──数分前──
「フミヤ、少しの間周囲の警戒を頼んでも良いだろうか」
『勿論だとも。……けど、どうしたんだ?周囲に機影は何も無いけど』
「レン、アキラとこちらを繋ぐグレイズランサーの通信が弱まっている。原因を探りたい」
『……嫌な予感がするね。分かった、僕が先行する。』
そう言うと並走していたマラサイが一層速度を上げて、土煙の尾を引きながら前方へと隊列を変える。
アキラから送信されたマップデータを頼りに、うねる構造の峡谷の底を進む2機。出発してから暫く時間が経過した後、突如正面モニタに表示されたマップへとノイズが走る。
ニヴルヘイム両肩部に装備されたグレイズランサーの遠隔操作を可能にする追加ユニット“増加演算領域”の不備は機体データからは確認できず、目を細めつつ中継するグレイズランサーのステータスをモニタに出力。崖上に身を潜めるグレイズランサーの真下へ索敵を強めると、峡谷の底を這うように巡行するプルーマの部隊をレーダーが捉える。
原因はこれか。
ハシュマルからの電波で活動するプルーマが近付いている事でこちらの通信に干渉しているのか。だとするなら、このままやり過ごせば再び通信は復旧するだろう。
接近する敵性マーカーその数20。姿こそ崖上からでは伺えないが、無遠慮な幾つもの走行音がその位置を雄弁に語る。じきに通り過ぎて通信は復旧する筈だ。
「……、進行経路を考えるに奴等が次に通過するルートは我々と同じか。さて────フミヤ。プルーマの集団が此方の道を通過中だ、数は20。押し通ろうと思うがどうだろうか」
『身を潜めるにしてもここら辺は開けた地形だから難しいね。戻るにしても時間をロスしてしまうし……、“軍神”の意見に従うよ』
「その異名はやめてくれ」
気の良い声音にヴィルフリート自身、変に気を張っていた事を自覚し堅い何かを含んだ溜め息を浅く吐き出す。正面モニタ左上にスワイプされた僅かに引き攣った笑みは謙遜のつもりなのだろうか、搭乗者とは裏腹に冷徹と蒼炎で深まる機体が1度峡谷の小さな起伏を乗り越えて上下に揺れる。
「そんなに嬉しいなら私の分まで倒してくれても構わないが?」
『あれ? ヴィルフリート、僕の表情見えてるよね?これは日本だと遠慮を願いたいときの表情なんだけど』
「スラスターを猛らせて良く言う。……ヴィルで構わない、私の名前は少々長いだろうからな」
『それじゃあヴィル。僕が5機、君が15機倒す計算で頼みたいんだけれど』
「ノイズが酷い。すまないが君が15機で私が5機のあたりまでしか聞き取れなかった」
『実は結構なサボり屋だろうっ!? ヴィルっ!?』
虚しく耳を突くフミヤの叫び声をよそ目に正面モニタ中央、小さな枠に表示されたグレイズランサーからの映像を注視する。
砂嵐が酷いな、と。口の中で溢しながら砂塵が吹き荒んだ映像、プルーマが砂を巻き上げているのか非常に見通しが悪い。
谷の底からグレイズランサーが潜む崖上まで距離は50m弱程か、振動が峡谷を揺らし小石が崖上から転げ落ちる。
『ヴィル、状況は?』
「間もなく復旧する筈だ」
プルーマの移動速度を考慮するに通信に影響のある地点へ離れるまでそう時間は掛からない計算だ。中々に速いな、機体性能も強化されているのかと僅かに眉を寄せる。
そんな数秒の思考。直ぐに訪れると思っていた筈の“間も無く”の異変に、その映像が視界へ映る前に確信した。
「成る程、そういう……!」
モニタに出力されたグレイズランサーからの映像。
崖下から這い出るように現れた濃紫の、そのぎらつくようなメインカメラが揺らめいて此方を見つめる直後、荒々しいノイズと共に通信が途絶えた。
──────────。
峡谷に開かれた大穴。そこから距離を取るよう対面の崖下へ退避しているグレイズランサーに大穴から所狭しと湧き出るプルーマが殺到する。
原作重量20tを越える金属の塊がごう、と唸りを上げながら接足動物めいた挙動で地面を蹴り、鋏角にも似たドリルクローを突き立てようと切っ先がグレイズランサーへと迫る。
緩やかな曲線を描くプルーマの跳躍コースは紛れもなく次の瞬間にはコクピットを貫く軌道。伸ばされたドリルクローはしかし、空から放たれた薄紫の熱線により中央から別けられそのまま機体を両に落とされる。続く飛び掛かったプルーマの強固な背面部装甲に鋭く光線が突き刺さり、メインモニタが数度の明滅を行った後、粉々に爆散した。
GNライフルによる射撃は、ナノラミネートアーマーが施されていない上に熱耐性の低いプルーマには特に有効で、砲口から粒子の弾ける発射音が空から次々と標的を穿つ。
それでも。
『数が多すぎる癖に、コイツら……! ボク達の事なんて目に入っていないじゃないか! 守り切るのも限界だよ!』
如何に武器の火力が足りていても敵の数が処理できる数を越えている。
携行するGNサブマシンガンもプルーマの装甲を貫徹するには相応に接近しなければならず、そのリスクを冒す判断はまだすべきではないと射撃に連動して振動する操縦桿を握りながらアキラは舌打ちを打つ。
ガンダムラファール腰後部に搭載された使い捨ての21連装ミサイルもラファールの中では数少ないハシュマルに通用する武器だ。ここで使おうとはどうしても思えなかった。
こうして手をこまねいている間にも大穴からさながらホラー映画の1シーンとでも言うように深紫が蠢めき、峡谷の崖を背にしたグレイズランサーへと突貫を続けている。
冷や汗がアキラの頬を撫で落ち、胸がじりじりと焦げ付くような焦燥感に駆られた。
思考が苦く過る中。プルーマのひしめく、その唯一の出現位置に。
「待たせたな、最大出力でくれてやる」
咄嗟に空へラファールのメインカメラを向けると、逆光の中覗けたのは一面に広がる空と比べれば深く、蒼い海よりは淡い機体色。見ればアストラルホークの構えた長銃から今まさに粒子を解放しようと、燦然と輝く桃光が砲口から溢れていた。
綺麗だ、しかし異質な光だと粒子の色を見て微かに思う。一般的なビーム兵器の色彩と比べると何倍にも濃い桃色の光芒はアキラが知り得るどのガンダム作品にも該当が無い。その光を孕んだ、逆手に構えた長銃────“ワールウインド改”が重圧な砲音を伴い銃口から粒子が放たれる。
“ワールウインド改”から放たれたビームバズーカの弾頭を思わせる巨大な光に、アキラは射撃を続けながらも目を奪われた。高密度に圧縮された粒子は空間を突き抜けながら目映いほどに峡谷を照らし、アストラルホークを除いた全ての景色が反射した薄紅色の色彩に彩られる。音も無く風を切り、輝く光球はプルーマが這い出る大穴へと吸い込まれる。アキラが我に返ったのは3度目の砲口が瞬いた頃か、続いて放たれた粒子も同じ軌跡を描いて深紫に染まる横穴へと突き刺さり、直後、閃光。
臨界に達したエネルギーが大穴内で炸裂し、一拍を置いて爆風を伴いプルーマの残骸が峡谷へと吐き出される。風圧の余波で地上をホバー移動するプルーマ達も体勢を崩し、谷の底は紫のペンキをぶちまけたようプルーマに埋め尽くされた。味方機に動きを阻害された腹を見せる亀虫、その不規則に可動する機体の中心をラファールのGNライフルが次々と射抜く。
「今だな……。おい、ずらかるぞガキんちょ!」
『ッ! 丁度粒子残量が危なかった……、了解っ!』
手近にのたうつプルーマの胴体へ念押しの2連射を決めてラファールは踵を返す。
予想以上に消費してしまった粒子に唇を浅く噛みつつ、横目で正面モニタ右上のレーダーを確認。大蛇の腹の中のような長く続いた峡谷の一本道を3機は疾駆する。この先にはハシュマルからと思われるビームが発射される前に通過したプルーマの一群がおり、出くわしたとなったらいよいよグレイズランサーを守りきれる自信が無いなと、薄小豆色の髪が小さく左右に揺れた。加えて目の前のプルーマ達の数は大分減らしたが、それでもレーダーは敵性マーカーを示す赤いフリップで埋め尽くされている。挟撃なんてされようものならグレイズランサーの撃墜は確実だ。
そんな迷いを振り切るよう、アキラは球体型の操縦桿を押し倒しラファールが速度をより上げる。続いてグレイズランサー、殿としてアストラルホークがラファールを先頭に陣形を構えた。
挟撃が来ないことを胸中祈りながらレーダーを見やると、通過した一本道が赤色の敵性マーカーに染まりながら津波の如くこちらへと押し寄せているのが確認でき、ラファールの音紋センサもおびただしい数の駆動音を拾う。迫る深紫の波の先頭へ向けて機敏に反転したアストラルホークが“ワールウインド改”を射撃し、撃墜されたプルーマの残骸が後続を巻き込みながら後方へと吹き飛んでいく、それでも削ぐ事が出来たのは全体の一欠片にも等しい数。味方機の残骸すら押し退けて乗り越えながらプルーマ達は進撃を進め、グレイズランサーに速度を合わせているこちらが徐々に距離を詰められている形だ。
……そろそろ決断をする時か。ラファールも、アイツが乗っているアストラルホークも最高速度はこんなものじゃない。ここはやはりグレイズランサーを見捨ててでもヴィルフリート達と合流を────、
「…………、? なんだ?」
追い縋るプルーマの集団。峡谷の谷に張り付いて滑走していたプルーマ達が次々と体勢を変えるのがサブカメラからの映像で確認出来た。身を縮め、力を溜めるように踏ん張っているせいか追跡速度が落ち、こちらとの距離は見る見るうちに離れていく。
まさかビームを放つわけでもあるまい。
不可解に思えるその行動にアキラの眉が僅かに寄る。奴等は何をしているのか、考えているうちにプルーマの多くは奇妙な体勢を維持しながら速度の落ちた足回りで追跡を続けている。
「おっさん、よく分からないけどチャンスだ。今のうちに距離を離そう────」
口走った言葉が不意に途切れる。
視界に入る正面モニタに表示された通信サイン、灰色のマークがオフラインを示している。ノイズの走ったメインカメラに脳が一瞬理解を拒み、やがて投影された映像に、ひゅっ、と。自身の息を呑む声がやけに鮮明に聞き取れた。
機体を反転させ事態を把握しようとするが、もう遅い。
真天の太陽よりも紅く白い粒子の奔流がラファールを飲み込まんと峡谷を削りながら突き進む。
何千回とバトルをしてきたからこそ理解出来る不可避の砲撃に、操縦桿を握る手から力が抜けていくのを感じながら。最期の瞬間を知覚出来ないまま。
閃光が峡谷を駆け抜けた。