ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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3章22話『力の意味』

「───“Link“の詳細を教えてほしい、ですって?」

 

「お願いします、俺自身詳しい仕様を知らないと絶対どこかで後悔すると思うので」

 

 到着するには多少早い時間だった。

 幾つもセキュリティを越えた先にある研究棟の深部、複数ある細長い通路の途中に設けられたこの部屋が女博士──リホ・サツキが作業をしている部屋なのだが、いかんせん入口にどういった部屋なのか説明が書かれておらずナナが居なかったらどうなっていたか考えるに容易い。

 

 “Link“を使って“電脳世界(アウター)”で名をあげる。

 

 これがリュウの考えたプロになる為の最善択だ。

 昨日リホが言っていた口振りから想像するに“Link“の力は圧倒的で、“電脳世界(アウター)“では相当な強さを発揮出来るだろう。現在“学園都市“でしか先行導入されていない“電脳世界(アウター)“も来年になれば全世界に解禁されるガンプラバトルの最前線であり、それまでに“Link“を駆使して勝利を重ねておけば確実に名は広まる。

 ガンプラバトルのプロを目指す人間の中からプロになれる割合は、全体の2割。平凡な技量と製作技術しか持たないリュウにとってプロの入り口は針の穴程の狭さであり、競合率は膨大(ぼうだい)だ。通常ならリュウがプロになるまで長い年月が必要な計算で、その間にもレストランに居たようなモラルに欠ける集団が日本のガンプラにおけるイメージを下げてしまい、ヴィルフリートのような真剣にガンプラバトルへ取り組んでいる人間を失望させてしまう。それはリュウにとって一番耐え難い事だ。

 ならばリュウが持つアドバンテージである“Link“を使用する事で少しでもプロになれる確率があがるなら、これを利用しない手はないだろう。無論ガンプラの操作技術やガンプラ製作を怠るわけではない、あくまでそれらを補助する手段としてナナを、“Link“を使う。これがリュウの出した結論だ。

 

「…………アンタも、他の連中と変わらないのね」

 

 リホの呟いた言葉の意味が分からず、咄嗟(とっさ)に言葉が出てこない。

 怪訝(けげん)に視線を送ると短い嘆息を1つ吐き、紫紺(しこん)の瞳がすっと細められた。

 

「気にしないで。──“Link“についてだったわね。本当の詳細は次の実験が終了次第教えるって約束だから、今回は話せる範疇だけ。いいわね?」

 

 浅く頷く。

 

「まず“Link“をしている状態、ナナは“接続者(コネクター)“……あぁアンタの事ね。“接続者(コネクター)“の大脳と海馬にあるその時使用していない領域に存在しているの。まず前提として、人間の脳は全体の2割程しか使われていないって話ね、これは知っているかしら」

 

「アニメやSFで良く聞く説明ですよね、人間の脳の全てを使用すると何かに目覚めるとか、そんな感じの」

 

「アレ、実は全くの嘘だから」

 

「えぇっ!?」

 

 霹靂(へきれき)だった。

 脳が持っている性能(スペック)を全て発揮すると未知なる力に目覚めるとか、人間では無くなるとか、サイコキネシスとか。そう言った浪漫(ロマン)が全て否定された。

 

「バカね。アレが定説されていたのなんて40年も前の、2000年初頭くらいの話よ──話を戻すわ。実際人間は脳を100%使っているの、使用する部位を割り振ってね。朝はここ、昼間はここ、夜中に睡眠中はここ、こんな感じで。だから人間の脳には俗に言う“未使用領域“なんてものは存在しない、脳の全てを1日かけて使っているといえば分かりやすいかしら」

 

「……。1度に多く使うと負担が大きいから、小分けにして使ってるんですね」

 

「そう。“Link“している状態っていうのは、タチバナの休んでいる脳領域の一部をナナに明け渡して演算や処理能力を引き上げている状態なの。そして“接続者(コネクター)“が所持している機体データと戦況をナナが判断してその場の最適解を下す。“Link“中アンタはまともに動けないけどナナに対して命令は出せる筈よ。弊害(へいがい)としてナナは“電脳世界(アウター)“内だとタチバナの意識と融合している形だから、アンタがやられればナナの信号も消える──活動停止するわ」

 

 あくまで淡々(たんたん)と、目の前に少女が居るのにも関わらずに言いのける。

 伝う冷や汗。言い終わり両者の間に流れる無言は互いにどういう意味か、息苦しく感じた一瞬の無音を隣に座ったナナが割って入る。

 

「博士、万が一の緊急時には私の方から“Link“を切断するので問題は無いと思われます。付け加えてリュウさんとの共同生活で様々なガンプラファイターと出会いましたが、《特記事項──ヴィルフリート》を除いて彼ら程度の技量なら敗北は有り得ないと判断します」

 

 寮でも再三確認した内容だった。僅かでも敗北の可能性が見えたら即座に“Link“を解除すると合意し、その際はリュウがガンプラを操縦する。

 ヴィルフリートのような規格外のファイターを除いて“学園都市“で生活している多くのファイターはアマチュアの域を出ていない、“Link“状態であるならば負けることはまず無いだろうとはナナの言葉だ。つまり“Link“状態のリュウは“学園都市“最高峰の実力を持つファイターであり、世界に解禁されるその日まで多くの勝利を得れる事が約束されている。(ちまた)で噂されている“紫怨(しおん)の凶星“とやらも“電脳世界(アウター)“以前は聞いたことの無い名だ、取るに足らない相手だろう。

 プロへの試験は来年か今年の冬辺りに恐らく“学園都市”もしくは“電脳世界(アウター)”で行われるとインターネットやメディアで(ささや)かれており、試験を受けるにあたっての必要最低勝率を“Link”で稼ぐのがリュウの目的だ。

 

「実験以外でナナを、…………“Link“を使うことを俺に許可して欲しいです」

 

 言った。

 言ってしまったと心の隅で罪悪感が芽生える。

 リホの表情は刺すように鋭く、瞳から感じる感情は無関心と微かな嫌悪(けんお)感か。視線に射抜かれ身が(すく)む。

 

 ───貴方はリスクを回避してリターンを得たい人間だと判断しました。

 

 “Link“を行ったあの夜にナナが言っていた言葉が脳裏に浮かぶ。

 実際“Link“でも通用しない相手と遭遇したら切断すれば良い話であり、“Link“の運用はリュウ側にデメリットは殆ど無い。ローリスクハイリターンを地で行くこの方法を何故今まで思い付かなかったのか。この方法を行うきっかけをくれた先の集団には多少なるとも感謝しないと、と胸中で密かに嗤う。全ては自分を下に見ていた連中を見返す為、力及ばなかった相手に勝利するため、そして日本のガンプラバトルのため。

 最早懇願(こんがん)にも近い眼差しをリホに送り固唾(かたず)を飲んで返事を伺う。

 

「……私からの条件としては特に無いわ。アンタが口外しなければナナの事が外に漏れることもまず無いし、こちらとしても正直“Link“の性能データが欲しかったところなのよ。」

 

 落胆(らくたん)を思わせる溜め息とは裏腹に返ってきた返事は了承だった。

 

「ッ! ありがとうございます!」

 

「────アンタが心を保てればの話だけどね」

 

「? それは、どういう……」

 

「時間よ、部屋まで案内するわ」

 

 ぎぃ、と背もたれを鳴らしリホが立ち上がる。

 通りすぎていく横顔はリュウとナナを見向きもせず、冷徹(れいてつ)さえ思わせる顔付きで出口へと(おもむ)いた。目的を果たすためなら手段を(ともな)わない。そんな芝居じみた台詞を吐くフィクション作品の博士とでも言うような雰囲気とその出で立ちに、自らが戻れないところまで来てしまったと、リュウは頭のどこかでは後悔している。

 

「リュウさん」

 

 そんな葛藤(かっとう)も、小さくそれでいて鈴と頭に響くような少女の声に霧散(むさん)と消え、膝に手を置いて立ち上がった。

 今夜の実験から“Link“を使用して“電脳世界(アウター)“で暴れられる事を考えただけで、胸が震え拳に力が入る。自分が“学園都市“最強格という事実に、意識しなければ笑みが漏れてしまう程に気分が高揚した。

 

「あぁ、行こうナナ。これからよろしく頼む」


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