ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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外伝『Gun Through the Dust Anima』2話

 模型(もけい)における作業空間は2.5畳あたりがやはりベストだと年壮の男は改めて感じる。

 他キットから切り出した扱いやすい改造用(ミキシング)パーツが緑の作業マットに程よく散らばるその中心。じきに完成の産声(うぶごえ)を上げるオリジナルガンプラがスタンドベースに刺さっていた。

 

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 そも、ガンプラの完成とは何を指した言葉だろう。──満足のいく塗装にデカールを貼り終えたら完成か?SNSに投稿したら完成か?他人から評価を貰って初めて完成か?男の場合はどれも否。男にとってガンプラの完成とは、ガンプラバトルでの勝利を経て初めて口にする事が叶う言葉だ。それも生易しい相手では無く、時間を掛けた作品ならばそれに見合う相手を用意し、迫真の攻防と吐きそうな程に苦戦しなければ勝利を実感出来ない。

 それは男が作る作風に()るものだろうと昔誰かに言われたが確かにその通りだなと妙に納得したものだ。

 “機動戦士ガンダム”シリーズには登場も存在もしない機体、そういった機体だからこそ正史に登場する“ガンダムシリーズ”の機体達に勝利しなければ男は満足が出来ない。

 

 展示会等で披露した際、初見の人達はどこかのシリーズで活躍する量産機か主役機に準ずる機体かと思うが、次の瞬間には戸惑いと疑問の表情が顔に走る。それだけでも充分にしたり顔だが「“ガンダム”らしくないが、こんな“ガンダム”の機体達もあっても良いだろう」なんて言われた日には内心拳を握り喜びの雄叫びを上げながら感謝の言葉を告げ回った。

 男の作風、男の作品。それはいつからか人々に知れ渡り、今では多くのファンが彼の作品の完成を待ち()び、彼のファイトを期待する。

 プロになってもう何年か、ある程度の知名度を得た今でも集中できる模型環境というものは昔と変わらないなと、男は乾いた塗料が付いた指で、使い古されたマットの上に(たたず)むガンプラへとバックパックをはめ込んだ。──“学園都市”から提供された“フォース”の事務所、その一室の角に再現された自室の模型環境に男は小さな幸せを噛み締めながらガンプラ製作に(いそ)しんでいた。

 

「うーーーーっす! 失礼しまぁーーす!」

 

 それはもう勢いよく開け放たれた扉、衝撃(しょうげき)余波(よは)でマットの上を転がるパーツ達。

 一瞬の間を置いてから生まれつき目付きの悪い顔で見やるが、開けた本人は悪気が無いのか、良い事をして誉められるのを待っている犬みたいな顔でニコニコしながら扉を開けた姿勢のまま動かない。

 

「テメェ、ノックをしろノックを。この前もその前も更に前も散ッ々言っただろテメェ、な? 仮に俺がデカールを貼ってる最中だったらどうすんだお前、デカール舞っちまうぞ? 床の一部がかっこいいデザインになっちまうぞ?」

 

「あ、そうでした。……コンコン、失礼しまぁーーす!」

 

「時間があったらテメェの頭の中身取り替えてやる。で、何の用だ」

 

「暇なんで来ました」

 

「あ?」

 

「いだだだだっっ!? 中身出ちゃうっ、アイアンクローは勘弁をッッ! ほほ、ほんとはアレっす! “グレイホーク”の性能実験についてと、メールが届いてたって用事ですッッ!!」

 

 (てのひら)を解放すると、顔に綺麗な跡が付いたままその場に倒れて痛みに悶絶(もんぜつ)する。

 おおよそ自分なら他人には聞かせられない(うな)り声を発しながら転げ回る様は正直見ていて面白い。

 

「う"お"ぉ"ぉ"、嫁入り前の身体に傷が……。お父さんお母さんごめんなさい、私傷物にされちゃいました、しくしく」

 

「“グレイホーク”の性能、“ジェガン”あたりだっただろ。それこそレギュレーション400帯の中で平均的な機体に仕上がった筈だ」

 

「お"お"ぉ"ぉ"お"お"ッッ!? 足首が決まるッ、私の足首がキマってる!! アンクルホールドが見事に決まっているぅー!! 足がもげるまで時間の問題かぁーっ!?」

 

 飽きたところで足首を放す。地面でのたうちまわる様を椅子に腰掛けながら眺め、用件の2つ目────メールについてを溜め息混じりに催促(さいそく)する。すると涙を端に浮かべ、床に転がった体勢のまま、

 

「うぅっ、ぐすっ。リーダー宛のメールだったんで私は開いて無いっす、送り主は“学園都市”でしたけど」

 

「“学園都市”? なんだ、展示会か“電脳世界(アウター)”でのイベントか? ったく勘弁してくれよ、まだ新作完成してねぇってのに……」

 

 壁に掛けられた“アウターギア”を装着。強化プラスチックを外装にしたインカム状のそれは“学園都市”移住者全員に支給される端末であり、同時に“電脳世界(アウター)”へ意識を飛ばすための装置(デバイス)だ。

 ユニコーンガンダムの装甲から覗けるサイコフレームにも似た優しげな光のラインが“アウターギア”に走り、それが起動に成功した証。装着者の生体を認証し“待機状態(ディアクティブ)”から“活動状態(アクティブ)”へと移行した“アウターギア”が眼前にホロウィンドウを展開(てんかい)させる。男は視線で映し出されたホロウィンドウを操作し、(くだん)のメールが届いているであろうメールボックスを開封、────体重を預けていた背もたれが音を立て男は前のめりに驚愕(きょうがく)する。次の瞬間には獰猛(どうもう)とも思える笑みに口角をつり上げ、喉の奥でくつくつと笑い声が意図せずに漏れ出た。

 

「ど、どーしちまったんすかリーダー? すっげぇ悪い顔してるっすけど……」

 

(しばら)く事務所を留守にする。その間お前にフォースを任せた」

 

「了解っす、フォースを留守にっすね! ────はぁっ!? 留守ぅ!? どどど、どうしたんすか急に」

 

 一方的に告げるや否や制作中のガンプラをケースに仕舞い、止める間もなくコートを羽織(はお)る。中折れ帽(ボルサリーノ)を浅く被る背中が扉の手前で止まり、目に不敵(ふてき)を忍ばせて男は半身を返した。

 

「ガンプラを“完成”させてくる、じゃあ頼んだ」

 

 (ひるがえ)るコートと閉まる扉。

 部屋に残る塗料の(にお)いが揺らいで鼻を突き、静寂(せいじゃく)と沈黙に女は唖然(あぜん)と思考する。告げられた言葉を理解し終えた頃には自らの役割の大きさに(なげ)き、狭い個室が文字通り震えた。

 

「あたしがフォース生の面倒を見ろって事ですかああぁぁああ!?」

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 ────〈同日朝。“学園都市”居住区画〉

 

「ちょっとパパぁ!? 洗濯物一緒にしないでっていつも言ってんじゃん! 最っ悪!」

 

 出勤前の身支度は娘の怒りを含んだ声によって(さえぎ)られる。

 玄関から差す朝日の反対側、リビングに続く廊下を見やれば娘がうんざりと顔をしかめ腕を組んでいた。

 

「たはは、すっかり忘れてた……。今度から洗う前にママにも確認とるから、ごめんよぉ」

 

「わたしの洗濯物に触らないでって言ってんのー。あと、いつわたしとガンプラバトルする約束を叶えてくれんのよ」

 

「次の休みには絶対するからさ、ごめんよぉ」

 

「それ前も聞いたってば! もぉーパパ嫌い!」

 

 大きな足音を立てながら自室に戻る娘を申し訳なさからくる溜め息を交えて見送る。

 “学園都市”に移住して“電脳世界(アウター)”のデバックを行う毎日、勢いのある会社の為毎日が残業で家族サービスもめっきり少なくなってしまった。会話を交わすとしても今のような内容ばかり。朝日に照らされ、(きら)めきを(ともな)い宙を舞う(ほこり)に何故か寂しさが胸に湧いた。

 掛けられたまま途中のネクタイを締め、玄関に続く廊下に置かれた棚の上には幼い頃娘が作ったガンプラ──主に水中用MS(モビルスーツ)達だけが会社に(おもむ)く自分を励ましてくれる。

 

「ん」

 

 直ぐに気付いた。

 右端のアッガイ、そのポーズが昨日と変わっている。その左のゾノ、また左のアクアジム、他全てのガンプラがポーズを変えておりどれも楽しげに両手を振って男を見ていた。

 ポーズを変えた人間は考えるまでもない、男は身を返し声を張る。

 

「ヒトミ! ガンプラのポーズ変えてくれてありがとな、父さん嬉しいぞ!」

 

 一軒家に声が走った。分かっていたが返事が返ってくる事はない。

 だらしない父親だな、と自分を自嘲(じちょう)し再び玄関へ戻る(かたわ)ら、ポケットのスマートフォンが振動。上司からの電話だ。

 朝から娘の機嫌を損ねてしまった矢先、会社からの着信に良い予感を抱くわけも無く、努めて平常を(よそお)いながら耳に当てる。

 

『おはようトヨザワ君……いやぁ、なんだその』

 

「おはようございます部長。どうかされましたか?トラブルでしょうか」

 

 (わず)かな(うな)り声と、歯切れの悪い口調。

 自分が担当している部署で何かあったのかと昨日までの作業を振り返る。しかし思い当たる節が浮かばずに沈黙(ちんもく)が意図せず続いた矢先、上司の咳払いがそれを破った。

 

『トヨザワ君、急で悪いんだが“学園都市”から直々に君をご指名の仕事が入った。すまないが今日はそっちの仕事をしてもらえるか?』

 

「自分に、ですか?いやしかし、デバック作業なんて私で無くとも良い筈では……」

 

『うちの会社としてではなく君“個人”を指名だ。今日から少しの間、君は会社を外れて“いち”ガンプラファイターとして“学園都市”からの依頼を行う事になる』

 

「──────は?」

 

『だから、今日は会社に来なくていい。今あちらさんが指定した場所と詳細を送るからそこへ向かってくれ。あぁ、担当している仕事の方は心配しないでくれ人手はどうとでもなる。……なんでも君を借りる条件として取引相手を“学園都市”が仲介してくれるそうだ、上も君に感謝しているぞ』

 

「いや急に言われましても、ガンプラバトルはもう引退気味で」

 

『はっはっは、謙遜(けんそん)しなくて良い。“ジャイアントキリング”の実力、充分に発揮してくるといいさ。では(はげ)めよトヨザワ君』

 

 休日と思って楽しんでこいとでも言うような言葉の軽さに、対して男は短く嘆息(たんそく)をついて通話を切られた携帯を下げた。あの口調からして撤回(てっかい)を要求なんてしようものなら社内での立場も危うくなる危険性もある。かといって上司の言った通りガンプラバトルをしようにも中々のブランクがある為に十全に動ける気がしない。

 再びスマートフォンが振動、今度はメールだ。

 億劫(おっくう)と受信箱を開いて詳細を確認し、────目を見開く。

 

「これは………?」

 

 内容の衝撃に画面を見つめたまましばし立ち尽くし、気付いた時には自室へと駆け出していた。

 殺風景(さっぷうけい)とも感じる必要最低限の物しか置いてない自室へ飛び込むように入り、ベッドの(かたわ)らに備わった物置棚を急ぎにおぼつく手付きでこじ開け、壮観(そうかん)と立ち並べられたかつて手に入れた栄光の数々が目に入る。

 “プロ”のガンプラファイターなんていつ食い扶持(ぶち)が稼げなくなるか分からない。当時交際していた妻や先の生活を考えてガンプラから一線を退いた男のファイターである証明。並べられたガンプラ達の威容(いよう)は時を経た現在でも変わり映えせず、暗がりの中ファイターと共に戦うその時を粛然(じゅくぜん)と待っていた。

 棚の奥、黄金に輝く表彰楯の手前に(たたず)む数機のうち1機を手に取って、共に戦場を駆けた情景を鮮烈(せんれつ)(まぶた)の裏に思い()せる。

 

「────またお前の力を借りるぞ。“マラサイ”」

 

 ゆっくりと開く男の目は、安穏(あんのん)に繰り返す日々を過ごす父親の瞳ではない。

 過ごす日常全てが挑戦と意気込んでいた若かりし頃、その細く鋭い眼差しが眠りから()めた相棒に注がれ、それに応じるようマラサイを彩る深い青色が朝日に反射しモノアイが輝いた。

 

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