ガンダムビルドアウターズ   作:ク ル ル

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4章12話『鉄の味』

「ナナ、忘れ物は無いか?」

 

 昨日公園から帰った後も何をするわけでも無く時間が過ぎ、気が付けば出発の時間だ。

 思考が泥のよう固まらず、ろくな睡眠も取っていないため体調は最悪だが動けない訳でもない。軽い食事を済ませ身支度を手早く整える。

 軽く頭を振り視界の端に少女を認めると、ある一点を見つめている事に気が付いた。

 

「何を見て…………あぁ、()()()()()()()だっけか? あれがどうかしたか?」

 

「あっ、いえ……」

 

 リュウの声に弾かれる様子で視線が外れ、すぐいつものよう大きく蒼い瞳がリュウを捉える。(わず)かに伏せられた瞳に思い至りリュウはガンプラが飾られたガラスのショーケースを開いて、その中の1つを手に取った。

 改めて見ても、記憶の琴線(きんせん)には何も触れない、リュウにとって始まりの機体。

 ────アイズガンダム。

 

「やるよ」

 

「えっ、あっ。そんな……大事なガンプラ」

 

「今の俺はそいつを覚えてないし、思い出したらそれはそれで、ナナの手元にあるんだって実感出来る。…………()()()だって、覚えてない奴の所に居るより、欲しい人の手元に居る方が嬉しいだろ」

 

 半ば強引に少女へと握らせ、くしゃっと頭を撫でる。

 目を(つむ)って受け入れる少女の口元は(わず)かに(ゆる)み、小さく「はい」と返事を告げてアイズガンダムを抱えた。

 

「じゃあ──」

 

 最後の戦いが始まる。

 記憶を取り戻し、過ごせなかった日常を再び手に入れる為の戦いが。

 

「──行くか、ナナ」

 

「はい、リュウさん」

 

※※※※※※

 

 病的なまでの白のパネルと、室内の全方位に内蔵(ないぞう)された照明が一切の影を消し飛ばす異様な光景。

 白衣の研究服を(まと)う人間が皆眉を潜めて入り乱れる様子はやはり慣れないなと、機材の中央、ベッドに横たわるリュウは改めてそんな事を思う。

 

「Link係数87%……意外ね。前回よりも上がってるじゃない? やることでもやったの?」

 

「…………人数が多くないですか? 今までで一番多い気がしますけど」

 

「何よ緊張を解そうとしたのに。……Linkの実験も最後だから、外部の研究機関もお邪魔してるの。気が散ってごめんなさいね」

 

 全くごめんなさいの感情の色が(うかが)えない声音で女博士──リホが端末を(にら)みながら淡々と答える。

 室内は機材の駆動音が重奏低音のよう響き、指示を飛ばす人間の声も普段より鋭い。何故かリュウを見る研究者達の顔は皆ひきつった表情で、正直どんな状況に置かれているか理解が及ばない。

 

「リホ先生」

 

「……何かしら」

 

「この実験が終われば俺の記憶が戻るって話、本当ですよね?」

 

「……間違いないわ。そういえば記憶がLinkにとってどういう影響を与えるか話してなかったわね。今までは機密の為だったから話していなかったけれど……────もう、いいわね」

 

 呟いた言葉は(うれ)いとも優しさとも区別が付かないトーンで、肩まで掛かった紫の髪が揺れて瞳がリュウと相対(そうたい)する。

 

「凄く大雑把にまとめると、そうね。……ナナにとって接続者(コネクター)の記憶は戦闘情報そのもの。ガンプラに関する記憶は全て一時的にナナへ保存されるの、だから実験が終わればその記憶はアンタに返るのよ。……どう? 仕組みが分かれば不安も多少は和らぐんじゃないかしら」

 

 理知的な瞳に見える柔和(にゅうわ)の色。

 確かにその説明ならば納得が付く。ナナの圧倒的な戦闘技術は、手繰るガンプラの情報が存在してこそだ。接続者(コネクター)である俺の記憶は補充される薪のようなもので、しかもそれは一時的な譲渡(じょうと)

 胸のわだかまりが確かに和らいだ。

 続いて質問を重ねる。

 

「ナナは、どうなるんですか」

 

「アンタから得た記憶はナナもコピーして記憶するの。だからアンタへ記憶を返してナナは以前に戻るって事にはならないわ、そこは安心して」

 

 リュウが聞きたかった核心を()み取って話すリホに、感謝と同時胸のうちを見透(みす)かされているようで少し(しゃく)だったが、隣のベッドで既にログインをしているナナを見てそのざわつきも消え失せた。

 

「────さて、おしゃべりはここまで。……タチバナ、行くわよ」

 

 いよいよ来た。

 数ヵ月に渡る実験の、その最後。

 命を掛けたこの実験も遂に終わりを告げ、ようやくエイジやコトハ、皆と笑い合える日々が待っている。

 

「……タチバナ」

 

 意を決した声だった。

 ふと(まぶた)を開ければ、そこには記憶にある冷徹(れいてつ)な女博士の表情ではなく、初めて見せる微笑(びしょう)さえ浮かべた女性の顔があった。

 

「────いってらっしゃい」

 

「え? あ、い、いってきます」

 

「目を閉じて良いわ。────1番から5番の電源を入れてッ! 起動は私が行うわ!」

 

 すぐさま仕事の声に変わるリホを見、なんだかんだ悪い人では無かったな、と。はにかんで今度こそ(まぶた)を閉じた。

 耳に掛けたアウターギアが(ほのか)かな熱を頭部へ伝え、意識が浮遊している錯覚に変わる。

 ダイブするまで、あと数瞬(すうしゅん)

 そういえば、先程思い描いた皆と過ごす日常に。────ナナが居なかった事をふと思い出す。

 その意味の()()を考えるのが無性に恐くなり、浮かび上がる感覚へ身を委ねた。

 

「行くわよ────、ダイブッ! 開始ッッ!」

 

 ひりつく空気を切り裂くようリホの声が室内に響く。

 (うな)りを大きくする機材の音の中、──────黒が、世界を染めた。

 

 

※※※※※※

 

 研究室を漂う空気は打って変わり人の声は無い。

 低い機材の音が低く響くだけで、研究服を纏う人間は誰もが口を開かずに一点を見詰めている。

 その視線の中心に、()()()()()()()()が横たわっていた。

 本来この実験はナナ、Nitoro:Nanoparticleの実験であり接続者(コネクター)の存在はその次、にも関わらず視線の全てが少年へ注がれる()()をリホは痛いほどに理解している。

 

 リホの身体が震えていた。

 覚悟は出来ていた、にも関わらず自分でも驚くほどに血の気が引いて、酸素の足りない脳は嫌が応にも横たわらせようとリホの意識を狩り取る。

 それを、下唇を噛んで耐えた。

 

 ──案外、彼の事を気に入っていたのかも知れない。

 

 人肌程暖かい赤い(しずく)は顎を伝い、白衣を(わず)かに赤へと染める。

 口を開く(あご)痙攣(けいれん)し、その後悔に拳を握りしめて、(つむ)いだ。

 

「────さようなら、リュウ・タチバナ」

 

 ………………Nitoro:Nanoparticleを人間扱いしてくれて、……私、嬉しかったわ。

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