ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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4章4話『紫雷』

 夏の陽のぎらつく太陽と天の果てまで伸び尽くす入道雲の情景(じょうけい)。公園の周囲を囲む杉の木からは蝉の合唱が鳴り響いて、拭いもしない額から伝う汗が運悪く細める目に入ってきてやけに染みたのをリュウは思い出す。

 同時に、切れた口内から(にじ)む血の混じった唾の味も。

 

「わるもののガンプラなんてなぁ~、こうだっ!」

 

 その公園は小学校の上級生が占領(せんりょう)していて、彼らの中では劇中に主人公達と敵対していたガンプラを持っている年下を集団で弄るという遊びが流行っていた。

 子供は善悪の区別が曖昧(あいまい)で、容赦(ようしゃ)がない。

 ジオンのMSが好きな子供を集団で(いじ)めたり、口答えする者が居たら絶好を言い渡される、そんなどこにでもあるような弱肉強食の縮図(しゅくず)の中に、運悪くリュウは巻き込まれていた。

 数歳年上の、体格も1回り程大きな腕に羽交い締めをされて、ある程度固い何かがより固い物に圧迫され耐えきれずひしゃげたような音の方向を、幼いリュウは見開かれた眼のまま受け止める。

 漫然(まんぜん)と退けられた運動靴の下、無惨(むざん)と散らばるガンプラを見て、怒りで沸騰した血液が頭を満たし身体を乱暴に(よじ)った。

 続く記憶は断片的で、気が付けば周りに少年達は居らず身体中土まみれ。泣き倒れてうずくまる視線の先、バラバラの『────』が物言わずリュウを見詰めていた。

 乾きひび割れた地面の砂が太陽の陽を返して傷口に染みて、その自身の無力さに、張り上げていた泣き声が更に増して響いて。

 だから、掛けられた声に初めは気付けなかった。

 

『大丈夫かい』

 

 リュウから消えていった記憶は、思い返せば笑えるような幸福な出来事の物が大半だ。故にこの後の情景が思い出せないことを無意識的に理解できた。

 差し伸ばされた、大きな掌。映像にはノイズが走って仔細(しさい)(うかが)えないけれど、たしかにその手は在りし日のリュウへと伸ばされた()だった。

 

『────リュウさん』

 

 声が聞こえる。

 少女の声だ、鈴と鳴り渡るささやかな声音。優しく投げ掛けられた声に記憶の映像は水面に伝わる波紋(はもん)のよう揺らいでいって、黒の世界に淡く溶けて消えた。

 

※※※※※※

 

 戦場で果てた人間の怨嗟(えんさ)(つの)ったような、妖しく深紫(しんし)に彩られた稲妻だった。

 帯電したスペースコロニーの残骸の影響で密集したデブリや朽ちたMSに放電現象が発生して、時折白雷(びゃくらい)に晒された影から覗ける機体の亡骸は損壊した風貌も相俟って不気味さに拍車を掛ける。

 電脳世界(アウター)の運営によれば『機動戦士ガンダムサンダーボルト』に登場する宙域『サンダーボルト宙域』をリリースする前の実験場という触れ込みでファイター達に解放しており、ランダムで発生する放電現象は今のところ賛否両論で大きく意見が別れている。

 そもこのステージがログイン場所である『中央宇宙ステーション』から遠く離れた位置の上、転移のコマンドも行えず、辿り着いてバトルを始めたとしてもいつ身を焼かれるかもしれない放電のギミックに意識を削がれるのはストレスが大きいようだ。

 

『リュウさん。そろそろ戦域に到着します…………気分が優れないようですが、大丈夫ですか』

 

「問題ねぇ。今日を逃したらLinkはもう使えねぇんだ、休んでなんかいられるか」

 

 少女の声と、Hiーガンダムの真横を走った稲妻の閃光に没しかけていた意識が覚醒する。何かを思い出していたような……、

 曖昧(あいまい)な思考は緩く頭を振ることで意識の片隅に弾いて、操縦桿に添えられた手にぎゅっと力を込め直した。

 リホに最後の実験の日程を告げられて2日目。

 ナナと離れるそのギリギリまで電脳世界でバトルを行い勝率を稼ぎ、今日のバトルでプロへの昇格試験の規定勝率が満たされる計算だ。

 休んでなんか、いられるものか。

 

『帰ったら何か飲みたいものはありますか? 冷蔵庫に確か買い足しておいたココアが……』

 

「ここらはレーダーが役に立たない。索敵に集中するから……」

 

 少し黙っていてくれ。言外に(ほの)めかした言葉もリュウと意識を共有する少女にはダイレクトに伝わっているだろう。

 躊躇(ためら)いのような、悲しみに漏れだす吐息のような。僅かに感じた少女の気配に正面モニタを注視しながら口を開く。

 

「俺の、さ」

 

 少女はリュウの意識の内側に居る。

 リュウが思考した物も、感じた感情もそのまま少女には届いてしまう。

 だから、感じ取られるよりも早くリュウは思いのまま声に出した。

 

「俺の記憶が消えている事とナナの感情が豊かになってるのって、何か関係があるんだろ」

 

『…………』

 

 言葉の無い返答が、そのまま答えだった。

 普段なら何を考えているか正直分からない感情の変化が薄い少女だが、リュウが何かを聞けば即答するし分からなければ分からないと言う。

 少女が沈黙を選ぶ時は決まってリュウに隠し事をしている時だ。

 

「責めてるんじゃない。……ただ、俺は。今の俺は、自分でも少し変だって事は自覚してる。記憶が消えるって怖ぇし、ガンプラに関する記憶だけ消えるっつっても、()()()()()()()まで消えないなんて保証はない。……それが、すっげぇ怖いんだ」

 

 ある日突然エイジやコトハ。ナナにユナや地元の模型店のガキ達の事。それらさえも忘れてしまったらと考えてしまう事も最近では増えてきた。全てを忘れてしまった果てに、自分は何の為にガンプラを続けているのか。そもそも()()()()()()()()()()()と、そんな恐ろしい未来を想う事も。

 疑心暗鬼に囚われている最近だ。自身の言動が尖ってしまうのも、口調が強くなってしまうのも申し訳ないと思いながらも自覚はしている。

 疎外(そがい)にされても仕方がない事を口走ったこともある、意識の内側の少女にさえ心無い一言を放ったことだってあるのだ。

 

「けど、ナナはそんな俺を気遣ってくれる。それは、嬉しいんだ。……言えないことはそりゃあるだろうから言わなくても良いし言う必要もない。ただ、ありがとうって伝えたかっただけだ」

 

 言い終わるや否やHiーガンダムのアイセンサが前方で展開しているMSの小隊を発見する。正面モニタに拡大された宙域の、漆黒の背景に溶け込む機体は────105スローターダガー。

 レギュレーション400。『機動戦士ガンダムSEED C.E.73 STARGAZER』に登場する高性能汎用量産機だ。

 

『……リュウさん、私はっ』

 

「ナナ頼む。気付かれるのも多分時間の問題だ」

 

 意図せず(さえぎ)ってしまった形のままそれきり少女は押し黙ったかのよう沈黙(ちんもく)する。

 言及しようか思考する刹那、背後を取った形にも関わらずスローターダガーの最後尾の1機が悠然(ゆうぜん)と鋭いアイセンサを後方へと覗かせた。こまめに戦域を確認する熟練者のそれにきつく唇を引き結ぶ。

 

「ナナ、準備はいいか」

 

『はい……、いつでも』

 

 デブリの影に、それでもHiーガンダムの蒼白の機体色は目立つ。

 気付いたスローターダガーが小隊に異変を伝えたのか次々と携行火器を構え、こちらを囲む軌道のまま散開を始めた。

 エールストライカーが2機、ソードとランチャーがそれぞれ1機。設定には無いI.W.S.P.を装備した機体は指揮官機か。

 警告音(アラート)がけたましく鳴り響くも、一度瞑目(めいもく)し言霊を胸に浮かべて、それがリュウとナナの共通の合図だ。

 開かれた相眸(そうぼう)は放たれたアグニの(ひらめ)きを伴って鋭く、冷然(れいぜん)と見据えたままに両者の声が紡がれた。

 

『──────リンクッ、アウターズ!!』

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