ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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外伝『Gun Through the Dust Anima』21話

 普段なら出発前の身支度で忙しい時間帯、それも今は心配する事無くリビングの扉を開ける。

 会社から貰った有給がまだ1日残っており、その事を家族には言っていない。そも昨日の帰りがやや遅かったということもあり、物音を一切出さずに寝室へと着いたのだから仕方がないだろう。

 テレビには再放送されているガンダムSEEDが流され娘がソファで一人見ており、どうやら模型のお供に流していたのか、フミヤに気にすること無く淡々(たんたん)とガンプラを組んでいる。

 

「ヒトミおはよう」

 

「ん、おはよ」

 

 いささかぶっきらぼうな返しだったが、見れば特徴的な間接部分を組んでいる最中らしい。娘の集中の(さまた)げにならないようゆっくりと隣に座り、手に持った()()を娘の手前に差し出す。

 

「ヒトミ。お前シオウ・アキラちゃんのファンだっただろう? パパ昨日会う機会があってな、サインをその、貰ってきたんだ……」

 

 半ば聞き流していた娘だったが、シオウ・アキラという名前を聞いた途端(とたん)に動きが止まり、フミヤが手にしていたサインを見る。そして。

 

「は、え? 嘘……嘘!? ほんとだ! アキラのサインだ! ほんものだー!! 私の名前も書いてあるー!」

 

 久し振りに見た娘の感激(かんげき)にほっと胸を撫で下ろす。

 娘は同じ中学生であるアキラに(あこが)れを抱いており(後に聞いた話だと、アキラは性別を隠してファイター活動をしているらしい)喜んでくれたら良いなと思案(しあん)していたが、どうやら無駄にはならなかったようだ。

 娘の笑顔ですっかり忘れていた手にした箱を思い出したように開けて、テレビの方を向く。取り出したのはMGのフリーダムガンダム。丁度テレビでやっているガンダムの主人公機体なのは意図(いと)しない偶然だった。

 

「パパがガンプラ(いじ)るの珍しくない? 仕事のやつ?」

 

「いや、パパもまたガンプラバトル始めようと思ってな……その、なんだヒトミ。」

 

 まったくだらしない父親だなと、フミヤは胸中自身に(あき)れ返る。

 “そのくらいスパッと言え。”こんな言葉を昨日会った友人に言われそうだ。

 

「…………良かったら、今日、時間あるときで良いんだけどな」

 

「うん?」

 

「──────パパと、ガンプラバトルしないか? 久し振りに」

 

 普段絶対顔を見合わせる事の無い娘の顔が徐々(じょじょ)にフミヤへと向いて、思いの外成長している我が娘に今度はこっちが恥ずかしくなって顔を背けた。

 そんな父親の顔を覗いて、心が踊る声音で、

 

「うん……、うんっ! やろ! パパやろっ! ガンプラバトルっ!」

 

 久し振りに上手くいった、娘との会話だった。

 

 ※※※※※※※※※

 

 夕陽が落ちかけ、グラウンドが茜色(あかねいろ)に染まる。

 晩春(ばんしゅん)の春風が少しだけ肌寒く、窓から外を見る()()の横顔を撫でて、思わず鼠色のマフラーを口元まで(おお)う。

 薄小豆の色の髪が揺れて、心あらずの表情でグラウンドをじっと見詰めるその姿。

 放課後の()()()()()の校舎には部活をしている生徒しか残っておらず、アキラのように残っている生徒は居残り組を除けば希少だろう。

 端麗(たんれい)なその横顔にたどたどしく(はかな)げな声が掛けられた

 

「あ、アキラくん。あのぅ、今日は挨拶出来なくてごめんね、学校復帰だよね、おめでとう」

 

「ん……。あぁ、ホウジョウさんありがと。テストどうだった?」

 

 学校のスターが自分の事を覚えてくれていたのが嬉しくて、ホウジョウ・チサは高揚(こうよう)した気分のまま言葉を(つむ)ぐ。

 

「な、なんとか合格出来たよっ。アキラくんが教えてくれた機体レギュレーションのところが丁度出て! あの、ほんとにありがと!」

 

大袈裟(おおげさ)だなぁ、そんなに感謝されるような事じゃないよ」

 

 こちらを向いたアキラの、(ほが)らかに笑う表情が以前と違うことにチサが気付く。

 何か、明るくなった?

 こんなこと言うのは失礼だし、そもそも何様って話だし。

 そんなことを考えているうちに時間が過ぎてしまって、何も話せない事も相まって更に緊張(きんちょう)してしまう。

 

「心配してくれてありがとねホウジョウさん。ボクの方も収穫(しゅうかく)があったよ」

 

収穫(しゅうかく)……?」

 

「名前を、覚えられたんだ。すっごい見返したかった相手に。それが、大きな収穫(しゅうかく)

 

 ゆるりと夕日を向いたアキラの笑顔はどこか(さわ)やかで、そんなアキラの表情が見れただけでチサにとってはそれこそ収穫(しゅうかく)だ。

 ここぞとばかりにチサは悪知恵を働かせて、横腹をつつく感覚で再び横顔に投げ掛ける。

 

「好きな人?」

 

「ハッ────。ボクがあのおっさんを? 絶対に有り得ない、そもそも好きなんて感情ボクはまだ……有り得、ない。あり、あれ……あ、れ……?」

 

 皮肉めいたいつもの鼻で笑い飛ばす態度までは普段のアキラだったが、その後がまるで違う。

 自問自答で繰り返す言葉に見る見る(ほお)紅潮(こうちょう)させるアキラの顔は、普段絶対に見せない表情だ。

 ニヤリ、と。子猫じみた顔を浮かべたチサがアキラの脇に寄り添って、顔を覗く。

 

「好きな人?」

 

「ち、違う! これは違う! ────……って言うか、ホウジョウさん? 何かボクをバカにしてない?」

 

「し、してないかなっ、少しからかおうだなんて少しも思って無いかな?」

 

「………………今度勉強で困っても教えてあげないから。ふーん」

 

 酷薄(こくはく)な目付きで突き放すアキラの頬はやっぱり赤く染まって。

 (あこが)れの人の恋路(こいじ)を密かに応援しようと決意した、ホウジョウ・チサなのであった。


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