〈同日、夕方。学園都市某所中学校〉
グラウンドで球技に勤しんでいる学友達を教室から望み、薄い小豆色の髪を夕陽に照らしながら机に座る顔立ちは淡麗だ。中性的にさえ見える幼さを残しながらも凛々しい面立ちに、グラウンドから注がれる視線も少なくはない。尤も景色を眺める人物の目には入ってはいないが。
「あのぅ……、ここが良く分からなくて。良かったら教えてくれませんか?」
春終わりの暖かい風を浴びて頬杖を付く横顔に薄く気弱そうな声が当てられる。
つい、と横目を流すと釣られて肩を震わせる彼女は同じクラスの同級生だ、名前は確か────。
「ホウジョウ・チサですっ。あの、クラスの皆に聞いても分からないって言うから、アキラくんなら分かるかなって思って」
「皆困ったらボクに聞いてくるんだよねぇ。ボクだって万能じゃないんだからさ」
「で、でもアキラくん学校で一番ガンプラに詳しいし強いし……」
たどたどしく紡ぎながらホウジョウ・チサが俯く。
夕焼けに染まる教室を見ればいつの間にか生徒は居らず、彼女と自分の2人だけだ。記憶を思い返せば彼女の方からクラスメイトに話し掛けている事は見掛けるがその逆は無い。飾らずに言えば彼女はクラスから孤立していた。
耳を澄ませば廊下の向こうで話を咲かしているクラスの女子達の会話が聞こえ、ホウジョウ・チサは居心地が悪そうに身体を廊下から背ける。
クラスメイト間の友人関係など知ったことではないが、それでも同性の悩みくらい聞いてあげたらどうだと、廊下の女子へ半ば呆れた溜め息を小さく吐いた。
「ごっ、ごめんなさい。嫌だよね、私みたいな弱い人から質問されるの」
「いや、こっちこそごめん。今のは全くホウジョウさん関係無いよ。……どこが分からないのかな、ボクで良ければ何でも教えるよ?」
ぱぁと笑顔が咲いて、彼女が醸す可憐な雰囲気と違わないピンクを基調としたノートが数ページ捲られ机に開かれた。
「“レギュレーション”の区分についてまだ少し整理が出来てなくて……、どういう機体が居るとか居ないとか、この機体はどの“レギュレーション”に含まれてるとか……」
言い終え落ち込む様子から中々に事態は深刻そうだ。
内容は現ガンプラバトルにおいて基本中の基本であり顎に手を添えて数秒の思考、出来るだけ分かりやすく噛み砕いた言葉を浮かんだままに連ねる。
「この世に存在するガンプラ全ては“レギュレーション”によって区分されている、まずそれは分かるね?」
激しく顔が縦に振られ、ボブの髪が慌ただしく揺れる。
「“レギュレーション”は全てで5つに区分されていて、レギュレーション200、400、600、800、最後に1000オーバーに分かれている。それぞれの特徴を言うと、レギュレーション200は旧ザクやボール、プロトジンといった旧式で性能の低い機体が属している。レギュレーション400は量産機、ギラ・ズールとか陸戦型ガンダムとか。レギュレーション600になると高性能量産機やワンオフ機が出てくるね、フリーダムガンダムやゼイドラあたり。レギュレーション800になると武装やシステムが強力な機体になってきて、EX-sガンダム、RX-0シリーズ、ダブルオーライザーあたりの強さを持つ機体達が区分されているね。レギュレーションが高くなるにつれて装甲値や機動性運動性も上がるから、基本的にレギュレーションが高い機体は強いって認識で良いよ」
「あれ?れ、レギュレーション1000は……?」
「そこに属する機体は特殊で、運営から『強すぎるから公式試合では使用禁止』って言われた機体群だね。黒歴史ターンエーや神ユニコーン、G-セルフパーフェクトパックとか。野試合でレギュレーション1000のガンプラ使って勝っても戦績には反映されないから、こいつらは頭に留めておくだけで深く知る必要は無いよ」
言ってる最中にも必死にメモを取っている姿が健気で面白い。
書かれるノートの小気味良い音が放課後の教室に確と奏でられ、やがて数度の頷きを以て小さく笑顔が向けられた。
「アキラくんほんとにありがとう。流石大会優勝者だよねっ、凄い分かりやすかった」
「優勝といってもジュニアコースだけどね。……他に何か聞いておきたい事はあるかな?」
アキラの問いに唇を紡ぎ、上目遣いの瞳が夕色に映る。
「な、何か考え事してたの?」
「あぁ……。面白そうな誘いがあってね、どうやってアイツを見返せるか考えてたんだ」
「“アイツ”?」
細い疑念の声には微笑みで返し、荷物を纏める。
思い出せばちりちりと黒い記憶が胸で焦がれ、忘れもしない言葉に反骨心が小さな身体に身震いとして伝えられた。
暗い笑みそのままにそっと煌々と燃える夕焼けへ自分の心を重ねながら────。
「あの男になんて、絶対負けられない」
吐き捨てるようにも聞こえた言葉の意味をホウジョウ・チサは推し量れない。
ただ、普段の彼に見える余裕を纏う雰囲気が鳴りを潜め、純然な敵意が景色に向けられた事だけは理解出来た。やっぱりアキラ君は凄いなぁ、とホウジョウ・チサは悟られないようその横顔に見とれる。
鼠色の、少々大きめのマフラーが口元までを覆い、振り返ったアキラの目がチサと相対した。笑みに和らぐ目元からは先程までの射るような圧を感じず、その朗かささえ感じる印象にチサは自身の体温が上がっていることを実感する。慌てて目線を逸らし、気にする様子もないアキラ、そのまま教室の出口へと向かいながら。
「────じゃあホウジョウさん、少しの間ボクは学校に来ないけどどうか元気でね。今日は話せて楽しかったよ」
「わっ私も楽しかった、次の試験までになんとかなりそう。…………ってえぇ!? 明日からアキラ君居ないってことなのかな!?」
表現が激しいホウジョウの声は虚しく空の教室に反響した。出口を見ればアキラの姿は既に無く、遠く聞こえる生徒の喧騒に今しがた行われたやりとりが幻のようにも感じてしまう。
やっぱり掴めない人だなぁ、とどこか面白く噴き出しが1つ、華奢な少女の口から漏れ出た。
※ ※ ※ ※ ※ ※
────〈同日、夜。電脳世界宙域ステージ〉
電脳世界の中心、βテストの為現状1つしか実装されていないコロニーから遠く離れたこの空間はデブリや遮蔽物となるものが存在しない。蒼く輝く星々、圧倒的な光量を放つ太陽。見渡せども終わりが見えない宙の果て。切り取れば僅かな面積しか持たないこのフィールドも人間というスケールから見れば途方もなく広大で、電脳世界という仮想空間がどれ程巨大なスケールか誰しもが窺い知れない。
静寂を決め込む暗黒の空間に彗星が1つ、伝う雫のよう黒を斜に切り裂いた。合わせて追い縋る光が彗星と数度の交錯を以て衝突し、紅蓮の牡丹を思わせる爆炎が絢爛と咲く。互いに引いていく2つの光のうち片方がフィールドに設置された遠望カメラの眼前に接近、宇宙に紛れる鴉色の機体が拡大に映し出された。
────レギュレーション600、“ケンプファー・カーラ”。
ジオン系MSに多く見られる棘状のスパイクは更に延長され、両肩から伸びたその印象はより攻撃的だ。基本的な武装構成はオリジナルと変更はなく、唯一変わっているのは背部に増設された、スラスターとウェポンカーゴを兼ねている複合ユニットのみ。縦に備わった超大型ヒートブレードは機体上部から足元まで伸び、複合ユニットから噴き出るスラスターは名前に冠された“鴉”の翼にも見える。左右に展開するスラスターの翼、鴉の超大型ヒートブレード。だがそれも皮肉と、剣を握る右腕が半ばから窺えない。一切の歪みが見当たらない断面はビームサーベルの斬撃では再現することは出来ず、恵まれた操作技術と優れた実体剣が高次元に合わさり初めて実演できる昇華された剣技によるもの。
噂に違わぬ猛者と冷や汗が頬を伝い、操縦桿を握る指に一層の緊張が走った。搭載されたジャイアント・バズの砲口から火が噴き上がり、弾頭が射出。偏差のタイミングも完璧に定められた射撃に対象が爆炎に呑まれ、炸裂した火薬に敵機の装甲が宙に弾け飛んだのがモニタでも確認が出来た。
それと同時、けたたましく鳴り響く警告音が、刹那に感じた勝利に酔う男を戦場へと引き戻す。
警告音の正体が爆炎を突っ切って猛追してくる機体に依るものと気付いたのは、反射的に超大型ヒートブレードを抜いてからだ。迸る電光、プラフスキー粒子が衝突し遠望カメラの映像が一瞬ノイズに乱れる。
粒子の輝きに鈍い青銅色が晒され、眼前で鍔を競り合う敵機の威圧に恐れからか刃を強引に右へと押し倒した。元より右腕が無い状態での鍔迫り合いなど結果は見えており、洒落込むだけ無駄だと判断。ケンプファー・カーラは1度立て直しを図ろうと脚部スラスターに火を入れ爆発的な初速で敵機から遠ざかる。瞬く間に彼方の星々と同じ大きさとなった敵機を見ながら、戦闘のアドレナリンから笑みが溢れる顔に今度こそ恐れの表情が陰った。ケンプファー・カーラ左右両脚部スラスター、被弾により出力低下。黄色の点滅がヘルメットを照らし唇を噛む。近接だけでもなく相手はどうやら射撃の腕も化け物らしい。今の攻防でいつの間にか撃ち抜かれていた脚部から噴煙が立ち、迫る敵機にレーダーが悲鳴の叫びをあげるよう警告音を鳴らす。
その音から煽られたように操縦桿を前へ倒し、左腕に構えた超大型ヒートブレードを迎撃に振った────刀身に備わるスラスターを全稼働させた渾身の一撃、橙色に輝いた刃が真正面から近付く敵機へと降り下ろされた。
スローモーションに映る男の視界、思考。鈍色の線がモニタに数度走り、超大の刃が3等分に分けられる。側面部分に機能的弱点が多い超大型ヒートブレード、その教科書通りの潰し方だ。もっとも、潰し方に問題がありすぎるのだが。
人体に比較的近い構造を持つ敵機のグレイズ・フレームと、動きを最小限阻害しない高性能のバーニアを最大限活かした実体剣での斬撃、そして何より驚愕すべきは純然な日本刀などという欠陥装備を使いこなすファイターの技量だろう。ここまで離れた力量を見せられてはいっそ心地が良い。
アバター諸共両断されたケンプファー・カーラが最後の駆動で左腕を敵機へと伸ばし、軋む腕が胸元まで伸びる。敵機がその手を握りケンプファーと比べれば一回り小さな腕部がノイズの走るモニタに投影された。体躯も同じように小柄の機体の情報がモニタに映し出され、男は表示された名前を胸に刻む。
次の瞬間には爆散に機体を弾かせるただ中に浮かぶ機影に、戦闘の中継を中央コロニーから見ていた観客がどっと沸いた。
〈決ッッ着っぅぅうううう!!戦宮レギュレーション600の部、優勝は────世界ランク8位!ヴィルフリート・アナーシュタインの駆るグレイズ・ニヴルヘイムだあぁぁああ!!〉
【挿絵表示】
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電脳世界では痛覚を感じない以外、殆ど現実の肉体で過ごしているのと変わらない。空腹も感じるし喉も乾く。こうして戦宮に設けられた専用の個室で座っている最中ですら先程のバトルでの疲労を覚え、ヴィルフリートは右手を翳しメニューバーを展開、最右の項目から感覚機能を選択しレベルを最低まで下げた。本来この身体的負荷を感じるシステムは“アウター連続ログイン時間に応じプレイヤーに負荷を与え、現実での休息時間を促す”為の機能なのだが、ほぼ全てのプレイヤーが自分で緩和している現状余り効果の無さそうなシステムだろうと、苦笑し背もたれに体重を預ける。
機動戦士ガンダム00をイメージされたこの個室は余分なオブジェが無く、無機質でいて近未来的な照明が走るデザインが人気のルームだ。体格の大きいヴィルフリートですら持て余す巨大な机に向かい、続けてメニューバーに指を走らせメールボックスを開く。
件のメールが届いたのは今朝。内容も既に確認済みであり、先程のトーナメントで機体の調子も分かった。後は明日現地で行うだけだが、気掛かりなのはその人選だと前に掛かる銀髪が揺れる。全員が名のあるファイターで構成されたこの人員で何を行うのか、当日の詳細がメールには記載されていなかった。書いてあるのは何かしらのミッションを行う事と人員の名前、それから日時場所のみ。何よりメールの送り主が学園都市ガンプラバトル運営でありキナ臭い事この上無い内容だが、だからこそ自分の出番だと笑みには無縁そうな鉄面皮の口角が優しげに上がる。
「日本では余り歓迎されない自分を呼びつけるとは……、どういった意図があるのか見定めさせて貰おうか」