ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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3章26話『力の犠牲』

 “GN粒子全面解放(トランザム)”による真紅(しんく)軌跡(きせき)、おおよそ常人(じょうじん)には視認不可能の挙動をゾンネゲルデは手にした刃でいなし、先読みに斬り、ファングによる狙撃を進路方向へと置く。

 揺らめくように空間を疾駆(しっく)する2つの機影(きえい)、それが数度の交わりを経て天上で衝突(しょうとつ)した。

 実体剣による右袈裟(けさ)をHi-ガンダムは左大型バインダーで受け止め、分厚い粒子の膜に刀身が(はば)まれる。流れる動作で左腰から2本目の実体剣を抜刀(ばっとう)、逆手持ちに構えた刀状の刃を上半身の回転に合わせて振り切る、しかし右大型バインダーが間接部を(たく)みに動かし即座(そくざ)に展開、これも防がれた。

 操縦桿を一旦引いてから大きく前へ倒す、その動作(わず)かコンマ2秒。“エイハブリアクター”から膨大(ぼうだい)な量の粒子がゾンネゲルデ各部へと行き渡り、逆手持ちに構えた刃が大型バインダーを押し退け、Hi-ガンダムが後ずさる。すかさず刃を押した勢いのまま前進し回転、細く(するど)い風切り音が連なり、不可視(ふかし)の斬撃が嵐としてHi-ガンダムに(せま)った。刃は頭部、肘、腰、膝を横一文字に斬り伏せる軌道(きどう)を描き、背部のファングはHi-ガンダム後方へ配置済み。どれか1つでも当たれば絶死(ぜっし)に繋がる猛攻(もうこう)────()()()()()()()()()()()

 

 1太刀目の刃が頭部へ吸い込まれ、これは()け反ることで回避。2太刀目は()け反ったHi-ガンダム肘のGNコンデンサ部分を削る、しかし角を欠けさせた程度でダメージは無い。続いて3太刀目の腰へと迫った刃、──()け反りという回避行動は腰を起点(きてん)とした体術だ。機体の重心を上へと持っていったHi-ガンダムにとって無防備同然の箇所(かしょ)であり、刃の上半身が金属の輝きを(ひらめ)いて空を斬る。

 ゾンネゲルデの実体剣は先端にいくにつれて重量が増す“トップヘヴィ”の構造だ、遠心力のままに振るえば“ナノラミネートアーマー”をバターの(ごと)く切り裂くことさえ可能、その刃がHi-ガンダム腰部に触れた。

 刃はHi-ガンダムを通り過ぎ、H()i()-()()()()()()()()()

 

「──────成る程ね」

 

 目の前で起きたことに別段驚くことでもない。初めて目にする技術でもない回避行動にトウドウ・サキは若葉(わかば)色の目を細めるだけだ。

 “トランザム”は機体各部に貯蔵されたGN粒子を解放することで機体性能を3倍以上にする強力なシステム。それに加えて機体表面には粒子の膜が展開され対刃対弾性能も大幅に向上する。

 先の回避、Hi-ガンダムは刃が身に触れた瞬間(しゅんかん)、粒子が一瞬実体剣を(とら)えた時間を利用して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()0()()()()()

 その(はる)かに難易度の高い計算を求められるHi-ガンダム側が行った一瞬の入力を想像するだけで、愉快(ゆかい)げな狂騒(きょうそう)が胸の奥からざわめく。今の挙動、リュウ・タチバナに出来る筈が無い。だとしたら誰が操縦しているのか────もしくは操縦されているのか。

 4太刀目は片手で繰り出した白刃止めにより防がれ、その人間技ではない機体制御にどこか胸に納得(なっとく)が落ちた。

 

「そういうことなのね、リホ。────私も人の事を言えないのだけれど」

 

 白刃止めで動けないHi-ガンダムへファングの狙撃。3基からの精密(せいみつ)なスナイプはあらゆる角度からHi-ガンダムを(つらぬ)く弾道計算だ。

 刃を引かれ真紅(しんく)のマニュピレーターがゾンネゲルデの首へと回される。比較的人体に近い構造(こうぞう)を持つ“ヴァルキュリアフレーム”は驚異的(きょういてき)な可動域を持つと同時に、機体本体に積める推進材と推力は同レギュレーション帯の機体と比較(ひかく)すると若干低く、“トランザム”の恩恵(おんけい)を受けたHi-ガンダムのバーニアを用いた体術の前では抵抗もままならない。Hi-ガンダムがゾンネゲルデを支えに倒立(とうりつ)し、機体を背後から押す。入れ替わった立ち位置。放たれたファングの狙撃がゾンネゲルデの“ナノラミネートアーマー”に弾かれ、反射する粒子に視界が一瞬明滅(めいめつ)する。

 

 モニタに色彩(しきさい)が戻り(くら)んだ目が覚醒(かくせい)したその瞬間。

 

 “トップヘヴィ”の実体剣を振りかぶるHi-ガンダムの姿がスローモーションでトウドウ・サキの目に飛び込んだ。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 見ているだけだ。

 モニタを見、レーダーを見、時折(ときおり)画面四隅に表示される警告を見るだけ。

 先日の昼間、あれだけ手が届かなかったトウドウ・サキを一方的に蹂躙(じゅうりん)する少女の機体操縦。最早(もはや)両者が行う戦闘はリュウの視点からでは理解の及ばない超上(ちょうじょう)のやり取りであり、気が付けばナナへ注意を(うなが)すことも止めた。リュウが注意を言う前に機体は(すで)に回避のモーションへと移行(いこう)し、攻撃に対して反撃を行っているからだ。

 

「俺が、やってきたことってなんだったんだ……? あんなっ、苦労して、エイジや皆と」

 

 リュウがガンプラバトルを始めて10年は優に経つ。人並みに努力し、日本に置けるガンプラバトルの最高教育機関“萌煌(ほうこう)”学園に入学し、毎日ガンプラの事を考え武装や戦略を考えた。

 塗料の効果や作用も勉強し、膨大(ぼうだい)な量の模型技術を仲間と高めて、その結果惨敗した昨日の戦闘。

 

 そんな相手に対して、リュウの身体と脳領域を駆使する少女がゾンネゲルデを攻め立てている。

 脱力感か虚無(きょむ)感か。(いま)目の前で繰り広げられている攻防(こうぼう)対岸(たいがん)の火事のように(なが)め、気が付いたらHi-ガンダムがゾンネゲルデが所持していた実体剣を手に取って振り上げていた。

 

『────これは、教員としてアナタに忠告よタチバナさん』

 

 がっ、とノイズ混じりの音声がスピーカーを通してコクピットに響いた。

 その間にも刃はゾンネゲルデへ近付いて。

 

()()()()は大きいわよ』

 

 嫌いなほど聞き慣れた、どこまでも相手を気遣(きづか)うような優しい声音が、皮肉気な(ひび)きと共に意識へ冷水(れいすい)として浴びせられる。

 がしゃり、と。実体剣が“ナノラミネートアーマー”の頭上を(くだ)いて股先(またさき)までを縦に一閃(いっせん)し、断面(だんめん)稲妻(いなずま)が走る。

 

 言われた言葉の意味は分からない、反射的に知りたくも無いと頭を横に振った。

 “最優の教員”が駆るレギュレーション800“ゾンネゲルデ”。惨敗を(きっ)した相手に対し無傷の状態で勝利した事実に、実感なんてものは()かず喜びも微塵(みじん)も感じなかった。ナナを使って胸に覚えたのは果てしない空虚(くうきょ)感、今まで行ってきた努力が馬鹿馬鹿しく思えてしまい────いや、実際馬鹿馬鹿しい。

 上手くいくか分からないガンプラの調整や操作技術の向上を目指すよりも(はる)かに簡単な方法で勝利が掴めるのだ、必要なのは作ったガンプラの知識と武装の把握だけ、これだけでナナはリュウの身体を使って圧倒的な演算を元にした操作技術で敵を(ほふ)ってくれる。

 なんて()()()()()無く、なんて()()()なシステムなんだ、と思考の()()が外れたことを実感しながらも高笑いが抑えられない。

 

「最高だったぜナナ、……この調子で明日からも頼む────あぁ、今までやってきたことがどんなに遠回りだったか思い返すだけで笑えてくるぜ。ははっ、はははは」

 

 自虐(じぎゃく)(わら)う声に少女からの返答は無い。

 ログアウトを告げる(あわ)い光がリュウを包むまで、お互い言葉を交わすことは無かった。


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