冬の街にて、人斬り異聞   作:はたけのなすび

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では。


巻の十

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しだけ微睡んだ折に、とても遠い夢を見た。

 こまい餓鬼の、二十年足らずの人生だ。

 そいつには、親といえば随分歳をくった老婆しかいなかった。両親は、生まれてすぐに事故で死んで、身内は祖母しかいなかったのだ。

 しかし、二親の想い出そのものがろくにないのだから、その餓鬼は寂しいとほとんど思わなかった。

 寂しいと思う隙間がないほど、真っ当に育てられていたのだ。

 真っ当でないのは、その家自体だった。

 千年以上前から続く、神秘を伝える末裔だったのだ。

 昔は山ひとつに住み着いて、里人を術で助ける一族だったのだが、その餓鬼の頃には山から追われて、普通の街に溶け込んでいた。

 だがいくら溶け込んでいても、神秘と関係ない友人を何人つくっても、伝えるべき技は消えるわけでもなく、当然のようにその餓鬼は術を学んだ。

 

 紛れもなく才能はあったのだ。一度習えば、なんだって覚えられるほどに。

 何より大好きな家族がずっと守って来たことだったから、あっさりと使えるようになった。

 黒い髪を背中でくくった幼い餓鬼は、楽しそうに笑い声を上げて白黒の犬と戯れ、それを餓鬼と面差しのよく似た白髪の老婆が縁側に座って、笑顔で見守る。

 

 あたたかな光景だった。

 

 術を学ぶうち、些細なことで大きな失敗をしでかして髪から色が抜け落ちて変わっても、そんなものだと受け入れて、何でもものにした。

 師匠である老婆からは全部学んだ。家を継がせると言われて、嬉しくなった。嬉しくなった翌日に、祖母は儚くなった。

 

 餓鬼は寂しいと、泣いていた。

 ひとりになってしまったと、心細くて泣いていた。

 

 だから、寂しくて他のことで頭を一杯にしないとどうしようもなくなって、異国に渡った。

 渡ってから、神秘を捨てた他の身内、同じ一族だが神秘と縁遠くなった、所謂『普通』の人々に家を切り分けられるように売られたと知った。

 遠い昔にもとの家から枝分かれして、神秘から手を切った彼らからすると、変な術に拘る婆も、その教えを吹き込まれた妙な餓鬼も、等しく関わり合いになりたくなかったのだ。

 そんなふうに呆気なく、その餓鬼は帰る場所を失くした。

 何ひとつ、悪いことはしていなかったのに。

 

 とにかく失くすものが何も無くなったから、その餓鬼は異国で勉強にのめり込み、やはり才能だけはあったから、教えられたらその分をきっちり身に着けた。

 そこでは、かなり散々な目にも遭っていた。

 

 それはそうだろう。

 

 親もない、家もない、なのに才能だけはあって、それなのに気弱でおどおどした餓鬼。

 疎まれて当然だし、実際その頃に会っていたら己とて気に食わなかったろう。

 己は()()()のだと胸を張れば良いのに、そういう頭が無かった。

 あの妙な、男を真似たような振る舞いや口調も、その頃に染み込ませたのだ。痩せた女の餓鬼より、男の餓鬼でいたほうがまだ安全だったから。

 そんなことをせずとも、故郷に帰れば良かったのだと言ってやりたかったが、どうせこれは夢で、もう終わったこと。己の声など届きはしない。

 

 餓鬼に帰る家はもうなかった。待ち人もいなかった。

 

 帰らなければならない理由が、見つけられなかった。

 

 結局、その餓鬼は道に迷うように数年も異国を彷徨った。途中で運悪く殺し合いに巻き込まれもしていた。

 それでも、その餓鬼は心を落ち着かせていた。

 思い出しては悲しいと泣くばかりではなく、そんなこともあったのだと、過去を振り返って笑えるようになっていたのだ。

 

 落ち着かせることができたから、ちゃんと故郷に帰って来た。

 普通に生きようとしていたのだ。

 

 そして、ようやく帰ってすぐに、また運悪く殺し合いに巻き込まれた。

 

 本気で、運の悪い餓鬼だと思う。

 頭は悪くないぶん、運の悪さは質が悪い。

 

 あれだけ大事にしていて、大好きな家族から学んでいた術とやらは、人を助けるためのものでそれ以外に使ってはならぬと教えられた技は、その餓鬼を助けてはくれなかったのだ。

 

 そんなものを覚えていたから帰るところを失くして、そんなものにいつまでも拘るから、こんな殺し合いに巻き込まれた。

 

 いっそ、笑いたいくらいだった。笑い飛ばしてやりたかった。

 だが、笑えるわけがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 古いようでそんなに古くはない昔のこと。ほんの百年と少し前の頃。

 そんな時代の夢を見た。

 沢山人間を斬って、最期に己の首を斬られたひとの歩いた道だった。

 

 所謂、人斬りといわれた者の人生だ。

 

 そのひとには、友人がいなかったわけでもないし、教え導く人がいなかったわけでもない。

 歩き始めた頃には、多分そのひとは、己の歩く道に疑いなんて持ってやしなかった。

 けれど、そのひとに求められたことは人斬りだったし、何よりも、そのひとはたいそう剣が上手かった。

 己が慕う人たちに褒められ、褒められた分斬れるだけ斬った。そうするより他に、彼らに報いる術を知らなかったし、持たなかったから。

 けれど、誰よりも速く人を斬り続けていたら、そのうち誰も追いつけなくなるのは当然だった。

 だから、遠巻きにされたし、蔑まれた。

 誰もそのひとのように上手くできなかったから、上手くできすぎたから。

 遠巻きにされたまま、刀ばかりを振るい続けて、人の血を浴びるだけ浴びて、多分、酒に酔ったようになったんだろう。

 その酔いを、醒ましてくれる友はそのときには、いなかったのだ。

 一番に冷水を浴びせて覚ましてくれたろう友人は、そのとき何処へか行ってしまっていた。

 裏切ったのか、間が悪かったのか、それとも他に事情があったのか。

 ともかくそのひとは、誰にも止めてもらえなかったし、自分でも止まらなかった。

 そのまま血を浴びて、浴びすぎて、結局最期には、大事にしていたはずの色んなものに置いていかれ、見限られ、己の首を斬られた。

 

 歩き始めはひとりぼっちでなかったのに、結局最期は、無限の空の下で、迷い子みたい。

 

 迷ったままで、死んだのだ。

 

 そのひとの一生を、馬鹿だと笑うのは簡単で、憐れと涙を注ぐのはもっと容易い。

 

 それでもだ。

 夢の残滓を、ひとりの人間の人生の欠片を、かつて通り過ぎていったその日々は、簡単に済ませられるようなものじゃない。

 簡単に終わらせてよい生命は、この世にはひとつもない、と思っているし、そうであったら良いと祈っている。

 

 とにもかくにも、だ。

 形はどうあれ、己の生きる道を歩き通すこともしていない自分には、その人生に是非を言う資格はない。

 どんな形であれ、そのひとは生きていたのだ。その道程は、果てに何があったにしろ、たったひとつしかない記憶だ。

 

 だから、憐れだ阿呆だとは言わない。

 私とは違う時代に、かつて生きていたあなたは、そういう生き方をしたのだな、と見てしまったことをただ忘れないようにするだけ、記憶するだけだ。

 

 何の因果か、自分はそういうひとと縁ができてしまって、生命を助けられてしまった。

 助けてくれたそのひとは、もう一度生きてみたいと言った。

 ならば、生命の恩は生命で、きっちり返す。

 そうでないと、釣りあえない。他の誰より自分が納得できない。

 

 そう思って─────随分遠い夢から弾き出される。

 

「おぅ。起きゆうがか」

 

 そうして、夢をくぐり抜けて、朝日のもとで最初に目にしたのは、黒犬に頭をがじがじと齧られている二本差しの青年だった。

 

「き、み、かぁぁっ!!」

「なんじゃぁぁ!?」

 

 とりあえず、中身はどうあれちっとも心が休まらない、ほとほと重たい夢見の原因目掛けて枕をぶん投げるところから、新しい一日を始めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「だから悪かったってば。夢見がちょっと変で寝惚けてたんだよ」

 

 新都の繁華街の街角にて、繍は紙コップからコーヒーを啜りながら、片手で謝っていた。

 いきなり起き抜けの繍に枕を顔目がけて大暴投された以蔵は、むっつりと腕組みをしている。

 

「……まぁ、えいわ。どうせわしにはわからん珍妙な夢でも見ゆうがやろ」

「珍妙珍妙ひどいなぁ。そりゃ式神やら何やらと契約してる術師は、色んなところと魂が繋がりやすいのは本当だけどさ」

 

 魂がほいほい他所に繋がるのはそれはそれで一大事というか、いよいよもって妖じみている。

 だが、平気で宣う繍の様子からすると、本気で珍しいことではないのだ。

 

「契約しよると、夢で知らんもんを見ゆうようになるがか?」

「そうだね。ボクもうっかり白狗や黒狗の記憶を共有することはあるよ。今朝のもそんな感じ」

「ほうか……」

 

 だから、己はあんな知らないものを見たのか、と納得した。

 

「それがどうかした?」

「なんちゃあない。おまんの使う術、やはり化体や思いゆうだけじゃ」

「そのけったいな術師に、昨日助けられたの誰だったかなぁ」

「こん餓鬼……!」

 

 けらけらと素知らぬ顔で笑いつつ、コーヒーを啜って、もたれていた壁から背を離し、繍は歩き出した。実体化したまま、以蔵も歩く。

 彼らの先には、瓦礫の山があった。

 瓦礫の山は、つい数時間前までは高級ホテルの形をしていた。

 昨日夜、この冬木ハイアットビルは、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが拠点としていたこの建物は、爆発したのである。

 巧妙に仕掛けられた爆弾により、ビルは一瞬にして倒壊。宿泊客は、幸いにして全員が避難を済ませていたために無事ではあったが、街の中心部でのテロ行為に変わりはない。

 ここしばらく続いていた殺人事件の報道を、覆い隠さんばかりの騒ぎである。

 

「見てわかったけど、この建物を壊すのに、魔術の類は使われてない。痕跡がないんだ。徹頭徹尾、爆弾技術でやられたんだね。やったのは、衛宮切嗣だろう。で、ボクがそう思うなら多分皆そう思う」

 

 まっ黒いコーヒーという飲み物を吹いて冷ましながら、繍は言った。

 以蔵も妙に良い香りのするその飲み物に興味はあったのだが、繍から、非常に苦いのでお勧めしない、と言われ試すのはやめていた。

 

「ここにいたんは、あんいけ好かんランサーとそんマスターか?」

「そう。どんな工房もこれでは意味ないね。でも、ロード・エルメロイは死なない。多分、何処かに逃げて、アインツベルンに攻め入る算段でもしてるだろうよ。プライドが高いから、落とし前は絶対つけるだろう」

 

 地上数百メートルからの自由落下では、工房は罠やその他魔術礼装諸共壊れたろうが、逃げ出すだけならケイネスには秘蔵の礼装があったはずだ、と繍はいう。

 これくらいの落下だけなら、道具さえちゃんと持っていれば、繍でもどうにかできるらしい。

 

「考えたんだけど、セイバーとランサーって倒す順番、間違えたらだめだよね」

「ほうじゃな。セイバーはランサーに斬られて今は手が使えんようなっとる。あん黄色い槍を壊しゃあ治るちゅうことは、ランサーを倒しゆうと、セイバーが強うなる」

「ちなみに以蔵さん……」

 

 言いかけて、繍はややばつが悪そうに口を噤んだ。

 以蔵は肩をすくめた。

 

「ごめん、ちょっとつられた」

「なにを謝るがか。好きに呼べばえいがじゃ」

「じゃあ岡田さんのままで」

「変えんのかい」

「こっちのが馴染んだので」

 

 空になったコーヒーの紙カップを、ゴミ箱に放り込みながら、繍はコートのポケットに手を突っ込み、瓦礫の山に背を向けて歩き出す。

 

「正直いうと、うちのとこは、まともに戦うと一番弱いと思います」

 

 そのまま、刃物でも抜くように言った。

 

「ボクは戦いに向いてないし、岡田さんは英霊として新しすぎる。マスターを狙うにしても、今は無理」

 

 様子を伺うように、繍は一度言葉を切る。

 以蔵は顎をしゃくって話の続きを促した。

 倉庫街での戦闘は、戦いにすらなっていなかった。黄金のアーチャーに、以蔵は虫でも払うように叩き潰されただけだ。

 宝具を受け止めて叩き落としたバーサーカーの絶技を、以蔵は見て覚えていたが、アーチャーはさらなる物量でも平気で叩き付けてくるように見えた。

 やるとするならマスターの暗殺だが、遠坂の家の奥深くに引き篭もり、アーチャーが護るとなれば侵入は難しい。

 繍は頷いて続けた。

 

「なので、まともにはやり合わない。聖杯戦争が終わっても、君が現界できる方法を探そうかと思う。ロードとも戦わない」

「おい。おまんが師匠に切った啖呵はどうしたがか?」

 

 決闘を挑まれていたのではなかったか。家を虚仮にされて怒っていたのではなかったか。

 繍はひょいと肩をすくめた。

 

「君にしろボクにしろ、ひとつしかない生命を的にかけてるんだから、そんなこと言ってられない。先生から見限られたって、なにも死ぬ訳じゃないよ」

 

 以蔵の胸元、心臓のある位置を指して、繍はにべもなく言った。

 

「だからそのためには、アインツベルンが持ってるっていう聖杯の器、それを見るか触れるか、一欠片だけでも手に入れることが必要だな」

「盗人か?」

「生命を盗み合うよりマシ。そういう術は持ってるんだけど、聖杯の器に接触しないとどうしようもないんだな」

 

 くるりとコートの裾を翻して、繍は振り返った。けろりと言われては、自分のほうがおかしいような気がしてくる。

 

「そりゃそうじゃの。忍び込む算段、あるがか?」

「運が良ければ、ロードが攻めるのに合わせる。彼が動かなくっても忍び込む。彼の場所は、使い魔に探させてるから。で、今回はボクも行くよ。それまでは地脈から術式を漁る」

 

 この女、掴みどころのない面の下でいくつの仕事を同時に片付けているのか。

 呆れてよいのか気遣えばよいのか、悩みどころだった。

 ハイアットを後にして、一路山へと向かう。

 

「あ」

 

 その中途の住宅街へ差し掛かったとき、急に白犬が実体化する。するりと身を翻して、犬はやおら駆け出した。

 

「こ、こらぁっ!」

 

 敏捷値でいうと、サーヴァント並みの犬である。捕まえようと伸ばされた繍の手をすり抜けて、あっという間に走り出して姿を消した。

 

「ごめん岡田さん!捕まえて!」

「っんとに!面倒な犬コロじゃ!」

 

 角を曲がったところで、以蔵は一軒の家に吠え立てる白犬を捕まえた。

 

「ほたえなちゅうたじゃろ!」

 

 べし、と毛に覆われた額を指で弾いた次の瞬間。

 昨日の感じた巨大な気配、サーヴァントの気配が現れた。

 

「おお!貴様、昨夜のカタナのアサシンではないか!」

 

 唐突になんの変哲もない民家の扉が開かれる。現れたのは間違えようがない征服王の姿だった。

 

「おんしゃあ、あんときの……!」

 

 白犬を放り投げて実体化しさせた刀を抜き放った、そのときだ。

 

「は、走るの、速い、よ……!」

 

 息を切らせ、角を曲がって繍が現れる。

 小柄な少女は、民家の入り口に立つ征服王の赤い装束を見て、彫刻のように固まった。

 

「来んな!走れ、マスター!」

「え…」

 

 急に幼く見える呆けたような顔に、こん阿呆が、と舌打ちをする。

 住宅街の壁を震わせるような笑い声が轟いたのは、そのときだ。

 

「落ち着かんか、貴様。余はここで一戦交える気はない」

 

 ライダーは分厚い掌を顔の前で振った。

 

「信じろ、ちゅうんか」

「信じる信じないは貴様の勝手だ。だがな、ここでやりあうとなれば、後ろのマスターがどうなるか、わからぬ貴様ではあるまいて」

 

 赤く鋭い眼光を向けられて、繍が肩紐を握り締めて立ち竦む。怯えた顔を見れば、完全にライダーの気に呑まれ、動けなくなっているのがわかった。

 

「ら、ライダー!オマエ朝から何やって、んだ、よ……?」

 

 ライダーの巨体の後ろから、矮躯の少年が出て来て、繍と同じように固まったのはそのときだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





絆Lvが見えるなら、現在一体幾つくらいなのでしょうか?

しばらくお休みします。
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