ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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4章10話『傍観者、諦観者』

 瞑目(めいもく)していた瞳を1つ瞬かせ、自らの身体に戻ってきたことを馴染みのある少女の手足を動かして実感する。

 寮の一室には停滞(ていたい)した空気が重く張り付き、ベッドに横たわる少年の────リュウさんの表情は部屋の空気のよう重く暗い。

 原因としてはカレンと呼ばれていた女性が放った言葉が思い当たり、薄い胸に手を当てLinkしていた時の情景(じょうけい)を思い出す。

 

『坊、お前今。───────ガンプラバトルが楽しいかい?』

 

 あの時少年を通じて覚えた感情は身体を切り裂かれるような激情だった。憎しみであり痛烈であり、怒りであり哀しみ、それらが全て自己嫌悪として少年は少年自身を傷つけていた。

 少女の身体が恐ろしさからか1度身震いをし、視線が未だ横たわる少年へと定まる。

 Linkしていたとはいえ、感情や思考を共有していたとはいえアレは少年が少年へと向けた想いだ、少女はそれを端から見ている傍観者(ぼうかんしゃ)に結局は過ぎない。

 今目の前の少年の中にはどれ程の感情が渦巻いているのか、少女には推し量ることすら出来なかった。

 

「リュウさん────、その…………」

 

 ──────大丈夫ですか? 

 

 言葉が喉まで出かかり必死に飲み込む。

 ふざけるな。

 私は少年から奪った立場だ。その言葉を掛ける資格など持ち合わせていない。

 

「水を持ってきます」

 

 一室の中で少女に貸し与えられたスペースのソファから立ち上がって、逃げるよう台所へと走った。

 少年の、リュウさんのあんな顔を見たいわけじゃなかった。でもそうなるのは初めから決まっていた運命で、私はそれを知った上で過ごして。

 

 水が次がれていくグラスに映る少女の、無表情で酷薄(こくはく)な顔がグラスの模様で大きく歪んで見える。

 これは怪物だ、少女の姿をした人間性を殺す魔物だ。

 

「…………ごめ、んなさい」

 

 自分に許されるのはこうして少年から隠れて懺悔(ざんげ)することだけだ。

 少し背伸びをして蛇口を締め、年季が入っているのか、(ひね)った後も緩やかに流れる水が徐々に勢いを無くす。

 その(したた)る水滴の音に、1つ大きな水音が嗚咽(おえつ)と共に紛れて響いた。

 

※※※※※※※

 

『話がある』

 

 短く切られた文章の差出人はエイジで、SNSには他に待ち合わせ場所と時間が記されていた。

 出掛ける気分では正直無いが、この一室で感情を共にした少女と過ごすのは居心地が悪いということもあり、グラスの水を飲み干してから上着を羽織(はお)る。

 

「どこかへ行くんですか?」

 

 ソファにちょこんと(ちぢ)こまって座る少女は(しぼ)り出すような声でそんな事を聞き、それが少しだけ可笑(おか)しかった。

 

「ちょっとそこまで。直ぐに帰ってくる」

 

 扉を開くと晩春の若葉の香りが湿気と共に鼻を突き、空を見上げれば曇天が覆い月を隠している。

 雨が降りそうだな、と。急ぎ足で階段を下り指定された場所を思い返す。

 そこは近くの公園だ。学園の帰りに良くエイジやコトハと一緒に馬鹿な話をしていた、近頃はめっきり行かなくなった場所だった。

 

「────いや」

 

 それか、リュウが公園に行った記憶を無くしているだけか。

 嘲笑(ちょうしょう)が1つ鼻から漏れ出る。

 本音を言ってしまえば、エイジに話すことなど何も無いのだから。

 

※※※※※※

 

 滑り台とブランコ、シーソーと砂場。多少簡素な造りの公園は萌煌(ほうこう)学園初等部の生徒の為に作られた公園であり、彼らが帰宅した夕方過ぎに来ていた記憶がある場所だった。

 夜闇を改装工事で新調された真新しい外灯が照らし、エイジは公園出入り口から見て丁度中央に背中を向けて遊具を眺めている。

 

「なぁリュウ、覚えてるか? コトハがここで初等部に言い負かされて、顔真っ赤になって泣きそうになった事」

 

 辿(たど)るように、(いつく)しむように。

 哀愁(あいしゅう)さえ感じる笑みを横顔に浮かべて砂場を見やる。

 そんな記憶を、リュウは持ち合わせていなかった。

 

「……いや」

 

「単刀直入に言うぞ。リュウお前、何か俺達に隠し事をしていないか?」

 

 意を決した表情でこちらを向き強い視線で答えを求めてくる。

 数瞬(すうしゅん)が過ぎ、覚えたのは(しら)けた空虚感だ。

 

「何も」

 

「リュウ」

 

 1歩近付いてくるエイジの顔は、少なくとも記憶の中では真剣な場面でしか見せないそれであり、中々どうしてか(すご)みを帯び視線を捉えて離さない。

 それでも。

 

「何も、無ぇよ」

 

「リュウ……! 全部を話してくれなくって良い、何かあったんじゃないか? 最近、様子が変だぞ」

 

「そりゃ様子も変になるだろ。受験に必要な勝率を満たしてなかったんだから…………まぁ、それも今日で終わったけどな」

 

「勝率を……? リュウお前、最低勝率の7割に達したのか?」

 

 粘るエイジがいい加減うっとおしかった。

 ポケットからアウターギアを取り出し装着。視線で項目を操作して戦績を空間に投影(とうえい)してやる。

 ──────週間勝率100%、総合戦績、70%。

 

「ひゃ、100%……!?」

 

「分かっただろ、これでようやく休めるぜ。明日からは時間作れると思うから、そんときはよろしくな」

 

 (きびす)を返すリュウの肩をエイジの手が掴んで止める。

 強い力だ、振り返ると同時に払い除けて眼鏡の奥の相眸(そうぼう)と対した。

 

 明日になればナナの実験は終わり、記憶はリュウに返ってくる。そして元の生活を送ることが出来、またいつものように馬鹿な話を皆で咲かせる日常へ帰れるんだ、今この時間は無駄以外の何物でもない。

 

「……まだ何かあんのかよ」

 

「本当に、何も無いのか。いやあるだろ、話してくれないか?」

 

 真っ直ぐで強い瞳だった。

 本当に心配している目だ、リュウが昔から頼りにしている親友の、紛れもない本気の声音だった。

()()()()()()

 無意識に1つ、舌打ちが(こぼ)れた。

 

「ウッゼぇな……、何も無いっつってるだろ」

 

「リュウ…………!!」

 

 エイジの両手がリュウの胸ぐらを掴み上げる。

 お互いに身長は同じくらいだ、僅かに低い位置のリュウの目を(うる)みさえ(にじ)ませる目が強く捉えた。

 

「何も無い事なんて無いだろッッ! だったら……、だったらどうして勝率に達したのに嬉しい顔してねぇんだよッッ! なんで俺達に連絡くれないんだよ! 皆で喜び合おうとしないんだ! ──────何も無いんならッ、何も無い顔しろよッッ!! なんでそんなにつまらなそうな顔してやがるんだよッッ!!」

 

 言葉の終わりと共に大きくリュウは突き飛ばされる。

 肩を上下させる親友を見て、それでもリュウの胸には何も響かない。

 むしろ増したのは空虚感であり、捕まれた胸ぐらに手をやって、握る。

 

「…………エイジ、お前何も分かってねぇな」

 

 明らかな敵意だった。

 眉間の(しわ)は怒りの様相(ようそう)で、事態を理解していないエイジに対して怒りすら湧いてくる。

 

「エイジにコトハ、お前らは良いよな。腕があって、ガンプラのセンスがあって……!」

 

 握り拳が更に強まり、腕を思い切り振って感情のままに、叫ぶ。

 

「日が経つにつれて成績を伸ばしてるお前らはこのまま過ごせば間違いなくプロの試験を受けることが出来る……! ガンプラの出来だって、周りの奴等より上手くて、その上性格も良い……!? ──────ふざッッけるなぁ!! そんなお前らに囲まれる俺の、日々に成長が何も見えない俺の気持ちが! 自分が惨めに見えてくる気持ちが分かるかッッ!? 毎日毎日ガンプラを睨んで、湧いてくるのは劣等感だけだ!!」

「その上でお前らは俺の心配をするッ! 自分に余裕があるからそんな真似が出来るッ! 俺にはそんな余裕なんて、そんな余裕すら無いのにッッ!! …………あぁ、()()()()()は良いもんだよなぁ!? 気楽に過ごせてよ!? 同じ努力をしている筈なのに、同じ空間でガンプラを弄っていた筈なのに実力は開いていくばかりで…………!」

「なぁ。知ってるかエイジ? ……お前らな、俺とつるんでるから実力がもっと伸びないなんて言われてんだぞ……! 落ちこぼれのリュウ・タチバナと一緒だからッッ!! 成績が伸び悩んでるなんて言われてるんだぞッッ!?」

 

 一息に吐き出した。身体は火照り、自分が何を言ってるのかさえ曖昧だ。

 しかし1度動いた激情(げきじょう)はもう止まらない。ナナとのLinkの影響で、嫌な記憶だけが浮き彫りになり、口にしていくだけで自分への怒りが加速していく。

 涙も鼻水も、涎さえ()き散らして(わめ)きリュウは更に吠えた。

 

「俺が、俺がお前らの荷物になるなら、頑張るしかねぇじゃねぇかよ……! どんな手段を使ってでも追い付くしかねぇじゃねぇかッ!」

「しかもな……! 俺また、言えなかったんだ……!! 言わなきゃいけない場面だったのに、怖くて! 相手に何て言われるか怖くてさ……! 言えなかったんだッッ!!」

「分かるかッッ!? こんな中途半端な、リュウ・タチバナって人間に未来を潰された人間が居るんだぞ!? 俺はその人達を踏みつけながら、停滞(ていたい)蛇足(だそく)の毎日を過ごしてたんだよ……!! ────────俺にッッ!!」

 

「──────ガンプラバトルをする資格なんて無ぇんだよッッ!! どうして俺なんかを、構いやがるんだよッッ!?」

 

 学園都市に向かう朝、少年の助けを求める瞳を見捨て。

 3年生への昇級試験の際、自分を最も信頼していた友人を見捨て。

 真剣にガンプラバトルを頑張っている人達に、チート(まが)いの不正で圧勝して。

 

 声を掛けるべき場面で声が出ず、謝るべき場面で言葉が出ず、問われた場面で口ごもり。

 

 ────そんな人間を、どうしてそこまで気に掛けるのか。

 

 エイジを見て純粋に浮かんだ自分への疑問だった。

 夜風が頬を伝い、熱を帯びた身体を通り抜けるがマグマのように火照る身体は未だ怒りという熱を持ってエイジを(にら)む。

 

「どうして構うか、だと……?」

 

 払い除けられた姿勢のまま、(わず)かに中腰で下を向くエイジが眼鏡を外す。

 ギン、と。見開かれた瞳は同じく怒りが見え、内心驚いた。理解が出来なかったからだ。

 低い姿勢のままこちらを見据える薄紫(はくし)の瞳がリュウと合い、そのままエイジが走る。

 

 右拳が、リュウの頬へと突き刺さった。

 

 痛みよりも先ず感じたのは(おびただ)しい数の疑問だった。

 吹き飛んで地面へ尻餅をつき唖然(あぜん)とするリュウを、振り抜いた拳そのままに(つぶや)く。

 

「リュウ、お前が居たから……」

 

「……えっ?」

 

「お前が居たからッッ!! オレはっ、オレとコトハはガンプラをやってるんだッッ!!」

 

 倒れるリュウの胸ぐらを片手で無理矢理引き上げ、涙を散らせてエイジが叫んだ。

 

「覚えて無いのかよッ! あの日、あの場所でお前はオレを助けたッ! お前がコトハを助けたんだろッッ!! リュウが居なきゃ、今頃オレはここに居ないッッ!! ──────忘れたのかよォッッ!!」

 

 歯を食い縛り、眼前で叩き付けられた言葉を、しかしリュウは冷酷(れいこく)を秘めた嘲笑(ちょうしょう)で返す。

 (あざけ)りはエイジでは無く自分に対して。滅多(めった)な事では怒らない親友が吐いた熱情さえ記憶していない自分に対してだ。

 1度瞑目(めいもく)し、今度はリュウの手がエイジの胸ぐらへと伸びる。

 

「忘れたよ……。覚えてねぇよ…………! ──────今の俺はッッ!! そんな大事なこともッッ!!」

 

 振りかぶる右腕をエイジは避けようとしない。

 それどころか(するど)さを増す眼光の威圧に、底知れない恐怖すら感じる。

 なぜ、目の前のエイジは。

 ────これ程までに真摯(しんし)なのか。

 

「──────覚えてないんだよッッ!! 畜生ぉぉおおッッ!!」

 

 小雨が、土砂降りへと変わり。

 涙も叫びの一切もその音に紛れて消えた。

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