ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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外伝『Gun Through the Dust Anima』4話

 学園都市第一学区の裏路地は太陽が真天(まてん)の昼間でも、暗い。学園都市外部と内部を繋ぐ唯一のゲートを持つこの学区は物流が多く、流通センターそして真新しいビルが限られた学区内に所狭(ところせま)しと立ち並んでいる。世界で初めて行われるアウターのβテストと併用(へいよう)されて実験導入されている新しいガンプラバトルシステム。世界中の人間に先駆(さきが)けてこれらを体験できる学園都市の人間は国から選定された人間達ということもあり、多くが富裕層や名門のガンプラ学園に通う生徒で生活水準も相応に高い。故に商店街に並ぶ店や商品は世界に誇るブランド物が大半で、学園都市に進出できたという(はく)欲しさにあらゆる企業が天文学的数値の競争率に(のぞ)み、その結果がアキラが見上げる摩天楼(まてんろう)に他ならない。

 日に当たる事の少ない裏路地の更に奥、学園都市では数少ない夜の店が見え始め店前であくびをする金髪の従業員が怪訝(けげん)そうにこちらを横目で見た。そんな事が数度ありながら目的地が表示されているアウターギアを展開させながら進み、やがて足を止める。

 アウターギアが示したのは地下の小劇場だった。客が20人が座れるか座れないかの座席を有する小さな劇場の看板には貸し切りの札が張られており、隅に小さく学園都市運営を示す判子が押されているのを確認し中学生には少し急な階段を下った。冷えたコンクリートと(かす)かに香る(かび)の匂い。風情(ふぜい)も何もない木目の扉を押し開け、イメージに違わない静かな照明とバーを思わせるカウンターが目に入った。

 

「────日本ガンプラバトルジュニアリーグ優勝、シオウ・アキラ君。会えて嬉しいよ」

 

 装飾(そうしょく)の見当たらない裸電球にぼんやりと照らされたカウンターの前。腰を掛ける男の銀髪が何より先に視界へ入り、思わず目を見開く。

 (やわら)な笑みを浮かべながら腰をあげる男はアキラと2回り以上違う体躯(たいく)で握手を求めてきた。

 

「ヴィルフリート・アナーシュタイン。ふ~ん、世界的ファイターのアンタが学園都市にいるって噂ホントだったんだ」

 

「私だけだがね。私を除いた世界の彼らは学園都市の抽選には選ばれなかったらしい。今日はよろしく頼むアキラ君、良い1日にしよう」

 

「アンタにそんなこと言われると普通のファイターはプレッシャーで押し潰されるよ?まぁ、こちらこそよろしく」

 

 大きな手だった。

 物心付いた頃からテレビで見ていた有名ファイターに、普段物怖(ものお)じしないアキラ自身背筋が(かす)かに震えるのを実感しながら握手を終える。

 どうやらここは入り口受け付けに相当する場所で奥に見える開けた空間が舞台なのだろう。客席は撤去(てっきょ)されてありガンプラバトルを行うには十分なスペースも確保されてあるこの場が今日のミッションを行うための()()()()()()()()か。眺めながら多少冷える室内に腕を組む最中、舞台裏からの話し声が耳に入る。2人の男性だ。

 

「パーツ配置位置を見た人間に、こういったパーツだろうなと思わせるミキシングがミソだろ、なぁトヨザワ」

 

「僕もその意見には同意だね。だけどサイコ・ザクみたいな一見ごちゃつきながらも機体とパイロットの背景を考えると納得出来るデザインも好きだなぁ。そこについてはどう思う?」

 

「作品あっての機体か、機体単体での世界かの違いだな。サイコ・ザクは機体背景を考えれば2度楽しめる至高の機体だが、機体背景が練られず反映されてねぇ物は雑な印象ってだけで止まっちまう。それは勿体無ぇと思うな」

 

「確かに勿体無いね! 僕自身設定を考えてる時の方が面白いと思う時があるから尚更分かるなぁ。いやいやガンプラバトルを離れてたからこういった話題に()えているんだよ、ありがとね」

 

「こっちも久し振りにアンタのガンプラを間近で見れて嬉しいぜ。どうなってんだよあの塗装にメタルパーツの配置。単体なら目立っちまう2つの要素が合わさって違和感が消えるって意味分かんねぇ、最高だよ」

 

 おっさん同士がオタク話、もとい熱い模型議論を交わしていた。

 トヨザワと呼ばれていた男性はビジネススーツに身を包み、メガネの奥の目に笑みを走らせる。前日の調べによれば6年程前にプロで活躍していたファイターだったが結婚を転機に引退と記されていた。気さくな表情が隣の男性からアキラへと向けられる。

 

「やぁ、君がアキラ君か。初めまして、トヨザワ・フミヤだ。……あの、初対面でこんなこと頼むのも失礼だとは思うんだけど……娘が君のファンなんだ、良ければサインをくれないかな?」

 

「シオウ・アキラよろしく。サインを余り書いたことが無いから多分凄い下手だよ?それで良ければ」

 

「ありがとう! 色紙とペンは帰りに渡すよ。いやぁ、その若さでジュニアリーグ優勝とは本当に凄いね。歴代でも相当に若いでしょうアキラ君」

 

「若く優勝し過ぎたせいで各方面からの批判もあるけどね。けど、アンタの記録も大概(たいがい)じゃない?“ジャイアントキリング”の実力、楽しみにしてるよ」

 

「やめてくれよその異名! 僕自身名乗ったこと無いし凄い恥ずかしいんだから!」

 

 人の良さそうな第一印象そのままに、トヨザワが恥ずかしそうに後ろ頭を掻く。

 そんな彼の異名“ジャイアントキリング”。その逸話(いつわ)はこの柔和(にゅうわ)な表情とはかけ離れた戦果であり、レギュレーション1000を除いたフリーバトルの大会でレギュレーション400、いわゆる量産機のガンプラを駆って高レギュレーションの相手を全て打ち倒したという記録だ。ガンプラの改修で間接の可動や装甲の補強は出来ても、(あらかじ)め設定されたレギュレーションという隔絶(かくぜつ)された壁を打ち破るのはガンプラファイターの技量と腕が(ともな)わなければ実現しない。

 苛烈(かれつ)という言葉では表現できない程鍛練(たんれん)を重ねたこの男の、浮かべる笑みは果たして本物か。

 

「ハッハッハ、“ジャイアントキリング”か!んな渾名(あだな)で呼ばれてたこともあったなトヨザワ!」

 

 トヨザワの隣。絵に描いたような悪人面が口を大きく開ける。

 ロングコートに中折れ帽(ボルサリーノ)。肩まで伸びたウェーブの掛かった黒髪に獣を思わせる鋭い目付き。向けられた視線がアキラを無遠慮(ぶえんりょ)に眺め、まじまじと詮索(せんさく)するその視線に良い印象を持つわけも無い。

 

「初めましてだなガキんちょ。俺はカガミ・レン、まぁ短い間だが宜しく頼むわ」

 

 と、言うか。

 

「初めまして……? 初めましてって言ったか今?」

 

「あ? どっかで会ったか?いや、こんな生意気そうなガキと関わるほど俺暇じゃねぇしな……」

 

 首を(かし)げながら後ろ頭を掻き、記憶を探る姿から嘘は見られない。

 自分とは10歳以上も離れている男が見せる子供のような仕草に、記憶の琴線(きんせん)が逆撫でされるのを無意識に握った拳と共に感じる。

 

「…………ジュニアリーグを優勝したすぐ後、ボクはガンプラバトルでボコボコにされたんだ。それは酷い有り様さ、おおよそボクを応援してくれた人には見せられないような惨敗だった。」

 

「そりゃ災難(さいなん)だな、ひでぇ奴も居たもんだ」

 

「全くだよね。で、ソイツが言ったんだよ。『お前みてぇなやつに勝っても完成したことにはならねぇや』ってさ。意味は分からなかったけど馬鹿にされたってことだけは昔のボクでも理解できた……それからずっとガンプラバトルを磨いてさ、見返す機会を待ってたんだ」

 

「おぉ~なんだオメェ、中々に健気(けなげ)じゃねぇか。印象変わったぜ」

 

 からからと笑うこの男はどうやら本当に気付いていないらしい。

 明らかな敵意を(もっ)て1歩近付き男の眼前へと近付き、(にら)んだ。身長差はあれどこれで意図は伝わるはずだ、伝わって貰わなければ困る。

 

「アンタだよ」

 

「あ?」

 

「眠そうな顔でボクをボコボコにした男。フォース工房(ファクトリア)(リーダー)にしてフォース内最強の男。ボクをボコボコにしたのはアンタだよッッ!!」

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 (そな)えられた暖房の電源を付けたにも関わらず、地下小劇場の気温が上がらないように感じるのは恐らくは気のせいだろうとトヨザワは苦笑しながら2人をカウンターから眺めていた。

 開けた空間の対角線上。アキラを視線で気にかけるレンと、その視線に真っ向から無視を決め込むアキラの構図は見ていて中々肝が冷える。流石にレンは大人なのだから今日のミッションに支障(ししょう)が出るような事は無いだろうけど。

 隣には(あご)に手を添えて何かを思案(しあん)しているヴィルフリート。今日出会う前、世界ランカーの肩書きから多少横暴(おうぼう)な態度で来ることを覚悟していたが話してみたら上司より大人だ。

 自分だけだとレンとアキラの確執(かくしつ)四苦八苦(しくはっく)しそうだったが彼が居るなら多少の気の持ちようはある。

 

「ガキんちょ機嫌直せって~。俺あの時多分朝帰りで酔ってたと思うんだわ、記憶が無ぇんだもん」

 

 ぴく、と。アキラの眉が明らかに寄り鼻を(かす)かに鳴らしたのを見て眉間(みけん)へと手を添える。

 次々とアキラの地雷を踏んでいくレンには一種の尊敬(そんけい)を覚えるが、年頃の少年へのデリカシーを持ち合わせていない旧知の友人にトヨザワは短く嘆息(たんそく)を吐いた。

 学園都市が造られる以前に両者が住んでいた地域が近かったのは災難(さいなん)と言うかなんと言うか。

 

「ふむ」

 

 先程から沈黙(ちんもく)を続けていたヴィルフリートが(つや)のある銀色を揺らして席を立ち上がり周囲を一瞥(いちべつ)。心情が読めない彼の行動にこの場の誰もが視線をそちらへ向けた。

 

「皆にも届いていると思うが、学園都市から来たメール。ミッションの詳細が記載(きさい)された物が届いた人間はこの中に居るか?」

 

 そう言って(かか)げられたスマートフォンに映るのはトヨザワにも先日届いた招待のメールだ。言われて見返せば書いてあるのは日時と場所と人員のみ。ミッションの詳細については何も触れられていない。

 レンもアキラも同じ様子で首を振り、1人納得したようにヴィルフリートが浅く頷く。その鉄面皮(てつめんび)にレンが投げ掛けた。

 

「なんだよ1人で分かったような顔して。ヴィルフリート、アンタは何か心当たりはあるのか」

 

「……まず、この場の誰もが人員を見て参加を決めたと思う。ジュニアリーグ優勝シオウ・アキラ。“ジャイアントキリング”のトヨザワ・フミヤ。フォースファクトリアのリーダー、カガミ・レン」

 

「俺ぁ真っ先にアンタの名前を見て驚いたがな。世界ランク8位ドイツ代表、軍神ヴィルフリート」

 

「ありがとう、私の紹介をしてくれて感謝する。自分の肩書きを語る事ほど薄ら寒い事は無いからね。……それで、メールを見たとき当然の事ながらこう考えた。『このメンバーが(かい)するなら持っていくガンプラは恥じないようなものを持っていこう』と。どうだろうか?」

 

「そりゃまぁ……。だとしてもボクらにミッション内容を伝えない意味が分からないよね、書き忘れたなんて無いだろうし」

 

 横目で返すアキラの同調に皆も同意の反応を示す。

 

「と、なると。ボクらでバトルロイヤルでもするのかな?……そうなるのは願ったり叶ったりなんだけどねぇ」

 

「ガキんちょこっち見んな」

 

「はぁ? 見てないし、自意識過剰(かじょう)やめてよね」

 

 案外2人の相性は良いかもしれない、とトヨザワ、ヴィルフリート共に悟られないようやり取りを見て笑う。

 そしてふと目に入った柱の時計。時刻は間も無く表記されていた時間を指す頃合いであり、意味もなくポケットに仕舞われたアウターギアを指で弄ぶ。

 

「あら? あらあらあら? 皆さんお早い到着でして」

 

 声に色気を(かも)す女性の声だった。

 皆が同じタイミングで出入り口を見やれば、薄い翡翠(ひすい)の長髪を()き上げる女性の姿。(れい)と綺麗な(べに)が引かれた唇と研究者が羽織(はお)るような白の長い研究服。ボタンを()めずに開けた身体から伺える豊満(ほうまん)な身体と整った顔立ちは、(まと)う服さえ違えばモデルにも見えるような恵まれた肢体(したい)

 

「アンタがメールを寄越(よこ)した人間か。で、今日はこの素敵なメンバーで何をするんだ?」

 

「イ、イ……」

 

「…………?」

 

「イケメンじゃないですかぁー!! 揃いも揃ってイケメンばかり! あぁっ! やっぱり私の人選にミスは無かったわ! ナイス私!」

 

 暖房が効いている筈の空間に寒気が走った、2度目の出来事だった。


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