ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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3章24話『円環白金』

 本来“電脳世界(アウター)”にログインする場合、宇宙空間に巨大と佇む“コロニー”のメインゲートに転移し、そこからプレイヤー達は目的の場所へ移動することになる。メインゲートのイメージはTVアニメ“ガンダムビルドダイバーズ”に出てくるミッションカウンターに近いか、世界への解禁前に各施設やフィールドへ制限が設けられてあるが、それでも常時5千は優に越えるプレイヤーが“電脳世界(アウター)”を楽しんでいる。

 

 リュウは現在、移動ゲート内の転移空間の真っ只中だ。

 デフォルトの服装である“ソレスタルビーイング”のパイロットスーツに身を包み、見渡す果てまで灰色の世界に、緑光に輝く(ひし)形のゲートが次々とリュウを通過している。指定位置への直接ログインは“電脳世界(アウター)”側の人間から招待された場合にしか行えない移動法で、読み込むデータ量が多いのかロードにも時間が掛かっている様子。いつ終わるかも知れない浮遊感に未だ慣れないと、リュウは右手を振ってメニューバーを展開しオプション画面を選択、体感衝撃の項目を2段階程下げた。

 

 こそばゆい浮遊感も薄れ、少女へと意識を集中させる。じんわりと(ほの)かに熱を帯びた──丁度現実世界でアウターギアが掛かり信号を送っている箇所か、自分の脳内を意識しているにも関わらず小さく感じる異物感。意識の片隅とでも言うような思考の端に、少女の気配を鋭敏(えいびん)に感じた。

 

 《何かありましたかリュウさん》

 

 意識を向けただけで感じ取れたのかと内心驚いたが、そう言えば以前ナナと“Link”した実験の事を思い出す。

 ──“Link”状態のナナはリュウが思考した内容を読み取れる。

 例えばリュウが、目の前で今尚(いまなお)展開されている転移ゲートの色が綺麗だなと思えば、口に出さずともナナはその思考を共有している。このタイムラグ無しのやり取りは、戦闘中口に出して互いに意思疏通(そつう)を図るより余程合理的だな、とリュウは“Link”に感心する。

 

「さっさとクリアして、さっさと帰ろう」

 

 《そうですね……、早く帰りましょう》

 

 一瞬言い(よど)んだ物言いに小首を傾げるが、リュウの疑念を感じたのか直ぐに《何でもありません》と普段の思考の読めない返答が返ってくる。

 “Link”に対する不満があるとすれば、逆にナナが思考していることをリュウは感じ取れない点だろうか。今の躊躇(ためら)いの間もそれなら分かるのに、と思考する(かたわ)ら、流石に年端もいかない少女の思考が知りたいのは色々問題あるだろうと自分自身に突っ込みを入れる。

 

 《リュウさん、既にご存知かと思いますが“Link”についての補足を》

 

 頭に鈴と響く声が思考に割って入る。意識を傾けるとそのままナナが続けた。

 

 《“Link”には段階があります。今の段階は待機状態──、私がリュウさんの意識と融合した状態で戦闘力に何ら変化はありません。“Link”を最終段階へと移行させるには“接続者(コネクター)”と私による同調の合図が必要です》

 

「合図ってもしかしてアレか? あの、俺が何も考えずに口走った……」

 

 《『リンク・アウターズ』。合図の上書きは出来ないのでその断りを言っておこうかと……》

 

 深い溜め息が“電脳世界(アウター)”に出力され、アバターであるリュウからデータの吐息が空間に漏れる。

 リンク・アウターズ。あの時は敵のアイズガンダムが迫っていた事もあって咄嗟(とっさ)に出た言葉だったが、どうせならもっとカッコいい名前があったと実験のあと(ひそ)かに後悔をしていた。“神話”から文字を取ったり、ドイツ語も手堅い候補だろう。

 

 《随分、その……余裕がありますね。恐くないのですか?》

 

「リホ先生が言ってただろ、“Link”状態の俺は“電脳世界(アウター)”で最強って。最初の実験の時は仕様が分からなかったからやられたけど、今回はちゃんと理解した状態だからな、負ける要素がないだろ」

 

 《でも、負けたら……私と“Link”して負けたらリュウさんも危険なんですよ。仮に“Link”発動状態で撃墜されたら、死ぬかもしれないんですよ》

 

「……っ」

 

 初めて聞いた少女の悲痛を帯びた声。返答に(きゅう)して息が詰まり、言葉は直ぐに出ない。

 ただ、嬉しかった。ナナなりに自分を心配してくれている事がむず痒く暖かく、胸中でありがとうと呟いて、

 

「ずっと自分の力不足に悩んでた。俺が強かったら乗り切れたって場面が萌煌に入ってからすげぇあったんだよ、……ナナを使うのはちょっとズルいって思うけど、それで問題が解決するなら俺は使う。危ないと思ったら“Link”を切って一緒にログアウトすれば良いだけの話だろ?任せとけって──手、握ったろ?」

 

 《リュウさん、でも私は──!》

「──お! そろそろ転移が終わるみたいだな。頼むぜナナ!」

 

 声が被さる。

 目の前を通過していく菱形のゲートの中央、流れ行くデータの風の向こうに閃光が拡がり目を(つむ)った。ナナの声はそれ以上続かずにリュウと感覚を共有している影響もあるのか、眩しさに小さく声をあげ通過の時を待つ。

 音が聞こえる訳でも、風が吹き荒ぶ訳でもない、ただただ白光がリュウを飲み込むその光景に轟音を、豪風を錯覚した。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 意識の覚醒はモニタの点灯音とほぼ同時だ。

 見渡せば黒の空間、目の前に光を以て表示される正面モニタと機体情報、握り慣れた操縦桿の感触に慌てて口を開いた。

 

「転移されてどのくらい経ったんだ……?」

 

 《8秒です》

 

「おぉ!今回は頑張ったな、俺!」

 

 前回は5分間意識を失っていたが今回は8秒、幸先(さいさき)が良いと拳でガッツポーズを作りモニタを確認。リホが言っていた情報の通りで、果てが見えない灰の空に規則的に並べられた白のパネル。広大なフィールドの四隅に建てられた正方形のオブジェ────練習場(プラクティス)に違いないと広大なフィールドに敵機を索敵する。

 ツインアイに緑光が走り、オブジェの影や地平線に倍率がズームされる、左右背後とセンサーも走り、しかし敵機の姿は見当たらずレーダーをモニタに表示。

 

 いる。

 Hi-ガンダムが居る位置から(わず)かに前方、モニタで確認するが何も見当たらない、ならばとHi-ガンダムが首を振り頭上を見上げた。平面上しか表示されないレーダー。だとしたら。

 

「──────な、」

 

 見やった先、天上。

 フィールドエフェクトによる非接触設定の光源体、その皆既日食(かいきにっしょく)の太陽にも似た照明の僅か眼下。

 月の光にも似た冷ややかな白がモノクロに彩られた練習場(プラクティス)に佇み、その身を包む絢爛(けんらん)な黄金は景色に際立(きわだ)って尊大(そんだい)と輝く。背負う円輪から伸びた機体の丈ほどの巨大な牙は左右3本計6本、機体を取り巻く帝紫(ていし)色の粒子が円を描き練習場(プラクティス)の光源体と上下に並ぶ。

 その光景の異様(いよう)と、威容(いよう)

 見上げるHi-ガンダムに気付いた、ゆっくりと振り返る威圧感。

 粒子制御用のコードが戦神(いくさがみ)の結び髪のように粒子に揺れ、薄青のラインセンサが悠然(ゆうぜん)とHi-ガンダムを見下ろした。

 

『────待っていたわよ、タチバナさん』

 

 ひゅっ、と。息を飲んでモニタに映された機体に身体が硬直(こうちょく)する。スピーカーから聞こえる声は明瞭(めいりょう)で聞き間違える筈がない、記憶に新しい笑みを含んだ柔らかな声、相手をどこまでも気遣うような声音にけれどリュウは獲物を待ちわびた捕食者の舌舐めずりに聞こえて仕方がない。

 

「な、んでアンタがここに居るんだよ!」

 

 恐怖と動揺(どうよう)を飲み込んで疑問をモニタへ叫んだ。リュウの見立てでは前回の実験同様CPUが相手の戦闘を想定していたが、まさかプレイヤーが相手とは。しかもよりにもよってトウドウ・サキとは。

 

『タチバナさん、メニューバーの右端。ログアウトを選んでみなさい』

 

「メニューバー……?」

 

 ゾンネゲルデとは300mを越えるかなりの高低差で離れており、背中のファングも機体に収納されている。モニタを注視しながら右手を振りメニューバーを展開、最右のログアウトの項目を開いた。

 開いて、愕然(がくぜん)とした。

 本来なら選択可能である緑色の画面は操作不能のエラー表記に切り替わっており、タッチをするも反応が無い。

 

『このフィールドは残存する機体数が1機にならないとログアウトが出来ない。そういう仕様らしいわね』

 

 まるで意に介さない様子で淡々(たんたん)とトウドウが続ける。

 

『ねぇタチバナさん。ここで私に殺されてくれないかしら?』

 

 あくまで自然に。

 軽い頼み事を生徒に告げるように、スピーカーから聞こえた声に戦慄(せんりつ)をする。

 

「……こっちの事情を知ってるんですか」

 

『詳しくは知らないわ。けれどここで貴方を倒せば現実でのタチバナさんが2度と目覚めなくなるのは知っているの。それは、私にとって好都合なの』

 

「好都合、……そんなに俺の事が憎いんですか」

 

『いいえ、大好きよ。勘違いしてほしく無いのだけれど、私は萌煌に在籍する全ての生徒が大好きで愛しているわ。けれどあの子、コトハさんはその中でも特別なの。あの子を手に入れる為に私は沢山努力したわ、えぇ、選抜選手に選んだのも私に依存させる為。けれど、あの子は折れなかった。──────タチバナさんが居るから……!!』

 

 絶句した。

 生徒達を、リュウを愛していると言った言葉に感情の起伏(きふく)が一定だったその(いびつ)に対して。コトハへ仕込んだ醜悪(しゅうあく)(くわだ)てに対して。言葉の最後に、絶頂に震えた声に対して。

 

『貴方をッ! 貴方を貴方を貴方を殺してッッ!! ────私がコトハさんを手に入れるの……。一生掛けて大事にしてあげるわ、何だってコトハさんがしたいことをやらせてあげる。私はそれを妨害して、邪魔をして、横槍を差して、それでも乗り越えてくるコトハを、………………愛してあげるの』

 

 愛情に倒錯(とうさく)と歪を練り混ぜた言葉が、独善的な愛がスピーカー越しに囁かれる。

 トウドウがコトハに対して何らかの大きな感情を含んでいることは何となく感付いてはいた。しかしそれは優秀な生徒に送る敬愛(けいあい)の一種だと殆どの生徒が思っていただろう、実際リュウもそう思っていた側であり、トウドウの狂気の告白を聞かされ目を見開く。

 

「アンタ、歪んでるよ……!」

 

『歪んでいるわ。でも歪んだのは私のせいじゃない、コトハさんが悪いのよ。あんなに良い子で優秀で、思いやりがある子。私が愛してあげないと、そしてあの子が私を愛さないと、ね?』

 

 思い浮かんだのは幼馴染みの笑顔。

 小さい時はリュウの後ろに引っ込んで、すぐ泣く癖に泣き止まなくて、泣いた原因をリュウやエイジに押し付けてくる憎たらしい奴。何時(いつ)頃だったかガンプラバトルの腕が伸び始め、リュウを追い越してエイジをボコボコにして、プロになるとか言い始めて。

 次々と頭に浮かぶコトハの過去に喜怒哀楽。過去のガンプラに関する記憶は殆ど思い出せないけれど、幼馴染み達の顔だけは驚くほど鮮明に思い出せた。そいつらの道をトウドウ・サキが邪魔するなら──!

 

 《リュウさん、いつでも》

 

「あぁ行くぜ────、『リンク・アウターズッッ!!』」

 

 視界が一瞬空天(そら)色に弾け、頭から爪先まで冷気を感じる(しび)れが駆け巡る。

 操縦桿を目まぐるしく操作する指は既にリュウの制御から離れ、Hi-ガンダムがGNバスターライフルを天上へと向けながら跳躍(ジャンプ)、膨大に粒子を噴かしながら空に浮かぶ白金の太陽へ猛然と迫った。

 

 対するゾンネゲルデは飛び降りる形で頭からゆっくりと地に向かい、やがて急加速。冷色(れいしょく)の残影がメインセンサから尾を引きながら、腰に(たずさ)えた実体剣を抜刀、バスターライフルから発せられた真紅の粒子を軽々と凪ぎ払い、刃は次の獲物を眼前に捉える。激突。

 衝撃が空間に迸り、余波が衝撃波(ショックウェーブ)として地表のパネルが(ひび)割れる。両機を中心に耐えきれなくなった力場が爆裂し大地が半球場にめくれあがった。

 

「────トウドウ・サキッッ!!」

 

『────リュウ・タチバナッッ!!』


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