ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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4章
4章1話『追想』


 あの日の事は今でも覚えてる。

 お屋敷のメイド達に囲まれて姉妹達と心から笑いあっていた団欒(だんらん)とした日々。

 余り笑わない両親だったけれどガンプラバトルに勝つと何か好きな物を買ってくれて、幼少の私はそんな両親と手を繋ぎながら買い物をしに街へ出掛ける事が唯一の楽しみだった。(にび)色の空から舞い落ちる雪も、吹き抜けるちょっぴり寒いロシアの北風も、家族と出掛ける時だけはそんな事すら私を祝福してくれているような気がしていた。

 

「────。我が愛しい────。将来、日本に建てられる学園都市の話はもう聞いているかな」

 

「知っているわお父さま! 学校や協会のともだち、みんな学園都市の話をしているの!」

 

聡明(そうめい)な娘だ。流石我が愛しい────。であるならば。これが何だかわかるだろう」

 

 屋敷の大広間の一室の。暖炉へくべられた薪が小さく弾ける音に微睡(まどろ)むような、そんな食後の一時だった。

 珍しく笑みを浮かべた父の大きな手が私の頭を撫でて、差し出された端末に映された良く分からない文章の羅列(られつ)────日本語なのだろうか、断片的にしか読み取れないそれを幼い私は必死に読み解く。

 

「しょう……たい……じょう? …………招待状、だれの? お父さまの? それとも姉妹のだれか?」

 

 パチリ、と。弾けた薪の火の粉が頬を掠めて、じんと熱が灯る感覚に嬉しくって(たま)らない感情が心を()せた。

 見上げる父親の顔は初めて見るくらい優しげで、それがちょっとだけ不思議だったけど、頬を触れた大きな手のひらを感じれば疑問も思考の彼方に消え溶ける。

 沈黙が数秒、一筋の火の粉が2人の間に迷い混んだ。

 

「この招待状はね、お前に届いたんだ。おめでとう、我が愛しの────」

 

 幼い私は知らなかった。

 その時父が浮かべた表情はただの笑みではなく、狂楽の類いの、何かに()かれた人間が浮かべるような、おおよそ正気とは言える代物ではない事を。

 燃え盛る薪が照らす、壮年(そうねん)の狂気の瞳。

 夢へと誘うような、敬愛する父親の声に私は聖歌を聞き入れる時のようにうっとりと目を閉じた。

 

※※※※※※

 

 生命維持装置から一定の間隔で鳴る動作音が、睡眠と覚醒の狭間(はざま)微睡(まどろ)む意識をゆっくりと引き上げた。

 薄暮(はくぼ)の夕焼けが室内を照らし、うっすらと(あか)に染まる白の室内。ベッドで眠る人物の手を握っていた事にやがて気付いて、女性は両の手で改めて握る。

 女の子にしては細すぎる腕から伝わる体温も生きている人間と比べれば驚くほどに微弱で、加減を誤って触れれば割れる陶磁器のよう、そっと暖かな掛け布団の上に添えた。

 彼女も────妹も夢を見ているのだろうか? 

 そう思えてしまうような、久し振りに見る安らかな寝顔に安心を覚えると同時、焼けつくような焦燥感がじりじりと胸を焦がす。

 

「────大分うなされていたけど、酷い夢でも見ていたのかい?」

 

 声は部屋の後ろから聞こえた。眉を潜めて振り返れば、夕日の影に隠れた一室の隅にぎらつく深紅の相眸(そうぼう)が女性を見詰めている。

 笑みを浮かべた表情の────興味深い対象を観察するようなある種の冷酷(れいこく)(うかが)える少年の顔。

 烏木の髪が影の漆黒と交わって、言い様の無い不気味な風貌(ふうぼう)が女性に歩み寄る。

 

「その悪夢ももうすぐ終わるさ」

 

「………………ほんとに、信じていいのね?」

 

 苦虫を潰したような声の、(わず)かに苦渋(くじゅう)を忍ばせる視線は少年の愉悦(ゆえつ)を含んだ表情を見て逸らされた。

 

「勿論。次のLinkで君の妹は意識を取り戻す。待ち望んだかつての日常が返ってくるんだ、だから」

 

 椅子に座る女性の、(すす)けた灰の色の長髪を(すく)って少年は女性の瞳と相対する。

 静まった室内には生命維持装置の動作音が主張されて耳に入り、生命を繋ぐその音が女性から拒否という選択肢を思考から削ぎ落とした。

 少年が嗤う。

 歪につり上がった口角をそのままに、心の隙間に入り込んでくる、そんな甘い妖しい声音のまま。

 

「エリゴスと、()()()()()()()()()()()()()()

 

 ぼう、と灯る狂楽の眼。

 抗える答えを、女性は持ち合わせてはいない。

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