冬の街にて、人斬り異聞   作:はたけのなすび

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では。


巻の十七

 

 

 

 ケイネス・エルメロイの拠点である街外れの廃工場に、美しい女性がいるのを遠見の術で見たとき、繍は心底驚いた。

 

「嘘だろ、ソフィアリ嬢」

「?」

 

 伴って来た桜が、繍を見上げてきょとんと首を傾げる。

 

「ああ、いや……なんでもないよ」

 

 本当に、と呟きながら、繍は以蔵の姿を探した。

 アインツベルンの城からケイネス、ランサーと共に離脱した以蔵は、ここにいるはずだった。

 果たして、廃墟の入り口に背中を預け、刀を抱いて座り込む、見慣れた青年の姿があった。

 その足元に寝そべっている黒狗は、繍と桜の姿を見た瞬間に駆け寄って来る。

 ふさふさした毛並みを手で梳いてやり、彼が口に入れていたものを受け取って、お疲れさまと耳の後ろをかいた。

 満足そうにふんふんと鼻を鳴らす狗神にじゃれつかれながら、繍は以蔵の目の前にしゃがみ込んだ。

 

「お疲れ、岡田さん」

「……マスターか」

 

 以蔵が片目を開けて、繍を見上げた。

 とても不機嫌そうに見えるんだけど、とは流石に口に出せなかったが、繍は以蔵から放たれる怒りと苛立ちを感じていた。

 あの城で何があったのかは、黒狗伝えで知っていた。

 アインツベルンの城に以蔵と黒狗が辿り着いたとき、ケイネスは既に負傷した状態で、衛宮切嗣と戦っていた。

 横槍を入れる形で以蔵が衛宮切嗣を負傷させ、留めを刺そうとしたところで、彼は令呪によりセイバーを召喚。

 彼女と以蔵が戦う間に、ランサーが現れた。彼は即座にセイバーとそのマスターを殺さず、躊躇いを見せた。

 その隙を突くようにして、髑髏のアサシンが来襲。

 なんと彼らは、セイバーを庇う素振りを見せ、そして剣の主従はその機を逃さず、逃げおおせたのだ。

 

 アインツベルン城から離脱した以蔵、ランサー主従は、一路街外れの廃墟に向かった。

 そこが彼らの拠点だと知り、繍も追いついたのだ。ロード・エルメロイと、交渉に挑む必要があったために。

 そしてホテルに桜を置いてくるわけにもゆかず、連れて来た。

 街で買ったズボンとセーター、子ども用コートに包まり、長い髪を二ット帽に押し込んだ桜の格好は、男の子に見えた。

 繍も少年に見えるように敢えて気配を装っているので、歳の離れた兄弟にでも見えることだろう。

 

 それはともかくとして。

 

 刀を抱えた青年の横に、繍は座った。桜は戸惑う素振りを見せたあと、繍の隣にまた白を挟んで座る。

 

「わしはあいつらを、殺し損ねたき」

 

 ぽつりと、以蔵が言った。

 繍は頬をかく。

 

「あー、うん、それはそうだね。セイバーのマスターが衛宮切嗣だったのは、ボクも予想外。見事に謀られたものだよ」

「わしは、人斬りなんに、人を斬れんかった」

「いや、けっこうばっさり斬ってただろう。あと、アサシンも一体斬っただろうに」

「斬れちょらん」

 

 岡田以蔵にとって、斬ることとは、即ち生命を取ることなのだろう。

 そういう意味では、確かに以蔵は衛宮切嗣を仕留めそこなった。一太刀浴びせながらも、防がれたのだ。

 だけれども。

 

「先生を、守ってくれてありがとう。帰ったら酒、出すよ」

 

 そもそもの頼みを、以蔵は守ったのだ。

 それだけで良い、と言えばまた臍を曲げたようにそっぽを向かれるだろう。どうしたものかと、繍は頬杖をついた。

 

「……二杯、出せぇ」

 

 が、帰って来た言葉に繍はおや、と手を頬から離した。

 まだ横を向いているが、先ほどより怒気は収まっているようだ。何故だろうかと、繍は首を傾げた。

 何でもいいか、と肩をすくめて笑う。

 

「いいよ。摘みはポテトでいいかな。桜、君は何か、食べたいものある?」

「……わたしは……あの」

「いいよ。なんでも言って」

「わたし……わたしはあの……甘い、ものが」

 

 甘いものとは、これまた可愛らしいなぁ、と繍は詰めていた息を吐いて、こつんと頭を後ろの壁にぶつけた。

 空でちかちかと、星が瞬いている。憎らしいくらいに綺麗だと、ふとそう思った。

 が、いつまでも外に座って星を眺めている訳にも行かないのだ。廃墟の中の人物に用があって、ここまで来たのだから。

 繍は桜の手を取って、立ち上がった。

 

「さてと、岡田さんが元に戻ったところで中に入るか」

「元に戻るとはなんじゃ。わしはいつも変わらんき」

「いや、あのままだとランサーに斬ってかかりそうだったから。ほら、行こうよ」

「……ふん」

 

 立ち上がって刀を腰に差し、以蔵は先に立って歩き出した。

 その後ろに、小さくなった白狗を肩に乗せた繍が、殿に黒狗が続く。

 巨大化した黒狗の背には、桜が乗っていた。いざ逃げるとなったとき、彼女が一番足が遅く捕まりやすいからだ。

 桜は犬に乗る訓練などしたことないだろうが、気に入った子どもを、狗神は背から振り落としはしない。

 

 ロード・エルメロイ、ランサー、そしてソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは、廃墟の一室にて待ち受けていた。

 崩れた壁から差し込む月光を浴びながら、ロード・エルメロイは待ち受けていたかのように両手を広げた。

 

「ようこそ、と言うべきかな。先ほどのアインツベルン城の一件では、助力を感謝しよう。アサシンのマスターよ」

「それはどうも、感謝を受け取っておきます。ランサーのマスター」

 

 隣で以蔵が、ふんと鼻を鳴らす。

 怒らせないでほしいなぁ、と繍は思う。

 いや、まあ、以蔵が怒りたくなる理由は大体察しがついているし、無理ないと思うのだが。

 というか、これから話すことの内容により、繍とて富士山並みに大噴火する可能性はある。

 元々繍は情動そのものが薄い質だから、なかなか怒りを感じることができないが、何事にも例外は存在しているのだ。

 

「ランサーのマスター、互いに前置きは要らないでしょう。こちらはあなたがたと取引がしたく、こうして馳せ参じた次第です」

「ふむ。用向きを聞こう。……これでも私は、城での助太刀には感謝しているのだよ。あの下賤の屑がマスターであるという事実をさらけ出し、令呪を使用させたのだからね。尤も……私一人でも対処できたとも言えるが」

「それはどうかのう」

「何?」

 

 口を開いたのは、以蔵である。繍は前に一歩出た。

 

「ロード、衛宮切嗣は確かにあなたと比べれば術師としての位は低い。しかし、魔術師に特化した殺し屋です。彼が殺した多くの魔術師に視られる特徴は、魔術回路の暴走。……魔術師たる者が、揃いも揃ってそのような初歩的な自滅を起こすでしょうか?」

 

 旅の途中で聞いた、かつての魔術師殺しの評判はそうだった。

 どうでもいいことだったから、長いこと思い出しもしていなかったが、記憶を辿ればいくつかは思い出せた。

 彼の殺した魔術師たちには特徴がある。

 彼らは、なんと魔術回路の暴走により死んだという。

 そのような初歩的なミスを、たまたま魔術師殺しの標的になった術師ばかりが犯すものだろうか。

 衛宮切嗣が、なんらかの術を用いて回路の暴走を引き起こし、体を破壊させたと見るのが自然だ。

 そうなると、強い魔力を持つ者のほうが、衛宮切嗣にとっては良い獲物になるのではないだろうか。

 

「彼が撃った弾は、ボクの使い魔が拾っています。見聞すれば、ロードにはからくりがわかるでしょう」

 

 黒狗が回収し、受け取っていた弾を、投げる。

 ケイネスは片手で受け取り、目を丸くした。

 

「なるほど、魔弾の類か。……つまり君は、知っていてそこのサーヴァントに弾丸を弾かせたと?」

「ええ」

 

 嘘である。

 あの弾がそんなものだとは、繍も以蔵も知らなかった。

 

 しかし知らないなりに、根拠らしきものもある。

 

 元々、繍は衛宮切嗣を警戒していた。

 人ひとり殺すのに、ホテルすべてを爆破して瓦礫に変えるような、暗殺通り越して完全なテロ行為を働くような魔術師である。

 その手腕を、心底恐れていると言ってもいい。

 以蔵も、その繍の心を読んで、その警戒心を知っていた。

 刀の代わりに銃を使うこの時代の人斬りなら、つまり自分と同じだろうと言った。

 衛宮切嗣の思考回路は、罠の嵌め方は、以蔵には読み易かったのだ。

 

 それに従い、以蔵はあそこで衛宮切嗣が会心の笑みを浮かべて放った弾は、触れさせもしないで叩き落すのがいいと判断したのだ。

 

 黒狗がこっそりと回収した弾は、確かにちらりと見ただけでも、ただの弾ではなかった。中身が何かはわからないが、爆薬のみが込められていないのは確かだ。

 弾の中身を見たケイネスは、頷いていた。

 

「ふむ。中身はすり潰した人間の骨か。呪詛の類いであろうな。確かに、私の月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)は、あのままでは呪詛を弾くことはできなかったろう。……知らぬ間に、君とそこのサーヴァントに助けられていたわけだ。礼を言わねばなるまいな」

「はい。……それを貸しと考えるなら、こちらに協力して頂けませんか?そちらにも、損はないと思います」

「聞かせ給え」

 

 鷹揚に頷くケイネスの眼前に、繍は肩に下げた鞄から取り出した瓶を突き出した。桜が目を逸らす。

 封じ布を取り去った瓶の中で蠢く蟲に、ケイネスが眼を剥いた。ソラウは顔を背け、ランサーも眼を細める。

 

「……なんだね、コレは?」

「間桐家長老、間桐臓硯。その本体です。……既に彼は人の身を持たず、蟲の体に己が魂を入れています。魂は腐敗が進み、既にヒトの血肉を糧とする吸血種と化しています」

「なんと……嘆かわしい。アインツベルンと言い、御三家の長老までもがこのようなモノに成り果てるとはな」

 

 ケイネスの中では悍ましさよりも、蔑みが勝ったらしい。

 冷たい光を灯した青い瞳で、彼は瓶の中に囚われた臓硯を見ていた。

 

「それで君は、これをどうしようというのかね?」

「臓硯の精神の解体と、分析を頼みたいのです。彼は恐らく、聖杯戦争の歴史を記憶しています。ボクはそれに用がある。けれど、ボクの拙い術では、そこまでの高度なことはできません。だから、ロードであるあなたに依頼したいのです」

「聖杯戦争の術式に興味があるのかね?」

「ロードにはないのですか?これだけの大規模降霊魔術式です。開催者である御三家の現状はともかく、使われている降霊術が類まれなものであることは、疑いようがありません」

「ふむ……一理あるな。確かにこれらサーヴァントは、最高位の使い魔と言えるだろう。君が魔術の徒であるなら、興味を持つのは当然だな」

 

 顎に手を当て、頷く師を騙していることに少し罪悪感が湧いた。

 繍の欲しいものは、聖杯戦争で他の組を撃破せずとも、岡田以蔵が受肉するための手段。

 それ以外は、どうでもいい。

 他人の描いた聖杯戦争という術式の中、殺し合いに乗ってやる義理はない。

 

 とはいえ、それを言ったら、たかが使い魔に何をそこまで入れ込むのだと師に反発されるだろうから、言えない。

 

 真意を偽の笑顔で覆い隠すのはよくやることだから、慣れているのだが、そこそこ親しい相手にやるのは気が引けた。

 

「確かに、私もシステムとしての聖杯戦争に興味はある……良いだろう、それを調べてみせよう。ただし、君も私にとって聖杯戦争の敵であることを、忘れてくれては困るのだが」

「それは無論……魔術師同士の戦いとは、そういうものでしょう?より神秘の高みに至るためなら、情は枷にもなる」

「結構、そこのところはわきまえているようだな。では、その蟲を貸し給え」

 

 瓶を受け取ったケイネスは、それを矯めつ眇めつ引っ繰り返す。

 中の臓硯はガラスを引っ掻いているが、その程度で割れはしない。

 ヒトという栄養を補給できず、あそこまで脆弱な蟲の体一つしか持てなくなった臓硯は、無力に等しい。

 

「一日、待って貰おう。幸い、今聖杯戦争の局面は膠着状態だ。どの陣営も、昨日の急展開に手をこまねいているだろう。君たちが、間桐の家を襲ったために、な」

「あれは、その……」

「いや、別にあの行為を咎める気はない。ライダーの宝具の轟音すらも結界で隠蔽し、悟らせなかった手腕は見事だ。些か優雅さに欠けたやり方とは思ったが、このような怪物が巣くう家だったとあれば、やむなしと判断したのも頷ける。……あの魔術師殺しとは、雲泥の差だな」

 

 最後の一言に籠もった怨念の密度に、繍は内心でドン引いた。

 

 ─────あ、この人やっぱ、ホテルごと工房ぶち壊されて、肩撃たれたの激怒してるよ。

 

 持ち込んだ高価な魔術礼装等も、ゴミにされたのだろう。アーチボルト家は貴族で資産家だが、それでも痛い出費のはず。

 加えて、ケイネスは許嫁のソラウを伴っている。

 この廃工場を拠点としたならば、深窓の令嬢の機嫌は急降下間違いなしである。今も、彼女の目つきはかなりきつい。冷酷な女帝のようである。

 

 そこに来て、魔術師殺しに手傷を負わされたのだ。

 多分、元弟子の自分の前だからこそ、なんとか平静を取り繕い、寛大に取引に応じたように見せているが、内心は嵐のように荒れ狂っているだろう。

 

「ただし、これで借りを返したことになる。この蟲から得た情報を渡した時点で、君と私は再び殺し合う仲となることを、ゆめゆめ忘れるなよ」

「それは、勿論です」

 

 この魔術師らしい魔術師ならば、間違いなく殺るであろうな、と繍は思った。

 仮にだが、逆に繍が秘術を尽くしてケイネスを撃破したならば、彼はその結末もまた良しとするのだろう。

 誇り高いと言うべきなのか、無情と言うべきなのか、それは見解の相違というやつである。

 

 そういう魔術師の常識もまた、繍が時計塔から出奔した理由のひとつだった。

 

「ところで、アサシンのマスターよ。……これは、個人的な興味なのだが」

「はい」

「そこなサーヴァント、アサシンは如何な英霊なのかね?」

「言うわけないろう。わしのマスターを、馬鹿にしゆうがか」

 

 繍が何か言うより早く、以蔵が答える。

 その手は、さりげなく腰の刀にかかっていた。同時に、ケイネスの背後のランサーも、槍を顕現させる。

 女ならば誰もが見惚れるほどの美貌の槍兵が、雄々しい表情を浮かべて構えた瞬間、ケイネスの傍らのソラウが頬を薄く染めたのを、繍は見咎めた。

 

 おや、と思う。

 繍の知るソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ嬢は、人前であのような顔を浮かべることがあっただろうか。

 ともあれ、今にもランサーにチェストかましそうな以蔵を、止めるのが先である。刀の鞘をこっそり掴んだ。

 

「ロード。サーヴァントの真名を聞くのは御法度でしょう。少し、意地の悪い質問ではありませんか」

「これは失敬。何、アサシンでありながらセイバーを凌げるほどの使い魔を、よくよく使いこなしていると思ってね」

 

 この前は格が低いって見下してませんでしたっけ、と言い返すのを、舌を噛んでぎりぎりで我慢した。臍を曲げられると困る。

 ケイネスは一向構わずに続ける。

 

「まったく以て、主人の命をよく果たす使い魔だ。騎士道とやらに拘ることもないのだろう」

「主よ、それは……!」

「黙れ、ランサー!私の許嫁に色目を使っておきながら、セイバーも逃すような者が拘る騎士道なぞ、高が知れたものだ!」

 

 ケイネスの叱責が飛び、ランサーは目を伏せる。

 城での振る舞いに怒っているのかと思いきや、ケイネスの怒声はそれだけでないように聴こえた。

 

『……なんの諍いじゃ、これは』

 

 以蔵の念話が届き、繍は引きつりかけの笑顔を維持しながら応えた。

 

『……ディルムッド・オディナの顔を見た女はね、漏れなく彼に惚れてしまうんだよ。魅了(チャーム)の呪いってところかな』

『はあ!?……おい、おまんは平気なんか?一応女じゃろう』

『一応は余計だ。この程度の術なら、弾けるから平気だよ。あ、桜のほうは』

 

 ちらりと見ると、桜を乗せた黒狗が、たしんたしん、と前脚で地面を叩いていた。

 桜は相変わらず茫洋とした顔で、黒狗の毛を撫でている。黒狗が何かしたのか、彼女は“輝く貌”の魅力にはかからなかったらしい。

 一安心だった。

 

『で、そん呪いと、こんロード先生共のザマはなんの繋がりがあるんじゃ』

『ソフィアリ嬢は、ロードがベタ惚れしてる婚約者。その彼女が、ランサーの魅了(チャーム)にかかったとしたらさ、どうなると思う?』

 

 修羅場不可避である。

 以蔵は念話でせせら笑った。

 

『はん、わしらを道具扱いしよるくせに、そん道具に許嫁をとられたんか。滑稽じゃのう』

『……いや、まあ、取られたって決まったわけじゃないと思うよ?……でも、変だね。ソフィアリ家ほど名門の令嬢なら、ボクみたいにレジストできると思うんだけどな』

 

 今も、ソラウの視線はランサーに注がれている。

 いくら色恋に疎い繍でも、その瞳に浮かぶ熱っぽさを見れば、ソラウの想いはわかる。

 

 それを察してか、ケイネスはランサーを凄まじい剣幕と気迫で叱責していた。

 先程以蔵を褒めたのも、そちらを持ち上げてランサーに屈辱を与えるためだったようだ。

 城でのランサーの対応のせいでセイバー主従を逃がしたと言うのだ。ランサーは唇を噛み、それに耐えていた。

 

 ともあれ、師の色恋絡みの騒ぎに巻き込まれるのは勘弁である。

 おまけに際限なく続きそうな師のランサーへの叱責には、弟子に助けられたことと魔術師殺しに一杯食わされた八つ当たりも、多分に含まれているようだ。

 ケイネスの怒りには理不尽なものもあるかもしれないが、流石に繍にはランサーとそのマスターとの間をとりなす気はない。

 

 普通に、無理なのだ。

 キレたロード・エルメロイが超々面倒くさいのは、時計塔で学んだ重要事項の一つだ。

 

 というか、英霊ディルムッドの伝説は、主君の許嫁に、婚礼の席で一目惚れされての駆け落ちに始まり、嫉妬に狂った主君による復讐と、ディルムッド自身の死によって幕引きされるのだ。

 そんな英霊と組むのに、なんでマジ惚れしてる最愛の婚約者連れて来たんですか、と聞きたいくらいである。

 

 ─────うーん、でも天才(ロード)の考えには、ボクにわからない何かがあるんだろう、多分、きっと。……あると、いいなー。

 

 頭に浮かんだ考えを、即座に振り払った。

 

「ロード、それではボクたちは失礼します」

「ああ。明日の正午になったら、またこの廃墟に来給え。そのときまでに、この蟲の解析は済ませておこう」

「了解しました」

 

 挨拶もそこそこに、廃工場を後にした。

 建物から遠ざかり、声も届かなくなってから、繍はようやく息を吐いた。

 

 交渉よりも、主に後半の修羅場のせいで、ひどく疲れる対面になったのは、間違いなかった。

 

 

 

 

 




ランサーのストレスゲージ増やしたかもしれない話。

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