「ナナ、忘れ物は無いか?」
昨日公園から帰った後も何をするわけでも無く時間が過ぎ、気が付けば出発の時間だ。
思考が泥のよう固まらず、ろくな睡眠も取っていないため体調は最悪だが動けない訳でもない。軽い食事を済ませ身支度を手早く整える。
軽く頭を振り視界の端に少女を認めると、ある一点を見つめている事に気が付いた。
「何を見て…………あぁ、
「あっ、いえ……」
リュウの声に弾かれる様子で視線が外れ、すぐいつものよう大きく蒼い瞳がリュウを捉える。
改めて見ても、記憶の
────アイズガンダム。
「やるよ」
「えっ、あっ。そんな……大事なガンプラ」
「今の俺はそいつを覚えてないし、思い出したらそれはそれで、ナナの手元にあるんだって実感出来る。…………
半ば強引に少女へと握らせ、くしゃっと頭を撫でる。
目を
「じゃあ──」
最後の戦いが始まる。
記憶を取り戻し、過ごせなかった日常を再び手に入れる為の戦いが。
「──行くか、ナナ」
「はい、リュウさん」
※※※※※※
病的なまでの白のパネルと、室内の全方位に
白衣の研究服を
「Link係数87%……意外ね。前回よりも上がってるじゃない? やることでもやったの?」
「…………人数が多くないですか? 今までで一番多い気がしますけど」
「何よ緊張を解そうとしたのに。……Linkの実験も最後だから、外部の研究機関もお邪魔してるの。気が散ってごめんなさいね」
全くごめんなさいの感情の色が
室内は機材の駆動音が重奏低音のよう響き、指示を飛ばす人間の声も普段より鋭い。何故かリュウを見る研究者達の顔は皆ひきつった表情で、正直どんな状況に置かれているか理解が及ばない。
「リホ先生」
「……何かしら」
「この実験が終われば俺の記憶が戻るって話、本当ですよね?」
「……間違いないわ。そういえば記憶がLinkにとってどういう影響を与えるか話してなかったわね。今までは機密の為だったから話していなかったけれど……────もう、いいわね」
呟いた言葉は
「凄く大雑把にまとめると、そうね。……ナナにとって
理知的な瞳に見える
確かにその説明ならば納得が付く。ナナの圧倒的な戦闘技術は、手繰るガンプラの情報が存在してこそだ。
胸のわだかまりが確かに和らいだ。
続いて質問を重ねる。
「ナナは、どうなるんですか」
「アンタから得た記憶はナナもコピーして記憶するの。だからアンタへ記憶を返してナナは以前に戻るって事にはならないわ、そこは安心して」
リュウが聞きたかった核心を
「────さて、おしゃべりはここまで。……タチバナ、行くわよ」
いよいよ来た。
数ヵ月に渡る実験の、その最後。
命を掛けたこの実験も遂に終わりを告げ、ようやくエイジやコトハ、皆と笑い合える日々が待っている。
「……タチバナ」
意を決した声だった。
ふと
「────いってらっしゃい」
「え? あ、い、いってきます」
「目を閉じて良いわ。────1番から5番の電源を入れてッ! 起動は私が行うわ!」
すぐさま仕事の声に変わるリホを見、なんだかんだ悪い人では無かったな、と。はにかんで今度こそ
耳に掛けたアウターギアが
ダイブするまで、あと
そういえば、先程思い描いた皆と過ごす日常に。────ナナが居なかった事をふと思い出す。
その意味の
「行くわよ────、ダイブッ! 開始ッッ!」
ひりつく空気を切り裂くようリホの声が室内に響く。
※※※※※※
研究室を漂う空気は打って変わり人の声は無い。
低い機材の音が低く響くだけで、研究服を纏う人間は誰もが口を開かずに一点を見詰めている。
その視線の中心に、
本来この実験はナナ、Nitoro:Nanoparticleの実験であり
リホの身体が震えていた。
覚悟は出来ていた、にも関わらず自分でも驚くほどに血の気が引いて、酸素の足りない脳は嫌が応にも横たわらせようとリホの意識を狩り取る。
それを、下唇を噛んで耐えた。
──案外、彼の事を気に入っていたのかも知れない。
人肌程暖かい赤い
口を開く
「────さようなら、リュウ・タチバナ」
………………Nitoro:Nanoparticleを人間扱いしてくれて、……私、嬉しかったわ。