ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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外伝『Gun Through the Dust Anima』7話

 周辺で最も高い岸壁を登り、見渡した景色の荘厳(そうごん)凄絶(そうぜつ)

 地平線まで続いた峡谷の海溝めいた作りにミッションを忘れてレンとアキラが息を呑み込む。砂の色と青空の2色しか無い光景は終末を連想させ、荒ぶ砂塵(さじん)が2人を拒むよう向かい風となって機体を煽る。

 鳥の鳴き声かと聞き違える風切り音を音紋センサが拾い、それが気付けとなってアキラは数瞬(すうしゅん)遠退いていた意識を戻した。

 

「解析開始、と。んじゃ、おっさん先行よろしく。ボクは地形の解析に忙しいから戦闘が発生しても合流が遅れるよ」

 

「解析にかまけて戦闘サボんじゃねぇぞ?」

 

「そっちこそ索敵サボって奇襲を逆に食らいましたとかやめてよね、ボクまで巻き添え食らうハメになるんだから」

 

 ふん、と鼻を鳴らすアキラ、続いてラファールが強化されたアンテナセンサを用いてマップデータを正確な物へと更新する。

 峡谷の起伏(きふく)、全高データ、入り組んだ峡谷の迷路。それらが戦術データリンクシステムでアストラルホーク、グレイズランサー、そしてグレイズランサーを通して地上のヴィルフリート達へとリアルタイムで更新されていった。

 精密な精度のマップデータにレンが僅かに眉を上げる。

 良いガンプラだ。携行火器を射撃に置いたガンダムラファールだが、クリアパーツや追加パーツで強化されたセンサの恩恵(おんけい)をきちんと使いこなした、見た目以上に堅実な機体だ。アキラ程の年齢のガンプラファイターはシルエットや火器の盛りを意識した高火力高機動の高レギュレーションの機体を作りがちだが、アキラはあの年で自分の得意な戦術と戦略に気付いて早くもそれを伸ばそうとしているのが、マップ更新の手際の良さで容易に伺える。

 流行に流されず、ハッキリと自分の意思を持って作られたガンダムラファール。

 将来が楽しみだ、と。工房長の口角の端が吊り上がる。

 

「……俺も良いとこ見してぇが、果たして奴はどこに居るやら」

 

 独りごちに吐いた台詞は、砂塵(さじん)吹き荒れる音に紛れてアキラには届かない。

 

 ──────────。

 

「お、マップデータ更新されたね。しかもかなり正確な地形情報だ、やるねアキラ君」

 

 砂埃を巻き上げながら3機のMSが峡谷の底を辿る。

 空の青とはまた違う、引き込まれるような(あや)しい輝きを(まと)ったマラサイを駆りながらフミヤは同伴するMSに向けて通信を続けた。

 グレイズ・ニヴルヘイム。

 かの有名な2つ名“軍略のニヴルヘイム”その機体で、世界ランク8位“軍神ヴィルフリート”の愛機に他ならないガンプラの武装は至ってシンプルだ。

 携帯するのはナノラミネートアーマーが施された追加装甲を備えた2丁のライフルと腰に携えた刀状の実体剣のみ。一見すれば火力不足に見える火器構成も、彼の戦いを目にすれば評価は一転する。追加装甲によって射撃時のブレが更に抑えられたライフルの命中精度は搭乗者の射撃技術も相まって性能以上の成績を叩き出し、ガンプラ内でも最高峰を誇る優秀な可動から繰り出される日本刀の斬撃は、日本刀本来の使い方である“押し”て“引く”という極めて複雑かつ精密性が求められる入力を生身の人間の動作と遜色(そんしょく)無くこなすことが可能だ。

 デッドウェイトの無い突き詰められた実用性を持つガンプラだが、同時に過多と呼べるまでの圧倒的な拡張性も持ち合わせており、例えば今回の装備のように両肩と後腰部に装備されたグレイズシールドは可動を殺さずに機体の防御力を更に高め、……トヨザワは初めて目にしたが両肩部後方に追加された長方形の箱状の新装備によってグレイズランサーへの遠隔操作も可能にしている。

 その分ニヴルヘイム本体の戦闘力は落ちるだろうが、戦闘に移行した場合どういった動きを見せるのかがトヨザワの密かな楽しみだ。

 

「今のところ敵の反応は無いが、広いな」

 

 呟いたヴィルフリートの声にトヨザワも同意する。

 正確には広くて入り組んでいる、だが。

 複雑な作りの峡谷の形状は一本道では無く、水脈のように道が途中で別れている。別れた道はまた別れ、進むと違う分かれ道へと辿り着く。

 この天然の迷宮めいた地形に、アキラのガンダムラファールが居なかったら正直ハシュマルと戦闘を行う以前の話だったな、と。内心安堵(あんど)の溜め息を吐いて苦笑する。

 

「アキラ君には感謝かな」

 

「あぁ、アキラが居なかったら我々では対処が難しかった、彼に感謝しなければな」

 

『ちょ、ちょっと何これ! 僕の集中力を乱そうっていうイジメ!? やめてよねそういうの!』

 

 突如スワイプが正面モニタ左上に表示され赤面したアキラの顔が大きく映り、少年の幼さが残る彼が見せる年相応の表情に場の空気が程よく和んだ。この瞬間にもデータが更新され続けているのを見ると流石と言う他無い、そんな驚きに眼鏡の向こうの目を丸くしたトヨザワのスピーカーが不明瞭(ふめいりょう)なノイズを拾った。

 音声を拾ったのは小隊の全機体。各々の表情が一瞬で戦士(ファイター)のそれへと切り替わる。

 

『────工房長だ。前方にプルーマの集団を発見した』

 

 ※※※※※※※※

 

 小隊が2分されてレンとアキラが搭乗するガンダムラファールとアストラルホークが3000m程峡谷を進んだ地点。

 谷底からは死角となる起伏の激しい岩山の陰に潜みながら、万が一音紋センサで移動音を拾われないようスラスター出力を抑えながら進行し、警戒の為に遠望へと切り替えたアストラルホークのメインカメラがそれを捉えた。

 砂を噴き上がらせ菱形(ひしがた)の陣形で谷底を走るプルーマの集団、数は20機。

 全高300mを優に越える崖上は仰角(ぎょうかく)を取ることが出来ないプルーマにとって索敵外でこちらに気付いている様子は見受けられない。

 

「ハシュマルは見当たらねぇ。ありゃ本隊じゃねぇな、多分徘徊しているプルーマの部隊だ」

 

『了解。そのプルーマ達はやり過ごしてそのまま進行を頼む。……それとそろそろ2機目のグレイズランサーの無線限界地点だ、今そちらが居る地点にグレイズランサーを配備しようと思うが何か不都合はあるだろうか』

 

「いや? 丁度隠すにはおあつらえの岩山に今居るところだ、ここなら地上のプルーマ達に見つかる事は無い」

 

『では配備するとしよう。後は君達が今置いたグレイズランサーの無線限界地点まで我々が進行出来れば一先ず目的は果たすことが出来る。では頼んだ』

 

 ガッと短いノイズが走り通信が終わる。

 ヴィルフリートに遠隔操作されたグレイズランサーが崖上の隆起(りゅうき)した岩へ潜むように移動し、そのまま直立して停止。砂を含んだ風を受けて僅かに黄色がかったグレイズランサーに、ウェザリングはやはり映えるなぁ、と意識の片隅で感動しつつ、崖下を通り過ぎていくプルーマの集団をカメラで追う。

 全長を縮めた丸い節足動物のようなデザイン、深紫(しんし)の装甲に身を包んだハシュマルの随伴ユニット、プルーマ。唯一の攻撃兵装であるドリルクローの一対を前方へと構えながら、大きさとは裏腹結構な速度で峡谷を巡行(じゅんこう)していき大きさはあっという間に粒程の機影となった。巻き上げられた砂煙が砂塵(さじん)と合わさって視界に(もや)がかり、その影響か無線限界地点に置いた1機目のグレイズランサーからの電波が弱まる。

 

「ヴィルフリート、聞こえるか?」

 

『聞こえている。何か問題か?』

 

「通信状態が少し悪ぃ、多分プルーマが巻き上げた砂のせいで1機目のグレイズランサーの電波が弱まってる。位置を変えて欲しい」

 

 今も砂の影響か通信は先程に比べると僅かに不明瞭だ。

 現実の通信なら砂程度では電波が(さえぎ)られることはまず有り得ないが、ことガンプラバトルにおいてフィールドを構成する物質も、通信に使用する電波やレーザーも、全て元を辿ればプラフスキー粒子だ。砂塵(さじん)が吹けばそれは微力ながらも電波欺瞞紙(チャフ)の性質を持ってしまい通信に影響が出る場合がある。今回に至っては機体同士の距離も関係あるだろうか。

 音声にノイズが掛かりながらもヴィルフリートは承諾(しょうだく)し通信が切られる。

 

『────砂だけじゃなくてプルーマの影響もあるかも』

 

 声は後ろに控えたアキラからだ。

 

『プルーマがハシュマルの随伴ユニットなら機体間で通信が行われている筈、それももしかしたら関係してる』

 

 それは……。と否定の言葉が出る前にレンも思い至る。

 このミッションは通常のミッションではない。普段から戦えるハシュマルのミッションならプルーマとハシュマルは必ずセットで行動をしているが、今回のプルーマ周辺にはハシュマルの姿は見えず、完全に独立して斥候(せっこう)の役割のプルーマが徘徊している。

 それはつまり、ハシュマルから発せられている通信電波の強さの現れでもある。

 どれくらいの量かは測れないが、峡谷の壁で幾重(いくえ)(へだ)てられた地点からプルーマを行動させているその電波量は推測するまでもなく膨大(ぼうだい)だ。

 アキラの言うとおりその電波がこちらの通信に何らかの不調を与えているのも何ら不思議ではない。

 

「成る程な、……なぁんか嫌な予感がしやがる。ガキんちょ、動けるようにしておけ」

 

『まだマップの解析終わってない……って言いたいところだけど確かに変な感じだ、少し気を付けてみる』

 

 これは長年ファイターをやってきたレンの勘にも等しい推測だ。

 戦場において自身に推測不能な事態は後の戦局に響いてくる事が多い。情報戦、電子戦、そして籠城(ろうじょう)戦。今回に至って原則として有利なのは向こう側であり不利なのはこちら側。今までこの進行に対し何も相手からのアクションが無いのがかえって不気味だ。

 

 ────その時。

 

 常に聞こえていた峡谷を(かな)でる鳥の声がはたと止み、一瞬無音となる。

 逆立つ鳥肌と共に異常事態を察知したレンは半ば無意識に操縦桿を横へと叩き込み、そのままガンダムラファールを押し倒し転がり込む形で岩影へと雪崩(なだれ)こむ。

 その刹那(せつな)

 耳をつんざく高音と腹の底に響く重低音に思わず片手で耳を塞いだ。

 神経に(さわ)る粒子が奏でる不協和音(ふきょうわおん)、鳴り止まない化け物鳥の金切り声、それは聞き違える筈の無いハシュマルからの粒子砲撃に他ならない。

 しかめる目で正面モニタを見やると、今まさに輝く桃光(とうこう)(ほとばし)稲妻(いなずま)(まと)わせて峡谷を寸断している只中(ただなか)だ。激しく明滅(めいめつ)するモニタをしかし瞬き1つせず睨み付け、粒子砲の向かう先を脳内で弾き出す。

 

「あの位置は……! クッソ!」

 

 舌打ちと共に通信をヴィルフリートへと繋ごうとするも流れるのはノイズだけ。何度試しても繋がる気配は見えない。

 その原因をマップデータが雄弁(ゆうべん)に語っていた。

 

『急になんだよもう……、おいおっさん! そろそろどけって────』

 

「1機目のグレイズランサーがやられた。あっちと通信が繋がらねぇ……合流地点に戻んぞガキんちょ」

 

『ッッ、了解!』

 

 言いたいことを圧し殺して返事を返したアキラに対し、レンは満足げに鼻を鳴らす。

 しかし、未だ放たれた雷鎚(らいつい)は留まる事を知らず峡谷を地面諸共焼き、(しばら)く収縮を繰り返して粒子が止む。身を上げたアストラルホークのメインカメラを谷底へと向け、思わず目を見開いた。

 峡谷の枯れ果てた大地ですら焼き溶かす粒子砲の惨禍(さんか)痕跡(こんせき)。黒く(とろ)けた大地が半円に(えぐ)れ、神話に登場する大蛇の通り道とでも言うように焦土(しょうど)爪痕(つめあと)として果てへと大穴が続いている。幾重(いくえ)にもはだかる岩の山を物ともせず貫いた破壊の惨状(さんじょう)に冷や汗が1つ頬を伝い落ちた。

 方角は想像通り1機目のグレイズランサーが配備されていた位置だ、しかしどうやって砲撃を……?

 

 分析を続けていたレンの足元。

 悠久(ゆうきゅう)の時を経た峡谷を可能な限りプラフスキー粒子で再現された起伏激しい岩山にとって、今の粒子砲が与えた影響は大きく。

 

『────地震? いや違う、おいおっさん!今の攻撃でここが崩れるよ!』

 

「なッッ……? 畜生ッこんなところまで自然を再現しなくて良いんだよ! ちィッ!」

 

 衝撃の余波で(えぐ)れた崖が自重に耐えきれず亀裂(きれつ)が大きく走る。

 アストラルホークとガンダムラファールが地を蹴ったと同時、足場が音を立てて崩れ落ちた。まずは身を隠せる地点を正面モニタとマップデータを交互に見ながら滞空(たいくう)を続けていると、岩と一緒に谷底へ落ちていく機体が目に入る──グレイズランサーだ。

 遠隔操作は切ってあるのか、落ちながら体勢を立て直しスラスターを噴かして着地に成功する。メインカメラがこちらを向いて地上からアストラルホークへと歩み寄ってくるところを見るに、どうやらレンのアストラルホークを追従対象として認識しているらしい。

 どうやってこちらと合流するか、そんな素振りを思わせる首の動きを見せながらグレイズランサーの動きが突然明後日(あさって)の方向を見る。放たれた粒子砲によって空いた、峡谷をぶち抜いた大きな穴。同時、アストラルホークの音紋センサが反応を捉える。

 

「プルーマか……! ガキんちょ、あの穴からプルーマが涌き出てくる、援護頼めるか?」

 

『グレイズランサー見捨てないと危ないのはこっちだよ! 逃げた方が良いと────』

 

「馬鹿野郎! ここでグレイズランサーがやられてみろ。無線中継が出来ないんじゃ次に打てる手が大きく減っちまう、既に1機失ってるんだぞ!」

 

『……っ! あぁ~もう! 分かったよ! だけどボク達もやられちゃうんじゃ本末転倒だからね! ヤバくなったらボクだけでも逃げるから!』

 

 マップデータの更新が止み、アストラルホークの隣へガンダムラファールが(おど)り出る。

 手にしたGNライフルがロングバレルへと折り畳まれた状態から変形し、眼下(がんか)、峡谷に開いた穴へと標準が向けられた。

 

「撃ち漏らしたプルーマの処理をお願い」

 

『ハッ、言われるまでも無ぇ』

 

 状況に反して、2人の声はまるでこの状況を楽しんでいるようで。

 獰猛(どうもう)緊迫(きんぱく)と、そして不敵を含んだ声が互いのコクピットに心地よく響く。

 

「やるよ……! ガンダムラファールっ!」

 

「ようやく出番だぜ……! アストラルホークッッ!!」


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