冬の街にて、人斬り異聞   作:はたけのなすび

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誠に誠に、お待たせしました。


巻の十二

 

 

 

 

 

 訳のわからぬ昼食の後、店の前で別れる直前に繍はウェイバーに、話しかけようとして止めた。

 ライダーに喧々抗議しては、額を弾かれて沈むウェイバーになんと話しかけてよいのかわからなかったし、そもそも己が何を言うつもりなのかも形になっていなかった。

 

 今晩日が沈んでから、冬木の橋の袂に来いという話にはなった。

 

「ではな、小娘とアサシンよ。人食いの妖怪などさっさと片をつけておくに限る故な」

 

 そう言って、ウェイバーを引っ張って征服王は雑踏の中に去って行った。巌のような巨体が去るまで、その場に立ち尽くす。

 姿が見えなくなってから、人混みに紛れて繍と以蔵も歩き出した。

 

「岡田さん、さっきはなんで?」

 

 聖杯戦争の異常さと、髑髏アサシンのこと、ライダーたちに伝えずとも良かったのではないかと、思う。

 皿に手を付けることもなく、ライダーをあからさまに睨んでいた以蔵なのに、あのときだけ饒舌になったのも気にはなっていた。

 

「ああ言うときゃ、あん声のでかいライダーはおまんを殺すことは躊躇うき。髑髏のアサシンが生きとうことを知りゆうは、多けりゃ多いほどええがじゃ」

「あ……」

 

 考えてみればそうなのだ。

 受肉を望むライダーに、聖杯が扱えないかもしれない、という可能性を伝えた上で、聖杯を必要とせずに現世に留まる術がある()()()()()()と言えば、それを知る者をすぐに殺そうとはしまい。

 髑髏のアサシンたちは、生存を隠して諜報活動を行う。その偽りを偽りと知っているのは、この二人だけだ。

 他のマスターが知れば、髑髏のアサシンたちの策には意味がなくなる。

 

「そがなこと、思いついとらんかったじゃろ」

「……うん」

 

 こくりと頷くと、以蔵はぐしゃぐしゃとくせの強い髪を苛立たしげに掻きむしった。

 

「そういう面が素直すぎるんじゃ。アサシンのマスターが、それでええがか?」

「いや……まぁ、確かに……良くは、ないよね」

 

 俯いた頭の上から、声が次々降ってきて、繍は鞄の肩紐を握りしめた。

 

「聖杯が危ないて勘が働いちゅうわりに、逃げよらん。死にたくないちゅうてわしを喚んで、死地にいつまでもおる。……おまんは、ちぃとおかしいちゃ」

「だからそれはっ!」

 

 自分でも思いがけない大声が出て、繍の顔にさっと朱がさした。

 通行人の何人かは、ただならぬ空気を出している痩せた少女と目つきの悪い青年の二人を、何事なのかと振り返っている。

 

「離れよう」

 

 路地裏に入り、川の流れる音がする方に歩いた。せせらぎのほとりに出るまで、互いに何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 囂しかった街を抜けて、川辺に出る。

 繍は冬枯れした枯れ草が敷かれた地面に腰を下ろし、拳二つ分ほどの間を開けて、その横に以蔵は座った。

 冬の名前を頂く街の風は、冷たく川べりを吹き抜けていた。

 

「……君はボクの何に対して怒ってる?……ごめん、君に言うのにこんな言い方はおかしいとは思う。でも、ボクにはひとの心をちゃんと理解できない……ときがある。教えてもらわなければ、わからないんだ」

 

─────だから聞くんだが、ボクは、知らない間に君に、何かしてしまったのか?

 

 そう宣う雑な髪色の少女は、何処までも真面目な顔で、ひとに己の間違いを問うていた。

 間違いがあるとするなら、それは自分なのだと疑いなく信じている。

 あのライダーのマスターを、如何にすれば斬ることができるのかと己が頭を巡らせていたことにも、思い当たっていないだろう。

 

 それにどうして己の腹が立つのか、わからないことが最も腹立たしいのだ。

 現界のための依代でしかないのなら、そんなことまで逐一気を払わなくとも良い。魔力だけ頂いて、好きに斬れば済むのに。

 かといって、己の刀はあの喧しいライダーとアーチャーには届くまい。さすがにそれは認めざるを得ず、だから尚更刃が届かないことへの苛立たしさが募った。

 

「つまらんことじゃき。強いて言うなら何でおまんがわしを喚べたんか、わからんようなってきただけじゃ」

「それは、今気にしなきゃならないことか?」

「おまんのようなお人好しがとこに喚ばれたんが、わしのような人斬りというのは、えい加減面妖と思わんがか」

 

 繍は、何も答えなかった。

 色の抜けた前髪を弄くってから、頬杖をつく。川面にきらめく日の光を、何処を見ているかも定まらない、茶色の瞳の奥に虚ろに映っていた。

 

「お人好しって、それは違う。違うよ」

「何処がじゃ。便利な術を、おまんはちぃとも己の為に使いよらん。お人好しでなくてなんなんじゃ」

 

 繍は、聞き分けない子どものように頭を振った。

 

「ボクは、ボクのためだけに自由に力を使っちゃならないんだよ。理を乱すから。そう教わって、そう伝えられたんだから」

 

 だから、してはならないことがある。

 何故なら、遠い昔の異能者であった先祖が、己が生きる為に人を護ろうと創り出した術だから。

 それを継いだ子孫は、術と血脈に流れるその想いが刷り込まれる。

 勘の良さも、災厄を予知する巫者の名残で、詰まる所は何処までも人の為になるようにと、代を重ねた一族なのだ。

  

「そがな化体なもの、何故捨てんがじゃ」

 

 それでは、ただ生きるだけで周囲の災厄を汲み取ってしまう。

 己が住まうべき護る土地と、民がいたならば、それで良かったのかもしれない。

 だが、どちらも失って放浪せざるを得ない者には、重荷になるだけだ。

 

「じゃあ、君は剣を捨てられたのかい?」

 

 切りつけるような物言いをした繍の目は、今や鈍く光っていた。誰かを殺してきたのかと思えるほど、暗い目だった。

 

「ボクからこれを取ったら、なにも残らないよ。骨のひとかけらも、肉の一片も、魂のひとひらも」

 

 愛していた家族も家も、何も無いのだから。

 

「人を助けるというのは、ボクには使命だ。そこに善悪はない。そうあれかしと術を伝えた家で、ボクはその家をわかっていて継いだ。だって、ボクは婆様が大事にしていたものを、失わせたくなかったんだ」

 

 だから。

 

「お人好しというのは、己の意志でそうしたいからそうする人たちのとこだろう?義務でそうせねばならないと、規律によって突き動かされるボクとは、逆だよ。喩え齎される結果が変わらずとも、同質であってはならないんだ」

 

 少女の目と、水鏡に映った己の目、人斬りの目とがふと重なった。

 

─────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

─────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何も、残りはすまい。

 

 わかっていても、捨てられないものがある。いつかそれがために破滅するのだとしても、手放してしまったら己には他に何も無いのだ。

 触媒を介さずに喚んだならば、召喚者とサーヴァントは似るという。

 つまり、頭の悪さ加減ばかりが似ていた。

 

「で、君への応えになったのかい、これで。……そもそも君を喚んだとき、はっきり誰かを思い浮かべたわけじゃないのだが。助けてくれるなら、あのときは悪鬼羅刹でも良かったから」

「そいで人斬りか」

「いやぁ、本物の悪鬼羅刹なんか喚べてしまっていたら、大変だったと思ってるよ。人間で良かった良かった」

「他ん六騎も、悪鬼羅刹になっちゅうてもおかしかないぜよ」

「はー?岡田さん弱気ですか?天才なのにー?」

 

 尻上がりの鬱陶しい言い方だった。

 征服王とやらの覇気にあてられて、ついさっきまで蒼い顔になっていたのに、今は抱えた膝に片頬をくっつけ、目を細めてこちらを見ていた。

 わざとやっている空元気とわかるだけに、何とも言えなくなる。

 ぐしゃぐしゃと犬の仔にしてやるように髪をかき混ぜると、抗議の声が上がった。

 

「女術師の髪を弄るなんて、自爆でもしたいのか」

「自爆ぅ?」

「髪はカミに連なる神聖なものだぞ。いざとなったら魔力込めて爆発くらいはさせる。巫女は皆、綺麗な黒髪を持ってるだろうが」

 

 ぶつぶつ言いながら、繍は髪を解いた。

 手で梳いて、結び直すのは面倒にでもなったのかそのまま流す。

 また、妙な気配が近寄って来たのはそのときだった。

 

「おい」

「了解。今度はわかる」

 

 敵意はなし、しかし気配を隠して来る者が味方なわけはない。

 

「人払いはした。刀を出せるよ」

 

 いつの間に取り出したのか、繍は人差し指と中指の間に呪符を挟んでいた。

 うららかな昼下がりの河原だというのに、不自然に人の姿が消えている。人々を立ち退かせて、この場から消した当人である繍は、ふと空を仰ぎ見た。

 奇妙に人間臭い目をした黒い鳥が一羽、橋の欄干を越えて降りてくるのが以蔵の目にも入る。

 鳥は二人の前に降りてくると、紙が巻かれた足を突き出した。

 

「こん鳥、使い魔ちゅうやつか?」

「そう……だね」

 

 足に結わえ付けてある紙を解いて取り上げ、一読した繍は鼻を鳴らした。

 

「なんと書いちゅうか?」

「教会からだ。マスター登録をしに教会に赴け、だと。未登録だとわざわざ知らせに来てくれたんだよ」

「行く気ぃか?」

「行くわけない。そんなことより、本来の七人目だった殺人犯への対応してくれって書いて送り返すよ」

 

 鞄から細筆を取り出し、受け取った手紙の裏にさらさらと書きつけると、繍は元のように鳥の足に結わえつけ、鳥を手のひらの上に乗せた。

 

「そら、お前の飼い主のところへ戻れ」

 

 大きく腕を振るうと、掌の上に乗った鳥は冬の曇り空へと飛び立っていった。

 羽ばたきが聞こえなくなってから、繍は髪を結び直す。

 左耳の下辺りで一束ねにして、房を前へ垂らした。

 

「じゃ、ボクは今晩の殴り込みに合わせて準備しなきゃならなくなったから、また宿に帰ろうよ。疲れたし」

「準備……そんなもんがいるがか?おまんにゃ、術なんぞやさしいもんじゃろ?」

 

 こう、いつもひょいと呪符を使ってやっているではないか、と以蔵がいうと、繍はふんと鼻を鳴らして腕組みをした。

 くくり直した髪が、弾みで跳ねた。

 

「あれだって裏で色々やってるんだぞ。まして今回は、魔術師の工房へ野盗をやりに行くんだから、ちゃんと準備しないと危ないんだ」

「野盗?」

「野盗。……ん、まぁ、征服王流儀でいうと略奪になるのかな。ボク、あの人苦手だけど」

 

 ウェイバーもとんでもない人を喚んでくれたものだよ、と繍は珍しく愚痴めいた息をこぼした。

 辺りの気配に気を配りつつ、街の方へと足を向ける。川の土手を登る間も、繍は子どものように口をへの字にしていた。

 

「小娘言われたんが気に障ったがか?」

「やー、それは別に。むしろ雑魚と思っておいてくれたほうがいいや。それにしても、ウェイバーはまたとんでもないことしたがる御仁を召喚してくれたもんだよ。世界征服って何さ」

 

 白い息を吐いて歩きながら、繍は頭の後ろで手を組んだ。

 

「ボクはやだよ、この国からまた征服王の進撃が始まるなんて。ひとがたくさん死ぬのは嫌だもの」

 

 しかし現状、その征服王の手を借りて間桐邸を攻めようというのだ。

 

 いつも飄々と明るかった繍の目から暗さが取れなくなったのは、そのせいだろう。気に食わない人間に力を借りなければならないのは、誰しも気が進まなくなる。

 この少女の性格を考えれば、斬れば済む、とは言ってやれないのが面倒で、しかしその不自由さを以蔵は煩わしいとは思わなかった。

 慣れたというべきか、慣らされたというべきかは、微妙なところだった。

 

「おーい、岡田さん?聞いてるのかい?」

「聞こえちゅうちゃ。あの小僧が阿呆を呼び出しゆうがじゃろ」

「聞いてないじゃないか。そっちの話はもう済んでるよ。今晩、間桐邸でどうしようかっていう話しようとしてたんじゃないか」

 

 まったくもう、と腰に手を当てる繍に、以蔵は肩を竦めた。

 繍の目の奥に巣くった暗さは晴れないが、空元気と戦意に衰えはない。

 てんから己の剣が届かぬ敵がいるという状況なのに、以蔵が自棄にならないのは、ひとまずこの契約相手の明るさが助けになっているのは事実ではあった。

 

 

 





別作品を書いていました。すみません。

まだ待っていて下さる方、おられますかね…。

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