他キットから切り出した扱いやすい
そも、ガンプラの完成とは何を指した言葉だろう。──満足のいく塗装にデカールを貼り終えたら完成か?SNSに投稿したら完成か?他人から評価を貰って初めて完成か?男の場合はどれも否。男にとってガンプラの完成とは、ガンプラバトルでの勝利を経て初めて口にする事が叶う言葉だ。それも生易しい相手では無く、時間を掛けた作品ならばそれに見合う相手を用意し、迫真の攻防と吐きそうな程に苦戦しなければ勝利を実感出来ない。
それは男が作る作風に
“機動戦士ガンダム”シリーズには登場も存在もしない機体、そういった機体だからこそ正史に登場する“ガンダムシリーズ”の機体達に勝利しなければ男は満足が出来ない。
展示会等で披露した際、初見の人達はどこかのシリーズで活躍する量産機か主役機に準ずる機体かと思うが、次の瞬間には戸惑いと疑問の表情が顔に走る。それだけでも充分にしたり顔だが「“ガンダム”らしくないが、こんな“ガンダム”の機体達もあっても良いだろう」なんて言われた日には内心拳を握り喜びの雄叫びを上げながら感謝の言葉を告げ回った。
男の作風、男の作品。それはいつからか人々に知れ渡り、今では多くのファンが彼の作品の完成を待ち
プロになってもう何年か、ある程度の知名度を得た今でも集中できる模型環境というものは昔と変わらないなと、男は乾いた塗料が付いた指で、使い古されたマットの上に
「うーーーーっす! 失礼しまぁーーす!」
それはもう勢いよく開け放たれた扉、
一瞬の間を置いてから生まれつき目付きの悪い顔で見やるが、開けた本人は悪気が無いのか、良い事をして誉められるのを待っている犬みたいな顔でニコニコしながら扉を開けた姿勢のまま動かない。
「テメェ、ノックをしろノックを。この前もその前も更に前も散ッ々言っただろテメェ、な? 仮に俺がデカールを貼ってる最中だったらどうすんだお前、デカール舞っちまうぞ? 床の一部がかっこいいデザインになっちまうぞ?」
「あ、そうでした。……コンコン、失礼しまぁーーす!」
「時間があったらテメェの頭の中身取り替えてやる。で、何の用だ」
「暇なんで来ました」
「あ?」
「いだだだだっっ!? 中身出ちゃうっ、アイアンクローは勘弁をッッ! ほほ、ほんとはアレっす! “グレイホーク”の性能実験についてと、メールが届いてたって用事ですッッ!!」
おおよそ自分なら他人には聞かせられない
「う"お"ぉ"ぉ"、嫁入り前の身体に傷が……。お父さんお母さんごめんなさい、私傷物にされちゃいました、しくしく」
「“グレイホーク”の性能、“ジェガン”あたりだっただろ。それこそレギュレーション400帯の中で平均的な機体に仕上がった筈だ」
「お"お"ぉ"ぉ"お"お"ッッ!? 足首が決まるッ、私の足首がキマってる!! アンクルホールドが見事に決まっているぅー!! 足がもげるまで時間の問題かぁーっ!?」
飽きたところで足首を放す。地面でのたうちまわる様を椅子に腰掛けながら眺め、用件の2つ目────メールについてを溜め息混じりに
「うぅっ、ぐすっ。リーダー宛のメールだったんで私は開いて無いっす、送り主は“学園都市”でしたけど」
「“学園都市”? なんだ、展示会か“
壁に掛けられた“アウターギア”を装着。強化プラスチックを外装にしたインカム状のそれは“学園都市”移住者全員に支給される端末であり、同時に“
ユニコーンガンダムの装甲から覗けるサイコフレームにも似た優しげな光のラインが“アウターギア”に走り、それが起動に成功した証。装着者の生体を認証し“
「ど、どーしちまったんすかリーダー? すっげぇ悪い顔してるっすけど……」
「
「了解っす、フォースを留守にっすね! ────はぁっ!? 留守ぅ!? どどど、どうしたんすか急に」
一方的に告げるや否や制作中のガンプラをケースに仕舞い、止める間もなくコートを
「ガンプラを“完成”させてくる、じゃあ頼んだ」
部屋に残る塗料の
「あたしがフォース生の面倒を見ろって事ですかああぁぁああ!?」
※ ※ ※ ※ ※ ※
────〈同日朝。“学園都市”居住区画〉
「ちょっとパパぁ!? 洗濯物一緒にしないでっていつも言ってんじゃん! 最っ悪!」
出勤前の身支度は娘の怒りを含んだ声によって
玄関から差す朝日の反対側、リビングに続く廊下を見やれば娘がうんざりと顔をしかめ腕を組んでいた。
「たはは、すっかり忘れてた……。今度から洗う前にママにも確認とるから、ごめんよぉ」
「わたしの洗濯物に触らないでって言ってんのー。あと、いつわたしとガンプラバトルする約束を叶えてくれんのよ」
「次の休みには絶対するからさ、ごめんよぉ」
「それ前も聞いたってば! もぉーパパ嫌い!」
大きな足音を立てながら自室に戻る娘を申し訳なさからくる溜め息を交えて見送る。
“学園都市”に移住して“
掛けられたまま途中のネクタイを締め、玄関に続く廊下に置かれた棚の上には幼い頃娘が作ったガンプラ──主に水中用
「ん」
直ぐに気付いた。
右端のアッガイ、そのポーズが昨日と変わっている。その左のゾノ、また左のアクアジム、他全てのガンプラがポーズを変えておりどれも楽しげに両手を振って男を見ていた。
ポーズを変えた人間は考えるまでもない、男は身を返し声を張る。
「ヒトミ! ガンプラのポーズ変えてくれてありがとな、父さん嬉しいぞ!」
一軒家に声が走った。分かっていたが返事が返ってくる事はない。
だらしない父親だな、と自分を
朝から娘の機嫌を損ねてしまった矢先、会社からの着信に良い予感を抱くわけも無く、努めて平常を
『おはようトヨザワ君……いやぁ、なんだその』
「おはようございます部長。どうかされましたか?トラブルでしょうか」
自分が担当している部署で何かあったのかと昨日までの作業を振り返る。しかし思い当たる節が浮かばずに
『トヨザワ君、急で悪いんだが“学園都市”から直々に君をご指名の仕事が入った。すまないが今日はそっちの仕事をしてもらえるか?』
「自分に、ですか?いやしかし、デバック作業なんて私で無くとも良い筈では……」
『うちの会社としてではなく君“個人”を指名だ。今日から少しの間、君は会社を外れて“いち”ガンプラファイターとして“学園都市”からの依頼を行う事になる』
「──────は?」
『だから、今日は会社に来なくていい。今あちらさんが指定した場所と詳細を送るからそこへ向かってくれ。あぁ、担当している仕事の方は心配しないでくれ人手はどうとでもなる。……なんでも君を借りる条件として取引相手を“学園都市”が仲介してくれるそうだ、上も君に感謝しているぞ』
「いや急に言われましても、ガンプラバトルはもう引退気味で」
『はっはっは、
休日と思って楽しんでこいとでも言うような言葉の軽さに、対して男は短く
再びスマートフォンが振動、今度はメールだ。
「これは………?」
内容の衝撃に画面を見つめたまましばし立ち尽くし、気付いた時には自室へと駆け出していた。
“プロ”のガンプラファイターなんていつ食い
棚の奥、黄金に輝く表彰楯の手前に
「────またお前の力を借りるぞ。“マラサイ”」
ゆっくりと開く男の目は、
過ごす日常全てが挑戦と意気込んでいた若かりし頃、その細く鋭い眼差しが眠りから