ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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外伝『Gun Through the Dust Anima』12話

 そこは暗く、大きな空洞だった。

 メインカメラを横に向ければ、黒く(ただ)れた峡谷の岩壁が巨大な怪物の腹の中とも思える様相(ようそう)で続いており、機体が駆け抜けた後の地面が粘液性の飛沫(しぶき)をあげる。

 横幅縦幅共に広くMSならば3機は横に並んでも余りある広さの大穴は峡谷に元から存在する物ではない。4機が隊列を組んで移動中のこの空間はハシュマルが放ったビームによって開けられた天然の通路だ。

 遠くに(うかが)える白い明かり。(すなわ)ち外界を示す光明(こうみょう)だけを頼りに進む一行(いっこう)は、いつまた撃たれるか分からない粒子砲に内心肝を冷やしながら操縦桿を握り、前方を警戒する。

「もっとも、撃たれた時点でこちらは避ける術が無いのだがな」、先程ヴィルフリートがぽつりと発したこの言葉に対して誰も反応しなかったのは少し可哀想だなと、トヨザワが笑い混じりに口を開いた。

 

「それにしても大胆な作戦だね。まさかハシュマルが開けた穴を辿って向かうなんて」

 

「ハッ、折角向こうから招いてくれたんだ。今はご招待に預かろうぜ」

 

「────ちょっといいかな。気付いてると思うけど、言いたいことがある」

 

 僅かに疑念(ぎねん)を含んだアキラからの通信。

 

「先程のプルーマにしろ、初めにこちらが受けたハシュマルからの攻撃にしろ、向こうはこちらを倒そうと思えば倒せる状況だった」

 

 峡谷に侵入した時点でハシュマルはこちらを察知していたのは紛れもない事実だ。小隊の分断のタイミングに、こちらが持つプルーマの前提知識を逆手に取った戦略。

 プルーマは緩やかな坂は上れるが直角となれば話が違う、筈だった。分断の原因となった1機目のグレイズ・ランサーが撃破された際、ヴィルフリートが見た映像は崖を這い上ってくるプルーマの姿。崖を伝って移動する機動性は従来のプルーマでは考えられず、その見誤りがこちらが犯した最も大きな(あやま)ちだろう。

 そしてそのプルーマの集団は1度レン、アキラが配置したグレイズ・ランサーを無視している。

 明らかにこちらの裏を突いた戦略に加え、先程掃討(そうとう)を終えたプルーマ達も狙撃態勢を取る個体は計算よりも(はる)かに少ない。

 

「恐らく、ハシュマルは僕らを(さそ)っている」

 

「気味の悪い話だ。学園都市が作った高度な自律AIもそうだが、……まるで人間と駆け引きしているような気分になるな」

 

 ヴィルフリートが目を(すが)め、何かを思案しているのか言葉尻が抑えられた通信に一同が同意の沈黙(ちんもく)を示す。

 

「まっ、ここで考えても仕方ねぇだろ。難しい事はこの後酒でも飲みながら考えりゃ良い。おら、そろそろ出口だ」

 

 削がれていた意識を正面に向けると、眼前に広がる白い光。

 黒の空間を見る見る内に侵食(しんしょく)していく光に目をしかめながら。それでもあらゆる事態に即応出来るよう操縦桿を握る手に一層力を込めながら。

 気が付けば足元まで伸びた白い世界にガンプラを委ね、一同は闇を駆け抜けた。

 

 ※※※※※

 

 インレ、というMAが在る。

 “機動戦士Zガンダム外伝”、“ADVANCE OF Z”に登場するこの機体は全長100mを越え巨体には外惑星への武力侵攻を可能にする苛烈(かれつ)なまでの装備が搭載されている。

 そのインレに搭載された装備の1つ。“インレのゆりかご”。

 惑星間航行を可能にする大型ブースターと居住区画が設けられたこの装備は巨大な球体状の外見を(もよお)し、特筆すべきはインレと同等の大きさを誇るその威容(いよう)だろう。

 

「な………………んだ、あれ……」

 

 空洞を抜けた先。岩壁によって囲まれた空間は宮殿が1つ収まると思える程の広さを有し、空に迫る岩の山は遥か高くまで(そび)えている。独特な地形の関係上、太陽光が届かない空間は昼とも夜とも言えない明るさを演出し、未踏(みとう)秘境(ひきょう)とはこういうものかと感慨(かんがい)を覚える。

 だからこそだろう。悠久(ゆうきゅう)を過ごした自然を再現した空間の中央、横たわる大きな()()(かも)す違和感にこの場の誰しもが目を奪われた。

 “インレのゆりかご”。それを背部に取り付けたハシュマルの異様はさながら卵を抱えた女王虫の風貌(ふうぼう)を見せ、巨大な球体のあらゆる箇所が(あか)明滅(めいめつ)している。

 疑問とも言える質問を吐き、アキラがラファールのメインカメラの倍率を上げた。時折蠢(ときおりうごめ)(あか)い光、女王の卵を彩る光彩(こうさい)。それらが鮮明にモニタへと表示される。

 

「プルーマ……! あれ全部プルーマだよッ!」

 

 ハシュマルの全長は約30m。比べて100mの大きさの“ゆりかご”はラファール及び他3機のおおよそ10倍の全長だ。埋め込まれたプルーマが全て排出されたらどれ程の数になるか、思考して背筋が凍る。

 この空間は岩壁で外部から隔絶(かくぜつ)された空間だ。仮に収納されたプルーマが一気に吐き出されたら逃げ場など一瞬で無くなる。

 (たたず)むラファールの隣、3機が立ち並びそれぞれがハシュマルを見据(みす)える。正面モニタ左上に表示された3人の顔はどれも不敵さを忍ばせる表情だ。

 

『公式がプルーマ生成ユニットのイラスト出さねぇからってそれっぽい装備を付けたってか? ハッ、センスの欠片もねぇミキシングだな、思考停止は好きじゃねぇ』

 

『あのプルーマが全部出たとして200機以上、戦力差は絶望的。運営の変な人はこのミッションをクリアしなくて良いって言ってたけど……、ここまで来たなら皆でクリアしよう』

 

『同感だな。……恐らく奴はユニットを装備している分動くことは出来ない、私は本体を叩くとしよう。』

 

 沈黙(ちんもく)が一瞬下り、「次はお前が何か言え」と言わんばかりの圧を感じて思わず頬が緩む。

 そうだ。ここまで来たんだ。多少の性能差、機体相性なんてものは(くつがえ)してやる。初めは不安だったこの人員での連係も、思い返せば悪いものじゃ無かった。

 (おのの)いている自身の心を飲み込み、アキラは犬歯を覗かせて笑った。左上で笑っているファイター達と同じ、不敵ながらも楽しんでいる表情で。

 

「どうせ次は無いんだ。ボクたちにやれる全部を出し切って……。終わらせよう、笑ってさ」

 

 4機が武器を構え、ハシュマルも“ゆりかご”を引き()りながらこちらに振り向く。

 天蓋(てんがい)の空に弧月(こげつ)を描く鳥が鳴き声をあげ、奇しくもそれが決戦の開始を告げる合図となって峡谷へ鋭く響き渡った。


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