リュウを下から見上げるナナは真っ直ぐに瞳を合わせたままリュウの手を取り胸元まで導いて。

 

「その為の(Nitoro:Nanoparticle)です」

 

 深まる微笑(ほほえ)みの意味は理解出来ない、それでも目の前の少女は望みを受け入れてくれると本能的に確信した。握られた手を(わず) かに握り返すとより強く、少女らしい強さで握り返されるのが何故か嬉しい。

 

「明日の夜からナナの力を使わせてくれ、俺には……。俺にはその力が必要なんだ」

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 深夜。雨雲も通りすぎ一層冷えた空気が大地を覆う。“学園都市“と外部を繋ぐ“第1学区“、居住区としての側面を併せ持つこの学区。建ち並ぶ宿泊施設の中でも一際巨大に建設されたマンションの最上階に明かりも付けずトウドウ・サキは硝子(ガラス)張りに造形された展望用の窓からじっと森林地帯を遠望していた。

 “学園都市“には大気汚染に繋がるような排気ガスを排出する施設は存在せず、山岳地帯に拓かれた“学園都市“は夜を迎えると星々が燦然(さんぜん)と輝き四季折々(おりおり)の星座達が隠れもせずに存在を主張している。その光は大地にも届き今夜のような天気の良い日は人工的な光が無くとも森林地帯に萌煌学園が望める程だ。夜闇(よやみ)にふと目を閉じれば“彼女“の顔が鮮明に思い浮かぶ。

 

「コトハさん、貴女は私の」

 

 今夜何度目の呼び掛けか、口にするだけで身体が熱を帯び胸が(うず)く感覚に陥り、それも不快な感覚ではなく熱望に近い感情だ。

 萌煌(ほうこう)で長く教員をやってきたが、その中でもコトハ・スズネは遂に出てきた逸材(いつざい)だと断言できる。卓越(たくえつ)した操縦技術、そしてあの年齢で既にメンタル面が仕上がっていると言っても過言ではない程の意思の強さ。加えて、痛々しい程に見える自己犠牲の精神。ぞくりと背筋が喜びに打ち震え、思わず両肩を抱いた。

 惜しむらくは彼女の行動根底にリュウ・タチバナが存在することで、それだけがトウドウにとって歯痒い点だったが、昼間に出会った“あの少年”からリュウ・タチバナを文字通り消す方法を教えてもらい、後は明日の夜に実行するだけ。

 研究棟から帰ってきてから意識は“ミッション・シングラー“に割かれて、他の事はぼんやりと(かすみ)がかっている状態、目下の目的だけはひたすらに思い出せる異常な状態だということを頭では理解しながら誘惑(ゆうわく)に抗えない自分の方が勝っていた。

 

「“電脳世界(アウター)”内でタチバナさんを倒せば、貴女が手に入る」

 

 確かめるように、なぞるように。

 窓に反射する自分の顔が歪に笑みを浮かべ、狂気へと染まった目と視線が合う。愉快(ゆかい)げな顔、と。どこか俯瞰(ふかん)した自分がトウドウに告げ、声には無言で肯を示す。

 

 ─────貴女を必ず手にいれてみせる。

 

 唇を濡らし、そっと硝子(ガラス)に映った自分の顔に触れた。

 細まる視線に楽しげな笑み。

 

 彼女と出会ってからのこれまでを思い返しながら、夜は静かに更けていった。

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