時折弾ける火花は短い金属音を伴って戦場に咲き、剣戟の中心に踊る機体は激しい舞踏の一幕を思わせる動きで荒々しくそれでいて清廉と大地を踏みつける。
既に手にしたグレイズライフルは弾倉含めて撃ち尽くし、銃身に追加された装甲を鈍器代わりにプルーマへと叩き付けて先程役目を終えた。残る武装は実体刀の1本のみ。対峙する標的に対して文字通り蟻ほどの大きさとも言える武器、しかし刀身に覗く曇りない景色の反射は幾多のプルーマを斬り伏せても尚、澄んだ水面の如く一切の陰りが見受けられない。
『──────ッッ!』
右袈裟に斬り捨てられたプルーマが昆虫の威嚇の声にも似た軋む音をあげて停止。冷えた思考のなか突如として警告音が悲鳴を発し、ヴィルフリートはその身に染み付いた回避の挙動で機体を仰け反らせる。直後。
何かが空を裂き、風圧で先程のプルーマが宙に浮いてニヴルヘイムの後方へと吹き飛んだ。
続いてニヴルヘイム目掛け走る黒の斜線が異様な風切り音を立てながら殺到。それを半ば勘とも言える反応で左右に回避し、下に置かれた重心をバネの要領で跳ね上げカウンターの逆袈裟を見舞った。
戦闘音が止まないこの広間の戦場において一際高い金属音が響き、ヴィルフリートの鉄面皮に一瞬走る疑念の表情。
……存外に速いな。
ニヴルヘイムの刃が捉えたそれは長大の刃。ハシュマルが備える近接装備の中でも極めて特徴的な“越硬ワイヤーブレード”だ。
微弱な電流を流す事によって形状が変化する特殊合金はガンプラバトルでも再現されており、近接MSでハシュマルを崩す際に最大限注意を払わなければならない武装。劇中において阿頼耶識システムを解放した“バルバトスルプス”にも追いつく程の驚異的な速度は流石にガンプラバトルでは抑えられて運用されているが、目の前のこれの速度は一般のワイヤーブレードとは比較にならない程に速く、そして重い。
ぎちり、と。数度火の花が互いの刃から漏れ出、刀を抜く動作の刹那にニヴルヘイムが“ワイヤーブレード”の背へと乗り上げる。対抗する力が消えたワイヤーブレードは疾風の挙動でニヴルヘイムが元々居た箇所を斬り払い、刃に乗っていたニヴルヘイムが横方向に回転する独楽のよう空中で躍る。
良好な可動域が売りのHG鉄血のオルフェンズシリーズを使用したグレイズ・ニヴルヘイムは人体と遜色無い挙動を取ることが可能であり、通常ならば空中でバラバラになる四方向への間接の負荷にも難無く耐えて着地。狙う追撃の刃を屈んだ姿勢からの急加速で回避し、刀の切っ先を標的である本体へと定めた。
峡谷の最奥、四方を岩に囲まれた基地が1つ入るほどの大広間。その中心に横たわる神話の老竜のような規格外の巨体。
白亜の天使は外付けされた“ゆりかご”により本来の運動性能を発揮出来ず、プルーマの援護も味方の働きによって今や皆無。構えた実体刀が無防備に伏せた巨躯を反射し、柳の構えで距離を詰めようとしたその瞬間に。
「────ッッ!?」
突貫するニヴルヘイムを追い抜いた“ワイヤーブレード”は蛇のよう首をもたげて立ちはだかり、鞭の動作でニヴルヘイムを弾き飛ばす。
鞭とは人が操る物ですらインパクトの瞬間は音速に達し空気が炸裂する威力。MSの大きさを優に越えるワイヤーブレードならば、その力は法外な威力をもたらすことをヴィルフリートは刃が触れた瞬間に悟った。
刃は折れていない。機体にも不備は出ていない。
それでも大きく離された本体との距離に今度こそ冷や汗が褐色の肌を伝う。
加えて、好転しない状況を後押しするかの如くニヴルヘイムとハシュマルの間にプルーマがざざ、と紫の波が押し寄せた。これでは近付くなど夢のまた夢だろう。戦略の分析を俯瞰した思考の中で繰り返す、その冷えきった思考の最中に突如少年の声が割って入った。
『ヴィルフリート。この状況を覆す方法が見付かった、ボクの指示に従ってほしい』
※※※※※※
ガンダムラファール腰後部に搭載された21連装ミサイルのパーツはMGZZガンダムから流用された物だ。弾頭の大きさも速さも威力も、HGのミサイルのそれと比べれば桁違い。故にこそ使うタイミングは適切でなければいけない。
撃ち切りで役目を終えるミサイルコンテナの使える場面はしかも一度きりで、闇雲に使うのは言語道断の代物だ。
例えば横たわるハシュマルに放っても分厚い装甲に阻まれる可能性もあるし、加えてあのテールブレードの動きだ。ミサイル程度なら防いでくる予想も捨てきれなかった。
だから。
「ここをミサイルで崩す。発射次第、侵入する為に使った穴を使って脱出。多分、これしか方法がない」
ハシュマルが装備している“ゆりかご”の大きさは100mを越える巨大さだが、それさえも覆うこの大広間の天蓋の広大さも負けじと異様だ。
再現された自然の堅牢な、それこそMSの火力では崩すことは叶わない自然の城壁はしかし、ハシュマルによる粒子砲で特大の孔が幾つも空いてしまっている。
根本の耐久が大きく落ちているのならば、ミサイルの着弾位置を調整することで城塞を崩すことは難しくはない。
「直ぐにでも実行したい。皆、動けるよね?」
「────1つ質問だけど」
普段の陽気さを潜めた、冗談の類いが見当たらないトヨザワの真摯な表情。
「アキラ君も一緒に脱出するよね?」
今尚プルーマの集団を押し止めている最中、やけに聞こえの良い音声だ。
アキラが正面モニタ左上を見やれば、同じような表情の人間が3人。薄小豆色の髪を揺らし、少年はハッと鼻で笑う。
「なに? まさかボクがハシュマルと心中するとでも? 馬鹿言わないでよ。誰が虫と一緒に墜ちるもんか。ミサイル撃ったら速攻逃げるから」
「うん。それを聞けて良かった。約束だよ」
朗らかに微笑んだトヨザワの顔は直ぐに正面を向いて、殺到するプルーマへと見据えられた。
それに釣られるよう、レンもヴィルフリートも目の前の脅威を取り除こうと視線がアキラから外れる。そんな彼らの背中に投げるよう、アキラもまた目の前のプルーマを蹴散らしながら、
「この場合ボクが観測兵だ。ミサイルの効力を見たあとに後ろから付いていくよ」