ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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3章ユナ番外編2話

「じゃあ、あたしは買い出しに行ってくるから接客頼むよ!愛想良くね!」

 

「はぁ!? わたし1人!? しかもこの格好で!?」

 

 いそいそと客席に戻れば姿鏡で服装の確認を行う店長(ママ)。革のロングコートに派手な赤色(アパッシュ)のスカーフが首に余裕をもって巻かれ、ブランド物の長柄の傘をステッキのように紳士と構える姿は、映画から飛び出してきた女優と何ら遜色(そんしょく)無い完璧な着こなし。綺麗な紅を引いた唇から出た言葉は衝撃だったが、反論するユナの姿を見やった瞬間、存外意外そうな顔で、へぇ、と感嘆(かんたん)の吐息を漏らす。

 

「中々似合ってるじゃないか、昔のあたし程じゃないけどね」

 

「昔のママはどうでも良いとして……、お客さん来たらどうすんの!? 料理はいつもママが作ってるじゃない!」

 

「客なんてどうせ来やしないよ、来たとしても軽くあしらえばいい。それにお前この間厨房でオムライスだか何だか作ってたじゃないか」

 

「少なくとも店長の台詞じゃない! …………ってあぁ! ホントに出ていったし!」

 

 気が付けば立て付けのやや悪い木製の扉が鈴の音と共に勢い良く閉められた。

 一転して静かな店内、しかしユナの心中は多くの疑念が渦巻いており自身の心臓の音が頭に大きく脈打つ。身長に対してやや大きめのトレイを胸に抱えながら、やたらと風通りの良い脚に違和感を感じずにはいられない。

 自分の内圧を下げるように強く長く息を吐いて、火照った顔のまま姿鏡をくるりと見やる。

 

「わぁ~……」

 

 白と黒を基調にフリルが全体にあしらえられ、ミニスカートからすらりと伸びた脚に履かれたニーハイソックス。そんな自身を隠すようトレイに顔を半分隠し、その頭にちょこんと乗っかるホワイトブリム。紛れもなくこれはあれだ、秋葉原で昔流行った、

 

「メイド服だよこれ……、メイドさんだよ」

 

 恥ずかしさと感動から良く分からない溜め息が漏れ、ぎこちない動きながらも色々なポーズを取ってみる。

 昔からミニスカートは何故か苦手で、人前で履いた試しは今まで皆無だ。可愛いとは思うけれど履いている自分を想像できなくて、恥ずかしくて、ステージに立つ際も極力スカートでは無い物を選んでいた程だったが、まさか今日履く事になるとは……しかもメイド服をセットで。

 2回、3回と適当にポーズを取って自分が自分でないような不思議な感覚に陥る。コスプレ趣味は今まで無かったがこの高揚(こうよう)感は嫌ではなく、()まってしまう人の気持ちが少しだけ分かる気がした。人前に披露(ひろう)するのは恥ずかしすぎるけど。

 このテンションなら、と咳払いを1つ行いトレイを脇に挟んで小首を傾げながら、

 

「いらっしゃいませご主人様。………………………………、ちゃわわ~! 恥ずかしっ! 恥ずかしっ!」

 

 言っている途中でギブアップ。トレイで顔を隠しながら鏡の前で右往左往している様は(はた)から見れば怪奇(かいき)のそれだろうが、恥ずかしさが勝って気にしている場合ではない。本来ならば、「いらっしゃいませご主人様、お飲み物の用意が出来ておりますので、ささ。お席までご案内させて頂きますね」という台詞だったが、冒頭で過負荷熱暴走(オーバーヒート)。今の異様なテンションなら言えると思った自分が浅はかだったともう1度鏡へ向き直す。次は短い言葉にしようと深く深呼吸を行い、

 

「い、いらっしゃいませご主人様」

 

 言えたっ!

 鏡に映る笑顔がぎこちないがそれでも今の台詞は妥協(だきょう)できる出来だ。

 若干声が上ずってしまった為調整を兼ねてボイスマッサージ。新曲『恋してガンプLOVE2』を口ずさみ準備万端、自分が出来るありったけの可愛い笑みを浮かべて憧れの台詞を言い放った。

 

「いらっしゃいませご主人様っ」

 

 今度は改心の出来だ。

 自分が演出出来る可愛さの全てを注ぎ込んだ動作、声に思わずガッツポーズを取る。

 

 ────その興奮からかユナは気付いていなかった。恐る恐る開けられた扉の、ささやかな鈴の音に。

 

「ユナちゃん、だよな?」

 

 見てはいけない物を見てしまった時のような、そんな気遣(きづか)いすら伺える声音が耳に入り思わず身体が硬直する。

 ぎぎぎ、と壊れかけのブリキの挙動で首を声の方向へ振ると、少なくとも今最も顔を会わせたくない人物が扉を開けた姿勢のまま、揚々(ようよう)とガッツポーズを取るユナを凝視(ぎょうし)していた。

 

「………………………………、眼鏡きらーん」

 

「ちょおおっっとおおぉぉおおッッ!? エイジさん待って下さい! 待てこのっ! 扉を閉めるなッッ! 話を聞いてっ、聞けッッ!!」

 

 壮絶(そうぜつ)な笑みを浮かべたエイジさんが扉を閉め、瞬時にドアノブでの攻防戦。

 マグマでも噴き出しそうな程に顔を赤に染めて、悪魔の如き男をこの場から逃すまいとドアノブに掛かる腕力は火事場力。一息に扉を開き、にやけるエイジさんの首根っこを掴んで店内へ。店の鍵はロック。肩で息をするなかこの男をどうするか、ユナは沸騰(ふっとう)しそうな羞恥(しゅうち)心に目を(くら)ませ、回らない思考に困惑する中にやにやと尻餅をつくエイジを睨んでいた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「いやしかし、珍しい店もあるもんだな。RPGに出てくる酒場そっくりじゃないか、プラモデルまで置いてあるし……面白いメイドさんも居るし。────いっだぁ!?」

 

「最後が余計ですっ! ぶん殴りますよ!?」

 

「もうぶん殴ってるけど!?」

 

 木製のトレイが小気味良く、割と痛そうな音を店内に響かせた。

 ──ママには悪いが正面入り口に鍵を掛け、エイジさんが逃げ出さないよう奥のテーブル席へと座らせる。水の入ったコップを置いて、おざなりにメニュー表を手元へ。そこで彼の視線がどことなくユナの全体を見渡すように泳いだあと、張り付いた真顔のまま口が開いた。

 

「なぜ、メイド服」

 

「話すと長くなるんで、すみません。ノーコメントで────逆に聞きますけど、どうしてこの店を知ってるんですか?リュウさんかコトハさんに聞いたんですか?」

 

「リュウと、コトハ……? いや、まずアイツらが来てたことが初耳なんだが」

 

「以前来たことがあったんで2人から聞いたのかなと。え、じゃあ何で知ってるんですか」

 

「ジオニストの感かな……」

 

「言ってやったみたいな顔しないで貰えますか」

 

 (あご)に手を()えて眼鏡を光らせる。のらりくらりと掴めない人、と苛立ちを(つの)らせながらも嘆息(たんそく)して向かう席に腰を下ろす。

 “ガルフレッド”を見付けた理由は聞かない事にしておいて、エイジさんの視線が既にメニュー表へ行っているのに気が付いた。先程から思い返せば、ユナのメイド服姿を弄るような行動は取っても口に出して来ないのが薄気味悪い、というか腹立たしい。

 依然(いぜん)メイド服を(まと)う恥ずかしさが引き()るまま、あの、と声を出して不審(ふしん)に気取られないよう声音に気を付けて伺った。

 

「エイジさん、あの。ユナのメイド服、変じゃないですか?」

 

「変? ──いや、弄りこそしたけど別に。……どうした? 似合ってると言って欲しかったか?」

 

「そんな事思ってませんー! エイジさんに聞いた私がバカでしたよっ」

 

 さして気になっていないだけマシと言うことにする。

 ほんの少しだけ上機嫌になった私はメニュー表を開いて、どんな高いものを頼ませようか思案。私のメイド服を見たのだ、値段は高く付くと思い知らせてやろうとオープンしてから誰も頼んだことのないメニューを指差す。

 

「とりあえず、この“ジオンはあと10年戦えるセット”にしましょうっ」

 

「軽い気持ちでこの店に入ったんだが俺! もっと安いのあるだろ、ほらこれとか、右の」

 

 エイジさんにガンプラバトルで負けたことは悔しいし今度は絶対勝ってやると意気込んでいたが、たまにはこういうやりとりも良いものだろう。メニューの選択をお互い譲らずに、結局決まったのはそれから10分ほど経ってから。

 店の鍵を開けた店長(ママ)からどやされつつも、直ぐに打ち解け合う2人を見ながら何だかんだ笑いが絶えず────“ガルフレッド”の夜はゆっくりと更けていった。


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