天に覗いた、裂かれた空から見える現実の世界。小劇場特有の暗くぼんやりとした光量は峡谷の青空と比べれば夜の闇に等しく、影となって地表を薄暗く染める。粒子砲によって半に別けられた太陽はさながら皆既日食の表情そのもので、崩壊した峡谷に浮かぶその光景の異様は一目で異常と見てとれる。
その、フィールドの中心。
岩壁に機体を潜め、ハシュマルの視界から逃れた機体達が一斉に飛び出す。
真っ先にハシュマルへと向かったのはヴィルフリートが駆るニヴルヘイムだ。MSさえ一太刀で斬り伏せる刃を振りかざし、彼を近付かせないようハシュマルに搭載された“超硬ワイヤーブレード”がしなって唸りをあげる。
剛槍の突きを思わせる刺突を半身を逸らす事で回避し、瞬時に地面から抜かれたブレードが後方から風切り音を響かせた。
「今か……、飛べッッ!! レンっっ!!」
「おうよッッ!! 耐えてくれよ、アストラルホークゥ!!」
ニヴルヘイムへと向いた注意の中、アストラルホークが飛翔を開始し風を縫って天を目指した。
アストラルホークがこの移動に耐えられるかはレン自身、正直未知数な面が多い。シュミレータでは背部大型ブースターが異常なまま飛んだ事は無く、推進力の補助となるシールドスラスターも数基が沈黙している。
この際だからと、停止したシールドスラスター及び携行ハンドガンホーネットとその予備弾倉を破棄し、少しでも上を目指すために操縦桿を前へ押し倒した。
地上では剣戟を繰り広げるワイヤーブレードとニヴルヘイム。
ハシュマル本体へはマラサイがやや離れた位置からビームライフルを射撃し、正確に澄まされた狙撃がスラスター部や内部間接が露出している箇所など、ビームの通用する部位へと吸い込まれている。
「はぁぁああ……っ!!」
一閃に加えた、ニヴルヘイムの全推力を集中させた斬撃がマラサイへと向いた注意の中ワイヤーブレードの腹に叩き込まれて、長大の刃が僅かに弾かれ後退する。
その、刹那同然の隙を軍神は見逃さなかった。
押し返して来る事を予想して繰り出した右袈裟は、暖簾のようワイヤーブレードからの衝撃を殺して後方へと下がる。そのまま体幹を回転させ、遠心力を利用した左逆袈裟を見舞い、これも機敏に動くワイヤーブレードは正確に捉えた。
「成る程ワイヤーブレードの反応と運動性能は恐るべき物だが、仕掛けられた攻撃に対して正確な反撃しか出来ない攻撃など、恐れるに足りない……、────なッッ!!」
剣が交わり膠着するなか、実体刀を地面へと突き刺してそれがワイヤーブレードのストッパーとなる。
刀から手を離したニヴルヘイムは人体じみた動きで素早く跳躍し、それを両手に掴む。手にしたのはワイヤーブレードを支える生命線。電流により自由な延び縮みが可能な流体金属によるワイヤーだ。
事態を察したハシュマルがワイヤーブレードの標的を危険性が高い刀からニヴルヘイムへと切り替えて、電光石火の早さでニヴルヘイムへ斬りかかる。
迫る轟音と風切り音に、それでもヴィルフリートは操縦桿に込める手の力を緩めず、遂にニヴルヘイムの左上半身が施されたナノラミネートアーマー虚しく両断された。
…………それでも。
「私の勝ちだ、この……! ────勝負ッッ!!」
元より刀よりも重い重火器も振るえるよう設計されたニヴルヘイムの片手は万力の如く豪腕でワイヤーを握り、ギリギリと軋むそれを一息に引き抜いた。
銀の水と表現するべきか。鈍色の飛沫をあげてワイヤーブレードが地面に突き刺さり、頭を落とされた蛇の動きでワイヤー部分が苦悶に悶える。
賛美の視線を一瞬だけ銀の血流に送り、地面に突き刺さった実体刀を空へと構えた。
槍の投擲にも似た体勢の先には天を目指すアストラルホーク。点にも等しいそれに目掛けて。
「受けとれッッ!! 工房長ッッ!!」
機体の余力を全て使い切る勢いで、ニヴルヘイムは手にした実体刀を天へとぶん投げた。
※※※※※※
「マジかよ、ほんとに尻尾斬りやがった……どっちが化け物かっつー話だなこりゃ」
推進材を上昇と降下で全て使用する計算で飛んだアストラルホーク。峡谷全て見渡せそうな高さに来ても尚、ハシュマルの白い巨躯は良く見えた。
下を眺めるアストラルホーク。突如警告音が鳴り、風切り音を計器が捉える。
正体はニヴルヘイムが投擲した実体刀だ。標準補助も何もない状態で正確に投げたヴィルフリートはいよいよ人間じゃないなと、乾いた笑いが口から漏れ出る。
投げられたそれを右手で掴み、そのまま機体を上下に反転。
頭から真っ逆さまに突っ込む形でアストラルホークは地上に突貫し、重力に引き寄せられるままスラスターにも火を噴かす。
空から猛烈な勢いで殺到するアストラルホークを見、ハシュマルが巨体をもたげて回避を試みようとするが────その懐に。
「僕のッッ、出番……!!」
ガイィン────!と甲高い金属音と衝撃が峡谷を突き抜けて、僅かに動いたハシュマルが元の位置に押し戻される。
全スラスターとブースターを使用したマラサイの突貫だ。後方から噴き上がるスラスターの光はおおよそMS1機が出せる量ではなく、逃げようとするハシュマルの力に拮抗して尚も勝る。それでもたかだがいちMS。ハシュマルが体勢を整えて、正面からマラサイを退かそうと巨体が相対する。
その衝撃の衝突にマラサイの駆動系へ施されたメタルパーツが次々と亀裂を発し、推力の限界を知らせる赤いエラーが正面モニタを覆い尽くす。画面はその表示で見えず、しかし自分のやることは変わらない。両手で押し倒す操縦桿のままマラサイのツインアイが音を立てて灯り、搭乗者の意思に応えてスラスターが一層噴き上がった。
その、相対するMSとMA。遥か頭上。
重力の手引きによって加速し続けるアストラルホークの刃の切っ先が、遂にハシュマルへと向けられる。
あと数秒もすればハシュマル頭部を確実に捉える刃。その直線上に得体の知れない黒の斜線が走るのをレンは目まぐるしく変わる視界の中に捉えた。
刃の付いていない、ワイヤー部分。
それが文字通り蛇のよう空に向かって伸び、アストラルホークを迎撃しようと殺到する。
致命的な威力のブレードが付いて無かろうが、ワイヤーの実体は流体金属だ。電流によって硬度を変えることが出来るそれは突き立てられれば装甲も貫通するし、攻撃にも使える。高速に移動する標的に激突なんてしようものなら確実に両者は無事では済まない。
だが、ワイヤーに対する迎撃手段など既に持ち合わせてはいない。機体を逸らそうにも、それだとハシュマルから狙いがずれて全てが水の泡。冷や汗がどっと吹き出て、ワイヤーの先端がアストラルホークへと伸びる。
もう回避は、間に合わない。
『──────まったく。ボクが居ないとダメなんだから、この小隊は』
ノイズがかった声からは正体が窺えず、同時に薄桃色の閃光がワイヤーへと突き刺さる。
この戦場にいるハシュマルを含めた全員の意識外から放たれたそれは長距離からの射撃によるものだと、何故かレンは無意識に理解できた。
ワイヤーは狙撃により挙動を硬直させ、切っ先を明後日の方向へと変える。
““金属は高温に晒されると電導率が極端に低下する。””中学校で習う理科の内容だが、まさかここで活きる事になろうとは狙撃した本人思ってもいなかったが。
「やっちまえ!! 工房長ぉ────────ッッ!!」
「る、おおおぉぉォォああ────────ッッ!!」
切っ先がワイヤー先端に触れてそのまま真っ二つに両断しながら、レンが吠える。アストラルホークが猛る。この場のファイター全員が手に汗を握って子細を睨む。
次の瞬間、落雷にも似た衝撃音が走り爆発にも似た砂塵の突風がハシュマルを中心に巻き起こった。
文字通り根本まで頭部へと刃が突き刺さり、絶命の直前とでも言うようにハシュマルが身を大きく震わせる。アストラルホークは余力を全て使い果たしたのか力無く身を投げ出され地上へと落下。全身の駆動系が漏れ無くイカれたのを実感しながら、天に向かって首をもたげるハシュマルを見届ける。
間違いなく、強敵だった。
使用するガンプラが違っても、フィールドが違っても、間違いなくこのハシュマルは強敵だったとレンを含めた4人は確信する。それほどの相手だった。
白亜の機械天使は空を仰ぎ1度巨体を大きく硬直させる。やがて徐々に動きが弱まり、赦しを請うよう今度こそ活動を停止させた。
《Mission complete!》
いっそ場違いな音楽が軽快に流れ、それがミッションの終了を意味するものだと気付けなかった。
思考が停止した数秒。全員が同じタイミングで、それも同じ言葉で。
「「うおおぉぉぉおお────────ッッ!!」」
勝利の雄叫びを上げたのは、小隊の心が通じあった為だろうか。