普段なら出発前の身支度で忙しい時間帯、それも今は心配する事無くリビングの扉を開ける。
会社から貰った有給がまだ1日残っており、その事を家族には言っていない。そも昨日の帰りがやや遅かったということもあり、物音を一切出さずに寝室へと着いたのだから仕方がないだろう。
テレビには再放送されているガンダムSEEDが流され娘がソファで一人見ており、どうやら模型のお供に流していたのか、フミヤに気にすること無く
「ヒトミおはよう」
「ん、おはよ」
いささかぶっきらぼうな返しだったが、見れば特徴的な間接部分を組んでいる最中らしい。娘の集中の
「ヒトミ。お前シオウ・アキラちゃんのファンだっただろう? パパ昨日会う機会があってな、サインをその、貰ってきたんだ……」
半ば聞き流していた娘だったが、シオウ・アキラという名前を聞いた
「は、え? 嘘……嘘!? ほんとだ! アキラのサインだ! ほんものだー!! 私の名前も書いてあるー!」
久し振りに見た娘の
娘は同じ中学生であるアキラに
娘の笑顔ですっかり忘れていた手にした箱を思い出したように開けて、テレビの方を向く。取り出したのはMGのフリーダムガンダム。丁度テレビでやっているガンダムの主人公機体なのは
「パパがガンプラ
「いや、パパもまたガンプラバトル始めようと思ってな……その、なんだヒトミ。」
まったくだらしない父親だなと、フミヤは胸中自身に
“そのくらいスパッと言え。”こんな言葉を昨日会った友人に言われそうだ。
「…………良かったら、今日、時間あるときで良いんだけどな」
「うん?」
「──────パパと、ガンプラバトルしないか? 久し振りに」
普段絶対顔を見合わせる事の無い娘の顔が
そんな父親の顔を覗いて、心が踊る声音で、
「うん……、うんっ! やろ! パパやろっ! ガンプラバトルっ!」
久し振りに上手くいった、娘との会話だった。
※※※※※※※※※
夕陽が落ちかけ、グラウンドが
薄小豆の色の髪が揺れて、心あらずの表情でグラウンドをじっと見詰めるその姿。
放課後の
「あ、アキラくん。あのぅ、今日は挨拶出来なくてごめんね、学校復帰だよね、おめでとう」
「ん……。あぁ、ホウジョウさんありがと。テストどうだった?」
学校のスターが自分の事を覚えてくれていたのが嬉しくて、ホウジョウ・チサは
「な、なんとか合格出来たよっ。アキラくんが教えてくれた機体レギュレーションのところが丁度出て! あの、ほんとにありがと!」
「
こちらを向いたアキラの、
何か、明るくなった?
こんなこと言うのは失礼だし、そもそも何様って話だし。
そんなことを考えているうちに時間が過ぎてしまって、何も話せない事も相まって更に
「心配してくれてありがとねホウジョウさん。ボクの方も
「
「名前を、覚えられたんだ。すっごい見返したかった相手に。それが、大きな
ゆるりと夕日を向いたアキラの笑顔はどこか
ここぞとばかりにチサは悪知恵を働かせて、横腹をつつく感覚で再び横顔に投げ掛ける。
「好きな人?」
「ハッ────。ボクがあのおっさんを? 絶対に有り得ない、そもそも好きなんて感情ボクはまだ……有り得、ない。あり、あれ……あ、れ……?」
皮肉めいたいつもの鼻で笑い飛ばす態度までは普段のアキラだったが、その後がまるで違う。
自問自答で繰り返す言葉に見る見る
ニヤリ、と。子猫じみた顔を浮かべたチサがアキラの脇に寄り添って、顔を覗く。
「好きな人?」
「ち、違う! これは違う! ────……って言うか、ホウジョウさん? 何かボクをバカにしてない?」
「し、してないかなっ、少しからかおうだなんて少しも思って無いかな?」
「………………今度勉強で困っても教えてあげないから。ふーん」