冬の街にて、人斬り異聞   作:はたけのなすび

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では。


巻の二十三

 

 

 

 

 

 

 そうやって、半ば以上強引に、街へと繰り出す羽目になった。

 一応、ライダーがセイバーへの手土産にするための酒を選ぶ、という名目はあり、どうやらこの国の人間であるなら目利きを手伝え、と引っ張られることになったのである。

 前回、雑踏にいたときに遠坂凛に見つかり、それがために髑髏のアサシンとアーチャーに襲撃される羽目になった。

 最悪人込みそのものを嫌がるかとも思ったのだが、桜も繍も意外にあっさりと頷いていた。

 

「だって征服王に諦めさせるの、無理だよ。岡田さん、護衛は頼むね」

「わたしは……二人がいるなら」

 

 以蔵も、護衛の仕事ならこなしたことがある。そのついでに人を斬ったこともあるのだ。

 やれと言われて、できない話でない。

 

「あ、坂本龍馬の依頼で勝海舟を護衛した話あったっけ」

「そういうことじゃ」

「でも、その格好で雑踏に混じるのは目立ちすぎるよ。通り抜けるだけならともかく」

 

 はい、と繍が手渡して来たのは、当代ふうの黒い衣装だった。スーツというものらしい。

 

「適当にそこらで買って来た。それ着てたら、人込みの中にいてもおかしくないよ」

「なんでわしが実体化する必要があるんじゃ。霊体になっちょればえいじゃろう」

 

 昨晩の襲撃で、一度は意識を保てないほどに魔力を消耗したのを、このマスターはもう忘れたのかと思ったのだが、繍は完全に据わった目で言った。

 

「ボクと桜だけで、ウェイバーとライダーの相手をしろと?君とボクは念話で喋れるけど、他の人たちとはそうじゃないんだよ」

 

 そう言われれば、渋々服を変えざるを得ない。

 ただ、ネクタイとかいうものは面倒だし、首が閉まって敵わないので、適当に首に引っかけるだけになった。

 それを見た繍は、あちゃあと額を叩いていた。

 

「似合ってるはずなのに、何故だ。却って怪しく見える。桜はどう?」

「……かっこいいと思います、アサシンさん」

 

 勝手を抜かす繍はともかく、その陰に隠れるようにして佇む桜に言われてしまえば、以蔵も強く出られない。

 そのままの格好で、死にそうな顔のウェイバー、うきうきと勇み足のライダーと共に冬木の街に向かうことになった。

 

 とりあえず良さそうな酒が置いてある店にライダーを放り込み、外で待つ。

 ウェイバーは、浮かない顔で財布の中身を数えていた。

 

「ウェイバー、ボクはお酒は選ぶけど、金は出さないからね?言っとくけど、凄い大吟醸はえらく高いよ」

「ダイギンジョウ?……フン。そんなこと言っても、どうせこんな小さな国の酒なんて、たかが知れてるだろ」

「言ったなこの野郎。食い物に関してなら、こっちだって文句があるんだからな。スターゲイジーパイ食わされた恨み、忘れてないぞ」

「なんでだよ!味は良かっただろ!」

「見た目が怖いんだよ!うなされるかと思った!」

 

 そしてこのマスター共である。

 喧嘩していたという割に、口を開けば案外調子よくぽんぽん言葉を交わしている。

 歳も同じというから、多分喧嘩別れする前は、こうして気兼ねなく喋っていたのだろう。

 ふん、と鼻を鳴らした繍は、ふと店の一角に目を留めた。

 

「おお、甘酒も売ってるんだ、ここ。桜、一緒に飲むかい?」

「……はい」

「アサシンは?」

「貰う」

 

 どうせ繍の金である。こういうときに遠慮はしない。

 紙でできた器に入って出て来た甘酒は、飲めばじんわり体が温まった。

 不思議なことに、魔力でできたこの体にも、味覚はきちんとあるのだ。斬られれば痛みがあり、物を喰えば腹が膨れる。

 生きていた頃と変わらない。おかしなものである。

 

「美味しいねぇ」

「そう……ですね。わたし、初めてなんです」

「ありゃ、そうだったのか。気に入った?」

「……はい」

 

 繍はいつにもまして気を抜けさせる笑顔で、桜の側に屈み込み、一緒に甘酒を飲んでいる。

 桜も少し、表情が柔らかい。屈み込んだまま、繍は以蔵を見上げた。

 

「アサシン、美味しくなかった?やっぱり、所謂お酒のほうが好きかい?」

「……少し甘いけんど、これも悪い味やないき」

 

 とはいえ、本物の、胃の腑を焼くような酒のほうが好みではあるのだ。

 そう言えば征服王に言われても、酒を出さなかったなと言えば、軽い調子で答えが返ってきた。

 

「だってほら、まだ君に約束した二杯のお酒も出してないしねぇ」

「おん。忘れたら承知せんからの」

「はいはい。昼間っから酒は駄目……と言いたいけど、聖杯戦争って夜が主戦場なのがなんとも。いつ出せばいいのやら」

「今夜はいらん。どうせ、やけみたいな酒盛りじゃろう。王サマとやらが、揃ってなにを語りよるのかのう」

 

 別に興味はない。

 人斬りはどうせ呼ばれないだろうし、仮に呼ばれても行くつもりはない。

 騎士道にしろ何にしろ、所詮縁遠い話だ。まだお人好しの術師のほうが、話がわかる。

 惜しむらくはこのお人好し、法律的に飲める歳でないからと、怪しい術で使うとき以外、酒に手を出さないということか。変なところで頭が固い。

 

「王様と言えば……君、昼間はどうしてランサーと戦ってたんだい?単なる手合わせ?」

 

 店内でおっ始まった、酒屋の大将対ウェイバーとライダーの値切り合戦という大騒ぎからきっちり目を逸らし、声を少し低めて繍は尋ねる。

 

「そんなところじゃ。おまんが気にかけるようなことはないちゃ」

「ならいいけど、あの槍、黄色いほうは気をつけてね。あれで斬られたら、ボクには治せないから」

 

 知っている、と返して、以蔵は鼻を鳴らした。

 そう、本当にあの騎士とやらとは、大した言葉も交わしていない。

 外にいたら、あちらが先に声を掛けてきたのだ。

 礼に則り名乗りを交わすかと問われたから、即座に断った。斬れば終いの敵相手に、何故そんなことをせねばならない。

 そもそも、ランサーがあの城で妙なところに飛び出したりなどしなければ、セイバーのマスターは殺せていたのだ。以蔵にしてみれば、腹の立つ相手である。

 それでも暇だったから、願いを聞いてみたのだ。

 今代の主に忠を尽くす、とあの槍使いは言っていた。

 信だ忠だと煩い真っ当な主従関係なぞ、今更真っ平御免なこちらとしては、ますます鼻持ちならない。

 気に食わないことをすれば斬る、と以蔵は端から繍に言っているのだ。

 そして、繍はそれを良しとした。それで構わないと、頷いた。

 助けてと言った自分の願いを、先に以蔵が聞き届けて召喚され、髑髏のアサシンから救ってくれたのだから、その分は返す、というのが繍の理屈なのだ。

 

 生命の礼は生命で返す、というわかりやすさと単純さが良い。

 後はまぁ、話すうち、この世で過ごすうちに意外と、居心地の良い相手とわかったのもある。

 以蔵が適当に騒げば一緒になって賑やかにしてくるし、言えば若干しみったれとはいえ、酒も出てきた。

 邪魔をしないし、主だからと恩着せがましくもなく、馬鹿にしてこない。逃げ腰ではあるが、さっさと撤退に移れるのは楽だ。

 そして、以蔵が負けようが己が怪我をしようが、それでもいいと、まだここで戦ってくれるか、と手を伸ばしてきた。

 

 だからこそ、あそこで刀を預けると以蔵は言ったのだ。

 召喚したての頃に同じことを言われていたら、鼻で笑ってやっていたところだ。

 

 大体そこら辺りで、ランサーとは相容れない空気になり、少し挑発して斬りあった。

 本当に以蔵はランサーに、適当なことしか言っていない。

 忠義の騎士であると言うなら、その黒子を己で抉るくらいやればよかったのに、と言ってやっただけだ。

 お陰で、あのニ槍流の手数も大分図れた。

 

 だがまだ、あの黄金のアーチャーには足りていない。

 

「君のその考え事は、アーチャーのことかな?」

 

 甘酒を啜りながら、繍が言う。

 ライダーたちは放っておくことにしたのか、繍は桜を連れて店の外へ出ていき、以蔵もその後に続いた。

 外には、試し飲みをする客のためか、緋毛氈の敷かれた長椅子が置かれていた。そこへ、繍と桜が腰掛ける。

 

「まぁのう」

 

 繍の隣に座り、雑踏を眺めながら答えた。

 あそこまで、手も足も出ない目に遭ったのは初めてだった。あれが、繍の言う『理不尽な神話』に連なる英雄なのだろう。

 

 あれを、倒さねばならないのだ。

 

「あん金ピカ、おまんに狗を出せとかなんとか、言うちょらんかったか?」

 

 思いついたことを口にした。

 繍の首を掴んで吊り下げながら、アーチャーは嗤っていた。

 あのときは、頭に血が上って沸騰しそうなほどだったから忘れていたが、よくよく思い出せばあの野郎はそんなことを宣っていた。

 

「……聞こえてたか」

 

 だがそれは、どうやら繍には尋ねられたくないことであったらしい。

 甘酒を口から離し、器をゆらゆら揺らしながら小さな声で続けた。

 

「あいつが言ったのは、多分白と黒の本当の姿を出せってことだろう」

「ほんまの姿ちゅうても、あいつら犬コロじゃろうが。さらに太くなりゆうがか?」

「普段の彼らは、言ってみたら真名を解いてない宝具だよ。式神の枠に収まるよう、封印してあってね、それを解いたら千年以上の神秘を溜めた、狗のカタチのカミの獣が降臨するのさ」

「強いんか?」

「言い伝えだと、小山のような大きさの、純白と漆黒の狗だそうだ。比較的新しい時代の神造兵器となら、やり合えるかもねぇ」

 

 では、とんでもなく強いではないか。

 どうしてそれを出さない、と怒りかけて、以蔵は、繍の浮かない顔色に気がついた。

 こいつの性格を考えれば、単なる出し惜しみなどしそうにない。

 

「……その封印、なんぞ外せん理由があるがか?」

「うん。昔の、ボクらにも拠り所の土地があり、一族の術者だって百人がとこはいた頃なら、封印を解き、狗神と佐保の姫神様にお越し頂くことも、できたらしいんだけど」

 

 間違えないでほしいが、一族が喚ぶカミはアインツベルンがやろうとした紛いなんかじゃなく、本物のこの日の本の国の神霊、春を司り、旧き大和の都を見ていたカミだよ、と繍は言う。

 それでアンリマユとやらの名前が出たときに、狼狽えまくったのかと納得できた。

 

「依り代役の巫女に姫神様が、土地に狗神が降りることで里人と野の生き物たちを守ったこともあった……らしいけど、如何せん昔過ぎて、もう言い伝えにしかなってないんだ」

「話が長いちゃ。結局、できるんか、できんのか?」

「せっかちな。……結論から言うと、できるけどできない」

「は?」

「やったら確実に、ボクが死ぬ。……いや、消えるのかな?どっちかはわからないが、やったら、ボクはこの世にまともなカタチでいられなくなる。ヒトとしての終焉だ」

 

 それは流石に無理かな、と繍は手の中で酒の器を弄んだ。

 

「この世での生命を落とす……だけならば、魂がいずれ一族の誰かに転生できるから、まだ幾らかましなんだけどね。今の佐保家で、カミ降ろしなどしたら、唯一の術者のボクは、魂が潰れて消滅だ。そうなったら二度と、この世に生まれてこられない。輪廻からも外れるのは、流石に嫌だよ」

 

 霊脈があった土地を失い、一族も滅びかけて、もう神秘に関われる力があるのは、繍一人だけ。

 術で生じる負担すべてが、当主で巫女たる繍に降り掛かってしまう。

 そもそも、神代から既に遠く隔たったこの時代でそんな召喚を単独で敢行したら、世界から修正されかねない。

 神代の息吹を、この世には出せないのだ。

 世界も抑止力も、そんな矛盾を認めない。

 どちらにしても、術者はただで済まない。

 魂を潰すか、抑止力に消されるか。二つに一つだ。

 そう語る口調は、何処までも淡々としている。

 気づいたら、言葉が口から飛び出していた。

 

「無しじゃ」

「ん?」

「無し、ちゅうた。そん技は使うな。えいがか?」

「君に言われずとも、やれないよ。……そもそも、聖杯戦争は大ごとだけど、魔術儀式一つで死にそうだから姫神様に縋るのは駄目なんだ。あくまでボクの個人的都合と見做されるだろうからね」

 

 平坦な語り口を聞くうちに、腹の底が熱くなってきた。

 これは、怒りだと以蔵は知っている。

 

「それを、あんアーチャーはおまんにやれちゅうたんか?」

「と、思う。我が一族が佐保の姫神様を降ろせることも知っていたようだし、よほど眼が良い英雄なんだろう。……でもねぇ、この時代のボク如きがまともに神霊降ろせる訳無いんだよ。魂の強度が足りなくて、失敗するに決まってるのに」

「ともかく、無しじゃ。そんなもんに頼らんでも、わしがなんとかしちゃるき」

「……ほんとうですか、アサシンさん?」

 

 それまで黙っていた桜が口を開いた。

 

「ほんとうですか?繍さんがいなくなるのは、わたし、嫌です」

「お、おん。わしは剣の天才やき。任しちょけ」

「だってさ、良かったね。桜」

 

 濃い菫色の髪を撫でてやりながら、繍は桜に微笑みかける。帽子からはみ出ている繍の髪が、冬の風に揺れている。

 その髪色とて、嵐のような灰色と、雪のような白という不思議な色だ。元は黒かったんだけど、と最初に会った頃に言っていたはずだ。

 あの犬が無惨になった髪を『治した』とき、僅かに残っていた黒は消え、肌と髪はより白くなった。

 それこそ、人でなくなっていくように。

 

 あれを見て、白い犬はどうしていた。

 笑っていたではないか。

 

 まるで、繍の見目形が、人の枠から外れて行くのを楽しむように。

 

 カミの力に縋るとは、恐らくこんなふうに少しずつ、人でなくなっていくことなのだ。

 

 ぞっとした。

 目の前のこの少女にではなく、狗神に。

 人間に取り憑いた、そのカミとやらに。

 これとて、祟りなのではないのか。

 

 器の甘酒を一気に呷った。

 当然のことながら、酔える訳もない。

 

 白髪を揺らしながら、繍は桜に向けて、安心させるように、微笑んでいる。

 日に透けて淡く光を放つかのような髪を見て、ふと心に浮かんだことを口にした。

 

「……おまん、聖杯にそん髪を戻してもらおうとは思わんがか?」

「ん?」

「最初は黒かったちゅうてたじゃろうが」

 

 繍が以蔵の方を向く。

 意外そうに目を瞬いて、繍は肩をすくめた。

 

「ありがとう。……でも、いいんだよ、これはこれで。下手打った反省の証として、このままにしておくさ」

 

 雪のような前髪を一房摘んで、繍は微笑んだ。ふわり、と白い花が綻ぶような柔らかい笑顔が浮ぶ。

 その笑顔を見るうちに、以蔵は何も言えなくなった。

 祟られている者が浮かべ得ない、それはとても綺麗な、心底の微笑みだった。

 その微笑みの意味が、理由が、自分にはわからない。

 前髪から手を離し、繍はいつもの気の抜けた顔になる。

 

「んー、でも後ろ姿で、お婆さんに間違われるようにはなるかもしれないや。それはちょっと困るかもねぇ」

「そんなこと、ありません。繍さんのは綺麗です。わたしの髪の色も、かわっちゃって、だけど……でも……」

「うんうん。桜の色は可愛いよ」

 

 いい子いい子、と呟きながら、繍は小さな頭を撫でている。

 言い難い温い感情が湧いてきて、以蔵は髪をがりがりとかいた。こいつらはまったく、人斬りの前で、どれだけ明るい微笑みができるのか。

 

「さて、ウェイバーたちは終わったかな?」

 

 長椅子から立ち上がり、繍が店の中を覗く。

 どうやら、ライダーはかなり値切りに成功したらしく、満面の笑みで大吟醸入りらしき樽を抱えて、酒屋の店主と肩を叩きあっている。その横では、ウェイバーが青い顔になって財布を覗き込んでいた。

 あれは相当払わされたな、と繍が呟く。以蔵も同感だった。

 

「用は済んだじゃろう」

「後は夜の酒盛りまで待機、か。……ああ、ちょうどいい。ロードから聞いたこと、君に言う時間ができた」

「ロード先生の小難しい話なんぞ、わしにわかるか」

「そこは天才の勘でなんとか頑張って。知っておかないと後悔するよ」

 

 冗談めかして言い、繍はふと虚空に目を向けた。同時に以蔵も気づく。

 誰かに、見られている。

 だが、敵意は感じない。ただ、探るような視線だ。

 

「……誘ってるのか?」

「おん。どうするが?」

「無視……したいところだが、できそうにないなぁ。これは……うん、蟲の気配だから」

 

 ばふ、と繍の鞄から小さな白犬が顔を出し、肯定するように低く吠えた。

 桜の顔がさっと青くなる。小刻みに震え始めた肩に、繍がそっと手を添えた。

 

「バーサーカーか?」

「というより、間桐雁夜だ。ボクの名を、呼んだらしい。話がしたい、ということだろう」

 

 ウェイバーたちに断りを入れてから行こうか、と言って、繍は紙の器を手で潰して、屑籠に投げ入れたのだった。

 

 

 

 

 




街で遊ぶ話。
狗神マスターさんちのカミは、そんな感じ。
血筋と魂にとっついて、加護ってくれる代わりに色々と呼ぶ系。
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