「私はユミ・サクラ、学園都市ガンプラバトル開発の研究者よ。先程はごめんなさい。私、顔の良い人間を見るとどのような状況でも異常に興奮してしまう性癖なの、気にしないで頂戴」
「いや気にすんなって方が無茶じゃね!? ガンプラバトルの運営にこんな変態が所属していた事実に驚くわ!」
「あぁっ! 怒っている顔も素敵ねカガミ・レン! やっぱりイケメンは罪だわ……、あ。鼻血でそう」
カウンターを挟んでバーテンダーが立つ位置にユミ・サクラが、客が座る椅子には各々が着きミッションの説明を聞くため耳を傾けていた。
その途端に判明したユミの変態性にトヨザワが苦笑しながら、ヴィルフリートはその鉄面皮のまま、アキラはバーにも見えるような小劇場の造りの趣に意識を逃がして、皆がなるべく自分に話題が来ないよう祈りながら会話が流れるのを待つ。
鼻頭を抑えた以外は紛れもなく美人の口角が上がり、やがて咳払い。研究服からアウターギアを取り出したところでそれぞれの意識がユミへと集中する。
「気を取り直して、コホン。────まずは、集まってくれた事を感謝するわ、学園都市の精鋭達」
手入れの行き届いた指先に踊る、インカム状のデバイス。短くささやかな起動音と共にどこかあざとげな指使いで耳に掛けられた。
研究服と同じく白を貴重としたデザインにラインの燐光が走る。アウターギア全体に灯りユミの眼前、ホロスクリーンが目元に展開された。
「────アウターギアを」
声に各々もアウターギアを取り出す。右耳に左耳に、デザインや色に差異こそあるが片耳に掛ける仕様は変わらない。
4人のアウターギアにも光が灯り、ユミから送信されたデータがホロウィンドとして視界の端に映された。それを視線で捉え正面中央へと移動。圧縮されたデータが開き、それと同時息を飲む気配が走る。
「これって……!? ボク達が今日やるミッションの相手……?」
「あ、待って眩しい。尊すぎ、死ぬ。アキラくんの驚いた姿お姉さんの心臓に悪いわ。少し時間を頂戴。具体的に言うとガンダム作品に登場する兵器全てを言い終わるまで」
「この人いちいち面倒臭いなぁっ!?そして果てしなく長い時間が必要だよ!?」
「……横槍を刺すことを失礼するが話を続けさせて貰おうか。送信されたデータに写るこの機体がミッションの相手で構わないかな?サクラ女史」
僅かに伺える溜め息の色を含みながらヴィルフリートの視線がユミを射る。
一瞬眩んだように頭へ手をやるが、圧を掛けられた眼光に対して同じく凛とした眼を光らせた。
「そう。破壊目標は1体。峡谷に潜むコイツを仕留めればミッションは終了よ」
「成る程理解した。とりあえず鼻血を拭いて頂けないだろうか」
ヴィルフリートからハンカチを渡され、その場で垂れた鼻血を拭き取るユミ。
拭き取る直前、ハンカチに顔を埋め荒い深呼吸を数度した事に対して誰も何も言わない。
「……それにしても、ここにいるメンバー全員戦った事はあるんじゃないかな。────ハシュマル」
ぽつり、と投げられたトヨザワの言葉に一同が頷く。
MAハシュマル。
機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ2期に登場するMAの1体。形は主人公三日月・オーガスにして「鳥みたい」、作中の過去“厄祭戦”にて多くの人類の命を奪った無人の殺戮天使。
現実のガンプラバトルにおいてはビームを弾くナノラミネートアーマーとMAという共通認識から大きく外れた機動性運動性、そして従えた多数のプルーマと呼ばれる小型の随伴ユニットで戦場を荒らす厄介な機体だ。
だが。
「俺ぁ機体にも依るが1人でも倒せるぜ。ってか皆そうだろ?」
さも当然と言わんばかりにレンが皆を見渡す。
機体相性に左右される箇所もあるが、熟練のガンプラファイターにとってハシュマルはそれほど手強い相手ではない。それも、ガンプラファイターの中でも精鋭と評される彼らならば尚更。
「それらも知った上で貴方達を呼びました、えぇ」
吊り上がる口角の底知れぬ感情の色。突き放したような笑みの酷薄に立ち腰になっていたレン含めて全員が押し黙る。
先程までのそれとは気色が違う雰囲気は次の瞬間に鳴りを潜め、「まず、」と言い添えてから皆の顔を視線で一瞥。
「送信したメールにミッションの内容を記載しなかった事を謝罪するわ。このミッションは事前準備を行ってから挑んでもらうわけにはいかない事情があってね、ごめんなさい」
「ハシュマル相手に機体を選べないのは少しキツいと思うんだけどなぁ……登録してあるガンプラがビーム主体だからあんま活躍出来ないかも」
【挿絵表示】
口を尖らせたアキラが年相応にふて腐れた声を上げる。
「そういった急な事情もこのミッションの特徴なの。それと確認なのだけれど、皆さんが主体に使用するガンプラはレギュレーション600以下という認識で構わないかしら?」
声が席の端から端へと撫でられ、最右のヴィルフリートから最左のレン全員が頷く。
内心、余り条件は良くないなと、トヨザワは口の中で苦言を吐いた。ユミの言葉で気が付いた事だが、この場の全員が駆るガンプラは低から中レギュレーションのガンプラだ。レギュレーション800帯のガンプラならば広範囲殲滅が可能な兵装でプルーマを掃討出来るのだがトヨザワ自身も含めて、メンバーの誰一人そういった武器を装備している情報は入っていない。各個撃破を強いられる展開が予想されるが、勘の類が心で警鐘を鳴らす。
「失礼、サクラ女史。ミッションを開始するにあたって確認したいことがあるのだが、バトルの手段は実機によるガンプラバトルだろうか?それとも電脳世界での戦闘か?」
「どちらでもないわ、と言うより分かってて聞いたわよね。今回のバトルはバウトシステム……学園都市で研究されている電脳空間とは別に、もう1つ進められている試作のバトルシステムで行うわ」
※ ※ ※ ※ ※ ※
学園都市に立ち並ぶ無数の建造物。道路から施設の床に至る全てに埋め込まれた特殊マイクロチップにより実現した新時代のガンプラバトルシステム────通称バウトシステム。
従来のガンプラバトルにおいて必要な物は両者のガンプラと、ガンプラを動かす為に必要なプラフスキー粒子を発生させる装置。ガンダムビルドファイターズシリーズに登場する筐体をモチーフにした装置で戦闘を行うのがここ20年の主流だったが、人々に馴染むと同時に様々な弊害を孕んだシステムでもあった。
基本的にオフラインでしか対戦出来ない事、実機のガンプラを使用するにあたっての被弾した際に掛かる修理コスト。マナーの悪化により弱者への虐げの加速に加えて、プレイヤー人口が少ない地域でのマッチング問題。
それらを打開すべく行われた国家間の新システム共同開発により造られた実験場がこの学園都市、そこに備わる電脳世界とバウトシステムだ。
バウトシステムとは“アウターギア”により発せられた信号を地面や床に埋め込まれたナノサイズマイクロチップが受信し、人数やバトル形式に対応した量のプラフスキー粒子をファイターの周りに形成、どのような場所でもガンプラバトルが出来るシステムの総称だ。ファイターの間に形成された粒子はフィールドとして実体化すると同時に、“アウターギア”に登録されたガンプラもプラフスキー粒子によって完全再現される。塗装は勿論、拡大された可動域や追加された火器も粒子により実体化し、実機におけるガンプラバトルと全く同等の挙動で操作が可能なシステムだ。
「あの、ミッション直前にこんな事を聞くのは申し訳ないのだけれど。アキラ君とレンが余り仲がよろしくないように見えるのはどうしてかしら?」
暗闇に揺らめく儚い光は蛍のような淡い輝きで室内をぼう、と照らす。幾何学状のラインが地下劇場の床を構成するコンクリートに走り、散りばめられた光の粒子がゆっくりと舞い上がり宙へと溶けるその光景。
戦いの前に見るにしては多少風情が過ぎる、幻想的に揺蕩う光を見詰める目が不機嫌に染まる。
「こいつはジュニアリーグを優勝したボクの鼻の柱を叩き折った挙げ句に覚えていないとか抜かすんだよ? 許せると思う?」
「いや、天狗になる前に鼻を折ってやったんだろ。良かったじゃねぇか、口だけの野郎にならなくて」
中性的な端麗の顔にいよいよ皺が寄った。
明らかな敵意の視線をトヨザワを挟んだレンへと向けて、身を乗り出す。
「そこについては感謝してるさ! けど、ボクのプライドはあの日から潰れっ放しだ! ────だから宣言しよう。今日という日を以て、ボクはボク自身のプライドを取り戻す!」
「あ? 何だガキんちょ、やんのか?」
「本来であればガンプラバトルで決めたいけど、残念ながら今回のミッションにおいて仲間割れは結果の合否に関わるからね、それはよそう。だからこのミッションで……、ボクのガンプラバトルでアンタを見返してやる! 少なくとも記憶の片隅に留めさせて、ボクという存在をアンタから忘れさせない! それがボクの目標だッッ!!」
「啖呵を切った割には目標が等身大だな!? さてはテメェ、ただのいい奴だろ!?」
両者のやり取りに、口に拳を添えたユミが軽く噴き出して目の端に涙が玉になる。
「ファイターを真剣にやってる子達って皆こうなのよね、子供みたいで、眩しくて……」
どこか独りごちた台詞を溢し、アウターギアへ細い指が掛けられた。
女性が見せた切なさを感じる笑顔の意味は誰にも汲まれることなく、設定完了を知らせる深い緑に粒子が彩られていく。
「じゃ、ミッションを始めるわ。制限時間は無し、フィールドは峡谷。レギュレーション制限に加えてハシュマルは強化個体。貴方達が持つ全ての知識と力を駆使してどうか成功させて頂戴。────実はね、上からミッションの合否は問わないなんて言われてるのだけれど、それはやっぱり寂しいもの」
その言葉を最後にユミは大きく1歩後ずさる。
地下劇場の舞台から舞台袖へ、照明の及ばない物陰へと下がり残る4人に頷いて微笑んだ。
「タイミングは貴方達に一任するわ、いつでも」
誰からだったか。示し合わす事もなく4人の両手が宙へと翳され、舞い上がる粒子が手のひらへと収束する。光は集まり球体へと姿を変え、彼らが握るそれはガンダムビルドファイターズの操縦桿そのものだ。
噴き上がる粒子は1人1人を隔て、劇中同様のコクピットを模した空間を造り上げる。黒に閉ざされた正面モニタその左上にそれぞれの顔が表示され、続いて粒子が彼等の手元に渦を巻いた。螺旋を描きながら結集する燐光は人型という曖昧な形から徐々に姿を明確に変え、瞬く間に彼らが長年共にした相棒へと変化する。
再現された愛機が手元に浮かび、機体とリンクした視界情報が正面モニタへと投影された。薄暗く狭い空間は発進路か、足元をぼんやりと照らす明かりの先は赤く明滅し、後はファイターの操作によって発進するだけ。
僅かに漂う緊張の気配に、間の抜けた声が通信としてスピーカーを鳴らす。
「皆に言い忘れてたんだけど……、僕、ガンプラバトルの方はあんま最近してなくてさ。足引っ張らないように頑張るよ、ははは」
「そうやって保険掛けるなんて、ズルいなぁ~大人は。そんなこと言われたらこっちも頑張るしかないじゃん」
「ハッ! 違い無ぇ、なんせ現役3人に加えて1人は世界ランカーだからな、こっちも足を引っ張らないようにするしかねぇぜ」
「……今の瞬間ほど自分が世界ランカーであることを呪った事は無いな。責任と不安で胸が押し潰されそうだよ」
「良く言うよヴィルフリート。アンタの顔、笑ってるよ?」
「そういう君もだ、シオウ・アキラ。────いや、笑っているのは全員か」
見れば初めに香った緊張は失せ、皆が同じく不適な笑みを浮かべている。これを狙ったのであればトヨザワも中々に狸だなとアキラの笑みが静かに増して研がれた。
一大フォース、“工房”のフォース長、カガミ・レン。
ジュニアリーグ優勝、シオウ・アキラ。
“ジャイアントキリング”、トヨザワ・フミヤ
世界ランク8位ドイツ代表、軍神ヴィルフリート。
ガンプラバトルを知る人間が見れば腰を抜かすようなメンバーその全員が等しく笑みに獰猛を忍ばせる。恐らくこの日を待ち侘びたのは自分だけでは無い筈とアキラの目に輝きの火が灯った。
その熱と昂る心のまま、少年は確と意思を宿した声でスピーカーに紡ぐ。
「じゃ、ボクから行くね。────シオウ・アキラ。ガンダムラファール」
「────カガミ・レン。アストラルホーク」
「────トヨザワ・フミヤ。マラサイ」
「────ヴィルフリート・アナーシュタイン。グレイズ・ニヴルヘイム」
『『──────バウトシステムッ! スタンバイッッ!!』』
重なる声と同時、機体足元の照明が緑色に切り替わり、響く駆動音と共に視界が下へと傾いた。前傾に機体を固定する台座が火花を上げてレールを走り、打ち出される衝撃の一瞬と飛び込む景色の輝きに目をしかめる。
空だった。
雲を散らす晴天の蒼穹と、一面に広がる荒れた大地。遠く伺える岩壁は遠近感が狂うほどに高く聳え、不吉な凶鳥の鳴き声を思わせる悲しげな風切り音が岩を削り縫って機体まで届く。
空に、砂塵が陰る。
天を覆う砂の斜幕が太陽を閉ざし、突風が枯れた大地を駆け抜けて疾った。
光学センサが示す風の出所は彼方の峡谷。
砂嵐が吹き荒ぶ命無き火星の荒野に鳥の鳴き声がまた1つ、強く哀しく空へと消えた。