水絞り機のペダルを目一杯踏みつけ、金具から自分の背丈と同等のモップを解放する。
爛苗学園でダンスやボイストレーニングを行った後、ユナに待っていたのはレストラン兼酒場である“ガルフレッド”の床掃除。丁度昼の営業から夜の営業に切り替わる店仕度の時間帯に、ユナは床掃除最後の一角である箇所を鼻息を荒くしながらモップを床に擦っていた。
「っと、これで終わり。はぁ~~~~~~、疲れた疲れた」
客が居ないのを良い事に盛大に伸びて大きな涙の粒を目の端に浮かべる。ふと、そんな自分の姿が店に置いてある姿鏡に映り込み、仕事姿の自分の姿に落胆の溜め息を短く吐いた。
ママが寄越した“割烹着”。本人はこの仕事着について熱く意見を滾らせていて、膨大な言葉の中からユナが辛うじて読み取れたのは、“割烹着”は可愛いしそも仕事をしている女性の姿は何でも魅力的だ、との事である。この“割烹着”もママが若い頃に集めたコレクションの1つらしく、“ガルフレッド”奥にあるママの私室には世界中の女性の仕事着がクローゼットに押し込められてあるのを以前確認した。若干引いた。
「割烹着て……、もっと美人な人が着たら映えはするんだろうけど、私はなぁ」
色々足りない。身長とか、身体の凹凸とか。
しかも服のサイズが長身のママに合わせてあるのが性質が悪く、身も蓋もない言い方をするならば、子供が母親の服を着ている感が凄い、それほどのアンバランスだ。
平坦な身体のあちこちを触りつつ水の入れ換えを行うため店の奥へ、手元の水絞り機を手に取り腰を上げたその瞬間。
「あ、やば」
ダンスで身体を酷使した影響か膝を取られ盛大に尻餅をつく。幸い痛みはないが手にしていた筈のバケツもとい水絞り機が見当たらない、そして顔を見上げれば。
今まさに、頭上から口を逆さまにして落ちてくる水バケツ。口を呆然と開けたまま全身に冷や水がかかる感触に、ついてない、そう溢して店奥で寝ている店長の元へと重い足取りで向かっていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「掃除はあたしがやっとくからお前はシャワー浴びてきな。代わりの仕事着は籠にいれとくからね」
雰囲気ある店内からは想像できない白く近代的なバスルームを出、ドライヤーで髪を乾かしながらママの何故か上機嫌な言葉が鮮明に思い出された。
ニーソックスに親指を掛けて足先にあてがい、爪先から太股までゆっくりと皺が出来ないように履いていく。次に服を着ようと籠に視線を送り、どんな仕事着が入っているのやら、とあまり気乗りしない心のままそれが視界に入る。
──────メイド服。
「…………………………………………は?」
何かの間違いかもしれない。
丁寧に折り畳まれた白と黒の、そしてフリルの意匠が各所に見られる服を伝う冷や汗と共に伸ばす。Oh……cool Japan。ニンジャ、ゲイシャ、メイド、ワビサビ。
見れば見事な造形だ。服の繊維は安物のそれではなく、しっかりと指を撫でるシルクと端まで通う繊細な造り。衣擦れの音すら滑らかなメイド服はあろうことかミニスカート、確か本場におけるメイド服のスカート丈はかなり長かったと記憶しているが、手にした物のスカート丈は日本のアニメに登場するようなかなり短い丈だ。そしてご丁寧に籠へと添えられたホワイトブリム、それはもう可愛らしいフリフリが全体に主張されており戦慄く手で握り締め、恐らく脱衣場外に居るであろう相手へと叫ぶ。
「ちょおぉぉっと、ママぁ~!? な、ななな、何よこれぇ! この、こんな、フリフリの…………!」
「メイド服さねぇ!! あたしが若い頃集めた“世界女性の仕事着”コレクションの1つさぁッッ!!」
「ぎゃーーーーーー!! 着替え中に入って来ないでよ!!」
意気揚々と効果音の1つでも付きそうな勢いで扉が開かれる。慌てて服で身体を隠すが、わたしを見て怪訝な表情を浮かべる顔が最高に腹立たしい。下着は着けているがそういう問題ではない。
本人は知ってか知らずか豊かな曲線を誇示するかのように腕を組んでいるのが苛立ちに拍車を掛けた。
「なんでメイド服ッッ!?」
「そりゃお前、普段から“割烹着”に文句言ってただろう?可愛いのが好きなら素直にそう言えば良いのにねぇ」
「なんでミニスカートッッ!?」
「古来からのヴィクトリアンメイド服は確かに機能性重視の外見性を削いだ外観だが、あたしゃ短いスカート丈のメイド服も好きなのさ、どっちも仕える者の為に奉仕するって心構えはおんなじだからねぇ、それにだ」
片眉を吊り上げ、人差し指でユナの身体を下から上へと妙になめかましくなぞっていく。
やがて頭のてっぺんまで到達したかと思えば、何故かいたたまれない目で小さく鼻を鳴らした。
「本場のヴィクトリアンメイド服なんてお前が着たらお人形さんも良いとこだよ」
「なッ──────!!」
「じゃあ~今日はそれで接客よろしくねぇ! “看板娘”!」
からからと笑いながら背を向ける憎き店主に、しかし返す言葉を持たず赤面したままその後ろ姿を見送るだけ。
せめてもの抵抗だと開けっぱなしの扉を電光石火の速さで閉め、両手に抱えたメイド服をじとりと見やった。
普段ぜっったいに着ることの無いメイド服、それもミニスカート!
別の意味で顔が赤くなるのを自覚しながらも、渋々とメイド服を広げ直したのであった。