“学園都市”は山岳部に開拓された人工都市であり、“第一学区”のメインゲートを除けば他の学区から外は急勾配の、少なくとも人間が出入り出来るような環境ではない。
ほぼ直角へと人工的に調整された斜面には針葉樹が鬱蒼と生え、整備がされていないせいか腰元まで伸びた植物が移動を絶望的に困難にしている。“学園都市”には壁が1周するよう囲まれており、その外へ出ること自体は違法だが難しい訳でもない。幾多に張り巡らされた、迷路のような排水処理用の水路を道順に辿ればこうして壁の外へ出ることも出来る。
「こちら“デニム”、足元が相当に悪い。“荷物”には気を使えよ」
『こちら“スレンダー”、了解。』
『“ジーン”了解。へへっ、こんだけのアウターギアを売りゃあ一生遊んで暮らせるぜ』
安い無線機特有の荒いノイズが混じった音声が五月蝿くインカムに響く。
深夜の山岳部には勿論のこと頼りになる灯りなんてものは無い、その為月明かりが一層映える満月の夜を作戦実行の日に設定した訳だが目論み通り視界の確保が出来るくらいには外は明るい。
暫くして後続の“スレンダー”と“ジーン”が人の背余りの巨大なコンテナを2人掛かりで運びながら水路から出てくる。
作業用である緑色のパワードアーマーに身を包んだ2人の顔には玉の汗がじっとりと浮かび、久し振りの外気に一息つく様子が月明かりに良く見えた。
「油断はするな。仲間と落ち合うまでは見付かってはいけない」
「分かっていますよ。それよりもこの数の”アウターギア“、良く集めましたね」
“スレンダー”がシニカルな口調で眼鏡を光らせる。
「”学園都市“で金に困ったら“アウターギア”を売るってのは裏じゃ常識だ。負け続けでガンプラバトルを引退した奴や病気でガンプラバトルが出来なくなった連中、そういう奴等から買ったり交渉して手に入れたのさ」
「へ、へへ。報酬は3人で山分けだよな、うへへへ」
「“ジーン”、そういう顔は全て終わってからにしろ。……まぁ“学園都市”から脱出出来た現状、気が緩むのは分からんでもないがな」
監視カメラに細工を施し水路へ侵入、それに加えて“アウターギア”の初期化。準備と人員がそれなりに掛かった計画だったが、この調子なら上手くいきそうだ。
長時間の水路移動に火照った身体も随分冷め、額に備えた暗視ゴーグルを下げる。暗視装置が短い電子音を伴い作動し、可視光線から生る若竹色が暗闇に浮かび上がった。
「ポイントβに仲間がワイヤーを急勾配へセットしておいた。そこへ移動しコンテナを上げてそのまま街まで行くぞ」
およそ500m先の地点。
“学園都市”外縁部を南西に沿った地点には既に“学園都市”を抜け出した仲間が足を用意して待機しており、後はコンテナを運ぶだけだ。
100を越える“アウターギア”、これら全て捌ければ途方もない金額が自分達に支払われる事を考えると“ジーン”ではないが笑みが溢れるのも自然なこと。
暗視ゴーグルに圧迫された顔を張った笑みが浮かぶ。
「あ、見っけた」
突然の声にしかし身体が即応する。
非殺傷設定電圧の中でも最高電圧を誇る7万Vのスタンガンを腰元から引き抜き、一息に逆手で構えた。
だが、今の声は。
「子供…………?」
急勾配を見上げれば樹を支えにこちらを伺う子供、それも少女の姿が暗視に緑と映える。驚異度は低いと判断し、威圧性が高いスタンガンと暗視ゴーグルを一旦下げた。
「こんな時間に、しかもこんな場所に何の用事かなお嬢さん」
「あたしは用事無いんだけど、アデルがあるみたいなの。おにいさん達が持ってるそれ────“アウターギア”? が入ってるんでしょ。……お願いっ! あたし達に分けてくれない?」
両手を合わせて頭を下げる少女の、なんと端麗な姿だろう。
空に浮かぶ満月と見紛う淡い黄金の長髪は、艶やかな光沢を以て腰まで伸び、上目遣いで視線を送る瞳の佳麗さと橙色の瞳は懇願に妖しく揺れる。露出の若干多い身なりは山岳部では絶対に見ることのない都市で流行りのファッションか。
愛らしい外見に、だからこそ感じずにはいられない不気味さ。何故こんな少女が自分達の計画を知っている……?
「お嬢さん、悪いがこの中身を渡す事は出来ない。何も見なかったという体にしてもらえないかな?」
「えぇ~……? 渡さないとぜったい後悔するよおにいさん達。あたしの分の1個で良いから~」
「こっちも遊びじゃあないんだ、お嬢さん。家に帰ってゲームで我慢してくれ」
抜いたスタンガンに電光が筋となって迸る。
低く弾けるような音が静まり返った森林に弾けて鳴り渡り、少女に見せ付けるよう突き付けた。
対して少女は臆する事ない様子で嘆息を長く吐き、どこか上機嫌とも思えるように月に向かって囀る。
「──────だってさ、アデル」
夜風に樹が揺れる。
さざめく葉の擦れ合う音が風流と耳に流れたと思えば、背後から聞こえる一瞬の呻き声。何事かと慌てて振り返れば今まさに倒れる最中の2人が目に映る。傍らに佇む人影。月明かりが影を作り表情が隠れる長身の男。やがてゆっくりと歩き出し鋭利な刃物を連想させる薄氷の双眸が“デニム”を射抜いた。
その眼光に悲鳴が意図せずとも口から漏れ出る。
「────お前、ガンプラバトルは好きか」
「はっ…………。な、にっ?」
気が付けば男が片手に“アウターギア”を取り出している。新品の輝きを放つそれは合流地点で仲間が所持している未使用品だ、導き出された答えに顔が青ざめていくのをさめざめと感じながら。
「て、めぇ! 何処で計画を知りやがったッッ!?」
怒号と共に男へ向けたスタンガンは、指先の痺れを伴って手から消える。小さく空を切る音が真上に上り、直下へと落下、男の足元に転がってそれを足で踏み潰した。
軌跡すら見えない直上への前蹴りを狂い無く繰り出したと遅れて気付き後ずさる。こいつは危険だと本能が察し膝が震える。
「ガンプラバトルでお前が勝ったなら俺達は消える。だが、俺達が勝ったなら“アウターギア”を渡せ」
何を言われたか暫く思考が働かなかった。
やがて理解し、告げられた条件に状況の興奮からか口が吊り上がり、馬鹿め、と心中で男を嗤う。
よりにもよって俺にガンプラバトルを挑むとは、と自身が“アウターギア”に登録したガンプラの情報を男の視線と対峙しながら思い返した。
────レギュレーション400、ザクタイタス。
字体から受ける印象とは裏腹に表面装甲から内部間接に至るまで海外の違法キットを使用した、レギュレーション詐欺もいいところのモンスターマシン。性能全てがレギュレーション800と遜色無いこのガンプラは公式バトルでは使用できないものの、ただの野試合なら問題なくプラフスキー粒子は作用する。
しかも“学園都市”建造物は端に至るまでバトルシステムが搭載されており、それはここ外縁部も例外ではない。
「良いぜ、その言葉乗った。」
暗視ゴーグルを外し“アウターギア”を装着。両手を構えれば想像通り土に埋もれた外縁部から“プラフスキー粒子”が蛍のように浮かび上がり両者を囲む。対する男も“アウターギア”を装着し、“プラフスキー粒子”の光を浴びて本紫の髪が夜闇に揺れた。
『────バウトシステム、スタンバイッ!』