本来“
リュウは現在、移動ゲート内の転移空間の真っ只中だ。
デフォルトの服装である“ソレスタルビーイング”のパイロットスーツに身を包み、見渡す果てまで灰色の世界に、緑光に輝く
こそばゆい浮遊感も薄れ、少女へと意識を集中させる。じんわりと
《何かありましたかリュウさん》
意識を向けただけで感じ取れたのかと内心驚いたが、そう言えば以前ナナと“Link”した実験の事を思い出す。
──“Link”状態のナナはリュウが思考した内容を読み取れる。
例えばリュウが、目の前で
「さっさとクリアして、さっさと帰ろう」
《そうですね……、早く帰りましょう》
一瞬言い
“Link”に対する不満があるとすれば、逆にナナが思考していることをリュウは感じ取れない点だろうか。今の
《リュウさん、既にご存知かと思いますが“Link”についての補足を》
頭に鈴と響く声が思考に割って入る。意識を傾けるとそのままナナが続けた。
《“Link”には段階があります。今の段階は待機状態──、私がリュウさんの意識と融合した状態で戦闘力に何ら変化はありません。“Link”を最終段階へと移行させるには“
「合図ってもしかしてアレか? あの、俺が何も考えずに口走った……」
《『リンク・アウターズ』。合図の上書きは出来ないのでその断りを言っておこうかと……》
深い溜め息が“
リンク・アウターズ。あの時は敵のアイズガンダムが迫っていた事もあって
《随分、その……余裕がありますね。恐くないのですか?》
「リホ先生が言ってただろ、“Link”状態の俺は“
《でも、負けたら……私と“Link”して負けたらリュウさんも危険なんですよ。仮に“Link”発動状態で撃墜されたら、死ぬかもしれないんですよ》
「……っ」
初めて聞いた少女の悲痛を帯びた声。返答に
ただ、嬉しかった。ナナなりに自分を心配してくれている事がむず痒く暖かく、胸中でありがとうと呟いて、
「ずっと自分の力不足に悩んでた。俺が強かったら乗り切れたって場面が萌煌に入ってからすげぇあったんだよ、……ナナを使うのはちょっとズルいって思うけど、それで問題が解決するなら俺は使う。危ないと思ったら“Link”を切って一緒にログアウトすれば良いだけの話だろ?任せとけって──手、握ったろ?」
《リュウさん、でも私は──!》
「──お! そろそろ転移が終わるみたいだな。頼むぜナナ!」
声が被さる。
目の前を通過していく菱形のゲートの中央、流れ行くデータの風の向こうに閃光が拡がり目を
音が聞こえる訳でも、風が吹き荒ぶ訳でもない、ただただ白光がリュウを飲み込むその光景に轟音を、豪風を錯覚した。
※ ※ ※ ※ ※ ※
意識の覚醒はモニタの点灯音とほぼ同時だ。
見渡せば黒の空間、目の前に光を以て表示される正面モニタと機体情報、握り慣れた操縦桿の感触に慌てて口を開いた。
「転移されてどのくらい経ったんだ……?」
《8秒です》
「おぉ!今回は頑張ったな、俺!」
前回は5分間意識を失っていたが今回は8秒、
ツインアイに緑光が走り、オブジェの影や地平線に倍率がズームされる、左右背後とセンサーも走り、しかし敵機の姿は見当たらずレーダーをモニタに表示。
いる。
Hi-ガンダムが居る位置から
「──────な、」
見やった先、天上。
フィールドエフェクトによる非接触設定の光源体、その
月の光にも似た冷ややかな白がモノクロに彩られた
その光景の
見上げるHi-ガンダムに気付いた、ゆっくりと振り返る威圧感。
粒子制御用のコードが
『────待っていたわよ、タチバナさん』
ひゅっ、と。息を飲んでモニタに映された機体に身体が
「な、んでアンタがここに居るんだよ!」
恐怖と
『タチバナさん、メニューバーの右端。ログアウトを選んでみなさい』
「メニューバー……?」
ゾンネゲルデとは300mを越えるかなりの高低差で離れており、背中のファングも機体に収納されている。モニタを注視しながら右手を振りメニューバーを展開、最右のログアウトの項目を開いた。
開いて、
本来なら選択可能である緑色の画面は操作不能のエラー表記に切り替わっており、タッチをするも反応が無い。
『このフィールドは残存する機体数が1機にならないとログアウトが出来ない。そういう仕様らしいわね』
まるで意に介さない様子で
『ねぇタチバナさん。ここで私に殺されてくれないかしら?』
あくまで自然に。
軽い頼み事を生徒に告げるように、スピーカーから聞こえた声に
「……こっちの事情を知ってるんですか」
『詳しくは知らないわ。けれどここで貴方を倒せば現実でのタチバナさんが2度と目覚めなくなるのは知っているの。それは、私にとって好都合なの』
「好都合、……そんなに俺の事が憎いんですか」
『いいえ、大好きよ。勘違いしてほしく無いのだけれど、私は萌煌に在籍する全ての生徒が大好きで愛しているわ。けれどあの子、コトハさんはその中でも特別なの。あの子を手に入れる為に私は沢山努力したわ、えぇ、選抜選手に選んだのも私に依存させる為。けれど、あの子は折れなかった。──────タチバナさんが居るから……!!』
絶句した。
生徒達を、リュウを愛していると言った言葉に感情の
『貴方をッ! 貴方を貴方を貴方を殺してッッ!! ────私がコトハさんを手に入れるの……。一生掛けて大事にしてあげるわ、何だってコトハさんがしたいことをやらせてあげる。私はそれを妨害して、邪魔をして、横槍を差して、それでも乗り越えてくるコトハを、………………愛してあげるの』
愛情に
トウドウがコトハに対して何らかの大きな感情を含んでいることは何となく感付いてはいた。しかしそれは優秀な生徒に送る
「アンタ、歪んでるよ……!」
『歪んでいるわ。でも歪んだのは私のせいじゃない、コトハさんが悪いのよ。あんなに良い子で優秀で、思いやりがある子。私が愛してあげないと、そしてあの子が私を愛さないと、ね?』
思い浮かんだのは幼馴染みの笑顔。
小さい時はリュウの後ろに引っ込んで、すぐ泣く癖に泣き止まなくて、泣いた原因をリュウやエイジに押し付けてくる憎たらしい奴。
次々と頭に浮かぶコトハの過去に喜怒哀楽。過去のガンプラに関する記憶は殆ど思い出せないけれど、幼馴染み達の顔だけは驚くほど鮮明に思い出せた。そいつらの道をトウドウ・サキが邪魔するなら──!
《リュウさん、いつでも》
「あぁ行くぜ────、『リンク・アウターズッッ!!』」
視界が一瞬
操縦桿を目まぐるしく操作する指は既にリュウの制御から離れ、Hi-ガンダムがGNバスターライフルを天上へと向けながら
対するゾンネゲルデは飛び降りる形で頭からゆっくりと地に向かい、やがて急加速。
衝撃が空間に迸り、余波が
「────トウドウ・サキッッ!!」
『────リュウ・タチバナッッ!!』