ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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3章23話『セカンド・ダイブ』

 案内された部屋は天井までは10m程、広さは学園の小会議室と同じか少し狭いか。

 清潔感を通り越して不気味な潔癖(けっぺき)感を思わせる白が部屋を染め、そんな白をより際立たせる強めの照明に部屋の中央、横並びに設けられたベッドに倒れるナナが(まぶ)しそうに目を(つむ)り指示を待つ。

 前回の実験よりも明らかに人数が少ない研究員の数は3名、2名は記憶にないが1名は前の実験でリュウを部屋に連れ込んだ薄毛の男性だ。照明が光沢に反射する床を足音が(せわ)しなく反響し各々(おのおの)がバインダーやファイルを片手に機材のチェックをしている。

 

「心拍数正常、同調率も問題無しと……良いわね」

 

 ナナに繋がれたモニターに映る文字の羅列(られつ)。癖の付いた髪先を弄りながら満足気にリホは(つぶや)く。幸いなことに今回ナナは点滴や注射といった方法で機材には繋がれておらず、身体に付いているのは腕に巻かれた布1枚、そこから脈拍やらを測っているのかモニターには鼓動に合わせて線が上下している。

 

「で、タチバナあんた」

 

 じろりと横目がリュウを睨む。

 ただでさえ声の低いリホの声が一段と低くなり思わず身が強張(こわば)った。

 

「な、何か問題あったんですか?」

 

「問題もなにも、ナナよりアンタの方が同調率が低いってどういうことよ。“Link“を利用したいって言い出したのはアンタの方じゃない」

 

「うぇっ!? 同調率低いんですか俺、……そもそも同調率って何ですか?」

 

「相手に対する信頼度安心度友好度。今は支障が出ない無い数値だけど後々響いてくるわよ、精神的な問題なら解決しておいて頂戴」

 

 一方的に言い終わるや否やリホが研究員へ指示を出す。

 意識を思考に集中すると、初めに頭を(よぎ)ったのは昼間ナナに抱いた不快な感情だ。

 あの時はトウドウ・サキに負けた直後、カナタとのやりとりがあった後か。トウドウから春休みと“学園都市“での生活を否定され、カナタへは最後まで謝罪をしなかった自分への(いきどお)りで、今も思い返すと自己嫌悪(じこけんお)の渦に引き込まれてしまいそうになり極力思考を避けていた出来事だ。実際あの時は貸し出しのバトルルームに引き(こも)っていた訳だが、そこへやって来たナナに不快な感情を抱いた事は確かであり、恐らく同調率とやらが低下したのもそれが原因だろう。

 

「ちなみに、ナナの同調率はどのくらいなんですか?」

 

「100%ね」

 

「全面的信頼ッ!?」

 

「それに対してタチバナは71%。アンタ、気の良い振りをして意外と相手を信頼してないのね、人間関係が知れるわ」

 

「ほっといてくださいよッ!」

 

 咄嗟(とっさ)に出た反論も鼻で笑われ、ぶっきらぼうにアウターギアを取り出し、装着する。

 エッジの効いた半分に分けた眼鏡のようなそれを起動して直ぐ、じん、と(ほの)かな熱が脊椎(せきつい)あたりを通い、呼応して左側の視界へホロスクリーンが映し出された。

 “待機状態(ディアクティブ)”と緑色の表記が視界中央に小さく点滅され視線による操作を待つ。画面右側、PCのメンテナンス画面に酷似(こくじ)した箇条に表示されるリュウの身体状態が浮かび上がり、数秒間を置いて“待機状態(ディアクティブ)”が“活動状態(アクティブ)”の表記に切り替わった。

 装着した人間の脳波から健康状態を確認し“活動状態(アクティブ)”になるこの機能は、健康でない人間や長時間のアウターギア装着による疲労から装備者を保護する為の機能であり、確認の中には精神状態の安定も条件となっている。ひとまずはそこを通過したことに安堵(あんど)の溜め息を吐いたところで、いよいよかと鼓動が早まり気分が高揚(こうよう)するのを抑えられない。

 

「おぉっし……! 何でも掛かって来いって感じだな」

 

「タチバナ、最後に忠告しておくわ。前回と同じ内容だけど、操作するガンプラに対して思い入れや印象的な出来事があるならそれを強く思い浮かべなさい。────あと、“Link”を惜しまないこと。“Link”状態のアンタは間違いなくアウター内で最強に近い存在になるわ。それでも敗北は死に繋がる事を忘れないで、……今のアンタじゃ、死ぬわよ」

 

 静かで、強い口調だ。

 紫紺(しこん)に細められた鋭い眼差しは相変わらず冷たい印象だが、それでも声音(こわね)(かす)かに柔らかい。

 

 ふと仰向けに寝転がるリュウの右手に小さな手が添えられる。首を倒せばナナが微笑(ほほえ)みを帯びた表情でこちらを見ており、添えられた手に力が僅かに込められた。

 

「大丈夫です。私が、リュウさんを守りますから」

 

 それは、自分自身に言い聞かせるようにも聞こえた。(やわら)にどこか哀しみを含む声に対して冗談の1つでも言ってやろうかと思考を巡らせる中、研究員の1人。栗毛の女性が時間を知らせ室内の空気が明らかに変わる。視線がリュウとナナに集中し、中には冷や汗すら掻いて観察する研究員も居た。小さく唸る施設の駆動音が部屋を響かせ、一瞬リュウにも悪寒(おかん)にも似た寒気が背中を駆け巡る。

 

「時間よ、“ミッション・シングラー”始めるわ。ログインのタイミングをタチバナに一任、いつでも」

 

「────リュウ・タチバナ、“電脳世界(アウター)”にログインを始めますッ!」

 

 ぎゅっと手を握り視線で項目を操作。ログインを選択した直後、アウターギアから発せられる熱が脊椎から頭全体に広がる。瞬間、天井の光から来る目映い白が徐々に視界を端から埋め、耳に入っていた機材の駆動音も果てへと遠ざかっていった。

 薄れていく景色と意識。最後まで感じていたのは右手に添えられた、少女の暖かな体温だった。


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